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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-32

 秋晴れの空の下、王立学院では、いよいよ神霊術の実技試験が行われようとしていた。神霊術の実技点は百点満点なんだけど、この点数は、受験の合否に直接は影響しない。ルーラ王国では、神霊術に優劣はないっていう考え方をしているから、合否を判断するのは、基本的には学科試験の点数なんだ。
 だったら、どうして神霊術の実技試験を実施するかというと、優秀な人材を見逃さないようにするためなんだって。学科試験の合格定員とは別に、特に優れた神霊術を披露した何人かの生徒は、特別枠で入試に合格できるらしい。
 
 わたしの大好きなおじいちゃんの校長先生は、〈生徒たちの神霊術の能力を把握して、入学後の指導に活かす目的もあるんじゃよ、サクラっ娘〉って教えてくれたから、神霊術の強さよりも、自分の実力を発揮することが大切……なのかな?
 
「では、只今ただいまから、本年度の実技試験を開始します。最初の実技者は、受験番号を一番、イズマル・ヒルシュ・アイゼン!」
「はい!」
 
 先生に名前を呼ばれ、元気いっぱいに返事をした金無垢少年は、試験官の先生たちに一礼すると、ふふんっていう感じに胸を張って、わたしたちを振り返った。わたしは、お父さんとお母さんに、わりと厳しくしつけられているから、人を見かけで判断したりはしないし、第一印象だけで決めつけたりもしない。しないけど……何となく、めんどくさい雰囲気が漂っているよね?
 金無垢少年は、つんとあごを上げたまま、 受験生席の片側、つまりは外部受験者たちの席を、威圧的な視線でにらみつけた。あまりにもわかりやすい態度に、逆にびっくりしていると、金無垢少年は、見事にありがちな決め台詞を口にしたんだ。
 
「ぼくは、アイゼン侯爵家の嫡男、イズマル・ヒルシュ・アイゼンだ。地方貴族の者たちに、今から神霊術の手本を見せてやるので、よく学ぶように。平民の受験生にとっては、あまりにも高度な神霊術だとは思うが、一生の思い出に目に焼き付けておけ」
 
 ……呆然。このときの、わたしの気持ちを表現すると、呆然っていう言葉しか出てこないと思う。いや、だって、驚くよね? 子供たちの誘拐事件以来、わたしは、たくさんの貴族の人たちに会っているけど、こういう態度の人って、一人もいなかった。神霊庁の神使であるヴェル様も、王族のオディール様も、大神使のミル様も、誰にだって丁寧で礼儀正しかったよ?
 そもそも、〈神威しんいげき〉っていう、ルーラ王国でもっとも身分の高いネイラ様だって、初対面のときから優しかった。わたしだけじゃなく、わたしの大好きな総隊長さんにだって、とっても丁寧に礼儀正しく接してくれたんだ。そんなネイラ様だから、わたしってば、すっ、好きになっちゃったわけだけど。
 
 何となく、本当に何となく、今日一日の経験だけでも、わたしは、ルーラ王国の将来が不安になった。金魚少年も金無垢少年も、自分でいうくらいだから、貴族の後継なんだろう。でも、この子たちが今のまま大人になって、貴族家の当主になったら……神霊さんたちに、国ごと見捨てられちゃうんじゃないの?
 あまりにも不遜な態度に怒っちゃって、ふっすふっす鼻息を吐いているスイシャク様と、ぱちぱち鱗粉を飛ばしているアマツ様をなだめながら、わたしは、さっきとは別の方向で、新たな決意を固めた。
 
 金無垢少年と金魚少年の将来は……別にどうでも良いけど、神霊さんたちがルーラ王国を嫌いになっちゃったら、とっても悲しい。王立学院の入学試験で、人っていう存在に嫌気が差して、校舎ごと燃やしちゃったネイラ様を思うと、とっても切ない。だから、わたしは、自分にできることをしたいと思うんだ。
 どこかに拘束されているらしい元大公や、クローゼ子爵みたいな大人になってからだと、もう心を入れ替えたりはできないだろうし、大きな罪を犯しているから、許されることはない。その点、金魚少年や金無垢少年は、まだ間に合うよね? 今のうちに、あの子たちのむだに高い鼻を叩き折っておけば、ちゃんとした大人になるかもしれないよね? わたし、チェルニ・カペラは、先手必勝を理解している少女なのだ。
 
