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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 76通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今、わたしは、深く反省しています。何かっていうと、前回の手紙についてです。ネイラ様から、優しいお返事をもらって、かなり気持ちが安定して、緊張がとけていって……途端とたんに、恥ずかしくなっちゃったんです。

 だって、前回のわたしの手紙って、卑怯ひきょうだったと思うんです。優しいネイラ様が、十四歳の少女に冷たくできないってわかっていて、泣き言を並べていたんですから。それに、〈神威しんいげき〉であるネイラ様だって、〈神託しんたく〉であるわたしを、気にかけてくれているのに。
 わたしのずるさっていうか、甘さっていうか、弱さっていうか……とにかく、前回の手紙には、そんな良くない面が出ていたんじゃないかって、気になって仕方ありません。冷静になった今、わたしは、とても情けなく思い、心から反省しています。本当に申し訳ありませんでした。

 ネイラ様が、わたしを心配してくれたことは、ものすごくうれしかったです。優しくしてもらって、絶対的な味方だっていってもらって、幸せでした。実をいうと、手紙を読み終わったと思ったら、どんどん涙があふれてきちゃって、しばらく止まってくれませんでした。
 今までのわたしは、うれしいときは笑っていました。ぴょんぴょん飛びねることもありました。お父さんやお母さんに抱きついて、叫んだこともあったと思いますが、泣いたことだけはありませんでした。どうして泣けてきたのか、自分でもよくわかりません。もしかすると、わたしも、少しだけ大人になったのかもしれません。

 わたしが、声を上げて泣いたので、スイシャク様は、ぶわっと羽根を膨らませて、大慌てでした。いつもの可愛い鼻息も、ぶっふふすっ、ぶっふふすって、大変な勢いでした。アマツ様も、めずらしく焦っちゃったのか、鱗粉りんぷんの量が調節できなかったみたいで、目の前が朱色にかすむくらい、部屋中にき散らしていました。
 人の子とは遠くへだたった、尊い神霊さんなのに、あまりにも優しくて、温かくて、もっと涙が止まらなくなりましたよ……。

 こんな手紙を出したら、また、心配をかけてしまうかもしれませんね。でも、わたしは、大丈夫です。ネイラ様や神霊さんたちのおかげで、チェルニ・カペラは、やる気と勇気に満ちあふれています。
 わたしに〈神託しんたく〉のお役目が果たせるかどうか、悩んでいたって、きりがないですものね。ネイラ様や、神霊さんたちに教えてもらいながら、自分にできることを、精一杯やっていこうと思います。約束します。

 ちなみに、何か少しでもお礼がしたくて、今回も、お父さんに頼ることにしました。目元の赤みが引いてから、お父さんのところに行って、お礼の品物を送ってくれるように、頼んできたんです。お父さんは、じっとわたしの顔を見て、何かいいたそうにしているだけで、結局は黙ってうなずいてくれました。
 お父さんによると、今回お送りするのは、いろいろな種類のショートブレッドだそうです。ショートブレッドっていうのは、バターをたくさん使った焼き菓子で、さくさくした食感がおいしいんです。
 黒胡椒やハーブ、チーズなんかを入れた、甘味のないものと、ジャムやナッツを入れた、ほんのりと甘いものが、いっぱい箱詰めになって届くと思います。ものすごくおいしいので、ネイラ様のお父さんやお母さんと一緒に、食べてくださいね。

 では、また、次の手紙で会いましょう。たぶん!次も王都からの手紙になると思います。

     精神的に成長したいと願っている、チェルニ・カペラより

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自分の足で立ち上がる気概きがいを持っている、チェルニ・カペラ様

 きみの書いてくれた手紙を読んで、とても安心し、少しだけ残念に思いました。いとけない少女であるにも関わらず、きみは、自分を見つめ直す聡明さと、精神的に自立しようとする強さを持っているのですね。わたしは、そんなきみを、とても微笑ましく、好ましく思います。
 とはいえ、一方では、きみの強さを、少しばかり残念に思う気持ちがあります。ずるくても卑怯でもかまわないので、大いなる役目を背負い、人とは違う道を行かなくてはならないきみに、頼られたいようなのです。なぜ、そんなふうに思うのか、自分でもよく理解できません。不思議なことです。

 きみからすると、わたしや〈スイシャク様〉、〈アマツ様〉が、思わせぶりな態度を取っているように、感じられるかもしれませんね。実際、わたしたちは、きみが疑問に思う事柄の大部分に対して、ほとんどの答えを持っているでしょうし、きみを相手に、勿体もったいをつけたいわけでもありません。わたしたちは、只、時期を待っているだけなのです。

 人の子の魂は、それぞれに器の大きさが異なります。大きな器には、多くの神霊の印や、加護を受け入れる余地があり、小さな器には、わずかな印と加護しか入れられません。きみの場合、極めて高位の神々から名を許され、眷属けんぞくとして印をたまわっているのですから、魂の器は、とても大きなものなのです。
 とはいえ、〈神託の巫〉として、現世うつしよことわり超越ちょうえつした事柄を知るには、もう少し器を大きくしなくてはなりません。今のきみのまま、神世かみのよ深淵しんえんのぞき見れば、その重さに魂が傷つく可能性さえあるでしょう。

 月の銀橋で、魂魄こんぱくとして会えば、わたしの存在そのものが、きみの魂魄を守りますので、ある程度の真実を話すことができるでしょう。もどかしいでしょうが、もう少し待っていてくださいね。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。きみの父上のショートブレッドを、両親ともども、とても楽しみにしています。ありがとう。

     もう少しきみに頼ってもらいたい、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 魂の美しさや気高さ、神霊からの寵愛ちょうあいといったものと、器の大小は、必ずしも結びつきません。単純に容量の問題であり、質を問われているわけではないからです。わたしから見ても、釈然しゃくぜんとしない事実ですけれど。

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