見出し画像

連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 71通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 大事件です、ネイラ様! すごいことになりました! 何がって、わたしの大切な〈野ばら亭〉に、王都の支店ができそうなんです!

 さっき、晩ご飯の後のデザートに、りんご煮の砂糖がけを食べているとき、お父さんとお母さんが教えてくれました。キュレルの街の〈野ばら亭〉はそのままに、王都にも〈野ばら亭〉の支店を出すそうです。そして、王都支店を軌道に乗せるために、王都にも家を持って、家族で王都に住むことになったんです。
 王都の家は、王城からも近いところにしてくれたので、王立学院へもわりとすぐに行ける距離です。つまり、わたしは、自分の家から王立学院に通えるんですよ、ネイラ様!

 お父さんとお母さんの説明によると、キュレルの街で絶大な人気を誇る〈野ばら亭〉の存在は、王都でも密かに話題になっていて、わざわざ泊まりに来たり、ご飯を食べに来たりしてくれるお客様が、けっこう多いんだそうです。
 王都からのお客様は、噂で聞いた〈野ばら亭〉に来て、大満足してくれて、何度も来てくれるし、噂にもしてくれて……。結果的に、王都にも支店を出してほしいっていう要望が、前々から殺到していたらしいです。お父さんの料理は、本当に絶品だから、当然といえば当然ですよね。

 ただ、お父さんは、今までまったく乗り気じゃなくて、ずっと出店を断っていたんだって、教えてもらいました。キュレルの街の〈野ばら亭〉には、立派に育った料理人さんが何人もいるけど、王都に支店を出すとなれば、どうしてもお父さんの力が必要になります。お父さんは、わたしたち家族と離れて王都に行くなんて、まったく考えていなかったんですよ。
 お父さんとお母さんが、〈野ばら亭〉の王都支店に前向きになったのは、おじいちゃんの校長先生が、わたしを王都の高等学校へ進学させた方が良いって、ものすごく強く勧めてくれたからでした。校長先生が、あまりにも熱心だから、お父さんとお母さんも、そうするべきじゃないかって思うようになって、だったら、わたしを一人にしないために、王都に店を出しちゃおうかって、話が進んでいったんですって。

 実際には、王都支店の計画は、一年以上前から進んでいたらしいです。わたしのお母さんは、〈豪腕〉って呼ばれる経営者なので、きっと準備は万端ばんたんなんだと思います。お母さんが、商売で失敗する未来って、思い浮かばないんですよ、わたし。
 どんなお店になるのか、今から楽しみで仕方がありません。王都支店だったら、ネイラ様のお父さんとお母さんにも、食べに来てもらえるかもしれませんよね? ネイラ様も、いつか〈野ばら亭〉王都支店に来てもらえたら、わたしは、本当にうれしいです。

 では、今日は、このへんにしておきます。また、次の手紙で会いましょうね!

     王立学院に進学してからも、お父さんの料理を食べ続けられる、チェルニ・カペラより

追伸/
 ネイラ様が教えてくれた、神霊庁の裁判は、とっても興味深いものでした。神器じんぎである〈神秤しんしょう〉を、わたしたちも、見られるかもしれないんですよね? 神聖な場だってわかっていますが、正直なところ、めちゃくちゃ興味深いです。

        ←→

〈神秤〉の奇跡を目にできるであろう、チェルニ・カペラ様

 神霊庁の裁判では、〈神秤〉から印を授けられた神使しんしが、裁きを司る神霊の助力を受け、裁かれる者の罪を定めます。ただ、〈神秤〉が、どのような形で裁きをすのか、人々の目に映る情景は、必ずしも同じではないのです。
 以前の神前裁判を例に上げると、ある者の目には、巨大な黒白こくびゃくの光球が出現し、黒か白かのいずれかの光で、裁きの場を満たしたように見えたそうです。また、その者の横に座っていた者の目には、光り輝く巨大な秤が出現し、轟音ごうおんと共に一方に傾いたとか。また、ある者は、巨大な花が出現し、白か黒かの花を咲かせたと話していました。

 きみも知っての通り、神霊が現世うつしよ顕現けんげんするときの姿は、見る者の認識や、一人一人の力のようによって、見え方が異なります。他国の人々にも共通する魔力ではなく、神霊に直結する〈神力しんりょく〉、あるいは〈神力〉の前段階ともいえる〈霊力〉を、より多く持つものほど、神霊の実相じっそうに近いものが見えるといって良いでしょう。
 もちろん、きみは、誰よりも神霊の実相に近づける人です。今はまだ幼く、魂の器が固定化されていないので、あやふやに見えるかもしれませんが、遠からぬ日に、尊きものを尊き姿のまま、目にできるはずなのです。数多あまたの神霊も、わたし自身も、その日を楽しみに待っていますからね。

 さて、きみが教えてくれた素敵な大事件は、ネイラ侯爵家でも、大きな反響を巻き起こしました。その影響は各所かくしょに及び、浮き足立つ人々が発生しているほどです。端的にいうと、わたしの両親も、伯父である宰相閣下も、コンラッド猊下げいかも、王国騎士団の者たちも、歓声を上げて喜び、すでに今から楽しみにしているのです。
 きみの王立学院入学に合わせるということは、今年中にも、〈野ばら亭〉の王都支店が完成するということでしょうか? わたしの両親など、いつから予約ができるのかと、指折り数える勢いです。必ず訪問させてもらいますので、どうかよろしく。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     両親が、〈野ばら亭〉に日参するのではないかと心配している、レフ・ティルグ・ネイラ