 わたしの決意に喜んで、ものすごい勢いでイメージを送ってくる二柱ふたはしらともども、やる気に満ち溢れたわたしの前で、金無垢少年は、神霊術の実技を開始した。素早く印を切り、こう詠唱したんだ。
 
「木馬を司る神霊よ。本物の馬よりも素晴らしい、ぼくの木馬を顕現けんげんさせてくれ。この場に現れ、その背中にぼくを乗せ、空をけてほしいんだ。今日の対価は、ぼくの魔力で支払おう」
 
 金無垢少年が詠唱を終えると同時に、両手で抱えるくらいの大きさの、茶色の光球が現れた。光球は、きらきら光りながら、金無垢少年の周りを二度、三度と旋回する。見たことのない神霊術を目にできるのは、やっぱりわくわくするような体験だった。
 わたしの肩の上のアマツ様が、三度、四度と旋回を続けている光球に、〈〉っていうイメージを送っていたのは、自分たちの存在を気にしないようにっていう合図なんだろう、多分。
 
 アマツ様の合図に納得したのか、茶色の光球は、ひときわ大きな光を放ったかと思うと、金無垢少年の目の前で勢い良く破裂した。そして、きらきらした光の残像が消えた後には、可愛いポニーくらいの大きさの、茶色の木馬が出現していたんだ。
 金無垢少年のポニーは、十四歳の少年の乗り物としては、ちょっと小さかった。でも、艶やかな茶色の色合いも、弓なりになった足元の台座も、そこだけ色とりどりの糸を編み込んだ手綱たずなも、とっても可愛い。校庭にいる生徒たちや、見物の父兄たちの間で、思わず歓声が上がったのも、当然のことだろう。
 
 ふふんって鼻を鳴らした金無垢少年は、そのまま木馬に乗り、手綱を握った。可愛い木馬に、ちんまりまたがる少年っていうのが、何となくおかしくって、小さく笑う声も聞こえていたんだけど、金無垢少年が〈はっ!〉っていう掛け声と一緒に、色鮮やかな手綱を引いた途端、大きな驚きの声に変わった。茶色の木馬は、前後にゆらゆら揺れたかと思うと、ふわりと浮かび上がったんだ。
 見物人のどよめきの中、木馬は見上げるくらいの高さまで浮かび上がると、そのまま空を走り出した。ゆらりゆらり、ゆらりゆらり。前後に揺れる動きはのんびりしているのに、速度はけっこう速い。かなりの大きさのある校庭を、可愛い木馬がゆうゆうと旋回していく光景は、見ていてすごく楽しかったよ。
 
 神霊術の実技試験では、自分の魔力以外のものを対価にしてはいけないって、事前に通達されている。神霊術って、強力な対価を用意することによって、実力よりも大きな術を使えたりするから、もっともな規制だと思う。
 空を走る金無垢少年の木馬は、本人の魔力だけを対価にした神霊術で生み出したものだから、何か別の対価を用意していれば、もっと大きな術が使えるはずなんだ。本物の馬と違って、どこにでも現れてくれるし、空を飛べるし、もっと速度も出るだろう。そう考えると、可愛くて幻想的な木馬の神霊術は、かなり高度な術だといっていいんじゃないのかな?
 
 しばらくすると、気持ち良さそうに空を走っていた金無垢少年に、試験官を務めている先生の一人が声をかけた。〈よろしい。アイゼン君、戻りなさい〉って。元気良く返事をした金無垢少年は、先生たちの前まで戻ってくると、ひらりと木馬から飛び降りた。
 金無垢少年の乗っていた木馬は、ふわりと空気に溶け、きらめく光の粒になって消えていく。その途端、受験生や父兄からは大きな拍手がわき起こった。金無垢少年は、またしても胸を張って、ふふんって鼻息を吹いているけど、確かに見応えのある神霊術だったと思う。
 
