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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-19

 王太子殿下が、たくさんのお付きの人を従えて、宰相執務室を出て行った瞬間、部屋中に何ともいえない空気が広がった。安心したようでもあり、深刻なようでもあり、怒っているようでもあり、戸惑っているようでもあり……。壁際に整列していた人たちのうちの誰かが、押し殺したため息をらすまで、緊張は続いていたんだ。
 
 最初に声を出したのは、宰相執務室の主人である、宰相閣下だった。宰相閣下は、きびきびとした動きで椅子に腰かけ、柔らかく表情をゆるめてから、文官さんの方に向かっていった。
 
「嵐のような御方おかたがご訪問になられたゆえ、すっかり茶も冷めてしまった。誰か、熱くて濃い紅茶を用意しておくれ。疲労回復の特効薬に、わたしの秘蔵の菓子を、皆様に提供するとしよう。何かというと、アスにねだって分けてもらった、〈野ばら亭〉特製の塩キャラメルなのだがね」
御意ぎょいにございます、閣下。今すぐにご用意いたします」
「これはこれは。兄上が塩キャラメルをご提供になられるとは、よほど皆様の疲労をご心配なのでしょうな」
「数に限りがあるのだから、そなたは王城の菓子で我慢しておくれ、アス。家に帰れば、カペラ殿から贈られた菓子があるのだから、良いであろう?」 
「仕方がございませんね。わたしは、屋敷で干し柿をいただきますので、今は王城の焼き菓子でよろしいでしょう」
「さあ、オディール姫も皆様も、席にお着きください。本来、登城いただいた要件について、まだ何も話せておりませんからな。早々に気持ちを切り替えて、打ち合わせをいたしましょう。よろしいですか、猊下げいか?」
「もちろんでございます、宰相閣下。と申しましても、先程の王太子殿下のお話には、触れぬわけにはまいりませんでしょうが、まずは、茶菓さかをいただいて、落ち着くといたしましょう。今日の王太子殿下は、いつにも増して過激であられましたゆえ、いささか肩に力が入りました」
 
 コンラッド猊下は、そういって、穏やかに微笑んだ。神霊王国であるルーラ王国の王太子殿下が、堂々と神霊さんを拒絶するようなことをいったのに、猊下ってば、平気な顔をしているんだよ。宰相閣下も、レフ様のお父さんも、やっぱり平然としている。いまだに表情を強張らせているのは、オディール姫たちルーラ大公家の人たちだけなんだ。猊下や宰相閣下が、神霊さんを軽く見るはずがないのに、どうして? ネイラ侯爵閣下だって、〈神威しんいげき〉である、レフ様のお父さんなのに、どうして?
 まるで、わたしの疑問を感じ取ったみたいに、深刻な顔をしたオディール姫が、誰にともなくいった。
 
「わたくし、王太子殿下にお目にかかったことは、一度か二度しかございませんの。それも、王城の記念式典の場でしたので、ご挨拶をさせていただいただけ。あの愚弟ぐてい、ルーラ大公家の恥晒はじさらしであるアレクサンスが、親しくしている方だと思うと、話をする気にもならなかったのですけれど……先程の問答は、何としたことでございましょう? 我がルーラ王国の王太子殿下は、尊き御神霊を不要と仰せですの? そして、有能極まりない皆様方は、それをお許しになっておられますの?」
「ご不快に思われたのでしたら、お許しあれ、オディール姫。王太子殿下の申されることも、一面の真実ではございますので、神霊庁も傍観ぼうかんしておりました」
「傍観。神霊庁をべる大神使だいしんしであられるコンラッド猊下が、御神霊への不敬を、傍観していたと仰せになりましたの? 徳高き慈愛の御使みつかいと、王国中に御命令ごめいれいとどろかせる猊下が、傍観したと」
「姫、姫。猊下に対したてまつり、さすがに御不敬ですよ。お気持ちを落ち着けてください。猊下や宰相閣下、ネイラ侯爵閣下が、道理もなく傍観などと仰るわけがないではありませんか」
「……そうね、マチアス。あなたのいう通り、わたくしが浅慮せんりょでした。ご無礼を申しました、猊下。何とぞお許しくださいませ」
「よろしいのですよ、姫君。事前の知識のないまま、先程の王太子殿下のお話をお聞きになれば、ご不審に思われるのも当然でございます。王太子殿下のことは、わたくしなどよりも、宰相閣下やネイラ侯爵閣下の方が、何倍も苦慮しておられます。さようでございましょう、宰相閣下、侯爵閣下?」
 
