連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(5) ローズ・カペラとカペラ夫妻
幕間書簡(5)
ローズ・カペラとカペラ夫妻
〈キュレルの街で《野ばら亭》を経営するローズ・カペラと、実父であるヘルマン・カペラ、実母であるアマンダ・カペラとの書簡〉
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親愛なるお父様、お母様へ
ルールー王国でのバカンスは、どんな感じ? お父さんとお母さんのことだから、楽しんでいるに決まっているけど。二人でのんびりしてくれていたら、わたしも嬉しいわ。ルールー王国は暑いから、熱中症にだけは気をつけてください。
それにしても、ルールー王国って、面白い名前よね。地名も変わっているし。この手紙の宛名なんて、〈ルールー王国リーリー州ネーネー県ヨーヨー街3641-1 海の楽園 ホテル・ニャーニャー〉よ? ルールー王国の人たちって、こんな変な住所を覚えられるのかしら? ホテル・ニャーニャーって、ちょっと可愛いけどね。
さて、今日の手紙は、いつもの近況報告とは別の、いわば特別編です。わがカペラ家に、大きな変化の波が訪れたので、お父さんお母さんにも、取り急ぎ知らせようと思ったの。何となく予想しているかもしれないけど、発表します。わたしたちの愛する娘、絶世の美少女で、とっても賢くて、性格も最高に素晴らしいアリアナの、結婚相手が決まりました! ジャジャジャジャーン!
お相手は、キュレルの街で守備隊の分隊長を務めている、フェルト・ハルキスさんです。フェルトさんのことは、お父さんとお母さんも覚えているでしょう? 男前だけど生真面目で、絶対にアリアナを大切にしてくれる人だと確信しています。何よりも、アリアナ本人が、ずっとフェルトさんを好きだったみたいだから、本当に良かったと思うわ。
今後は、アリアナが女学校を卒業するのを待って、正式に両家の間で婚約して、ゆっくりと結婚の日取りを決める予定です。新居の場所とか、アリアナの婚礼道具とか、これから話し合わなきゃいけないことが一杯で、すごく忙しくなりそう。わたしの愛するお花ちゃんのためだから、頑張るわ。
お父さんとお母さんも、次の旅行先に向かう前に、一度帰ってきてもらえないかしら? フェルトさんにも会わせたいし、アリアナも〈自分の口からお祖父さま、お祖母さまに報告したい〉っていってるのよ。
それに、わたしたちの可愛いチェルニも、王立学院に進学することになったでしょう? お父さんとお母さんにも、いろいろと相談したいと思っています。考えてみてね?
ともかく、身体だけは気をつけてほしい、ローズより
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ローズへ
アリアナは、まだ十七歳じゃないか! あまりにも早い。早すぎる。わたしたちの時代と違って、最近は晩婚化が進んでいるんだから、ちゃんと時代の流れを読みなさい。少なくとも、十年は早いということに気づいてほしい。
そもそも、マルークのやつは何をしているんだ? 父親なら、娘を拐っていこうとする男が現れたら、刺し違えてでも、その企みを叩き潰すべきだろう。情けない、情けないぞ、マルーク・カペラ!
最悪の場合、十年くらいの婚約期間を置いてから、結婚する方法もある。とにかく、一度キュレルの街に帰るから、それまでは軽々にことを進めないよう、マルークに言い聞かせてくれ。頼むぞ、ローズ。
おまえのお父さんより
最愛のローズへ
あなたへの手紙を書き終わるなり、お父さんったら、ソファに寝そべって動かなくなっちゃいました。あなたたちに、何かあったんじゃないかと心配して、急いで手紙を読んでみたら、アリアナの結婚話でしょう? 呆れちゃって、慰める気もなくなったわよ。
こうして手紙を書いている間も、ソファからは、地の底から響いてくるような声が聞こえています。〈嫌だ、可愛いアリアナが嫁に行くなんて〉〈早すぎる。十年、いや、二十年は早い〉〈止めろよ、マルーク。ばかやろう〉ですって。
お父さんは、アリアナとチェルニを溺愛しているから、お嫁に行くときは大変なんじゃないかと思っていたんだけど、本当に面倒な感じになっています。おめでたいことなのにね。マルークさんは……お父さんみたいなことはないと思うけど、平気ではないわよね。大丈夫なの、ローズ?
まあ、馬鹿な男親は無視するとして、アリアナが幸せになれるご縁のようで、とてもうれしく思います。フェルトさんって、五年くらい前から〈野ばら亭〉に来るようになった、凛々しい美青年でしょう? ローズの見立て通り、あの子なら間違いないわ。
フェルトさんは、一生、アリアナだけを大切にしてくれる、本物の騎士になってくれるんじゃないかしら? 万が一、アリアナが火傷でもして、あの美しい顔を失ってしまっても、フェルトさんなら、きっと気にしないと思います。わたしの勘が、そう告げているの。ローズの見立てと、わたしの勘が揃ったら、まず間違いはないでしょうね。良かったわ。
もう一年以上、ルーラ王国を離れているし、近いうちに帰国することにします。アリアナにお祝いをいいたいし、チェルニの進学祝いもしたいしね。お父さんには、それまでにいって聞かせますので、安心してください。ローズがマルークさんを連れてきたときと比べたら、まだ正気を保っている方なのよ、多分。ローズは、マルークさんを支えてあげてね。
では、また。帰国の日程が決まったら、手紙を出します。ルールー王国は暑いけど、海辺のホテルはとっても快適だから、安心してね。
あなたの母より
追伸/
何だかもう、今からチェルニのときが思いやられるわね。チェルニがお嫁に行くとなったら、お父さんもマルークさんも、寝込んじゃうんじゃないかしら? あの子は晩婚になりそうなので、それだけが救いです。