 試験官の先生たちは、満足そうに頷きながら、目の前の用紙に採点らしきものを記入している。司会役の先生は、まだ木馬の神霊術の余韻よいんが残る中、よく通る声でいった。
 
「大変けっこうだったよ、アイゼン君。席に戻ってください。さて、皆さん。今のアイゼン君の神霊術を、ひとつの見本として考え、公開か非公開かを選ぶように。続いて、受験番号二番、イリーナ・ズベル・イグナシオ」
「はい」
「きみはどうしますか?」
「イズマル様には及びませんので、非公開でお願いします」
「……よろしい。受験番号三番、バーニー・バート・エンゲル」
「はい!」
「きみはどうしますか?」
「人前で神霊術を使うのは、あまり気が進みませんので、非公開でお願いします」
「わかりました。受験番号四番、ブレンダ・チャド・カレーラ」
「はい」
「きみはどうしますか? 公開実技で力を試しますか?」
「いえ、非公開でお願いします」
 
 おお。大体の割合は教えてもらってたけど、公開で実技を披露する受験生って、やっぱり多くはないんだね。金無垢少年が、意外に強力な神霊術を使ったからか、非公開を選択する生徒が続いているんだ。もっともっと、いろんな人の神霊術が見たいのに。
 そう思って、ちょっとがっかりしていた、わたしの耳に飛び込んできたのは、自信満々な感じの女の子の声だった。
 
「受験番号八番、ステラ・フォン・グロース」
「はい! もちろん、公開です。わたしの神霊術を、皆さんに見せてあげましょう!」
 
 元気の良い声とともに立ち上がったのは、ものすごく、ものすごく目立つ女の子だった。金無垢少年は、やたらきらきらした服装で、中のシャツなんて金色だったのに対し、金無垢少年と同じくらい、神霊術に自信のありそうな少女は……リボンまみれだったんだよ!
 秋空みたいな水色で、くるぶしまであるロングドレスっていうのは、まだいいと思う、多分。問題は、ドレスのあちこちに縫いつけられた、色とりどりのリボンなんだ。
 赤いリボンと黄のリボンと紫のリボンと緑のリボンと白のリボンと青のリボンとオレンジのリボン……。とどめに、胸元と腰に縫い付けられているのは、ひときわ目を引く七色の巨大リボンだった。
 
 ねえ。本当に大丈夫なの、王立学院?
 
     ◆
 
 わたしの肩の上は、例によって大盛り上がりだった。スイシャク様とアマツ様が、〈あなや!〉〈何と面妖めんようなる風体ふうていか〉〈我は知る。れなるは、リボンとぞいふもの也〉〈巨大リボン也〉〈巨大リボン少女と呼ばん〉って。
 行ったことはないし、行きたいとも思わないけど、ここが王城の舞踏会とかだったら、巨大なリボンのついたドレスでも可愛い……かもしれない。でも、真剣に学ぶべき王立学院の、よりにもよって入試の日に、巨大リボンのドレスを着ている少女って、やっぱり変わってるよね?
 
 物理的にすごく場所を取る巨大リボン少女は、周りの人に避けてもらいながら、何とか試験官の前に出て行った。司会役の先生は、ちょっと何かをいいたそうな顔をしつつ、結局は諦めたみたい。わたしから見てもわかるくらい、深いため息をついてから、巨大リボン少女に神霊術の実施を指示したんだ。
 巨大リボン少女は、ぐるりと校庭を見回したかと思うと、内部進学の貴族の子たちが座っている方にだけ丁寧に頭を下げ、外部受験組をさらりと無視したまま、わりと複雑な印を切り、詠唱した。
 
「リボンを司る神霊様。わたしの代名詞、わたしを象徴する素敵なリボンで、ひとときの夢を見せましょう。ひらひら、くるくる、そよそよ、するりと、舞い踊ってくださいな。対価はわたしの魔力をどうぞ」
 
 巨大リボン少女が、詠唱を終えると、すぐにたくさんの光球が現れた。一つ一つは小さいけど、色とりどりの光球は、リボンの色と一緒なんだろう。小さな光球は、輝きながらくるくるくるりと旋回し、それぞれに長い光のリボンになった。からりとした秋晴れの午後には、風も吹いていないのに、リボンは優雅にたなびいていく。
 受験生や見物の父兄たちが、喜んで拍手をする中、色とりどりの光のリボンは、微かに鱗粉を振りまきながら、縦横無尽じゅうおうむじんに校庭を泳ぎ始めた。くるくると渦巻いたり、ゆるやかな波型になったり、一直線に流れたり、二色三色がからみ合って形を作ったり……。見ていて感動するくらい、美しい光のリボンの演技だった。
 
