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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-25

 巨大はさみの〈神成かんなり〉を手伝って、失神しちゃったらしいわたしが、目覚めと共に目にしたのは、まったく予想外の光景だった。アリアナお姉ちゃんの膝に、紫色のクッションぽいものが置かれていて、その上には可愛らしい握り鋏。あれって、大きさは全然違うけど、あの巨大鋏なんだよね?
 びっくりして、思わずヴェル様とミル様に目を向けたら、二人は、そろって首を横に振った。お父さんとお母さんを見ても、当事者のアリアナお姉ちゃんを見ても、反応は同じだった。フェルトさんと総隊長さんは、改めていうまでもないだろう。
 
 一緒になって首を傾げていたわたしに、気を利かせたヴェル様とミル様が、交互に〈神成〉の後のことを教えてくれた。
 
「目出たく〈神成〉が成就され、雷截神ライセツノカミ様の御霊みたまが天に昇られてから、すぐに変化が起きました。〈紫光しこう〉という御名ぎょめいだった御神鋏しんきょうが、見る見るうちに小さくなっていき、あの可愛らしい握り鋏に変化したのです。誠に不思議なことでございましたね、猊下げいか
「ええ。長く神霊庁に奉職し、神使の位まで賜ったのですから、不思議には慣れているつもりでしたが、今日のこの日の不思議なること。〈神託しんたく〉であるチェルニちゃんのお力ですね」
「レフ様は、〈神威しんいげき〉ではられますものの、何分なにぶんご本人様が、御神霊よりも超越的なのではないかと思わせられる御方です。不思議というよりは、現世うつしよ神世かみのよそのものを顕現させてしまわれますからね。ともあれ、小さな握り鋏となった〈紫光〉の御神鋏は、カペラ殿に抱きかかえられたまま眠っているチェルニちゃんの上を、何度も何度も旋回し、紫色の光を降り注いでおられました。あれは、ありがたき祝福の光だったのだと思います」
「その後、御神鋏は、神々しい紫色の光を収めてから、ふわりとアリアナ嬢のもとへと飛んで行かれました。アリアナ嬢が、手を差し出すまで、ずっとそのままだったのですよ」
 
 ヴェル様とミル様の言葉を聞いているうちに、何となく情景が浮かんできた。薄っすらと柔らかな光を放ちながら、すっごい美少女の目の前に浮かんでいる小さな握り鋏と、どうしたらいいのかわからなくて、困った顔でご神鋏を見つめる美少女……。
 うん。まるで見ていたかのように想像できる。何とかしないといけないっていう、強い使命感にかられたアリアナお姉ちゃんが、おずおずと両手を差し出すと、握り鋏はうれしそうに輝いて、白くて華奢きゃしゃな手の上に降りてきたんだろう、きっと。
 
 ご神鋏の御霊は、確かに雷截神っていう神様になって、天の高みへと上っていった。何となく、鋏も一緒に現世から消えちゃうのかと思ったら、小さな鋏へと姿を変えて、神霊庁に留まってくれたんだね。これって、どういう意味なんだろう?
 まだちょっとだけ眠気の残る頭で、そんなことを考えていると、わたしの身体の上で場所取りをしている神霊さんのご分体から、次々と御言葉みことばが送られてきた。イメージじゃなくて、御言葉!
 〈神降かみおろし〉のときみたいに、勝手に口が動くわけじゃないし、耳から音として聞こえるわけでもない。それでも、〈神成〉で経験したのと同じ、頭に文字が書かれるような感じで、はっきり御言葉として認識できたんだ。
 
 純白の雪の結晶みたいに、清らかに浮かび上がるのは、スイシャク様の御言葉だと思う。〈我らがたま神世かみのよに在り。らが目にしたる我は、和魂にぎみたまたる一雫ひとしずく〉〈らが《分体》と名付けたる、神の力の欠片なりけり〉って。
 
 灼熱の溶岩みたいに、鮮やかに紅く浮かび上がるのは、アマツ様の御言葉だろう。〈神成り遂げし雷截神は、神器の任をば果たさんと、欠片を現世に残したる〉〈の神鋏は、まったき神器。古き役目の示すまま、悪しきえにしを截ち切らん〉って。
 
