見出し画像

連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 8通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 セーターって、すごくあったかいんですよ、ネイラ様。それに、着ていてとっても楽なので、寒い季節にはお勧めです。欠点としては、毛糸の種類や編み方を選ばないと、意外と重くなっちゃうことでしょうか。
 
 わたしの大好きなお母さんは、あっという間に〈野ばら亭〉を大きくして、他にもいろいろと仕事をしている〈豪腕〉ですが(仕事で関わりのある人たちが、そういってました)、家事はあんまり得意じゃありません。
 そのお母さんが、五年前の冬、何を思ったのか家族全員にセーターを編んでくれました。お父さんは紺色、アリアナお姉ちゃんはピンク色。わたしには、生まれたてのひよこみたいな、可愛い黄色のセーターでした。
 でも、お母さんがすごく頑張って、何ヵ月もかかって編んでくれたセーターは、編み目が信じられないくらいギッチギッチに詰まっていて、とんでもない重さだったんです。
 
 わたしはすぐに、子供向けの歴史小説に出てきた、〈鎖帷子くさりかたびら〉を思い出しました。金属で編み上げた下着みたいな、あの鎖帷子です。昔の防具だそうですから、ルーラ王国の騎士団では着ませんよね? 
 大人の男の人が、立ち上がるのに力がいるくらい重かったって、本に書いてありましたけど、お母さんのセーターも、それをイメージするくらい固くて重かったんです……。
 
 お父さんとアリアナお姉ちゃんは、お母さんをがっかりさせたくなくて、平気な顔をして着ようとしていました。でも、まだ小さかったわたしは、セーターの重みでフラついちゃって、さすがに気づいたお母さんに謝られてしまいました。
 お母さんの愛情を、うまく受け止められなかったのは、今でも申し訳ないと思っていますが、やっぱり、あれは無理でした。お父さんとお姉ちゃんが、こっそり頭をなでてくれたのは、〈助かった!〉っていう合図だったのではないでしょうか。
 結局、当時から編み物が得意だったアリアナお姉ちゃんが、お母さんを優しく慰めながら、解いた毛糸を編み直してくれました。一枚のセーターだった毛糸の量で、セーターとカーディガン、帽子にマフラーまで編めちゃったんですから、本当にびっくりでした。
 
 セーターを着たことがないっていうことは、ネイラ様みたいな貴族の人は、お家では何を着ているんですか? コートとかだったら、窮屈じゃありませんか? 王立学院に推薦していただいたお礼に、わたしがセーターを編んだりしたら、もらってくれますか?
 あ、いえ、今のはなしです! わたし、そこはお母さんに似て、手芸とかが苦手なのを忘れてました。ネイラ様に差し上げられるようなものが、わたしに作れるはずがありませんでした。すみません、忘れてください。気持ちだけ、贈らせていただきます。わたしの努力の方向は、手芸とは別の分野にしたいと思います。
 
 世間話が長くなってしまいましたが、ネイラ様のお手紙で、瞳の色のことを教えていただいて、本当に驚きました。あんなに美しくって、不思議で、力に満ちあふれた銀色の瞳が、ただの灰色に見える人がほとんどだなんて、信じられない気持ちでいっぱいです。
 国王陛下と王太子殿下(この文字を書いて、ちょっと震えました。十四歳の少女には、刺激が強すぎます)は、きっとものすごく強く神霊さんの恩寵おんちょうを受けておられるでしょうし、神霊庁の神使しんしの方々も、それは同じですよね? だから、国宝の鏡みたいなネイラ様の瞳が、判別できるんでしょうね。
 わたし自身は、神霊術の得意な子供だから、特別に見せてもらえたんだと思います。〈大人になればなるほど、魂に穢れをまとわせ、神からは遠ざかる〉って、おじいちゃんの校長先生が教えてくれましたから。
 
 いつかまた、ネイラ様にお会いできたらいいなって、わたしはいつも思っていますが、そのとき、ネイラ様の瞳が灰色にしか見えなかったら、ちょっと……すごく悲しいです。
 真面目に頑張っていたら、魂は穢れにくくなりますよね? 銀色の瞳を見られるように、清く正しく美しく、毎日を過ごさなくっちゃ!
 