 コンラッド猊下は、オディール様に叱られても、まったく表情を崩さず、穏やかに微笑んだままだった。話を振られた宰相閣下とネイラ侯爵閣下は、二人で顔を見合わせ、小さく笑った。いかにも、やれやれっていう感じに。  
 わたしには、思わずきつい物言いになっちゃった、オディール様の気持ちが、よくわかった。だからこそ、わたしも、〈鬼哭きこくの鏡〉で状況を見つめている、わたしのお父さんとお母さんも、宰相閣下の答に注目したんだ。宰相閣下は、静かな口調で、少しだけ苦しそうに話し始めた。
 
「王太子殿下は、生まれついてご聡明であられ、神霊術にもけた御方おかたでございます。本来なら、ルーラ王国の王太子殿下として、わずかなけもなく、御代みよを繁栄させてくださったに違いありません。ただ、王太子殿下は、単にご聡明なのではありませんでした。一を聞いて百を悟り、あらゆることを完全に記憶できる殿下は、真の天才であられました。我ら臣下は、最初は世継ぎの君の才を喜び、その後、次第にご心配申し上げるようになりました。天才であるからこそ、王太子殿下は、平穏なルーラ王家の治世ちせいに、飽きてしまわれたかに見えたのです」
「宰相閣下がお感じになった危惧きぐは、我ら神霊庁の神使しんしの間でも、懸念しておりました。幼少の頃の王太子殿下は、何度も神霊庁をご訪問になられ、神事にご臨席なさり、神霊庁の蔵書を読破なさり、ありとあらゆる神霊術について学ばれました。そして、十歳を超える頃には、神霊庁にも見切りをつけられたのです。わたくしは、寂しそうなお顔で、殿下が仰せになったお言葉を、今も忘れることができません。王太子殿下は、仰いました。〈この世の神秘境たる神霊庁にも、未知なるものがなくなってしまいました。わたしは、この先、どうやって暇を潰せばいいのでしょう〉と」
「その王太子殿下が、大きく変わられたのは、当家にレフヴォレフが生まれてからです。〈神威の覡〉の御誕生は、王家の血を引く者すべてにご神託しんたくが降りましたので、王太子殿下も、ご承知でございました。やがて、誕生の祝いにと、我が屋敷まで足をお運びくださった王太子殿下は、あの希少きしょうな瞳をきらめかせ、仰せになられました。〈すごい。本物の《神威の覡》だ。王家の血を引く全ての者に、神託が降ったほどの《神威の覡》の誕生など、何百年ぶりなのだろう。国が乱れるから、《神威の覡》が生まれるのか。《神威の覡》の存在が、国を波乱に導くのか。考えれば考えるほど、楽しいな〉と。その場には、兄上もおられ、レフの傅役もりやくとなってくださった、コンラッド猊下もご臨席であられましたな」
「ああ。覚えているとも、アス。王太子殿下は、見たこともないほど楽しそうで、生き生きとしておられ、わたしたちは、不安で仕方なくなったのだった」
「ええ。わたくしも、昨日のことのように覚えておりますよ、侯爵閣下。わたくしは、神霊庁の神使として、〈神威の覡〉におつかえできる喜びに、身を震わせておりましたけれど、王太子殿下の熱を帯びた瞳を拝見し、別の意味で震えてしまいました。王太子殿下は、おそれ多くも、レフ様を〈遊び〉の相手にしようと思われたのでしょう。国や平和や生死を賭けた、身勝手でありながら、真剣にこいねがう〈遊び〉でございます」
 
 え? ええ? 三人とも、何をいってるの? 王太子殿下が、天才っていうくらい賢いのはわかったけど、それと神霊さんたちと、何の関係があるの? ひょっとして、勉強ができすぎる人って、逆に他の大切なことが、わからなくなるっていう意味なの?
 正直なところ、コンラッド猊下や宰相閣下、ネイラ侯爵閣下の話は、十四歳の少女であるわたしには、あまりにもむずかし過ぎた。三人が三人とも、ものすごく丁寧っていうか、貴族っぽい言葉で話すから、余計に。結局のところ、コンラッド猊下たちは、何がいいたいんだろう?
 
