見出し画像

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-21

 ルーラ王国の未来のために、大公家の隅々すみずみまで、徹底的に〈家探やさがし〉をしよう。もしかすると、〈宝探し〉かもしれないけど……宰相閣下は、そういって楽しそうに笑った。
 ルーラ元大公は捕まえたけど、確実に罪に問い、すべてを明白にするには、はっきりとした証拠が要る。宰相閣下は、オディール様を、ルーラ大公家の当主にすることで、何一つ隠さず、協力してもらおうとしているんだ。
 
 実をいうと、オディール様が女大公にょたいこうになるとか、フェルトさんが大公家の後継あとつぎになるとか、誰かから聞かされるたびに、わたしは、何となく違和感を感じていた。ルーラ元大公は、まだ犯罪者だって決まっていないんじゃないのって。神霊さんたちの基準では、罪深い〈神敵しんてき〉だけど、それは〈神世かみのよ〉の判断であって、〈現世うつしよ〉の法律によるものじゃなかったからね。
 ルーラ元大公が捕まったとき、宰相閣下は、確か〈アレクサンス・ティグネルト・ルーラ大公より、一時的にティグネルト・ルーラの名を剥奪はくだつする〉っていったと思う。〈身の潔白を完全に証明するまで、この決定がくつがえることはない〉って。それなのに、まだ罪が確定していないうちに、〈元〉大公にしちゃって良いのかなって、疑問だったんだ。
 
 宰相閣下とオディール様の間では、当然、そんな話し合いもあったんだろう。大切そうに塩キャラメルを食べていた宰相閣下は、ゆっくりと紅茶を口にしてから、オディール様に微笑みかけた。
 
「王太子殿下は、いろいろと仰せでございましたけれど、姫君が女大公となられることについては、内々ないないに陛下のご裁可さいかたまわっております。数日のうちには、正式に議会で承認されましょう」
愚弟ぐていが捕らえられた後、宰相閣下から女大公にというお話をお聞きしたときには、可能なこととは思えませんでしたのに。さすがでございますわね、宰相閣下」
「アレクサンス殿を、大公のままにしておけば、アイギス王国やヨアニヤ王国に、付けいるすきを作りかねません。神前裁判の結果にかかわらず、アレクサンス殿を大公にえ置くのは、無理というものです」
「それでも、陛下は、思い切ったご決断をなさいましたわ。わたくしたちは、愚弟の罪が確かなものであると知っておりますし、陛下や王太子殿下も、御神鏡ごしんきょうを通して、アレクサンスが捕らえられる場面をご覧になられました。けれど、多くの貴族にとっては、寝耳に水の話ですもの。早くにヨアニヤ王国に輿入こしいれし、帰国してからも、人目を避けていたわたくしが、女大公になるなど公表されれば、反発も強かろうと思われますのに」
「ふふ。こういう話は、れるのも早うございますからね。法務大臣の執務室には、連日、苦情を申し立てる者が参っておりますよ。そうであろう、アス?」
「ええ。いろいろな角度から、異論が集まっております。アレクサンス殿が罪を犯したと確定していない以上、大公位は空位くういにしておくべきであるとか。アレクサンス殿には、大公妃と嫡男ちゃくなんがおられるのだから、そちらに継がせるべきだとか。罪が確かならば、いっそ大公家を取り潰すべきではないかとか……。どの意見も、一定の正当性はありますな」
「わたくしも、そう思いますわ。女性が貴族家の当主になることさえ、多くはない話ですのに、貴族の最高位である大公家ですもの。まして、愚弟の妃と嫡男が健在である以上、不満が出るのは当然ですわ。愚弟の妃と嫡男が、宰相閣下に協力するのでしたら、わたくしよりも正当性はございますわね。どうやって、皆を説得なさいましたの、侯爵閣下?」
「アレクサンス殿の罪状は、外患誘致罪がいかんゆうちざいが適用されるべきものでございます。そうであれば、一族が連座で罪に問われるのですから、アレクサンス殿の妻子が大公家を継ぐのは、絶対に不可能です。その点、オディール姫は、ヨアニヤ王国に輿入なされるおり、第一級功労者として免責特権の適用を受けておられますので、連座からは除外されます。アレクサンス殿が外患誘致罪と決まっても、オディール姫であれば、ルーラ大公家を継承できるわけです」
 
