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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 48通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 何時間か前、ネイラ様に宛てて書いた手紙を、アマツ様に届けてくださいってお願いしたら、鼻で笑われてしまいました。何の比喩だよ、って思われるかもしれませんが、言葉通りの意味です。真紅の羽根をきらめかせ、朱色の鱗粉をまとった、世にも尊く美しいご神鳥が、本当に鼻で笑ったんです。ふんって、鼻息も荒く……。

 あまりにも頻繁ひんぱんに、手紙の配達をお願いしちゃったんで、不敬だったのかもしれないって、深く反省しました。でも、アマツ様は、配達の手間はまったくかまわなくて、ただ、呆れちゃったんだそうです。
 〈会い見て話せば良きものを〉って、深々とした溜息と一緒に、ちょっとうんざりした感じのイメージが送られてきました。スイシャク様の方は、〈蝸牛かぎゅうの如き歩みにて、せわしなきとはこれ如何いかに〉って、やっぱり呆れていたみたいです。

 アマツ様やスイシャク様のイメージって、わりと解釈がむずかしいことが多くて、ちゃんと解読できているのか、あんまり自信がありません。今回も、どうとでも取れるイメージではあるんですが……要は、〈こんなに手紙ばっかり書くくらいなら、会って話せよ〉っていう意味ですよね?

 それで、わたしの解釈が正しいと仮定して、王城の尖塔せんとうから飛び降りるくらいの覚悟で聞いてしまうと……わたしは、また、ネイラ様にお会いできるんでしょうか?(この一行を書くのに、一時間くらいかかってしまいました。もし、失礼だったり、厚かましかったりしたら、本当に申し訳ありません)
 王国騎士団長で、〈神威しんいげき〉であるネイラ様と、ただの平民の少女であるわたしでは、普通に考えたら、道ですれ違うこともありませんよね? 本当にネイラ様とお会いして、お話できる日が来るのかなって、ちょっとだけ不安になったりはします。ネイラ様は、社交辞令なんて縁がなさそうで、そのネイラ様が、〈また会いましょう〉って手紙に書いてくれたので、信じてはいるんですけど……。

 じめじめした話で、手紙を書き終わるのは嫌なので、別の報告をしたいと思います。ヴェル様にも相談に乗ってもらった結果、王立学院の実技試験のときの神霊術が、ほぼ決定しました。せっかくの機会だから、できるだけのことをしたいし、ここはやっぱり、術の〈多重展開〉で勝負しようと思います。
 雪を司る神霊さんに、校庭に雪を降らせてもらって、サクラを司る神霊さんに、満開のサクラの木を生やしてもらって、風を司る神霊さんに、そよ風で花びらを巻き上げてもらって、鈴を司る神霊さんに、綺麗な鈴の音を響かせてもらって……。王立学院の校庭を、神秘的な〈サクラの園〉に見立ててみようかと思うんです。

 ヴェル様は、どことなく悪い感じのする笑顔で、大賛成をしてくれました。というか、わたしは、雪とサクラだけしか考えていなかったんですけど、ヴェル様が、あれもこれもって、やたらと術を増やそうとするんですよ。
 ヴェル様が何を考えているのか、不思議に思って聞いてみると、にっこりと笑って、〈出過ぎる杭は叩かれず〉ですって。ヴェル様は、貴族がほとんどの王立学院で、わたしがいじめられたりしないように、心配してくれているんでしょうね。(わたし自身は、スイシャク様とアマツ様が、王立学院までついてくるつもりじゃないのかって、そっちの方が気になります。一緒にいてもらうのはうれしいんですけど、さすがに無理ですよね?)

 クローゼ子爵家の事件の渦中だというのに、こういう感じで、わたしの毎日は穏やかに過ぎています。どうかご安心くださいね。

 では、また。次の手紙でお会いしましょう。

     本当は、二柱ふたはしらと一緒に王立学院に通いたい、チェルニ・カペラより

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自分の価値を知らないのではないかと思う、チェルニ・カペラ様

 きみが手紙に書いていた、〈鼻で笑われる〉という状況は、わたしにも理解できます。実をいうと、きみのいう〈アマツ様〉に、わたしも同じことをされているからです。あまり意味がわからなかったのですが、あれが〈鼻で笑われる〉という状態なのですね。ある意味、勉強になった気がします。

 本来、〈アマツ様〉は、とても高位の神であり、荘厳にして崇高、神威しんいあふれる存在です。わたしが生まれると同時に、分体を現世うつしよ顕現けんげんさせ、側にいてくれるようになりました。どこか現世に馴染めず、戸惑うことの多かったわたしには、両親よりも身近だったといっていいでしょう。
 現世の傅役もりやくとして、現在の大神使であるエミールが来てくれ、神世かみのよの傅役として、□□□□□□□□□がいてくれたからこそ、わたしは、レフ・ティルグ・ネイラという生に順応できたのだと思っています。

 一方、わたしと共にあるうちに、〈アマツ様〉は、なぜか現世の事情に詳しくなっていきました。ときには、人の感情の機微きびについて、わたしを諭してくるほどです。彼の神に、〈人の子の心も知らで神威満つ、我らが□□の危うきことや〉と叱られたときは、さすがに不条理を感じ、何ともいえない気持ちになったものです。
 更に、わたしがきみと出会い、〈アマツ様〉の分体の一部が、きみのところに入り浸るようになってから、彼の神は、ますます〈現世贔屓うつしよびいき〉に磨きがかかっています。わたしのことを、鼻で笑う様子など、実に〈人間味を感じさせる〉ものでしたからね。少しばかり腹は立ちましたが、それ以上に興味深く、面白く感じています。

 〈アマツ様〉が、わたしを鼻で笑ったのは、なかなかきみに会いに行かないからでしょう。これほど頻繁に手紙を書く時間があるのなら、会って話せばいいとそそのかしているのです。わたしにとって、現実的な距離は、さほどの意味を持ちませんので、余計にもどかしいのでしょう。
 とはいえ、わたしには、成人男性としての分別が求められています。町立学校も卒業していない少女に会うために、成人男性が訪れるというのは、あまりめられた行動ではないのではないでしょうか。

 わたしも、きみに会いたいと思います。きみに会って、いろいろな話をして、友達としての時間を過ごしたいものだと、いつも考えています。ですから、誰から見ても問題のない時期、具体的にいうと、きみが成人した頃には、会いに行くつもりだったのですが、そのことを話した途端、非難の集中砲火を浴びてしまいました。
 両親や伯父、部下たちや神霊たちまで、いっせいにわたしを冷たい目で見るのは、どういうことなのでしょうか。常にろうたけて優しい母にまで、〈のろい〉といわれる日が来るとは、想像もしていませんでした。まったくもって、理不尽なことです。

 今日は、つまらない繰り言を書いてしまい、申し訳ありません。きみには、わたしが会いたいと思っていることと、いつか必ず会うだろうことを、伝えたかっただけなのです。きみも、同じように思ってくれているのであれば、とても嬉しく思います。

 では、また。次も手紙で会いましょうね。

     町立学校卒業を期に、会いに行ってもいいのかと悩んでいる、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 〈アマツ様〉は、きみと一緒に、王立学院に登校する気満々のようです。多分、〈スイシャク様〉もそうでしょう。困った神々ですね。

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