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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-30

 馬車から降りたフェルトさんは、正面から悪人たちに向き合った。王都の外れに位置するらしい、〈白夜びゃくや〉の拠点に集まっていたのは、見るからに怖そうな悪人たちと、数人の騎士っぽい格好をした人たちだった。
 何度もスイシャク様に見せてもらったから、私にはわかる。騎士っぽい人たちは、使者AとBのお供をしたり、お屋敷でマチアスさんを見張ったりしていた、クローゼ子爵家の護衛騎士だよ!
 
 フェルトさんは、護衛騎士たちにさっと視線を向けただけで、緊張した素振りもなかった。ただ、腰に差していた剣を、丁寧に馬車の中に置いてから、こう宣言したんだ。
 
「剣を抜くと、うっかり殺してしまいそうだからな。おまえたちの相手は、丸腰まるごしでしてやろう。ほら、さっさとかかってこい。全員一緒でもいいぞ」
 
 フェルトさんってば、大丈夫なの? そりゃあ、力の神霊さんの印は強力で、ルーラ王国でも数えるくらいの人しか使えない術だって聞いているけど、相手は二十人はいるし、全員が武器を持っているんだよ?
 ここには、アリアナお姉ちゃんはいないんだから、無理はしないでほしい。心配のあまり、わたしが、ぎゅっとスイシャク様を抱っこしたと同時に、悪人たちがまとめてフェルトさんに襲いかかったんだ。
 
 悪人たちは、すごく戦闘に慣れているんだと思う。最初に突進していった三人は、お互いが動けるくらいの距離を空けながら、フェルトさんに武器を向けた。
 ぞっとするような光を放っている大型のナイフと、肩幅くらいの長さのなた。三人目は、手のひらに隠れるくらいの、小振りのナイフを忍ばせていたんだけど、あれってわざとだよね? ヴェル様が、〈最初の二人がおとりで、とどめを刺すのが三人目〉って教えてくれたよ。
 
 丸腰のフェルトさんは、平気な顔をして、鉈を持って襲ってくる男に手を出した。男は、鉈を思いっきり振りかぶって、フェルトさんに叩きつける。怖い、怖い、怖い。フェルトさんの腕が、すっぱり切られちゃう!
 
 わたしは、青くなって、左右の腕でスイシャク様とアマツ様にすがり付いたんだけど、心配は無用だった。何と、フェルトさんは、すごい勢いで叩きつけられた鉈を、右手で軽々とつかんじゃった。
 しかも、フェルトさんが手を出したのは、鉈のの部分じゃなかった。薄っすらと金色の光をまとった右手は、一滴の血も流さないまま、鈍い光を放つ鉈のやいばを掴んでいたんだ。
 
 フェルトさんは、そのまま右手に力を入れたんだと思う。音がしそうな勢いで、鉈の刃が掴み潰されたから。硬いはがねのはずが、まるでぺらぺらの紙みたいに簡単に、ぐしゃっとね。
 遠目にもわかるくらい、はっきりと変形した鉈を、鉈男の手からもぎ取ると、フェルトさんは、さっさと地面に捨てちゃって、男に笑いかけた。今夜の夢に見そうなくらい、凶暴な笑顔。そして、呆気に取られたままの鉈男を、左手で殴り飛ばした。
 わたしには、軽く当てただけに見えたのに、鉈男はすごい速さで遠くまで飛んでいった。うん。本当に、飛んでいったとしかいえない距離を吹っ飛ばされて、ごろごろごろごろ、地面を転がっていったんだ。あれって、死んでないよね、鉈男?
 