 レフ様のお父さんの説明に、わたしの頭の上には、大きな疑問符が浮かんだ。もちろん、単なる比喩ひゆで、それだけむずかしい内容だったっていう意味だけどね。
 オディール様やマチアス様は、ちゃんと理解しているみたいで、真剣な表情でうなずいている。レフ様のお父さんは、困った顔をしているフェルトさんと、可憐に首をかしげているアリアナお姉ちゃんに、丁寧に教えてくれた。
 
「第一級功労者というのは、王国の重要な政策によって、他国の王族と婚姻していただいた方々に対して贈られる、特別な称号です。ご本人の希望によって、他国の王族と婚姻した場合は、これに該当いたしません。あくまでも、ルーラ王国のために、選択の自由なく婚姻してくださった方が対象なのです。したがって、王国としては、一生を捧げる献身に報いるべく、数多くの報償と共に、いくつかの重要な特権を用意しているのです」  
「わたくしは、ヨアニヤ王国の王弟との婚姻など、死んでも嫌だったし、マチアスと駆け落ちしようとしていたくらいですから、功労者といわれても、かえって申し訳ない気持ちになるのですけれど……」
「結果的には、王国が求めるまま、ヨアニヤ王国にお輿入になられたのですから、功労者に間違いありませんよ。わたしとしては、姫君に婚姻を強要するほどの必然性があったのかどうか、当時の為政者いせいしゃに問い質したいところではありますが」
「そういっていただけて、嬉しゅうございます、宰相閣下。とはいえ、話をらしてしまいましたわね。お続けになってくださいませ、ネイラ侯爵閣下」
かしこまりました、姫君。当時の王国が、ルーラ大公家のオディール姫にご用意したのは、相当額の金品と宝石類、ヨアニヤ王国の国境に近い領地、婚姻後も続く〈公女こうじょ〉の称号と地位、お相手の王弟殿下が亡くなられた場合の帰国の確約……そして、強力な免責特権でございました」
 
 レフ様のお父さんによると、免責特権っていうのは、〈罪に問われない権利〉のことで、オディール姫に与えられた免責特権は、過去の〈第一級功労者〉と比べても、ずっと大きなものだったらしい。マチアスさんが大好きで、絶対にヨアニヤ王国に行きたくないって抵抗していた、オディール様を説得するために、〈非常識の半歩手前〉くらいの条件を並べたんだって。
 たとえば、王弟殿下が亡くなって帰国した後の〈登城の拒否権〉。ルーラ王国の貴族は、国王陛下や議会に呼び出されたら、必ずお城に行かないといけないんだけど、オディール様だけは、呼び出しを断ってもいいんだって。
 〈不逮捕特権〉は、ルーラ王国の国内で、オディール様が罪を犯しても、逮捕されない権利。〈監督権行使の拒否権〉は、貴族家の当主が、家族や一族に対して持っている〈監督権〉っていうものを使われるのを、独断で拒否できる権利……。オディール様が、ルーラ元大公を無視して、自由に別邸に引きこもっていられたのは、こういう免責特権があったからなんだろう。
 
 そして、レフ様のお父さんが、最大の特権だって断言したのが、〈大逆罪たいぎゃくざい〉と〈外患誘致罪がいかんゆうちざい〉の場合に適用される、〈連座免責特権〉だった。
 大逆罪っていうのは、国王陛下や王太子殿下を害そうとした罪。外患誘致罪は、他の国と組んで、ルーラ王国を危険な状態にしようとした罪のことをいう。どっちも、首謀者は死罪と決まっている重大犯罪で、一族の人たちまで、残らず〈連座制〉で罪に問われると決まっているのに、オディール様は、本人だけじゃなく、夫や子供まで含めて、この連座制を逃れられるっていうんだよ。
 
