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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-29

 純白の小袖こそではかま、純白に銀糸の刺繍ししゅう千早ちはや、髪には銀細工の前天冠まえてんかんをつけてもらって、わたしの装束しょうぞくは完成した。ちなみに、足下には絹の足袋たびと、純白に染めた鹿皮しかがわ浅沓あさぐつくんだよ。
 わたしが、〈神託しんたく〉の宣旨せんじを受けたとき、特別な装束なんかは、神霊庁で用意したいっていわれたんだけど、こうして着せてもらうと、なるほどなって思う。多分、ものすごく高価なんだろうし、特別も特別、どこに売っているのか見当もつかないくらいだから、神霊庁でしか揃えられないんだろう。
 
 わたしは、アンナさんに片手を引かれ、ポーラさんに後ろについてもらって、応接間を出た。この装束は、ものすごく軽くて着やすい反面、布の量が多くて、さばき方がむずかしいんだ。しずしずしずしず、しずしずしずしず。いつものわたしとは比べ物にならないくらい、おしとやかに歩かないとね。
 居間では、関係者が全員、着替えを終えて待っていてくれた。お父さんとお母さん、アリアナお姉ちゃんはもちろん、フェルトさんや総隊長さんもいる。アリアナお姉ちゃんは、神霊庁の馬車じゃなく、ルーラ大公家の馬車で出発することになっているから、迎えにきてくれたんだろう。
 
 お父さんは、深みのある濃紺の上下で、すごくカッコいい。これぞ、大人の男の魅力っていう感じ。アリアナお姉ちゃんの親友で、わたしも仲良くしてもらっているナタリアお姉さんは、うちのお父さんが初恋の人で、今も憧れているそうだけど、わかるわ。渋すぎる男前なんだよ、お父さんは。
 お母さんは、淡い藤色のドレス姿で、アリアナお姉ちゃんよりもちょっとだけ色の薄い、輝くような金髪の髪を、ドレスと共布ともぬのの小さな帽子で隠している。ドレスも帽子も、黒いレースが少しついているだけだし、かなり地味な装いのはずなのに、はっと目をかれるくらい綺麗だった。
 
 フェルトさんは、わたしが初めて見る、貴族のフェルトさんだった。白に近い灰色の生地で、立てえりの軍服っぽい上着に、同じ生地のストレートズボン。上着の胸のところには、きらきらした銀色の糸で、物語に出てくる竜の紋章が刺繍されている。こうして見ると、ただでさえ美男子のフェルトさんは、すごく気品のある人だってわかるね。アリアナお姉ちゃんが、思わず惚れ直しちゃうんじゃないかっていうくらい、カッコよかった。
 側に控えている総隊長さんは、フェルトさんと同じ形をした、黒い生地の上着とズボンで、左の胸元に黒い糸で竜の紋章が刺繍されている。堂々とした体格の総隊長さんだから、すごく良く似合っているんだ。これって、多分、新しい大公騎士団の団服なんじゃないかな?
 
 残る一人、絶世の美少女であるアリアナお姉ちゃんは、いつにも増してすごかった。フェルトさんと同じ生地で、ほとんど飾りもついていない、簡素なデザインのドレスを着て、本物の黄金よりもきらめく金髪をまとめて、共布の小さな帽子をかぶっているだけなのに、発光しているかのごとうるわしいんだよ。何なら、神霊さんの〈器〉になって、ぴかぴかと発光しているときのわたしより、お姉ちゃんの方がまぶしいくらい。
 稀有けうな美貌の前には、きれいなドレスも宝石もお化粧も必要なくて、むしろ、簡素であればあるほど、素材の素晴らしさが際立つんだろう。なるほど、神霊さんたちが、〈衣通そとおり〉って呼び、王太子殿下が、〈この世で最も美しい薔薇と黄金の乙女〉っていうはずだよ、お姉ちゃん。
 
