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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 10通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 何通か前の手紙で、〈楽しいことだけ書きます〉と宣言したわたしに、〈楽しくないことも書いてほしい〉といってくれたこと、覚えていますか? ネイラ様は、社交辞令なんていわない人だとわかっているので、思い切って愚痴を書いてもいいでしょうか? 
 あんまり甘えすぎているようなら、この手紙はここで読むのをやめてもらって、〈読まなかったよ〉って、お返事してもらっていいですか? そうしたら、ちゃんと反省して改めますので、よろしくお願いします。
 
 それで、何が問題かというと、町立学校の同級生たちのことです。わたしが王立学院を受験するという話が広まってから、ちょっと、かなり、うっとうしい感じになってしまったんです。
 おじいちゃんの校長先生や、猫好きの担任の先生たちからは、わたしが王立学院を受験するっていう事実だけを、みんなに伝えるようにいわれています。進路を隠すのは不自然だけど、ネイラ様のことや特待生のことを広めるのも、やっぱり良くないからって。お母さんと一緒に、校長先生に報告に行ったときに、話し合いでそう決まりました。
 おじいちゃんの校長先生が、〈人の幸運を無条件で喜んでやれる者は、ご神霊の御坐おわしますルーラ王国でさえ、多くはないのでな、サクラっ娘〉って、ちょっとだけ悲しそうな顔で話していたのを、よく覚えています。
 
 キュレルの街の町立学校では、わたしは〈開校以来の秀才〉なんていわれているので、王立学院を目指しても、特に不自然ではなかったと思います。ネイラ様に推薦してもらう前にも、先生たちから受験を勧められていた経緯は、けっこう知られていたんじゃないでしょうか。
 それなのに、実際に受験が決まったら、いろいろな面倒が起こっています。なかでも、一番びっくりしたのは、受験をやめるようにいわれたことです。
 
 今日、クラスの人気者で、可愛くって有名な女の子が、何人かの同級生を引き連れてきて、わたしにいいました。〈カペラさんだけが王立学院に行くなんて、ずるいと思うの。受験をやめて、みんなで一緒にキュレルの高等学校に行きましょうよ〉って。
 わたし、チェルニ・カペラは、十四年生きてきて、あのときほどびっくりしたことはなかったかもしれません。何が〈ずるい〉のか、なぜ受験をやめる必要があるのか、どうして一緒の学校に行かないといけないのか、まったく理解できませんでした。ネイラ様、わかります?(いや、わかるわけないのはわかっているんですが、定型句というやつです)
 
 わたしは、ちょっとの間だけ呆然としてから、すぐに正気を取り戻しました。いい争うだけの意味もないなって思ったので、〈嫌です。受験します。あなたたちと同じ学校には行きません〉とだけ、なぜか丁寧語で答えて、さっさと帰ってきました。怒るというよりも、本当に驚きました。何なんでしょう、あの子たち? 
 
 正直にいうと、クラスの子たちとは、もともとあんまり仲が良くありません。何人か親しい友達がいるだけで、男の子には無視されるか、突っかかってこられるかだし、ほとんどの女の子とは、あんまり会話が成り立ちません。何だか意味のわからないことをグネグネいわれるので、疲れちゃって、頭に入ってこないんです。あの子たちの言葉って、〈古語こご〉よりもむずかしいと思います。(書いていて、ちょっと悲しくなってきました。わたしって、人に好かれない性質たちなんでしょうか?)
 ネイラ様には、〈学校の人気者で、誰にでも好かれる女の子〉だって思ってほしかったんですが、現実はこんなものなんだって、ここで告白します。ついでに、あの子たちに受験をやめろといわれた結果、絶対に上位合格してやろうと固く決心したことも、あわせて告白しておきます。
 
 うわぁ。読み返してみたら、本当に愚痴っているだけの手紙ですね。すごく恥ずかしくて情けないけど、書き直さないことにします。本当はちょっと気難しくて、あんまり優しくないところがあって、家にいるときほど〈いい子〉じゃないわたしも、ネイラ様には隠さないでいたいなって思ったので。(でも、ネイラ様に嫌われるのはつらいので、直した方がよかったら、そういって叱ってほしいです)
 
 お父さんやお母さんには、何も話さなかったのに、今日の晩ご飯には、お父さんがリコッタチーズのパンケーキを焼いてくれました。ふわふわで、チーズの香りがほんのりして、何枚でも食べたくなるくらいおいしいんです。
 これは、わたしの大好物で、一枚目をバターと黒こしょうで食べて、二枚目をバターとメープルシロップで食べるのが好きです。飲み物は、甘みのないミルクティー。おかげですっかり元気になったので、今は大丈夫ですからね。念のため。
 
 編み物のこと、もう少し書きたいと思っていたのですが、今日はこのへんでペンを置きます。また、次の手紙でお会いしましょう!
 