「法務大臣の立場からいわせていただくと、オディール姫がお持ちの〈連座免責特権〉は、王国の根幹を破壊しかねない、乱暴なものでございます。わたくしが、当時の法務大臣でしたら、職を辞してでも、決裁印けっさいいんは押しませんでしたな。オディール姫はまだしも、これほどの免責特権が、夫君ふくんや子らにまで拡大されるとは……」
「数々の免責特権は、姫君のご希望でございましたな?」
「左様でございます、宰相閣下。わたくしの婚姻相手となった王弟殿下は、ひどく病弱でいらっしゃいましたもの。ルーラ王国に戻る可能性は、それなりに高いと思っておりましたの。そうであれば、愚かな父や愚弟と縁を切り、自由に生きてみたかったのです。自らの力で生きることを知らない、ままごとのような自由だと、わかってはおりますけれど」
「何をおっしゃいますことか。姫君の先見せんけんめいがあればこそ、今回、女大公として立っていただく理屈が成り立つのです」
「そうですとも。何しろ、ルーラ元大公がどのような罪に問われようと、オディール姫と姫の夫君となられるマチアスきょう、そして後継こうけいのフェルト殿は、完全に守られるのです。元大公の妃や公子は、連座制の適用が想定されるのだから、〈連座免責特権〉をお持ちのオディール姫こそ、大公位に相応ふさわしい……そう申しましたら、どの貴族もすごすごと帰っていきましたよ」
 
 宰相閣下とレフ様のお父さんは、目を見交わして、楽しそうに笑った。黙って聞いていたコンラッド猊下げいかも、にこにこと微笑んだ。三人とも、悪戯いたずらが成功したときの、子供みたいな顔だった。
 ルーラ元大公が大罪を犯したからって、息子を後継者にしないで、元大公のお姉さんであるオディール様が女大公になる……十四歳の平民の少女が考えたって、無理なんじゃないかと思う〈大公家の当主交代〉は、こうして可能になるみたいなんだ……。
 
     ◆
 
 それからの話し合いは、簡単に進んでいった。王太子殿下の登場とか、〈連座免責特権〉とか、重すぎる展開が続いていたから、簡単に感じるだけかもしれないけどね。宰相閣下やネイラ侯爵閣下の頭の中には、ずっと先まで道筋が見えているみたいで、どんどん、さっさと今後の予定が決まっていったんだ。
 
 まず、最初に行われるのが、オディール様の〈大公位継承〉で、これは二、三日中にも正式に発表される。ただし、元大公の罪は、まだ確定していないから、しばらくは仮の大公位になるんだって。
 万が一、元大公が無罪だって判断されれば、元大公が大公に復帰する。有罪になった場合でも、〈外患誘致罪〉みたいに、妻子まで罪が及ぶような罪状じゃなかったら、大公の息子が後継者になる。仮の大公になったオディール様が、ずっと大公のままでいるかどうかは、神霊庁の裁判次第なんだろう。元大公の罪は明らかだから、結果はわかりきっているとは思うけどね。
 
 オディール様が、仮の女大公になったら、マチアス様と婚姻し、フェルトさんを孫だって認めさせるために、すぐに手続きを始めるらしい。マチアス様やフェルトさんが、元大公や元クローゼ子爵の関係者として、罪に問われたりしないように、オディール様の〈連座免責特権〉の対象者になる必要があるんだって、レフ様のお父さんが説明してくれた。
 ここで、わたしは、あれっと首をひねった。すっかり忘れていたけど、マチアス様って、まだクローゼ子爵の前夫人だった、〈毒念どくねん〉のエリナさんと、結婚しているんじゃなかったっけ? お姫様と結婚するなんてわかったら、絶対に離婚なんてしてくれないんじゃないの、エリナさん? 何しろ〈毒念〉の人なんだから、嫌がらせのつもりで、ずっとマチアス様を縛りつけそうじゃない?
 