 次に襲ってきたのは、大型のナイフを持った男だった。大型ナイフ男は、フェルトさんの目を狙ってナイフを横に振り払い、そのすきを突いて、小型ナイフを腰のところで構えた男が、前屈みになって、猛然と突進していく。
 本当に暴力に慣れていて、何度も連携したことがあるんだって、すぐにわかるくらい、息の合った攻撃だった。
 
 大型ナイフ男の目潰しも、小型ナイフ男の突きも、フェルトさんは避けなかった。左手で軽く腕を振るって大型ナイフを弾き飛ばしたかと思うと、右手を下手に突き出して、指先だけで小型ナイフを受け止めちゃったんだ。
 そして、左手で小型ナイフ男の手首を掴んだフェルトさんは、びっくりするような反撃に出た。腕を捻って小型ナイフ男を転ばせ、片足を掴んだかと思ったら、ろくに予備動作もないまま、左手一本で男の身体を振り回し始めたんだ。比喩ではなく、本当に。左手を上げて、タオルを振り回すみたいに勢いをつけて、ぐるんぐるんって……。
 
 この辺りで、わたしは、ぱかんと口を開いていたと思う。だって、左手だけで軽々と、大の男を頭上で旋回させるなんて、ちょっとおかしくない? フェルトさんの左手からは、薄っすらと金色の鱗粉りんぷんが振り撒かれていたから、力の神霊さんの術だとは思うんだけど、それにしてもすご過ぎるよ。
 
 フェルトさんは、小型ナイフ男をむちの代わりにしているらしく、大型ナイフ男や、その次に攻撃を仕掛けるために迫っていた、数人の男に向かって、小型ナイフ男の身体を横に叩きつけた。
 人間の身体って、とっても重いから、それを思いっ切り叩きつけられたら、衝撃は大きいんだろう。大型ナイフ男も、他の男たちも、おもしろいくらいの勢いで吹っ飛ばされて、四方しほうに転がっていったんだ。
 
 五、六人をまとめて吹っ飛ばしたところで、フェルトさんは、小型ナイフ男をぽいっと投げ捨てた。小型ナイフ男は、足がぶらぶらになっちゃって、泡まで吹いてるみたいなんだけど、生きてるよね、あれ?
 
 この頃になると、フェルトさんが尋常じんじょうじゃなく強いことは、誰の目にも明らかだったから、〈白夜〉の人たちは、すっかり腰が引けたんだろう。フェルトさんを取り囲むだけで、誰も攻撃しようとはせず、隙をうかがっている。
 そんななか、ゆっくりと前に出てきたのは、クローゼ子爵家の護衛騎士らしい男だった。腰の剣を抜きもせず、フェルトさんに向かい合った護衛騎士は、自信満々の顔をして、こういった。
 
「力の神霊の印持ちは、おまえたちには荷が重い。少しの間、俺が足止めをしてやるから、全員でまとめて斬りつけろ。できれば生捕いけどりにしたいところだが、殺したら殺したで別にかまわん。許可はもらってあるからな。さあ、フェルト・ハルキス。力の神霊術よりも、有効な術を見せてやろう。〈神威しんいげき〉ならともかく、おまえ程度の力押しで、俺の神霊術が防げるかな」
 
 護衛騎士は、指先で複雑な印を切ると、はっきりとした声で詠唱した。
 
かせを司る神霊よ。目の前の生意気な男に枷をつけて、固く拘束こうそくしてくれ。身動きも抵抗もできないくらい、固く、固く。対価は俺の魔力で払う」
 
 詠唱の終わりと同時に現れたのは、どんよりとした鉄色の光球だった。光球は、フェルトさんの周りをくるくると回ったかと思うと、次の瞬間には、両手首と両足首に大きな鉄の枷がはまっていて、両手と両足をそれぞれくさりで結びつけていたんだ!
 
 鈍く輝く枷を見て、男たちは歓声を上げた。そして、フェルトさんに向かって殺到した途端に、全員がぴたっと足を止めた。フェルトさんが、〈はっ!〉と息を吐くと同時に、両手両足の鎖を引きちぎっていたから。
 慌てず騒がず、フェルトさんは枷をつけたままで、近づいてきた男たちに襲いかかった。騎士っぽい男の剣を掴み潰してぶん殴り、大型ナイフで突いてきた男を蹴り飛ばし、やりを振るってきた男を槍ごとぶん投げ、風の神霊術で速度を上げて切りかかってきた男をひじ打ちで沈め、鉄球を投げてきた男には手のひらで打ち返し……。
 わたしが、ぱかんと口を開けたままでいる間に、ほとんどの悪人を叩きのめしちゃったんだ。フェルトさんってば、強すぎない?
 