 そんなアリアナお姉ちゃんは、わたしの装束姿を見た途端、宝石みたいな瞳をうるませて、しみじみといった。
 
「素晴らしいわ、チェルニ。わたしの大切な妹は、何て神々しく、美しいのかしら。本当は、気軽に妹だなんていえなくて、思わずひざまずきたくなるくらいよ」
「……お姉ちゃんにそんなことされたら、泣くよ、わたし」
「ふふふ。わたしは、チェルニのお姉ちゃんだから、チェルニが望む限り、姉として接するわね。それにしても、本当に似合っているわ。ドレス姿も可愛らしいけれど、チェルニが本当に美しいのは、〈神託の巫〉の装束なのね」
「いや、この装束そのものが、ものすごく綺麗なんだと思うよ? お母さんにも似合うだろうし、お姉ちゃんが着たら、天女様に見えるんじゃないかな?」
「それは、そうかもしれない。チェルニちゃんも、ものすごく似合っているけど、アリアナさんだったら、それはそれは綺麗なんじゃないかな。いや、でも、アリアナさんの装束姿を直視したら、目がつぶれるかもしれない。危険だな、それは」
「……馬鹿フェルト……。〈神託の巫〉であるチェルニちゃんに、不敬だろうが。神霊庁から、本気で告発されるぞ、おまえ」
 
 フェルトさんって、相変わらずぶれないよね。総隊長さんは、ため息を吐(つ)いて、軽くフェルトさんの頭を叩いてから、わたしとアンナさん、ポーラさんに向かって、深々と腰を折った。
 
「我が主人あるじの失礼な態度、誠に申し訳ございません、〈神託の巫〉たる御方様おんかたさま。神霊庁のお二方も、恋に浮かれた男の戯言ざれごとと、お聞き流しくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
「頭をお上げくださいませ、シーラ様。僭越せんえつながら、公孫様こうそんさまのお言葉、微笑ましく存じます。姉君様は、尊き御神霊から、〈衣通〉の御名ぎょめいたまわられたお方でございますれば、真にお美しきこと、我らの目にも明らかでございます」
「さようでございます、シーラ殿。〈神託の巫〉たる御方様と、麗しき姉君様が、仲むつまじいご姉妹であられますこと、祝着至極しゅうちゃくしごくに存じたてまつりまする」
 
 アンナさんとポーラさんは、にこにこと微笑みながら、総隊長さんの謝罪を受け入れてくれた。ルーラ王国の神霊庁は、他国にはない特別な組織で、その頂点に立つ大神使だいしんしは、国王陛下と同格として扱われる。いわば、王室と並ぶ、ルーラ王国の最高権威なのに、神霊庁の人たちって、皆んな、穏やかで頭が柔らかいんだよね。長であるコンラッド猊下げいかが、徳の高い人だからか、人智じんちを超えた神霊さんに仕える組織だからなのか……。きっと、両方なんだろうな。
 ちなみに、〈公孫様〉っていうのは、フェルトさんの新しい呼び名になる。新しい女大公にょたいこうの孫だから、公孫。ちょっと前に、オディール様が大公家を継ぎ、孫であるフェルトさんが、その後継になるんだって、正式に発表されたんだよ。
 
「さあ、そろそろ出発しよう。大切な神前裁判の日なんだから、時間に余裕を持たせないとな。アリアナを頼んだぞ、フェルト」
「お任せください、お義父さん。何があっても、片時かたときも側を離れません。アリアナさんは、必ずお守りします」
「フェルトさんと一緒に、初めて公の場に出るのが、神前裁判だなんて、ちょっと複雑な気もするけれど、あなたたちらしいといえば、らしいのかもしれないわね。頑張って証言してね、二人とも。わたしの大切なお花ちゃんと、その婚約者ですもの、毅然きぜんとして証言してくれるって、わかっているわ」
「ああ。おれたちは、別の席に離れることになるが、ちゃんと見守っているからな、アリアナ、フェルト。頼んだぞ、ヴィド」
「任された。おまえも、チェルニちゃんを頼むぞ。今日の神前裁判で、クローゼ子爵家の事件にも、やっとかたがつくかもしれんからな」
「夜は、皆んなで祝杯をあげよう。可能なら、オディール様とマチアス閣下も、お連れしてくれよ、フェルト」
「ありがとうございます、お義父さん。楽しみにしています」
 