 わたしの疑問に応えるように、丁寧に説明してくれたのは、徳の高い微笑みを浮かべた、コンラッド猊下だった。
 
「マチアス卿から神霊庁へ、すでに正式な告発が行われております。マチアス・ド・ブランと、エリナ・セル・クローゼの婚姻は、ルーラ元大公の策略により、おそれ多くも御神霊をあざむく形で誓文せいもんが結ばれた上のものであるので、無効を申し立てるというものです。神霊庁では、早々に審議が始まっております」
「当事者であるマチアス卿がおられますので、お話になりにくいとは思いますが、見通しはいかがでございますか、猊下?」
「微妙なところでございしょうな。誓文の不当性は明らかであるとして、その誓文がなければ、婚姻に至らなかったのかどうか、立証りっしょうがむずかしい面もございます。ただ、マチアス卿からは、婚姻の無効が認められなかった場合に備え、同時に離縁を求める告発もなされておりまして、こちらは問題なく認められますでしょう」
「ルーラ元大公に欺かれ、不当な誓文の上に結ばれた婚姻には不服がある。誓文自体が、御神霊のお慈悲によって破棄されたのだから、婚姻も破棄されるよう求める……という趣旨でございますね。確かに、婚姻の無効は微妙でも、離縁であれば、問題なく認められる事案でございますね」
「左様でございます、侯爵閣下。また、エリナ殿には不貞ふていの事実があり、クローゼ子爵家の二人の子息は、元大公の子と証明できますので、離縁の理由はいくらでもございます」
「わたくしといたしましては、エリナとの婚姻そのものを無効にしたいとは思いますが、そこは御神秤ごしんしょうのお裁きに従うのみでございます。すべては、愚かなわたくしのせきでございますので」
 
 そういって、マチアス様は、深々と頭を下げた。寄り添っているオディール様も、フェルトさんやアリアナお姉ちゃんも、揃って頭を下げた。その様子に、家族のきずなみたいなものが生まれかけていることを感じて、わたしが、ちょっと寂しくなっちゃったのは、お姉ちゃんには秘密にしておこう。
 大好きなアリアナお姉ちゃんが、遠くに行っちゃうみたいで、思わず下を向いたわたしを、お父さんが、ぎゅっと抱きしめてくれた。ずっと背中をでてくれていたお母さんは、今度は優しく頭を撫でてくれた。大丈夫、大丈夫。ちょっと寂しいけど、アリアナお姉ちゃんが、お嫁に行った先で新しい家族を作るのは、当たり前のことなんだ。大丈夫、大丈夫。アリアナお姉ちゃんさえ幸せなら、明るく笑って送り出せる妹なのだ、わたしは。
 
 ちなみに、マチアス様とオディール様の婚姻も、フェルトさんの後継者指名も、手続きさえ始めておけば、問題はないらしい。手続きの申請を受け付けた時点で、いったんオディール様の保護対象として認められるんだって。考えれば考えるほど、オディール様が与えられた〈免責特権〉って、大きな力になるものなんだね。
 
「ともあれ、明日にでも、姫君の大公位継承を発表いたしますので、間を置かず大公家の居城にお移りいただきたく思います。姫君がお移りになり次第、王城から〈家探し〉のための人員を動かしますので」
「わたくしは、宰相閣下の仰せの通りにいたしますけれど、アレクサンスの妃と子らは、素直に大公家の城を出ますかしら? あのアレクサンスの妻子ですもの。道理が通じるとは思いにくいですわ」
「今回の措置は、陛下のご裁可さいかを得ておりますし、二、三日中に議会で承認される手筈てはずですので、拒否する権利などございません。発表と同時に、近衛騎士団と王国騎士団から人員を派遣して、即日、城の明け渡しを命じます。姫は、それが終わってから、お移りください」
「畏まりました。お手数をおかけいたします、宰相閣下。わたくしが、大公城に入りましたら、その瞬間から、ご自由に〈家探し〉をなさってくださいませ。昼夜を問わず、すべてをご覧いただきたく存じます」
かたじけのうございます、姫。マチアス卿は、どうかお側で姫をお守りください」
拝命はいめいつかまつりました、宰相閣下。我が命に代えまして、姫をお守りいたします」
「フェルト殿は、いつから大公城に入られるのかね?」
「宰相閣下のご指示がございましたら、仰せの通りにさせていただきます」
「では、フェルト殿も、早々に移ってほしい。孫殿がお側に来られるとは、楽しみなことでございますね、姫、マチアス卿」
「ええ、まったく。嬉しゅうございますわ、宰相閣下」
「フェルト殿とアリアナ嬢との婚約も、すぐに発表になられる方がよろしいでしょう。その際は、我らもご協力をさせていただきますので、またご相談いたしましょう」
「神霊庁も、フェルト殿とアリアナ嬢のご婚約に際し、力を尽くさせていただきます。御神霊のご加護の厚いアリアナ嬢とはいえ、現世うつしよの権力でも、お守りするべきかと思いますので。御神鋏ごしんきょうにおすがりするばかりでは、神霊庁の名が泣きましょうから」
 
