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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 21通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 いよいよ、いよいよ、あと五日に迫ってきました。何がって、フェルトさんが、うちの家に訪ねてくる日ですよ、ネイラ様!

 今日の午後、キュレルの街を守ってくれる、優しい熊みたいな守備隊の総隊長さんから、新しいお手紙が届きました。フェルトさんは、五日後にうちの家を訪ねてきて、そのときは総隊長さんも同行してくれるんですって。

 総隊長さんっていえば、フェルトさんにとっては、一番上の上司ですよね。そんな立場の人を連れて、うちの家を訪ねてくるなんて、縁談以外に考えられません。
 そして、総隊長さんの手紙には、〈フェルトの親族と共に〉訪問するって、しっかり書いてあったんです。これはもう、確定を通り越して、決定だって考えてもいいですよね?(違ってたらびっくりです)

 わたしとお母さんは、手紙を見せてもらった瞬間、興奮のあまり、手を取り合って叫んでしまいました。嬉しいっていうか、緊張するっていうか。とにかく、〈遂にきた!〉っていう感じで、興奮しちゃったんです。
 一方で、お父さんは変でした。一回も見たことのない、貼り付けたような無表情のまま、何かをぶつぶつとつぶやいていて……。大好きなお父さんですが、正直、かなり不気味でした。
 お父さんってば、アリアナお姉ちゃんを、お嫁にやりたくないんでしょうね、やっぱり。アリアナお姉ちゃんは、十七歳になっているので、婚約したり結婚したりしても、当たり前の年齢なのに。

 実をいうと、アリアナお姉ちゃんが町立学校を卒業した頃から、婚約の申し込みはたくさんきていました。街の名士らしい人を連れて、うちの家を訪ねてくる人も、けっこうな数になっています。アリアナお姉ちゃんなんですから、当然ですね。
 でも、お父さんとお母さんは、いつも同じ答を返すんです。〈アリアナに聞いてください。娘の結婚相手は、娘自身が決めます〉って。(もちろん、不真面目な男の人や評判の悪い人、断られても諦めてくれない人は、〈剛腕〉のお母さんが、にっこり笑って先に排除していました)

 おっとりと優しい、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、必要なときには、はっきりと意見をいえる人です。学校の勉強は、わたしの方ができるけど、お姉ちゃんは、本当の意味で賢いので、ぐずぐずと迷ったりもしません。
 柔らかく微笑みながら、鈴みたいに可憐な声で、〈交際も結婚もお断りいたします。お気持ちだけ、ありがたく頂戴します〉って、ばっさり切り捨てるのを、いったい何回見たことか! 

 あれ? 今、気がついたんですけど、交際の申し込みをするために、人が訪ねてくることになっても、お父さんは一回も動揺したりしていませんでした。穏やかに、礼儀正しく、余裕を持ってお迎えしていたんです。
 そのお父さんが、不気味な無表情になっているのは、きっとアリアナお姉ちゃんの答を知っているからなんでしょうね。

 当日に着る洋服は、かなり候補がしぼられてきました。ネイラ様が推薦してくれた、グレーのドレスが可愛いんですけど、ちょっと派手かなっていう気もして、ぐるぐると迷っています。もう一枚、大人しめのグレーのワンピースがあるので、これにピンクのカーディガンを合わせるっていうのも、良いんじゃないかなって。
 グレーとピンクって、色の相性が良くて、意外に可愛い取り合わせですよね? お母さんも、そのどちらかがお勧めらしいので、早めに決めたいと思っています。

 では、また。次のお手紙のときは、一緒にマロングラッセをお届けできると思いますので、待っていてくださいね!

     洋服選びばっかりじゃなく、ちゃんと勉強もしている、チェルニ・カペラより

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とてもよく人を見ていると思う、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙を読んでいると、〈アリアナお姉ちゃん〉がいかに素晴らしい女性であるか、とてもよくわかります。美しく、優しく、聡明な女性というのは、ほとんどの男にとって、理想とするところでしょう。
 きみのご両親も、とても素晴らしい方々だと思います。その上で、きみという妹までいるのですから、アリアナさんに求婚が殺到するのは、当然ではないでしょうか。

 きみの手紙を読んでいると、いつも〈正しい〉気がします。正しい心の人たちが、正しく生きている様子が、とても生き生きと伝わってくるのです。
 ご両親が、大切なお嬢さんの選択を信じ、その意思を尊重しようとすること。娘を愛する父上が、微笑ましく右往左往うおうさおうすること。仲の良い母娘が、一緒になってアリアナさんの幸福を祈っていること。誠実なフェルトさんが、真剣に交際を申し込もうとしていること。優しいアリアナさんが、断りを受ける相手のために、きっぱりと断りを入れること……。
 そのすべてが、良い意味で普通であり、平凡であり、だからこそ、何よりも尊く正しい〈人としての営み〉だと思うのです。

 きみの手紙によって、わたしは、たくさんのことを教えられています。〈げき〉として生まれ、ルーラ王国における最高の教育を施されていても、学ぶことのできなかった、とても大切なことです。
 言葉にしてしまえば、味気なくなるのですが、強いて表現するとすれば、きみの手紙は、わたしに当たり前の人生というものを指し示してくれるのです。きみや、きみのご家族が、本当に平凡かといわれれば、それはまた、まったく別の話ではありますが。

 来るべき日の成功を願って、わたしからも、小さな贈り物をさせてください。かねてから制作していたショートマフラーのひとつが、何とか納得できる仕上がりになりましたので、この手紙と一緒に、赤い鳥に運んでもらうことにします。
 もちろん、きみへの催促ではありませんよ? きみには、大切な受験もあるのですから、気にしないでください。遠慮をせずにもらってくれると、とても嬉しく思います。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。父上のマロングラッセを、とても楽しみにしています。

     どちらのグレーも似合うと思う、レフ・ティルグ・ネイラ


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