 白黒に極彩色が混じり合い、煌々こうこうと浮かび上がるのは、編みぐるみの神霊さんこと、ムスヒ様の御言葉じゃないのかな。〈彼の神鋏の使い手は、神鋏みずから選ぶらん〉〈今世こんせ、使い手のいちは《衣通そとおり》〉〈神使の位に在りたる者は、《紫光》を使うこと可也〉って。
 
 そして、最後に、三体の神様の御言葉が、ぐるぐる混じり合って浮かび上がった。〈神器なる神鋏のごうは《紫光》とぞ言わん。神霊庁に預けし神器なりければ、正しく後世こうせに継なぐべし〉って。
 
 編みぐるみの神霊さんまで、アリアナお姉ちゃんのことを〈衣通〉って呼ぶんだね。あれ? あれれ? もしかして、蜃気楼の神霊さんの加護がほどけかけ、お姉ちゃんの美しさが隠せなくなっているのって、神霊さんたちが、〈衣を通しても輝くほどに身も心も美しい、衣通〉って、呼ぶようになったからじゃない……よね?
 そんな疑問を感じつつ、わたしは、次々に浮かび上がった御言葉を、頭の中で整理する。心配そうに様子を見守っている皆んなに、説明しないといけないからね。
 
「スイシャク様たちが、ご神鋏について御言葉を伝えてくださいました。お伝えしても良いですか?」
「もちろんですよ、チェルニちゃん。助かります。御神霊様方とチェルニちゃんの間に、光の帯がつながっていましたので、何らかのメッセージがもたらされたのだろうと思っておりました。それにしても、御言葉ですか、チェルニちゃん?」
「はい、ミル様。お声が聞こえるわけじゃなくて、頭の中に文字みたいなものが浮かんでくる感じなんですけど、これって、御言葉で良いんですよね?」
「はい。お声としての御言葉は、あまりにも神威にあふれ、重いものですから、チェルニちゃんへの負担をお考えになられているのでしょう。ありがたいことです。では、ご神鋏についての御言葉を、我々に教えてくださいますか、チェルニちゃん?」
「はい! えっと……わたしたちが〈ご分体〉って思っているのは、神霊さんの〈和魂〉の一部だそうです。それで、ご神鋏は〈神成〉で神様になられたんですけど、力の一部である鋏を残されました。神器としてのお役目を果たして、悪縁をち切るだめだそうです……って、わたしの説明でわかりますか?」
「とても。とても良くわかりますよ、チェルニちゃん。ねえ、猊下?」
「ええ。パヴェルの申す通りです。チェルニちゃんが思うよりもずっと、わたくしたちにはわかることも多いのです。さあ、お続けください」
「はい。それで、ご神鋏は、ご自分で使い手を選ぶみたいで、今はアリアナお姉ちゃん……わたしの姉が、〈使い手の一〉だそうです。姉以外にも、神使の位の方なら、〈紫光〉を使えるそうです」
「なるほど。それでは、神器〈紫光〉は、必ずしもアリアナ嬢専用の御神鋏とは限らないのですね?」
「そうです、ヴェル様。〈紫光〉は、神霊庁に預けられた神器なので、ちゃんと後世に伝えなさいっておっしゃってます」
「何とおそれ多く、ありがたいことか……」
「誠でございますね、猊下」
 
 わたしが、何とか説明を終えると、沈黙が降りてきた。ミル様とヴェル様は、真剣な表情で何かを考え込んでいるみたいだったし、お父さんたちは、戸惑いながら顔を見合わせていたんだ。
 しばらくすると、わたしの方を向いたミル様が、にっこりと微笑んだ。ルーラ王国の国民が思い描く〈大神使様〉って、こういう方だよねって、思わず拝みたくなるくらい、高貴で慈愛に溢れた微笑みだった。
 
「ありがとうございます、チェルニちゃん。この場合は、〈神託の巫〉たる御方様おんかたさまとお呼びする方が適切なのですが、チェルニちゃんはお嫌でしょうから、やめておきましょうね。チェルニちゃんのお陰で、神器の成り立ちやお役目というものが、初めてはっきりと理解できました。そして、〈紫光〉の扱いにしても、迷いがなくなりました。そうですね、パヴェル?」
「はい、猊下。わたくしたちがお預かりしている神器と同じく、扱わせていただければよろしいかと存じます。アリアナ嬢が神職でないことだけが、問題ではありますが、それは如何様いかようにもなりましょう」
 