 
     ネイラ様作製のショートマフラーをもらえたら、一生の宝物にするチェルニ・カペラより
 
 
 
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毅然とした対応のできる、チェルニ・カペラ様
 
 王立学院の受験をめぐって、大変な目にあったのですね。きみの手紙を読んで、わたしも昔を思い出しました。
 
 わたしは侯爵家の嫡男として生まれましたし、〈げき〉であることも隠されてはいなかったので、正面から批判するものは多くありませんでした。反面、陰ではやはりいろいろといわれていて、自然と耳に入ってきました。
 〈見るからに生意気だ〉とか、〈人を人とも思っていない〉とか、〈たまたま神霊の加護が強かっただけなのに、いい気になっている〉とか。なかには、〈力が強すぎて恐ろしい。きっと問題を起こすに違いない〉と、疑いの目で見られたこともありました。
 きみが、〈学校の人気者で、誰にでも好かれる女の子〉だと思ってほしいと書いてくれたように、わたしも〈誰にでも好かれる人望ある男〉だと、きみには思ってもらいたいのですが、現実は必ずしも願い通りにはなりませんね。真に聡明で、常に正しいきみに習って、わたしもここで告白しておきます。
 
 とはいえ、わたしの人嫌いや、周囲から遠巻きにされていた状況は、王国騎士団に入団したことによって、大幅に改善されました。騎士たる者は、剣でぶつかり合うことによって、お互いを知ることができるという、いささか野蛮な性質を持っているからです。
 貴族の子弟しか入団することのできない、近衛騎士団であれば、貴族社会の縮図のような生活になった可能性もありますが、王国騎士団の場合は、身分にかかわらず入団者を募りますので、その分だけ風通しがいいのでしょう。
 きみにしても、これから歳を重ね、自分の存在のあり方を知ることによって、自ずと相応しい〈場〉に到ると思います。慰めをいうのではなく、本当に。このことについては、いつかゆっくりとお話しましょう。
 
 それにしても、入学前から横車を押してくる者がいるとは、さすがに予想していませんでした。校長先生を怒らせた担当者といい、きみに受験をやめるようにいった女生徒といい、本当に理解しがたいですね。
 同級生を一顧だにせずに拒絶するというのは、場合によっては問題かもしれませんが、相手が理不尽であるならば、それは勇気だと思います。優しさと弱さ、強さと傲慢は紙一重ですので、自らを律していかなくてはなりませんね。(ただし、わたしがきみを嫌うことなど、絶対にないと断言できます)
 
 今回は、きみがとても毅然としていて、受験の意思を曲げずにいてくれるので、わたしも安心して静観することにします。何か不都合が起こるようであれば、遠慮なく相談してください。約束ですよ。
 
 このままで手紙を終わると、本当に学校の先生になってしまうので、世間話をひとつ。前回の手紙で、ショートマフラーの製作を、部下たちに止められたと書きましたね。実は、きみが希望してくれた場合を想定して、買い物だけはすませていたのです。
 わたしとしては、手芸店というところに行ってみたかったので、部下に案内を頼んだのですが、なぜか数人がかりで反対されてしまい、見本を持ってきてもらうに留めました。とにかく、サクラ色の毛糸をと依頼したところ、いくつかの商会から百種類くらいは集まったでしょうか。そのなかにひとつだけ、きみの髪に似た色の毛糸があったので、商会にあるだけ確保しておきました。
 きみは、わたしが編み物をしても、幻滅しないでいてくれるようですので、挑戦してみようと思います。誰かに教えてもらうのも、なかなか面倒になりそうですから、編み物の本というものを参考にします。毛糸と一緒に、購入しておきましたので。
 
 では、また。次の手紙でお会いしましょう。
 
 
     町立学校の生徒たちによる、他の面倒事も教えてほしい、レフ・ティルグ・ネイラ