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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 14通目

レフ・ティルグ・ネイラ様 
 
 もしかして、わたしったら、ネイラ様に手紙を出しすぎているんでしょうか?
 
 この間、お母さんに王都に連れて行ってもらったとき、大きな文具屋さんで、すごく綺麗な文箱を見つけました。飾り彫や縁飾りのついた真鍮しんちゅうで、ふたのところはピンク色で、可愛い猫足までついているんです。もう、ひと目で気に入って、お土産に買ってきました。
 そして、家に帰って、喜んでネイラ様からのお手紙を入れたら、けっこう一杯になっちゃって。先日もらったお手紙で、ついに蓋がぴたっと閉まらなくなりました。小さな文箱で、猫足になっている分だけ底が浅くて、量が入らないからだとは思うんですが、文通を始めて二ヵ月も経っていないことを考えると、ちょっと多すぎるんじゃないかと、心配になってしまいました。
 
 わたしが手紙を出したら、ネイラ様がすぐに返事をくれて、それがすごく嬉しくて、どんどん書いちゃうんですけど、ご迷惑ではありませんか? ネイラ様って、きっと忙しい方ですよね? 
 もう少し控えた方がよければ、本当にそういってください。約束ですよ。(これは、ネイラ様の口癖? を真似してみました。とっても親し気で、優しい感じがして、わたしは大好きです。ネイラ様と、たくさん約束をしたいという気持ちになります)
 
 ところで、ネイラ様。王都一の本屋さんって、すごいところですね! あんなに大きな三階建ての建物の中に、本、本、本、本……。わたし、あの本屋さんに行ったのは、今回が初めてだったので、感動してしまいました。(わたしを本屋さんに連れて行くと、一日の予定が終わらないからって、今まで王都に来たときは、行かせてもらえなかったんです)
 今回は、王立学院の入試のために、参考書を買うという目的があったおかげで、けっこう時間を取ってもらえました。参考書の方は、先に決めていたので、残った時間でほしい本を選びました。楽しくて楽しくて、本当にもう最高でした!
 王都で暮らすようになったら、いくらでも行けるようになりますよね? それだけでも、王立学院に進学するのが楽しみです。
 
 その日、本屋さんで購入したのは、全部で十五冊でした。参考書とか、王立学院の過去の入試問題集は、お母さんが買ってくれて、五冊は自分のおこづかいで買いました。うちの家は、本を買うためのおこづかいを別にくれるので、とっても助かっています。
 買った本の中でも、特に気に入っているのは、〈騎士と執事の物語〉の新装版でした。王子様をかばって片腕をなくし、騎士団を続けられなくなった騎士が、王子様に懇願こんがんされて執事になり、二人で波乱の人生を乗り越える……っていう、あの素敵な物語です。
 
 このお話は、小さい頃から大好きでした。本当に面白くて、感動的で、最後に執事になった騎士さんが、おじいさんになって亡くなるところは、読むたびに号泣してしまいます。騎士道とか忠節とか自己犠牲とか信頼とか、やっぱり好きですよね、ルーラ国民は。
 ネイラ様は、このお話を読みましたか? 物語とかは、読まないのでしょうか? もし、まだだったら、一度手に取ってみてください。キュレルの街の文学少女、チェルニ・カペラからのお勧めです。
 
 ここまで書いたところで、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、そっと部屋に訪ねてきてくれました。〈わたしからチェルニへ、王都のお土産を持ってきたの〉って。
 お姉ちゃんがくれたのは、わたしが買った文箱の、大きいサイズのものでした。三倍くらいの大きさがあって、値段は五倍くらいしたので、買うのを諦めていたのに、お姉ちゃんたら、わたしが知らない間に包んでもらってたみたいなんです。
 〈しばらくしてから、渡そうと思っていたの。チェルニの選んだサイズだと、ネイラ様にいただいたお手紙で、すぐに一杯になっちゃうでしょう?〉って、にこにこと笑うお姉ちゃんは、ルーラ王国一の美少女です。あんなに綺麗な顔じゃなくっても、絶対に!
 
 では、また。次のお手紙で会いましょう!
 
 
     〈ルーラ王国騎士団の歴史と組織編成〉という本も買ってしまった、チェルニ・カペラより
 
 
 
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素敵な文学少女の、チェルニ・カペラ様
 
 あの書店は、確かに素晴らしい品揃えですね。店主に聞いたところでは、常に五十万冊を超える本を用意しているそうです。ルーラ王国に限っていうと、蔵書数は王城に隣接する王国図書館が最大で、次が王立学院の学院図書館。そして、三番目に当たるのが、あの書店だということです。
 
 現在の店主は、わたしの父と懇意にしていて、よく屋敷まで本を届けに来てくれます。根っからの本好きで、妻子や孫よりも本が大切だと公言して、離縁の危機に陥ったこともある程の人物です。そんな彼が、本を司る神霊から印を受けているのは、当然といえば当然の結果でしょうね。
 きみのようなお嬢さんが、大の読書家だと知ったら、きっと大喜びで本の話を聞かせてくれると思いますよ。機会があれば、是非わたしに声をかけてください。店主を紹介しますので。
 
 〈ルーラ王国騎士団の歴史と組織編成〉は、わたしも熟読しています。専門的な用語が多く、まったく読んでいて楽しい本ではないと思うのですが、どうでしたか? 
 王国騎士団の騎士を養成する士官学校では、この本が教材として使われます。したがって、わたしたち騎士は、内容を理解していて当然ですし、試験問題としてもよく出題されます。騎士の立場からすると、とても参考になる名著ですが、十四歳の可憐な少女に購入してもらえるとは、筆者も想像していなかったでしょうね。
 
 〈騎士と執事の物語〉は、実はわたしの少年時代の愛読書のひとつです。きみも読んでいると知って、とても嬉しくなってしまいました。あの執事の無垢な献身と、王となる王子の優しさが、大変に感動的ですね。
 最後の場面で、老人となった執事が亡くなるところでは、わたしも目頭が熱くなった記憶があります。そんなふうに、感情を揺さぶられるような名著と出会うことは、人生の大きな楽しみだと思います。
 
 〈騎士と執事の物語〉の新装版は、物語の設定集や、用語集が追加され、何点か挿絵も加わるのだと、書店の店主が教えてくれました。きみの手紙を読んで、わたしもほしくなりましたので、近々届けてもらうことにしました。とても楽しみです。
 それから、年末には、受注生産の愛蔵版も発売されるらしく、こちらは著者が一部加筆しているのだそうですよ? 詳細は、来月発表されるとか。楽しみでもあり、不安でもある、といったところでしょうか。物語の世界観が壊されないことを、願うばかりですね。
 店主に依頼して、きみの分とわたしの分の二冊、愛蔵版を予約しておきます。マフラーと一緒に贈りたいと思いますので、買わずに待っていてくださいね。
 
 きみからの手紙は、確かにかなりの量になっています。しかし、わたしは、とても楽しみにしていますし、王国騎士団長などというものは、応接間の飾りのような役職ですので、返事を書く時間にも困りません。
 きみの方こそ、受験勉強もあるでしょうから、負担にならない程度に、日々の生活を書き送ってもらえたら、とても嬉しく思います。
 
 では、また。次の手紙で会いましょうね。
 
 
     仲の良い姉妹に心を癒されている、レフ・ティルグ・ネイラ
 

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