 わたしたちは、三台の馬車に分かれて乗り込んだ。神霊庁の優雅な蓮の花の馬車には、わたしとお父さん、お母さん。アンナさんとポーラさんは、いつの間にか増えていた、もう一台の馬車に乗った。同じ純白、同じ蓮の花の形をした馬車だけど、銀糸の刺繍ししゅうが控え目で、屋根の上の飾りも、小さな金の彫刻だった。
 来るときは、〈神託の巫〉の装束を持っていたから、その装束の〈お付き〉として、〈神託の巫〉の乗る馬車に同乗してきたんだって。アンナさんとポーラさんだけだと、神侍しんじの位の神職として、決められた馬車に乗るらしい。
 もう一台は、いかにも高級そうな漆黒しっこくの馬車だった。車体には、金で大きく竜の紋章もんしょう刻印こくいんされ、屋根にも金色の彫刻が施されている。神霊庁の馬車にも負けないくらい、ものすごく人目を引く馬車で、高位貴族の馬車だっていうことは、それこそ小さな子どもにだってわかるだろう。
 
 アリアナお姉ちゃんとフェルトさんが、派手な馬車に乗り込むと、後から乗る総隊長さんが、迷いのない手つきで複雑な印を切り、小さな声で詠唱した。〈おれの魔力を対価に、馬車を守ってください〉って。
 次の瞬間、青、朱、白、黒の四色の光球が現われ、くるりくるりと馬車の周りを飛び回ってから、四隅よすみに止まった。これって、総隊長さんが賜った、〈固めの神亀じんき〉の守りなんだろう。四色の光球は、いつの間にか、四色に光り輝く手のひらくらいの大きさの亀になって、わたしに向かって、短い手足を振ってくれていたからね。
 
 わたしたちの馬車に乗ってくれているのは、スイシャク様とアマツ様。アリアナお姉ちゃんたちの馬車と一緒に行ってくれるのは、四柱よんはしらの神亀の力の一端いったん。誰にも害することのできないだろう、神霊さんたちの威光いこうに守護されて、わたしたちは、神霊庁に向かって出発したんだよ……。
 
     ◆
 
 ぱかぱかぱかぱか、ぱかぱかぱかぱか。軽やかな馬蹄ばていの音を響かせて、馬車は王都の中心街を抜けていく。途中からは、王城に続く馬車道が敷き詰められていて、すぐに小高い丘陵きゅうりょうが見えてくる。丘陵のふもとには、法理院の本院や王立学問研究所、王立病院、王立図書館といった施設が建っていて、一般の人でも、わりと自由に出入りできるんだ。
 丘陵の南側に広がる王立公園は、王都の市民の憩いの場であると同時に、非常時には避難所や王国騎士団の〈駐屯地ちゅうとんち〉になるらしい。そこから、さらに丘陵を登っていくと、王国騎士団の訓練場や馬場ばばがあって、めちゃくちゃ大きな厩舎きゅうしゃが並んでいる。王国騎士団には、千頭を超える馬が飼われているそうだから、それだけの設備が必要なんだろう。
 騎士団に関係する区画を通り過ぎ、丘陵の上へと登っていくと、文官の人たちが働くお役所や、王城で働く人たちのための宿舎が立ち並び、壮麗な宮殿がいくつも連なっている。そして、ぐるりと丘陵を登っていった頂上には、わたしたちが〈白鳥城〉って呼んでいる、巨大な本宮殿がそびえ立っているんだ。
 
 神前裁判の舞台になる神霊庁は、王立学問研究所に隣接する、ふもとの奥まった一角に建っている。樹齢千年を超えるっていわれている、とてつもない大木に囲まれていて、正面から訪問するときは、真っ白な玉砂利たまじゃりを踏んで歩いていくんだ。
 神霊庁の権威の高さからいうと、〈白鳥城〉みたいに、丘陵の上の方に建っていても良いと思うんだけど、実際には、あんまり人目につかないようになっている。コンラッド猊下の話では、〈神霊庁は現世うつしよの権力を求めない〉っていう立場を取っているから、王城と並び立とうなんて、まったく考えていないんだって。
 