 では、また。次のお手紙でお会いしましょう!
 
 
     品行方正な優等生を目指すことにした、チェルニ・カペラより
 
 
 
        ←→
 
 
 
素晴らしい読書家である、チェルニ・カペラ様
 
 鎖帷子のことなど、よく知っていましたね。五年前というと、きみはまだ九歳だったのでしょう? 素晴らしい読書量と記憶力に、頭が下がります。
 最近の王立学院は、実践的な授業に力を入れていて、文学的な素養を伸ばすための教育には、熱心ではないと聞いています。それが、生徒たちの希望でもあるということなので、仕方がないと思っていましたが、やはり読書は大切ですね。学院長と話す機会があれば、遠回しに注意を喚起しておきましょう。
 
 ……と、真面目に書いてみましたが、きみの手紙を読んだときには、またしても笑いが止まりませんでした。可愛らしい黄色のセーターが、鎖帷子を連想させたことも、幼いきみが、セーターの重みにふらついてしまったことも、想像するだけで微笑ましく、楽しくてたまらなかったのです。
 とても聡明で、何でもできそうに見えるきみが、手芸を苦手にしているのも、可愛らしいですね。わたしのために、無理をすることはありませんので、きみの優しい気持ちだけ、いただいておきます。
 それにしても、きみの母上が、そんなに重くなるほど、一心に編み続けていられたのは、深い愛情があったればこそですね。きみのご家族の話を教えてもらうたびに、わたしまで温かい気持ちになります。ありがとう。
 
 国王陛下や王太子殿下、神霊庁の神使たちが、わたしの瞳の色を識別できるのは、きみが想像している通りの理由です。
 ルーラ王国の国王と王太子には、代々、王家の固有の恩寵が受け継がれます。神使の位を与えられるのも、固有の恩寵を得たものだけです。そして、その恩寵のひとつとして、〈巫覡の識別〉という印が与えられているのです。
 聞くところによると、この識別の印は、必ずしも神霊術とは結びついていないのだそうです。意識して識別の神霊術を使うまでもなく、ひと目で〈巫覡〉を見極められるからです。ルーラ王国において、〈巫覡〉は絶対的ともいえる存在ですので、偽りの〈巫覡〉にたばかられることのないよう、御神霊が力を貸してくださるのでしょう。
 
 きみが、品行方正な優等生を目指すことは、基本的には大賛成ですが、あまりこだわり過ぎてはだめですよ。そんなことをしなくても、きみの美しい魂の輝きが曇るとは思えませんので、明るく生き生きとした、今のままのきみでいてください。
 次に会えるのがいつになろうとも、きみの瞳には、わたしの目は銀色に見えるでしょう。他の誰でもなく、わたしが保証します。
 
 しかし、改めて読み返してみると、まったく面白味というもののない、固い手紙ですね。学校の先生とでも文通している気分になって、嫌気が差すのではありませんか? わたしの方こそ、〈女性への手紙の書き方〉といった本でも取り寄せて、読んでみた方がいいのではないかと思い始めました。
 しばらくは無理だとしても、きみが王立学院を卒業するまでには、それらしい手紙を書けるようになりたいと思います。王国騎士団の全員を相手に戦うよりも、むずかしいような気もしますが。
 
 では、また次の手紙でお会いしましょうね。少し風が冷たくなってきましたので、風邪をひかないように、気をつけてくださいね。
 
 
     手編みのセーターというものを着てみたい、レフ・ティルグ・ネイラ
 
 
追伸。わたしに会いたいと思ってくれて、ありがとう。わたしも、きみに会いたいと思っています。必ず、またお目にかかりましょう。