 やがて、何色もの光のリボンは、校庭の中央に集まって、一枚の大きくて長いリボンになった。大きなリボンの色は、光り輝く虹の色。それが、くるくるっと結び合い、ものすごく巨大なリボンの形になったかと思うと、ひときわ明るく輝いてから、青空に溶けて消えていったんだよ。
 
 受験生や父兄たちは、途端に大きな歓声を上げ、いっせいに拍手をした。とっても綺麗だったし、よくまとまっていたし、さすがに立派な神霊術だったと思う。自分の魔力だけが対価だっていうことを考えると、中々の神霊術の使い手だよね、巨大リボン少女って。
 巨大リボン少女が、場違いなほどリボンだらけのドレスを着ているのも、リボンを司る神霊さんへの敬意の表れであり、リボンに対するイメージをいっそう膨らませるためって考えたら、理解できる気も……しないな、やっぱり。
 
 巨大リボン少女は、試験官の先生たちと内部進学の生徒たち、一定方向の父兄にだけ、丁寧にお辞儀をして、席へ戻っていった。司会役の先生は、ちょっと苦笑いっぽい表情を浮かべてから、すぐに実技試験を再開した。
 
「大変けっこうだった、グロース君。では、次は……」
 
 それからも、実技試験を辞退する生徒が続いた。何人かに一人の割合で、公開実技を選ぶ子がいたんだけど、正直なところ、金無垢少年と巨大リボン少女を超えるほど、上手に神霊術を使える生徒はいなかったと思う。
 内部進学の貴族の子たちが終わり、外部からの受験生の番になっても、流れは変わらなかった。十人のうち一人か二人、公開の実技試験を選択する生徒がいて、皆んなの前で神霊術を披露する。生徒たちや父兄から拍手をもって、試験官の先生たちが用紙に何かを書いて、司会役の先生が〈けっこうだった〉っていうんだ。この〈けっこうだった〉が、〈大変けっこうだった〉になることもあるのが、司会役の先生の正直なところだよね。
 
 どんどん順番が進み、外部受験組も終わりに近づいた頃、一人の男の子が公開試験を選択した。そう、ある意味予想通り、わたしを〈おまえ〉呼ばわりした金魚少年が、なぜか〈熱つっ、熱つつっ〉とかつぶやきながら、元気いっぱいに立ち上がったんだ。
 
「受験番号四百七番、トマシュ・クロウ・オレリオ。公開実技を希望するのかね?」
「はい! ぼくの実力を見せつけてやりたいやつがいるので、公開実技を行います! 熱っっ、熱つっ」
「……まあ、良い。始めなさい」
 
 もしかして、実力を見せつけたいやつって、わたしのことだったりするんだろうか? だとすると、強靭きょうじんな精神の持ち主だね、金魚少年って。受験生の監督官として配置されているパレルモさんや、〈黒夜こくや〉の女の人が、生徒たちの後ろから、ものすごい殺気を飛ばしているのに、やっぱり、まったく気にしていないんだから。
 金魚少年は、試験官の先生たちの前まで歩いていくと、内部進学組の生徒たちに一礼してから、外部からの受験生の席を向いた。金魚少年の視線が泳いで、わたしを探しているような気がするのは、錯覚に違いない。わたしの方を見て口だけを動かし、〈見てろ、ピンク〉とか失礼なことをいったのも、わたしの気のせいに違いない。違いないったら、違いない。
 