 神霊庁を訪問するときは、貴族の人たちでも、正門から歩いて神霊庁を訪問するのが、基本的な礼儀だっていわれている。馬車を乗り入れられる馬車門は、神霊庁の建物の最奥にしかなくって、そこまで進入することを許されているのは、特別に神霊庁の許可を得た人だけなんだ。
 人目を避ける必要のある人とか、身体の弱っている人とか、侯爵以上の高位貴族とか、普通に歩いてくる方が、問題のありそうな場合に限って、静かに馬車を歩かせて、純白の石畳いしだたみの馬車道を通り抜けるらしい。
 
 竜の紋章を輝かせた大公家の馬車は、わたしたちよりも少し先を行き、神霊庁の裏門を目指していた。大公家っていう王族の馬車だし、何よりも、この日の神前裁判の告発者が乗っているんだから、それなりに人目ひとめを避ける必要があったんだろう。アリアナお姉ちゃんたちは、オディール様やマチアス様と一緒に、告発者が集まる一画に席を用意されているっていうことだった。
 
 わたしたちの乗った馬車は、大公家の馬車から少し遅れて、神霊庁の裏門に到着した。前回、〈神託の巫〉の宣旨を受けたときには、ヴェル様と一緒に〈野ばら亭〉に来てくれていた、ハイム・ド・コーエンさんっていう、若い神職さんが出迎えてくれたんだよね。
 今回も、ハイムさんがいてくれるのかなって、漠然と考えていたわたしは、馬車の扉が開かれたとき、軽く目眩めまいがしそうになった。だって、裏門は大きく開け放され、玄関口の前には、コンラッド猊下を始めとする、見るからに高位の神職さんたちが、ずらっと並んでいたんだよ!
 
 コンラッド猊下は、純白の着物とはかまの上に、純白の格衣かくえ羽織はおっていた。格衣に銀糸で刺繍されているのは、わたしの千早ちはやと同じ、神霊庁を表す紋様なんだけど、柄の大きさは小さくて、数も少ない気がする。純白の装いに、唯一、色を添えているのは、格衣のひもの部分で、それだけは光沢を放つ漆黒だった。
 コンラッド猊下の後ろには、神使しんしらしい人たちが五人、目線を下げた状態で並んでいて、その中には、純白の着物と袴、少しだけ銀糸の刺繍が入った格衣を着た、ヴェル様もいたんだ。
 
 コンラッド猊下は、滑るような足取りで前に進み出ると、馬車から降りたわたしに向かって、目線を下げたままでいった。
 
秋天しゅうてん澄みたる定めの日、尊き御身おんみのお渡りを賜り、我ら神使一同、恐悦至極きょうえつしごくに存じまする。重き裁きの場なればこそ、神々よりの御神託をお示し下さりますよう、こいねがたてまつらん」
「……本日は、よろしくお願いします、コンラッド猊下。できるだけのことを、させていただきます。それから、着付けをしてもらったり、馬車を差し向けてもらったりして、ありがとうございました」
「とんでもないことでございますよ、チェルニちゃん。それにしても、何とまあ、お似合いであられることか。高貴にして清楚、可憐にして愛らしく、絵にも描けないほどにうるわしゅうございますな。そうであろう、パヴェル?」
「誠に。お似合いだろうと想像しておりましたが、予想を遥かに超えて素晴らしゅうございます。まさに、つぼみの咲き初めし可憐さに、神々の御眷属ごけんぞくたるに相応しい高貴さが加わり、言葉にできぬほどでございます」
「えへへ。そういってもらえると、うれしいです」
「コンラッド猊下、オルソン猊下。並びに神使様方におかれましては、娘のお出迎えを賜り、おそれ多いことでございます。本日は、何卒なにとぞよろしくお願い申し上げます」
「御丁寧に恐れ入ります、カペラ殿。こちらこそ、誠にありがたく存じます。カペラ夫人も、どうぞよろしゅう」
 