 後に残されたのは、わたしが入れられているはずだった木箱を運んできた、悪人123と7だったけど、その人たちって、〈野ばら亭〉を襲撃しようとして捕まっていたんだから、もう〈黒夜こくや〉の人の〈人形〉にされているんだよね?
 実際、四人とも、魂の抜けたような顔で座り込んでいるだけで、フェルトさんを襲おうとはしなかったし。
 
 本当はもう一人、枷の神霊術を使ったクローゼ子爵家の護衛騎士だけは、いつの間にか姿を消していた。枷の男は、フェルトさんが鎖を引きちぎったと見ると、仲間を見捨てて、一目散いちもくさんに逃げていったんだ。
 フェルトさんは、ちゃんと気がついていたみたいだけど、枷の男を追いかけようとはしなかった。遠くなっていく男の背中を見て、満足そうに笑ったから、多分、わざと一人だけ逃がしたんじゃないかな?
 
 そして、フェルトさんが、両手首と両足首についたままの鉄製の枷を、簡単にひねり潰して外しているところに、十人くらいの騎馬の人たちが駆けつけてきた。王国騎士団から来てくれているリオネルさんと、わたしも見覚えのある守備隊の人たちだった。
 リオネルさんたちは、皆んなが目を丸くして、倒れている悪人たちを見ていたんだけど、次の瞬間には、大声で笑いながら、フェルトさんに向かって手を叩いた。お見事って。
 
 本当にお見事だったよ、フェルトさん。かっこ良かったし。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんの、お婿さんにしてもいいって思ったのは、間違ってなかった。強さだけが、男の人の価値じゃないけどね。
 やっぱり、人を見る目のある少女なのだ、わたしは。えっへん。
 
     ◆
 
 フェルトさんの戦いっぷりに感動しているうちに、わたしの視界は、またしても切り替わった。今度目にしたのは、もう見慣れてきちゃった感じのする、クローゼ子爵家のお屋敷の中、離れの一室にいるマチアスさんの姿だった。
 
 マチアスさんは、長椅子に座って本を読んでいた。そこへ、使者AとBが、急ぎ足で入ってきて、マチアスさんにささやいた。
 
「もう大丈夫です、閣下。オルト様とアレン様は、馬車で出発しました。お帰りは夜になるという話です」
「わかった。早めに戻ったとしても、しばらくは時間を稼げるだろう。ナリスやミランは来ていないのか?」
「今日はまだ。晩餐ばんさんには、お二人の分の席も用意されるそうですから、来られる予定ではあるのでしょう」
「うるさい女共はどうだ、ロマン?」
「奥方様もカリナ様も、買い物にお出かけで、晩餐も外で取られるそうです。オルト様がいらっしゃらないので、気晴らしに買い物をしてくると、お二人で外出されました」
「オルトの目を盗んで、散財をしに行ったか。ちょうどいい。我らは我らで、早々に悪事の証拠を探し出すとしよう。いつ邪魔が入るかわからないからな」
「お心当たりはあるのですか、閣下?」
「ある。図書室の奥の隠し部屋だ。クローゼ子爵家当主の〈座〉と、図書室の奥の隠し部屋という〈場〉。その二つが、いわば第二、第三の印の役割を果たす術なので、移動はできない仕組みなのだ」
「図書室の鍵はどうなさいます? 用心深いオルト様のことですから、肌身離さず持っておられる可能性もあるでしょう」
「叩き壊せばいいんですよ、ロマン様。オルト様たちが、そろって留守にする機会なんて、二度とないかもしれませんよ? 鍵を探しているうちに、時間切れになりでもしたら、目も当てられません。ルルナが、危険な目に遭うかもしれないじゃないですか」
「おまえ、そんなに単純な男だったか、ギョーム? いや、まあ、前から思慮深い男ではなかったか」
「ちょっとひどくないですか、ロマン様?」
「ギョームのいうことにも一理あるぞ、ロマン。オルトたちは、途中で引き返してくるだろうからな。心配せずとも、オルトの鍵は必要ない。ほら、これを見よ」
 