 ミル様とヴェル様のいうことは、ちょっと前のわたしだったら、まったく理解できなかったと思う。お父さんさんたちは、やっぱり戸惑った顔をしたままだったからね。
 でも、あの〈百夜びゃくや〉の襲撃を防ぐために、ヴェル様がご神鏡を使ってくれたとき、わたしは、一緒に鏡の世界に招いてもらった。ヴェル様が〈鏡渡り〉の秘技を使うとき、神職さんたちが協力してたのも知っている。つまりは、そういうことなんでしょう、ヴェル様?
 
 わたしが、そう聞こうと思ったとき、白黒に極彩色の混じった御言葉が、頭の中に届けられたんだ。〈先ずは試みるが吉。衣通に近づきし悪縁を、衣通の霊力にて截ち切るべし〉〈迫りたる悪縁の多ければ、《仁徳にんとく》《凛悧りんり》を頼るべし〉って。
 
 〈仁徳〉〈凛悧〉って何のことだろう? そう思って、首をかしげたわたしの前で、唐突に変化は起こった。ミル様の額がきらめいたかと思うと、深く輝く紫色で〈仁徳〉、ヴェル様の額が煌めいて、青く澄んだ色で〈凛悧〉って、大きく書かれていたんだよ……。
 
     ◆
 
 びっくりして、思わず二度見しちゃったけど、動揺はしなかった。その文字が何を意味するのか、わたしにはわかっていたからね。ヴェル様が、まるで何かを悟ったみたいに、落ち着いた声で聞いた。
 
「ご神霊から、また御言葉が降ったのですね。猊下とわたくしの顔が、どうかしましたか?」
「はい。クローゼ子爵家のお屋敷の中を、スイシャク様の雀がのぞいてくれたときに、あの人たちの額に字が書いてあったのを、覚えていますか、ヴェル様?」
「ええ。世にも尊き純白の御神鳥が、畏れ多くも御羽根を御下賜くださいましたからね。見ようと意識すれば、あの者たちの額に書かれた神々の〈神代じんだい文字〉を、見ることができました。と、いうことは……」
「ミル様とヴェル様の額に、文字が書かれています。あの、アリアナお姉ちゃんが〈衣通〉って呼ばれていて、お二人への伝言もあるので、神霊さんが呼び名を示されたんだと思います、多分」
「それは、それは。何と光栄なことでございましょう。少しばかり、恐ろしい気もいたしますが、よろしければ、その名を教えていただけませんか、チェルニちゃん? そうお望みでございましょう、猊下?」
「もちろんですよ。よろしからざる呼び名であれば、今一度、己が魂魄こんぱくを磨き上げるだけのことですからね」
 
 編みぐるみのムスヒ様が、仰々ぎょうぎょうしい御言葉じゃなく、〈良いよ〉ってイメージを送ってくれたから、わたしは、額の文字について説明することにした。どっちも、とっても美しくて素晴らしい呼び名だから、気を使う必要がないのがありがたいよ。
 
「良いよって仰ってるので、お知らせします。ミル様は〈仁徳〉です。わたしなんかが説明するまでもないですけど、思いやりがあって、とっても徳の高い人っていう意味です。ぴったりですね。ヴェル様は、〈凛悧〉です。高潔で厳しさがあり、賢い人っていう意味だと思います。ヴェル様は、すごく優しいから、もっと柔らかい言葉かと思ってましたけど、これはこれで素晴らしいし、合っているんですよね、きっと」
 
 ミル様は、しわのある顔をほんのりサクラ色に染めて、うれしそうに微笑んだ。ヴェル様は、なぜだか複雑そうな顔になり、ちょっとだけ頬を赤くして、唇をむにむにしている。どうしちゃったんだろう、ヴェル様?
 
