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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 36通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今日は、ひとつ質問をさせてください。神霊さんに関係することなので、簡単に答をもらえるとは思っていないし、聞いちゃいけない内容だったら、すぐに諦めます。そのときは、だめだよって叱ってもらえませんか?(やっぱり〈神威しんいげき〉であるネイラ様に、すぐ質問しちゃうのって、不精な感じがしますもんね。だめっていわれても、当然なんだって、ちゃんとわかっています)

 わたしが聞きたいのは、〈眷属けんぞく〉っていう言葉の意味なんです。クローゼ子爵家の事件が解決するまで、スイシャク様は、ずっとわたしのそばにいて、力を貸してくれるそうです。でも、神霊さんのご分体に、そんな労力をかけてもらうなんて、対価がすごいことになるはずですよね?

 不安になったわたしは、スイシャク様に聞いてみました。〈わたしでも、お渡しできる対価ですか?〉って。
 神霊さんたちは、わたしの髪の毛の色がお気に入りで、髪を対価にすると、大きな術を使わせてくれるんですけど、十日間もご分体に顕現けんげんしてもらえるだけの量なんて、さすがにちょっと怖いなって。
 あんまり見た目にこだわりのないわたしでも、一応は年頃の女の子なので、丸刈りとかは勘弁してもらいたいんです。大好きなアリアナお姉ちゃんのことなので、他に方法がなかったら、丸刈りでも全然かまいませんけど。

 あ。ちょっと話が逸れました。ともかく、対価のことを質問したところ、スイシャク様は〈大丈夫。眷属扱いで、お安くしてあげるから〉っていう意味のメッセージを、送ってきてくれました。
 ほっとして、ありがたくて、本当に助けていただいているんですけど……眷属って、何なんですかね?

 辞書で調べてみると、身内とかの血族、もしくは上下関係でつながった者って書いてありました。神霊さんは、人の遥か上位にいる存在なわけですから、言葉の意味としてはよくわかります。
 ただ、単なる上下関係のことだとすると、ルーラ王国の国民は、全員が眷属になっちゃうので、対価をおまけしてもらったりは、できないんじゃないかと思うんです。だったら、スイシャク様は、わたしのことを身内の端っこみたいに、考えてくれてるのかなって……。わたしのいってることって、やっぱり自惚れでしょうか?

 もしも、スイシャク様が、身内扱いしてくれたんだとしたら、何をお返しできるとか、真剣に考えるべきだと思うんです。上下関係にあったとしても、甘えっぱなしって、良くないことですよね? (そういう意味でいえば、ネイラ様へのご恩返しも、すごく大変そうです。日々、恩が積み上がっちゃってる状態ですからね。とにかく、絶対に、ネイラ様の役に立つ人になります!)

 あ。もうひとつ、質問がありました。ネイラ様は、アマツ様の眷属だったりするんですか? もしくは、他の神霊さんの眷属とか?
 差し障りがなかったら、教えてもらえると嬉しいです。わたしとしては、ネイラ様が誰かの〈下位〉になるとか、庇護ひごされるとかっていうのが、あんまりイメージできなくって、違うのかなって思っています。

 手紙を送る前に、窓を開けてみたら、今夜はすごく明るい月夜でした。お月様って、神秘的で、ネイラ様の銀色の瞳みたいで、本当に美しいですよね。

 では、また。次の手紙で会いましょう!

     毎日が激動に次ぐ激動で、ちょっと感覚が麻痺しそうな、チェルニ・カペラより

追伸/
 お月様には、うさぎを司る神霊さんが住んでいても、不思議じゃないと思いませんか?

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間違いなく〈スイシャク様の眷属〉である、チェルニ・カペラ様

 今回のきみの質問には、半ば答えることができ、半ば答えることができません。もちろん、きみに秘密を持ちたいわけではなく、きみ自身が答を探す過程こそが、魂の器を広げるための、貴重な契機になるからです。聡明なきみは、そのことにも、薄々気づいているのではありませんか?

 神霊の為すわざは、ときとして非常に思わせぶりなものです。故意に答を隠し、正解に至る道を引き伸ばし、いたずらに人を惑わせているようにさえ、見えるかもしれません。
 神霊は、時間や肉体にとらわれず、ときとして概念さえも超越します。そうした神霊と、肉体に縛られた人の子とでは、おのずと隔たりも出てきてしまうのも、無理のないところでしょう。魂の器を広げるとは、こうした神と人との隔たりを、少しずつ埋めていく行為でもあるのです。

 ここまで書いてから、久しぶりの感覚に捉われました。わたしの書く手紙は、教師のようではないか……という不安です。堅苦しくてつまらないと思ったら、すぐに教えてくださいね。約束でしたよ?

 少し、話が遠回りしてしまいました。結論からいうと、宛名書きにも示した通り、きみはすでに〈スイシャク様〉の眷属となっています。上下関係を意味する眷属ではなく、御方おんかたの身内、あるいは血族を意味する眷属です。
 これは、非常にまれなことで、わたしが知る限り、彼の御方が眷属を持たれたことは、天地開闢てんちかいびゃく以来初めてではないでしょうか。

 きみが、彼の御方の眷属となった理由や意味、これから為すべき役割については、今は話すことはしません。制約などに縛られてできないのではなく、きみ自身が探求してこそ、意味があるだろうと思うからです。
 説教じみた物言いを許してもらえるのなら、近い将来、きみが大きく成長してくれるだろうことを、確信していますよ。

 一方、わたし自身が、いずれかの神霊の眷属であるかどうかは、答を控えさせてください。きみになら、知られてもかまわないのですが、ひとつの物事を説明しようとすると、多くの物事に言及せざるを得なくなり、大変長い話になってしまうのです。本当に申し訳ないのですが、時が至れば、ゆっくりと話し合いましょうね。

 では、また。次の手紙で会いましょう。

     月にうさぎの神霊がいたら、さぞ愛らしいだろうと思う、レフ・ティルグ・ネイラ