 パレルモさんたちの鋭すぎる眼光をものともせず、〈熱っ、熱つつっ〉とかつぶやいていた金魚少年は、それなりに複雑な印を切り、まだ幼さの残る少年の声で詠唱した。
 
「水を司る神霊よ。ぼくの願いを聞いてくれ。対価はぼくの魔力で払う。この場で綺麗な水を出して、大きな虹をかけてくれ」
 
 金魚少年が詠唱している間、ふすふす鼻息を吐くスイシャク様と、鱗粉を撒き散らすアマツ様が、イメージを送ってきた。〈水の神に物申さん〉〈あの者から印を取り上げるも可也〉〈我らが雛に近づかんとは不遜にして〉〈かん去りとすべきか〉って。どうやら、アマツ様の〈炎荊えんけいの衣〉にもめげず、わたしに接触しようとする金魚少年に、けっこう怒っちゃってるみたいなんだ。
 正直、金魚少年が不合格になってくれた方が、面倒がなくて良いとは思うんだけど、それだけの理由で、入試の邪魔をするわけにはいかないからね。スイシャク様とアマツ様に、やめてくださいってお願いすると、嫌そうにうなずいてくれた。わたしが、どうして金魚少年をかばわないといけないのか、ちょっとやり切れない気持ちになったのは、仕方のないところだろう。
 
 金魚少年が詠唱を終えると同時に、両手で抱えるくらいの大きな薄水色の光球が、きらきらとした輝きをまとって現れた。魔力だけを対価に、これだけの光球を顕現させられるんだから、意外と神霊術は優秀なのかもしれないね、金魚少年。
 薄水色の光球は、二度、三度と、金魚少年の周りを旋回し、ぱっと思い切り良く弾けたかと思うと、たくさんの水滴になって空を舞った。日の光を受けて輝く無数の水滴は、天から降る雨のように、次々に新しい水滴を生み出していく。校庭の一面に、霧雨となって漂っている水滴は、すぐに金魚少年の願いに応えた。清々しい秋空の元、王立学院の校庭いっぱいに、自然の中ではあり得ないくらい、鮮明で色濃くて美しい巨大な虹が、二重にかかっていたんだよ……。
 
 その神秘的で美しい情景に、受験生も父兄も大喜びだった。ただ、司会役の先生は、とっても困った顔になっちゃって、術を終えて得意げな顔をしている金魚少年に、こういったんだ。
 
「大変けっこうだった、オレリオ君。しかし、この後はどうなるのかね? きみの優秀な神霊術のお陰で、校庭が水びたしになったのだが。実技試験はまだ続くので、きみの術が終わりなら、先生方の誰かに乾かしてもらおう」
 
 そう、たくさんの霧雨を降らして、巨大な二重の虹をかけた結果、王立学院の校庭には、いくつも水溜りができちゃっているんだ。虹がかかっていたのは、わたしたちの席からは離れた校庭の中央部分だったから、濡れてはいないけど、わたしも、ちょっと湿っぽくなった気がするよ。
 
 先生に指摘されても、まったく平気な顔をした金魚少年は、大きな声で名前を呼んだ。〈アントニ〉って。呼ばれたのは、当然、金魚少年のお付きっぽい男の子で、慌てて立ち上がると、〈受験番号四百八番、アントニ・ド・ブルタン。公開実技で校庭を修復します〉って、きっぱりといったんだ。
 司会役の先生は、ちょっと考えてから了承した。すると、お付きの少年は、ささっと土の神霊術を行使して、校庭に乾いた土を降らしちゃった。お付きの少年の手際の良さからすると、いつもこんな感じで、金魚少年の後始末に駆り出されているんだろうな……。
 
「大変けっこうだった、ブルタン君。どのみち、校庭は整地をやり直すことになるが、実技試験にはつきものだから問題はない。では、もう少しなので、先に進もう。受験番号四百九番、ライラ・シュトワ」
「はい」
「きみはどうしますか?」
「あの、わたし、とてもあんな神霊術は使えないので、非公開でお願いします」
「かまわないよ、シュトワ君。次、受験番号四百十番……」
 
 意外とすごかった、金魚少年とお付きの少年の次には、中々公開実技に挑戦する生徒はいなかった。そして、十人くらいの生徒が非公開を選んだ後、司会役の先生は、とうとうわたしの名を呼んだ。
 
「受験番号四百二十一番、チェルニ・カペラ」
「はい!」
「きみはどうしますか?」
「やります。公開実技でお願いします」
 
 キュレルの街の十四歳の少女であるわたし、チェルニ・カペラは、いよいよ神霊術の実技試験に挑戦するんだ!
 

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