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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 87通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 昨日は、本当に穏やかな一日でした……っていう書き出しは、初めてかもしれませんね? ネイラ様と出会って以来、穏やかな一日って、なかなかないような気がします。冒険小説の書き方を真似すると、わたし、チェルニ・カペラは、ネイラ様と出会った日に、運命の転換期を迎えたんでしょうね。
 ともあれ、神霊術の実技試験で〈霊降たまおろし〉をするはずが、うっかり〈神降かみおろし〉になっちゃった衝撃は、すっかり消えてくれました。スイシャク様やアマツ様によると、〈雛はすこやか也〉〈たましいの休まりたる〉だそうです。どうか、心配しないでくださいね。

 わたしたちは、昨日っていう日を、完全な休養日にしようって決めていました。激動に次ぐ激動の毎日に、心が疲れてしまわないよう、家族全員でゆっくり過ごそうって。朝昼晩とおいしいご飯を食べて、ごろごろごろごろ、どこにも出かけず、ずっと王都の家にこもっていたんです。
 〈野ばら亭〉の凄腕料理人であるルクスさんも、一緒に王都の家に来てくれているので、お父さんは、あんまり料理をしませんでした。お母さんも、帳簿を見たりするのをやめて、わたしの側に寄り添ってくれました。アリアナお姉ちゃんは、長椅子に座って、わたしのセーターを編んでくれました。
 わたしは、アリアナお姉ちゃんと同じ長椅子に寝そべって、肩の凝らない本を読んで、お父さんたちと、たわいもない話をして、ときどき転寝うたたねをして、編みぐるみの作り方を教えてもらって、スイシャク様を抱っこして、アマツ様の背中をでさせてもらって……。最高にぜいたくな時間って、きっとこういうものなんだって、実感しました。

 ネイラ様は、お休みの日は、どんなふうに過ごしているんですか? わたしのイメージだと、わりときっちりとした服を着て、本を読んだり、馬に乗ったり、書き物をしていたりする感じです。つまり、あんまりだらだらとしたネイラ様って、想像がつかないんです。
 実際、高位貴族の人たちって、家でもすごいドレスを着ていたりするんですよね? ネイラ様のお母さんなんて、王族だった方ですから、舞踏会に行くみたいなドレスを着て、宝石をつけて、家にいるんでしょうか? それって、わりと大変というか、気持ちが休まらないんじゃないかって、少しだけ心配です。

 そして、わたしの穏やかな一日は、本当に一日だけで終わってしまいそうです。すごく気持ち良く、元気いっぱいに起き上がり、お父さんのおいしい朝ご飯を食べたところで、お客さんが来るんだって、知らされたんです。
 うちに来てくれるのは、神霊庁のコンラッド猊下げいかと、オルソン猊下だそうです。わたしにとっては、優しいミル様と、大好きなヴェル様ですが、神霊庁の大神使だいしんし様と神使様が、わざわざ予告してから訪問するなんて、絶対にろくなことじゃな……まともな話じゃな……普通じゃありませんよね。

 この手紙を書き終わって、アマツ様に配達をお願いしたら、ミル様とヴェル様をお迎えする準備をします。いろいろと大変は大変ですが、ちょっとだけ、それを楽しんでいる自分もいますので、大丈夫です。
 穏やかで楽しくて、ネイラ様と出会えなかった人生と、重圧と責任に押しつぶされそうになりながらも、ネイラ様と文通してもらえる人生を比べたら、一秒も迷わず、後者を選びます。本当ですよ?  

 では、また。次に手紙を出すときは、ミル様とヴェル様の訪問も終わっているので、またお知らせしますね。

     ごろごろしているネイラ様を、ちょっと見てみたい、チェルニ・カペラより

追伸/
 栗の渋皮煮しぶかわにの入ったパウンドケーキ、最高においしいですよね。お父さんの作ってくれるお菓子って、全部、ほんのりとした甘さなので、他所よそで食べるお菓子は、ちょっと苦手なときがあります。少女のうちから、こんなに口がえちゃって、大丈夫なんでしょうか、わたし?

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穏やかな一日の価値を知っている、チェルニ・カペラ様

 クローゼ子爵家の事件から、〈神託しんたく〉の宣旨せんじまで、立て続けに問題に巻き込まれてきたきみが、わずか一日とはいえ、穏やかに過ごすことができたと聞いて、わたしも安心できました。
 神霊術の実技試験において、多くの神々が〈神降〉をした結果、きみの柔らかく繊細な魂にも、大きな負荷がかかったはずです。きみの大好きなご両親と姉上に囲まれた、何気ない時間こそが、きみの魂に休息をもたらしたのでしょう。本当に良かった。

 それにしても、カペラ家の一日は、微笑ましい限りですね。家族が仲良く寄り添い、姉上はきみのためのセーターを編み、きみは長椅子で〈ごろごろごろごろ〉。想像するだけで、楽しい気持ちになります。
 ご想像の通り、わたし自身は、あまり休日の過ごし方が上手くありません。王国騎士団に出仕しゅっししないときは、本を読んだり、鍛錬をしたり、書類に目を通したりしています。書いていて呆れるくらい、型通りですね。

 きみが書いていた、〈いつも舞踏会のようなドレスを着ているお母さん〉というのは、半分は正解で、半分は不正解です。わたしの母は、生まれついての王族でしたので、普段着でごろごろしたりはしないものの、家ではそれなりに簡素なドレスで過ごしています。
 母の侍女長じじょちょうが教えてくれたところによると、形や生地もさることながら、〈身体を締め付けない工夫〉のされたドレスが、家庭用なのだそうです。わたしや父は、適当な部屋着で過ごしたりもしますので、やはり女性は大変なのでしょうね。
 
 きみの手紙を読んで、長椅子でごろごろしている父母を、見てみたくなりました。今度、わたしから勧めてみることにします。もちろん、わたし自身も、少しごろごろしながら、きみのことを思い出すつもりですよ。 

 では、また、次の手紙で会いましょう。慌ただしい毎日なのですから、どうか身体には気をつけて。

     カペラ家こそ、家族の理想形の一つだと感じている、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 今回のきみの手紙は、とてもうれしいものでした。わたしと出会ったことによって、きみに負荷をかけているのではないかと、密かに案じていましたので。わたしも、きみに会えた人生に喜びを感じています。ありがとう。