 そういって、マチアスさんは、胸のポケットから銀色の鍵を取り出すと、指先でくるくると回したんだ。
 
「それは、まさか?」
「複製した鍵だよ。わたしが当主の座を引いて、屋敷を離れてから、オルトは真っ先に図書室の鍵を付け替えた。あやつの性根はわかっていたので、鍵屋に手を回して、新しい鍵の複製を手に入れておいたのだ。そのうちに、悪事の証拠をため込むだろうと思ったからな」
「さすがは、閣下ですな。では、参りましょうか。二人ほど残っている護衛騎士は、どういたしますか?」
「今日を限りに、本心を偽る必要はなくなるからな。適当に打ちのめして、拘束しておけばいいだろう」
「閣下のお手を、わずらわすほどのことではありませんからね。わたしがやりますよ。ありがたいことに、まだ風の神霊術以外の術は使えるので、簡単です」
「いいだろう。頼むぞ、ギョーム」
 
 マチアスさんと使者ABは、すぐに立ち上がって、離れの部屋を出ていった。部屋の外には、騎士っぽい男が二人、監視するような雰囲気で立っている。
 先頭に立った使者Bは、騎士たちに話しかけられる前に、さっさと指先で印を切って、小声で詠唱した。
 
「石を司る神霊よ。目の前の二人の頭の上に、適当な大きさの石を落としてくれないか。一発で気絶して、死なない程度の石だ。対価はわたしの魔力と感謝で払う。まだ見捨てないでいてくれて、本当にありがとう」
 
 おお! わりと良い人になってるじゃないの、使者Bってば。きっちりと神霊さんに感謝できるんなら、〈神去かんさり〉にもならないかもしれないからね。その調子で更生してほしいよ、使者B。
 
 わたしが、しみじみしている間に、使者Bの手元には、小さな灰色の光球が現れた。光球は、護衛騎士たちの頭の上に飛んでいって、くるくると旋回する。すると、手のひらくらいの大きさの石が二つ、二人の頭上に出現して、あっという間に落下したんだ。
 ごーんって、あんまり鳴っちゃいけない音が響いて、石は二人を直撃した。そんなに高くからじゃなかったものの、けっこうな大きさの石だからね。二人の騎士は、うめき声さえ立てずに、その場に崩れ落ちたんだ。
 
 使者Bって、意外とすごい神霊術の使い手じゃないかと思っていたんだけど、やっぱりそうだったね。ヴェル様まで、〈ほう。なかなかの術ですね。いろいろと使えそうだ〉って、感心していたくらいだから。
 
 マチアスさんたちは、そのまま足早に本邸まで進んでいった。途中で何回か、三人を呼び止めた騎士たちは、ごんごん石を落とされて、片っ端から気絶していた。容赦ないよね、使者Bって。
 
 そして、本邸の一番奥になるのかな? 大きな階段の裏側に、隠すみたいに作られている扉の前で、マチアスさんが鍵を出した。
 開かなかったらどうしようって、わたしは、思わず息をつめたんだけど、心配は無用だった。カチって、小さな音を響かせて鍵は外れ、図書室の扉が開いた。
 
 図書室のなかは、綺麗に整理されていた。秋の日差しに薄っすらと照らされて、たくさんの本が並んでいるのが見える。わたしが読みたかった本も、いっぱいあった。
 マチアスさんは、迷いのない足取りで、図書室の奥の方にある本棚に向かった。天井近くまでの高さのある本棚は、やっぱり本でいっぱいだった。その本棚を前に、マチアスさんは、ゆっくりと印を切りながらいった。
 