 頭の中を、疑問でいっぱいにしながら、わたしは、猊下や宰相閣下の言葉を振り返った。すごく賢くて、神霊術だって得意で、りっぱな国王陛下になると思われていた王太子殿下は、わたしより年下の頃から、神霊庁でさえ〈未知〉がないほどの知識を持ってしまって、どうしようもなく退屈していた……んだよね?
 そして、そんな王太子殿下が、活力を取り戻したのは、〈神威の覡〉であるレフ様が生まれたからなんだ。レフ様の誕生に、波乱の予感を持った王太子殿下は、そのことが楽しくて仕方なかった……んだよね?
 
 わたしの解釈は、大きくは間違っていないと思う。ただ、何よりもわからないのは、〈遊び〉っていう言葉だった。わたしが、うっかり〈奸雄かんゆう〉っていう言葉を思い浮かべた王太子殿下は、何で、どうやって、遊ぼうっていうんだろう? 国の平和や命を賭けた〈遊び〉って、王太子殿下が、望んでも良いものだとは、わたしには思えなかった。
 
 多分、わたしと同じように考えたんだろう。黙って話を聞いていたフェルトさんは、厳しい視線でコンラッド猊下や宰相閣下を見すえて、いい放ったんだ。
 
「誠に畏れ多いことながら、猊下、閣下方にお尋ねいたします。皆様は、王太子殿下が、〈何で〉遊ぼうとしておられると、お思いなのでございますか? 万が一、尊い御神霊や、守るべき子供たちが、王太子殿下の玩具がんぐであるといわれるのなら、到底とうてい、許されることではございません。そうと知って傍観しておられるのなら、数ならぬ身ではございますが、わたくしフェルト・ハルキスは、皆様方をお味方とは思いません。ご恩は重くありましょうが、かなわぬまでも、刃向かわせていただきます」
 
     ◆
 
 フェルトさんが、きっぱりといい切った瞬間、壁際に並んだままの文官さんや護衛騎士たちが、揃って顔を強張らせた。中には、フェルトさんをにらみつける文官さんや、反射的に刀のつかに手をかけた護衛騎士もいた。フェルトさんの言葉は、それくらい大胆で、不敬だっていわれても当然のものだったんだって、わたしにもわかったよ。
 
 コンラッド猊下は、びっくりした顔をして、フェルトさんを見つめている。ネイラ侯爵閣下は、どことなくおもしろがっているような、にんまりとした表情で、フェルトさんを見ている。宰相閣下は、最初、口笛でも吹きそうなくらい、楽しそうに瞳を輝かせたんだけど、すぐに表情を引き締めて、フェルトさんを凝視ぎょうしした。
 さっき、オディール様を止めたマチアス様も、今は何もいおうとしない。宰相閣下は、小さな声で、〈我らに刃向かう、と〉ってつぶやいたかと思うと、ぐぐっと瞳に力を入れて、フェルトさんを威圧いあつした。ルーラ王国を背負っている宰相閣下なんだって、わたしでも噂を聞いているくらいの人だから、もうすっごいんだよ、迫力が。
 
 沈黙のまま、宰相閣下とフェルトさんが、じりじりとにらみ合う。フェルトさんってば、宰相閣下の圧力を受けて、真っ青な顔をしているのに、全然、まったく、謝ろうとしない。フェルトさんが、目をそらさないまま、宰相閣下に立ち向かえるのは、そっと手を握ってくれた、アリアナお姉ちゃんの力もあるとは思うんだけど。
 いったいどうなっちゃうのか、ますます緊張感が高まる中、さっと動いたのは、総隊長さんだった。キュレルの街の守備隊の総隊長を辞めて、フェルトさんのために大公騎士団に入ってくれた総隊長さんは、無言のままつかつかと近づくと、フェルトさんの頭を思いっ切りぶっ叩いたんだよ!
 