 それからは、ヴェル様が先に立って、わたしたちを案内してくれた。広々と開かれた玄関を入り、広くて長い廊下を歩き……この間みたいに、奥へ奥へと進むのかと思ったら、目指す目的地は、わりと近かった。大きな一枚板の扉をくぐると、薄暗い廊下があり、さらに何回か扉を通り抜けた先には、大きな窓を黒い鎧戸よろいどおおった、こじんまりとした部屋があったんだ。
 部屋の中は、劇場の特別席みたいな感じだった。鎧戸の前には黒い布張りの長椅子が置かれ、その後ろには三つの肘掛ひじかけ椅子。それぞれの椅子の横には、小さめの机もあって、お茶が用意されている。ヴェル様にうながされるまま、わたしは長椅子、お父さんとお母さんが、肘掛け椅子に座った。
 
 ヴェル様が、一緒に来てくれていた、神職のハイムさんに目配めくばせをすると、ハイムさんは、そっと鎧戸を開けてくれる。そこには、わたしの両手を広げても足らないくらい、大きな窓があって、窓硝子まどがらすの代わりに、黒い御簾みすがかけられていた。
 御簾っていうのは、目の詰まったすだれのことだから、わたしたちの方からは、外の様子が見えるんだけど、外からはだいたいの輪郭りんかくくらいしかわからないだろう。ヴェル様は、わたしに微笑みかけて、こういった。
 
「神前裁判が始まりましたら、御簾を上げさせていただきます。今のうちに、窓から外をご覧になりますか、チェルニちゃん? よろしければ、カペラ殿も、奥方も、のぞいてご覧になられませ。この小部屋は、貴人きじんが神前裁判を傍聴する場合の、隠し部屋の一つ。眼下がんかに広がるのは、神霊庁が備えたる最大の神事の場、数多あまたの罪人を裁きし〈神秤しんしょうの間〉にございます。しばらくいたしましたら、侯爵閣下や公爵閣下、王太子殿下がたが、ひそやかにご臨席になられましょう。本日は、チェルニちゃんに慣れていただくため、先にお通しいたしましたけれど、本来でございましたら、〈神託の巫〉たる御方様が、後のご入場となっております」
 
 ヴェル様にいわれるまま、わたしたちは、そっと御簾の外をのぞき見た。今いる隠し部屋は、二階以上の高さがあったみたいで、見下ろす形で目に入ってきたのは、町立学校の講堂くらいの広さのある、高い吹き抜けの大広間だった。
 
 大広間は、三ヶ所に区分けされていた。大広間の入り口からもっとも遠い、上座かみざに当たる場所には、隠し部屋と同じくらいの高さに、同じくらいの大きさの席が作られており、階段で昇り降りするようになっている。部屋の中央には、大きくて重厚な長机が置かれ、中央に立派な肘掛け椅子、左右に小さめの椅子も用意されているんだけど、今はまだ、誰も席についていなかった。神前裁判が始まるときには、裁判官にあたる神職さんたちが、この席に座るんだろう、多分。
 裁判官の席らしい場所の前には、左右に机や椅子を並べた区画がある。真ん中の部分は、広く空間を開けられていて、証言席みたいに見える。一人の人が証言するには、広過ぎる気もするけど、今回の神前裁判では、すごくたくさんの人が裁かれるから、ちょうど良いと思う。
 最後に、もっとも大きく区切られているのは、傍聴する人たちの席だった。元々の座席には、平民と貴族の区別はないみたいなんだけど、実際には、前の席に貴族の人たちが集まっているみたい。そう、三百人くらいは余裕で座れそうな傍聴席は、もうほとんど埋まっていたんだよ。
 
 初めて見る〈神秤の間〉は、大きくて、重厚で、張り詰めた雰囲気が漂っていて、わたしも、知らず知らずに緊張しそうだった。早めに席につかせてもらって、大正解だったって、長椅子に深々と座り直したとき、不意に鐘の音が響いた。
 美しくて、おごそかで、明らかに普通とは違う、神々しい鐘の音。それは、神前裁判の始まりを告げる、最初の合図だったんだよ……。
 

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