「我が名は、マチアス・セル・クローゼ。クローゼ子爵家の当主だ。初代当主の結びし約定により、〈扉〉の開示を望む。影を司る御神霊よ、現世うつしよに在らぬ影の影、ほの暗き陰影に隠されし、秘匿ひとくの扉を開かれよ。契約の御神霊よ、この望みが正当たることを、影の御神霊に示されよ。対価は我が魔力で払う」
 
 マチアスさんの詠唱が終わると同時に、純白の光球と黒い光球が現れて、本棚の前でくるくると回った。以前、使者AとBに向かって、〈契約の御神霊と影の御神霊の神霊術を、二重に駆使した隠し場所〉だって説明していたけど、こういうことだったんだね。
 複数の神霊術を同時に使える人は、ルーラ王国でもかなり数が少ないんだって、町立学校の校長先生が教えてくれた。まして、ひとつの現象に対して、二重に術をかけられる人は、本当に少ないと思う。クローゼ子爵家の初代って、すごい神霊術の使い手だったんだね。子孫は、あんなになっちゃったけど。
 
 普通の神霊術よりは長く、本棚の前を回っていた光球は、最後にパッと発光して消えていった。同時に、重い音を響かせて、本棚が勝手に横へ移動したかと思うと、空いた壁の部分に小さな扉が現れたんだ。
 
「さあ、行くぞ。わたしと一緒なら、おまえたちも入れるからな。この部屋の中から、求める証拠を探し出すんだ」
 
 小さな扉を開けたマチアスさんは、そういって、使者ABを中に入れた。扉は開けたままにしてくれたから、わたしも中の様子を見ることができた。
 わたしは、けっこう勘の良い少女だから、本当は〈雀の視界って、そんなに何でもかんでも見えないよね? 位置的にも〉って、気づいてはいる。今はそれどころじゃないから、知らないふりでいるけど。クローゼ子爵家の問題が解決したら、スイシャク様に教えてもらおう。そうしよう。
 
 隠し部屋は、大人が三人入ったら、ちょっと狭く感じるくらいの大きさだった。壁は白くって、ほわっと光っていたから、明かりがなくても困らなかった。扉から見て左右の壁には、それぞれ大きな戸棚がえつけられていて、いろいろなものが入っているみたいだった。
 
「わたしは右、おまえたちは左の戸棚だ、ロマン、ギョーム」
「何を目当てにすればよろしいのですか、閣下?」
「宰相閣下の御見立てでは、書類か徽章きしょう、もしくはその両方だろうということだった。ともかく、アイギス王国やヨアニヤ王国の紋章のあるものを探してくれ」
 
 書類はわかるけど、徽章って何だろう? 初めて聞く言葉に、わたしが戸惑っていると、優しいヴェル様が教えてくれた。
 
「徽章というのは、その者の身分を表すしるしのことですよ、チェルニちゃん。腕章やメダル、指輪など、形は様々ですが、見る者が見れば、相手の身分が一目でわかります。クローゼ子爵家は、外患誘致罪がいかんゆうちざいという大罪を犯したのですから、後々の保身のためにも、相手の身分を示すものを渡すように要求しているだろうと、宰相閣下はお考えなのです」
 
 なるほど。徽章や紋章入りの書類を渡してたら、簡単にクローゼ子爵家を切り捨てられなくなるわけか。
 大人っていうか、貴族の世界って、すごく複雑なんだなって、わたしが感心している間にも、マチアスさんたちは、探し物を続けていた。そして、わたしとヴェル様が、紅茶のおかわりを頼もうかって相談しているところで、使者Bが声を上げた。
 
「ありました! 見つけましたよ、閣下、ロマン様! これでしょう?」
 
 使者Bことギョームさんが、二人に掲げて見せたのは、くっきりと紋章が刻印された一枚の書類だった。
 金色と銀色の獅子が王冠をかぶった、複雑で色鮮やかな紋章。わたしの隣にいるヴェル様が、〈アイギス王国〉って、冷たくつぶやいたよ……。
 

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