 ごんって、すごい音を響かせたフェルトさんは、痛そうに頭を抱え、目に涙をいっぱい溜めて、総隊長さんに泣きついた。
 
「痛い! 痛いですよ、総隊長!」
「痛いように叩いてるんだよ! いい加減にしろ、馬鹿フェルト!」
「だって!」
「だってもくそもあるか! 不敬なんだよ、おまえは! おれたちが、誘拐された子供たちを探していたとき、力を貸してくださったのは、王国騎士団長閣下。閣下に指示を出してくださったのは、宰相閣下だろうが! おまえとアリアナさんの告発を受け入れ、王家の不興ふきょうを買ってまで、神前裁判を開こうとご尽力くださっているのも、猊下や宰相閣下、ネイラ侯爵閣下だ! そのご恩を忘れ、無礼な態度を取るような馬鹿は、痛い目をみればいいんだよ!」
 
 フェルトさんは、〈あ〉の字に口を開いたまま、かちんと固まった。そうだよ。わたしも、うっかり混乱しちゃったけど、コンラッド猊下や宰相閣下が、ただ傍観しているだけなんて、あり得なかったんだよ。
 総隊長さんは、フェルトさんが冷静になったのを見極めると、さっと腰を落として床に座り、額をこすりつけて礼を取った。神霊庁の神事じゃないとやらないくらいの、深い深い礼だった。
 
「コンラッド猊下、宰相閣下、ネイラ侯爵閣下に、お詫びを申し上げます。わたくしの名は、ヴィドール・シーラ。誠に僭越せんえつながら、我が主人、フェルト・ハルキスが犯しました不敬は、わたくしの命一つにて、お目こぼしいただけませんでしょうか。何とぞ、何とぞお願い申し上げます」
 
 大きな身体で平伏し、音がするくらいの勢いで、何度も床に額を打ち付ける総隊長さんは、わたしみたいな少女の目から見ても、とことん本気だった。息子同然だって思っている、フェルトさんの不敬を許してもらえるなら、今すぐに自分が死んじゃっても良いって、本気で思っているんだよ。
 正気に戻ったらしいフェルトさんは、慌てて椅子から立ち上がり、総隊長さんの横で平伏した。壁際で見守っていたアランさんも、アリアナお姉ちゃんも、一緒に平伏しようと動きかけたのを、さっと手で押しとどめたのは、コンラッド猊下だった。慈愛の微笑みを浮かべた猊下は、総隊長さんに向かって、優しくいった。
 
「ご心配には及びませんよ、シーラ殿。ここにおられる皆様は、身内のようなものなのですし、宰相閣下は、わざと怒ったお顔をなさっただけのこと。少しもご立腹ではございません。むしろ、フェルト殿の振る舞いを、喜んでおられるはずです。短慮たんりょなところはあるにしろ、それを上回る胆力と高潔さを、我らに見せてくださったのですから。そうでございましょう、宰相閣下?」
「さよう。貴族社会を泳ぎ切るには、少しばかり素直過ぎる気はいたしますが、フェルト殿の心根の清らかさは、気持ちの良いものですな。シーラ殿といわれたか? 年若い主人を守ろうとする気構え、誠に見事である。婚約者のアリアナ嬢といい、フェルト殿は、周りの人々に恵まれておるな」
「シーラ殿は、神霊庁の宝物殿にて、〈固めの神亀じんき〉の守護を授けられた方でございますからね。さすがに、御神霊方のなされることには、万に一つも間違いがございませんな」
「フェルトが、思慮の浅い言動を見せましたのは、わたくしに似たからですわ。フェルトの亡き父親であり、わたくしとマチアスの愛息子まなむすこであったクルトは、思慮深い性格でございましたのに。これが、隔世遺伝というものですのね。どうかお許しくださいませ、猊下。心よりお詫び申し上げます、宰相閣下、侯爵閣下」
「本日、フェルト殿をお呼びしたのは、今後の見通しをお話しすると同時に、フェルト殿のお人柄を、それとなく見定めるためであった。ルーラ大公家の継嗣けいしともなると、この王国に並びもなき大貴族であり、王城の勢力図にも影響を与えかねぬのだから。只今ただいまの言動で、フェルト殿の気質はよくわかった。重畳ちょうじょう、重畳」
「宰相閣下やネイラ侯爵閣下は、レフ様のご誕生以降、慎重に王太子殿下の動向を見守ってこられました。王太子殿下の〈遊び〉が、国民を害するものにならないのか、御神霊への不敬につながらないのか、と。それは、我が神霊庁も同じでございます」
「我が兄も、わたくしも、王家への忠誠心はございます。できることなら、王太子殿下につつがなくご即位いただき、御代を栄えさせていただきたい。けれども、大切な国民を玩具にし、御神霊にあだをなすというのであれば、動かなくてはならないでしょう。それだけの覚悟は、とうにできております」
「そう。アスの申す通り、今回のアレクサンス殿の件は、極めて大きな試金石しきんせきとなるであろうな。それこそ、国を二分にぶんするかもしれぬほどに」
 