 宰相閣下とコンラッド猊下は、そういって話を締めくくった。アリアナお姉ちゃんとフェルトさんの婚約については、何となく、意味ありげな感じがするんだけど、これって、お姉ちゃんの絶世の美貌が影響しているんだろうか。あの王太子殿下だって、まったく熱のこもらない口調ではあったけど、アリアナお姉ちゃんのことを〈この世で最も美しい、薔薇と黄金の乙女〉っていってたくらいなんだから。
 
 わたしのぼんやりとした不安は、お姉ちゃんたちが帰るときになって、はっきりとした形になった。宰相執務室の出口まで、わざわざお見送りしてくれた宰相閣下は、フェルトさんにいったんだ。
 
「アリアナ嬢の手を、しっかり握って帰りなさい、フェルト殿。こそこそと隠れてはいるが、絶世の美少女の身元を確かめようと、多くの貴族たちが待ち構えているらしい。隠すよりは、堂々と胸を張って、フェルト殿との関係を誇示した方がよろしい。大公家の継嗣けいしとなる、フェルト殿の婚約者とわかれば、そうそう虫も寄っては来られぬゆえ
「わたくしたちも、大階段までお見送りしましょう。宰相であられるロドニカ公爵閣下と、畏れ多くも〈神威しんいげき〉の御尊父であられるネイラ侯爵閣下、そして大神使だいしんしの位をさずかるわたくしが、共にお見送りをしたとなれば、フェルト殿とアリアナ嬢との婚約そのものを、我らが後押ししていることになりましょう」
「宰相閣下とコンラッド猊下が、共に祝われる婚約に、横槍よこやりを入れようとする者など、このルーラ王国にはおりません。アリアナ嬢を確実に守るには、それくらいの力が必要でございましょう。さあ、アリアナ嬢の手をお取りなさい、フェルト殿」
 
 宰相閣下やコンラッド猊下、ネイラ侯爵閣下に、揃ってうながされたフェルトさんは、がちんと固まって、目を泳がせたんだけど、すぐに正気に戻ったみたい。後ろに控えた総隊長さんが、頭をぶっ叩こうとする前に、きりっとした顔になって、アリアナお姉ちゃんに手を差し出したんだ。
 
「この先、何があっても、必ずお守りします。どうか、わたしの手を取ってください、アリアナさん」
 
 アリアナお姉ちゃんは、白い頬を薄い薔薇色に染めて、フェルトさんの手の上に、そっと華奢きゃしゃな指先を置いた。〈ありがとうございます。うれしいです〉って、鈴みたいな声で答えながら。
 アリアナお姉ちゃんってば、エメラルドの色をした瞳は、かすかにうるんで光り輝いているし、ほころんだ唇は薔薇のつぼみみたいだし、金色の髪は光の輪を浮かべているし……我が姉ながら、何という美少女!
 
 フェルトさんは、アリアナお姉ちゃんの指先に手をえると、お姉ちゃんの身体を力強く引き寄せた。軽く腕を組んだり、手をひいたりすれば良いのに、左手でお姉ちゃんの左手をしっかりと握りしめ、右手でお姉ちゃんの腰を抱いちゃったんだよ、フェルトさんってば。
 あまりの密着ぶりに、お父さんが、ぎりぎりと歯を鳴らしている気がするけど、わたしは知らない。知らないったら、知らないよ。
 
 堂々と胸を張り、しっかりとアリアナお姉ちゃんを抱きかかえながら、フェルトさんは、宰相執務室を後にした。周りを歩くのは、楽しそうに様子を見守っている、オディール様や宰相閣下たち。そして、アリアナお姉ちゃんの頭上で、くるくると回っているのは、薄紫に発光する巨大なご神鋏の〈紫光しこう〉様……。
 いつの間に集まったのか、王城の広大な通路のあっちこっちに身を潜めている、たくさんの貴族っぽい人たちに見つめられながら、アリアナお姉ちゃんたちは、王城を後にした。王太子殿下の登場っていう、とんでもない結果になっちゃった、アリアナお姉ちゃんの王城訪問は、こうしてようやく終わりを迎えたんだよ……。
 

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!