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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 69通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 わたしは、今、大きな困難に直面しています。何かっていうと、編みぐるみの作成って、ものすごくむずかしいんだって、教えてもらったからです。ショートマフラーが〈初歩の初歩〉だとすると、編みぐるみは中級かもしれないそうなんです。

 ネイラ様に編みぐるみを贈ろうって決めてから、わたしは、すぐにアリアナお姉ちゃんのところに行きました。わたしの羊の編みぐるみを作ってくれた人だし、編み物の上級者でもあるからです。
 アリアナお姉ちゃんは、〈獅子の編みぐるみを作って、ネイラ様に贈りたい〉っていう、わたしの思いつきを聞いた途端、目を泳がせました。エメラルドみたいな、うるんだ瞳が、右へ行って左へ行って、また右に行って左に行って……。年齢のわりに落ち着きのあるアリアナお姉ちゃんが、あんなに挙動不審な感じになるのは、本当にめずらしかったんですよ。

 お姉ちゃんによると、編みぐるみっていうのは、基本的には、毛糸を丸い玉みたいに編んで作るんだそうです。ひたすら丸い玉を編んだものに、手足や目鼻をつけただけの編みぐるみだったら、初心者でも大丈夫。凹凸おうとつをつけたり、った姿勢にしたり、何かを持たせたりすると、難度が上がっていくらしいです。
 わたしは、ネイラ様をイメージして、剣を持った獅子で、枕くらいの大きさのもの作りたかったんですが、お姉ちゃんに、やんわりと反対されてしまいました。〈それは……ちょっと大変じゃないかしら。最初は、小さく、丸く編むことを目指しましょう? 編み目がぎっちぎちになっても、編みぐるみなら、大丈夫だと思うし〉って。

 ショートマフラーに比べると、編みぐるみは、編む量が少なそうなので、何とかなるかと思ったんですが、先は遠そうです。仕方がないので、新年のご挨拶の贈り物に間に合うように、今から少しずつ作成に取りかかろうと思います。
 無理をして失敗するよりは、確実に成功を目指すべきだと考えた結果、わたしが作成するのは、〈獅子の編みぐるみ、剣なし、片手サイズ〉です。無事に完成したら、もらってもらえます……よね?

 昨日から、〈野ばら亭〉では、名物の干し柿作りが始まっています。契約している農家から、山のような渋柿しぶがきが届いたので、皮をむいて、さっと熱湯にくぐらせて、一週間くらい天日てんぴで干して、渋みを抜くんです。
 干し柿には、完全に水気を飛ばしたものもあるんですけど、〈野ばら亭〉の干し柿は、しっとりとした柔らかくて甘い干し柿です。苦い紅茶や珈琲と一緒に、そのまま食べてもおいしいし、ゼリーやプリンやバターにしても、たまらないおいしさです。特に人気があるのは、干し柿と自家製のクリームチーズを合わせたもので、秋風が立ち始めると、大勢のお客さんが待っていてくれるんです。

 一週間くらいしたら、お父さんが、干し柿とかクリームチーズを、ネイラ様のお屋敷に送らせていただくそうです。干し柿って、酔い止めの効果もあるそうなので、皆さんで食べてくださいね。

 では、また。次の手紙で会いましょう。

     獅子の編みぐるみは、真紅よりもグレーじゃないかと悩んでいる、チェルニ・カペラより

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わたしに食の楽しみを教えてくれる、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙を読んで、干し柿とクリームチーズの組み合わせが、とても楽しみになりました。両親に話したところ、父も母も、とても喜んでいました。いつも美味しいものを送っていただいて、本当にありがとう。

 干し柿そのものは、それなりに食べたことがあります。神霊庁が取り仕切る神事では、神への供物くもつである〈神饌しんせん〉が捧げられ、神事の後は、神饌の一部を食することが多いからです。鯛やあわび、何種類かの野菜、木の実、果物などの他、菓子として干し柿もそなえられ、神職が相伴しょうばんあずかるのです。
 わたしも、重要な神事の際は、神饌を口にします。塩焼きにした鯛にあわびの酒蒸し、四角に切り揃えた生野菜、塩焼きにしたきじかも、白米、米から作った酒などと共に、干し柿がきょうされる場合も少なくありません。

 とはいえ、わたしが食べていた干し柿は、極上の品ではあるけれど、食の楽しみのために出されたものではありません。他の神饌がそうであるように、神への捧げ物としてのかくと意味が重視されているのです。その点、きみが手紙で書いてくれた干し柿は、想像するだけでたまらなく美味しそうです。
 柔らかい干し柿というものが、どれだけ甘いのか、どれだけクリームチーズに合うのか、今からとても楽しみです。くれぐれも、きみの父上によろしく伝えてくださいね。

 編みぐるみについては、わたしも準備を始めています。前回のショートマフラーのときは、何分なにぶん初めてでしたので、副官の奥方に意見を求めましたが、今回は大丈夫です。すでに、何冊か編みぐるみの本を注文しましたので、それらを熟読して、作成の基礎にしたいと思っています。
 今のところ、候補として考えているのは、桜色の子猫の編みぐるみか、真紅の鳥か、純白の雀でしょうか。もちろん、愉快な母上が〈可愛い子猫ちゃん〉と呼ぶきみと、〈アマツ様〉、〈スイシャク様〉です。希望があれば、それに沿うようにしますが、きみが獅子を作ってくれるなら、やはり子猫が良いのかもしれませんね。

 では、また。次の手紙で会えるのを、楽しみにしています。

     干し柿とは、白く粉の浮いた固いものだと思っていた、レフ・ティルグ・ネイラ