 宰相閣下は、そういうと同時に、表情を厳しくした。重々しくて、圧倒的で、気高い存在感が、宰相執務室を満たしていく。今の様子と比べると、さっき、フェルトさんを威圧していたのは、演技だったんだって、はっきりとわかる。一つの国を背負う宰相閣下の威厳いげんに、遠く離れて見ているだけなのに、震えちゃいそうだよ、わたし……。
 コンラッド猊下は、かすかに微笑んだまま、何もいわなかった。でも、いつも優しい光をたたえている猊下の瞳が、ものすごく冷たい。もっと正確にいうなら、冷たく見えるくらい、意志の固さを感じさせるものだった。
 そして、レフ様のお父さんであるネイラ侯爵閣下は、どことなくとらえどころのない、ひょうひょうとした顔をしていた。レフ様の手紙で知っている、優しくて楽しくて豪胆な侯爵閣下じゃなくて、お腹の中に何かの思惑を隠した、高位貴族の顔なんだと思う。レフ様の大好きなお父さんが、神霊さんに不敬なはずがないから、さっきいっていた通り、いざとなれば、王太子殿下とだって対立する決意なんだろう。
 
 可愛い子雀のアーちゃんは、細かな表情の動きまで、鮮明に視界に映してくれるから、猊下たちが、本当の本気でルーラ王国の将来を心配しているんだって、はっきりとわかっちゃったよ。
 覚悟を固めるって、何の覚悟なの、とか。国を二分するって、何が起こるの、とか。疑問だけが、ぐるぐる頭を回っている。怖くて怖くて、わたしが身体をすくめていると、わたしの大好きなお父さんが、抱き寄せてくれた。右手にお母さん、左手にわたしで、まとめてぎゅっと、力強く……。
 
 コンラッド猊下は、まるで、そんな私たちの様子が見えているみたいに、優しく微笑んで、こういってくれた。
 
「皆様を驚かせてしまいましたね。ご心配には及びませんよ。我らが住まうは、千年余の平和を誇る神霊王国。まして、今代こんだいには、〈神威の覡〉と〈神託の〉がお揃いでございます。万が一、大事となりましても、世の常の国々のごとく、内乱になどなりませぬ。神霊王国には、神霊王国のやり方というものがございます。外からルーラ王国の騒乱を望む溝鼠どぶねずみに、神霊王国の裁きというものを見せてやりましょう」
 
 そして、宰相閣下もネイラ侯爵閣下も、大きくうなずいてくれた。宰相閣下は、さっきまでの威圧感を消し去って、堂々といった。
 
「猊下の申される通りだ。王太子殿下は、子供たちの誘拐には無関係であられることを、我らは心より願っている。神前裁判であれば、人の行う隠蔽いんぺいなどは用をなさぬ故、真実を明らかにしていただけるだろう。もしも、不幸にして、殿下が道を踏み外してしまわれたと明らかになったのなら、臣下として、我らが決着をつけねばならぬ。神霊王国であり、〈神威の覡〉と〈神託の巫〉のおわす今だからこそ、可能な方法で」
 
 最後に口を開いたのは、ネイラ侯爵閣下だった。閣下は、ルーラ王国の法務大臣としてじゃなく、レフ様のお父さんとして、こういった。
 
「子供たちの誘拐に、王太子殿下が加担かたんしたのであれば、レフが腰を上げてくれるでしょう。我がネイラ侯爵家が、神々よりお預かりいたせし現世うつしよの奇跡。天上天下てんじょうてんかに並ぶ者のない、〈神威の覡〉たるレフヴォレフ様が。すなわち、我々は、史上初めて、神前裁判を超える神威をもって行われる、〈神問かんとわす〉を目にすることとなりましょう」
 
 〈神問〉。わたしは、どこかで聞いた覚えのある、この言葉の重みに、しびれるように立ちすくんだんだよ……。
 

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