「誠に畏れ多い御言葉を賜り、恐悦至極に存じます。あえて座礼は取りませんけれど、御神霊の御心みこころのありがたさに、拝跪はいきの礼をお捧げしたい思いでございます。チェルニちゃんも、ありがとうございます」
「とんでもないです、ミル様。ヴェル様は、ちょっと変なお顔になってますけど、多分、すごくめられてますよ?」
「ほほほ。大丈夫ですよ、チェルニちゃん。〈凛悧〉とは、パヴェルの良いところをお認めいただいた、ありがたき呼び名でございます。パヴェルは、チェルニちゃんに〈すごく優しい〉といってもらって、照れているのですよ」
「……うるそうございますよ、猊下。さて、チェルニちゃん。御神霊が、我らの呼び名をお教えくださったということは、何か理由があるのでございましょう?」
「今のが照れ隠しだっていうのは、わたしにもわかりました。ふふふ、ですね。神霊さんたちは、ご神鋏を試しに使ってみるようにって仰ってます。アリアナお姉ちゃんに近づく悪縁を、お姉ちゃんの力で截ち切って、悪縁が多くて大変そうだったら、〈仁徳〉のミル様と、〈凛悧〉のヴェル様に頼りなさいって。お姉ちゃんは、大丈夫?」
 
 わたしは、そういって、アリアナお姉ちゃんを見た。当事者なのに、わりと後回しにしちゃったし、悪縁が近づいているなんて聞いたら、きっと心配になると思ったんだ。お父さんとお母さん、総隊長さんは、心配そうにお姉ちゃんに視線を向けているし、フェルトさんなんて、とっさにお姉ちゃんの手を握ってるしね。
 アリアナお姉ちゃんは、わたしの瞳を見つめて、ふんわりと微笑んだ。わたしが男の人だったら、一発で好きになっちゃうような、綺麗で可憐で、秘めた強さを感じさせる微笑み。天女様って、アリアナお姉ちゃんみたいな感じなんじゃないのって、思わず呆然と見入っちゃったよ。
 
「心配してくれて、ありがとう。わたしがご神鋏を使わせていただくなんて、畏れ多くて震えるほどだけど、大丈夫よ。ご神霊が、そうお命じになるのなら、謹んで務めるだけだもの。どのようにさせていただいたら良いのか、お尋ねしてくれる、チェルニ?」
 
 お姉ちゃんの言葉に、うれしそうに反応したのは、ムスヒ様だった。ご神鋏と神世をつなぐ糸を紡いだのが、編みぐるみのムスヒ様だからなのか、ご神鋏については、ムスヒ様が説明してくれるらしい。アリアナお姉ちゃんの作ってくれた、羊の編みぐるみに似た姿になっているから、お姉ちゃんを贔屓ひいきにしている……なんて、さすがにないよね?
 
 そんなことを考えちゃって、ちょっとぐるぐるしていた頭の中に、極彩色の御言葉が浮かび上がってくる。〈今、始まらん、太古たいこ仕業しわざ〉〈く心身を整えるが良し〉って。そして、スイシャク様とアマツ様、ムスヒ様は、御言葉が終わると同時に、光の球になって、わたしの頭上を回り始めたんだ。
 わたしは、すぐに抱っこされたままだった、お父さんの膝から降りて、しゃんと起立した。わたしが動いたのを見て、紫色のクッションぽいものを捧げ持ったアリアナお姉ちゃんも、ミル様とヴェル様も、それぞれに立ち上がり、背筋を伸ばして頭を下げる。とっても綺麗で折り目正しい、正式な立礼の形だった。
 
 わたしは、頭の中に浮かび上がる極彩色の御言葉を、ゆっくりと読み上げていった。〈衣通が振るうは、悪縁ちの神鋏也。手始めにりたるは、衣通をもとむる色情の縁〉〈紫光をば左手ゆんでに取り、右手めてにて印を切るが良し〉〈初手しょてに詠ずるは雛。次手じてからは、衣通、凛悧、仁徳と続くべし〉って。
 頭を上げたアリアナお姉ちゃんは、わたしに向かって微笑んでから、堂々とした態度でご神鋏を左手に取り、右手で素早く印を切った。ミル様が説明してくれたように、わたしたちは全員、雷截神様から印をもらっているんだろう。自分が切るときと同じくらい明確に、アリアナお姉ちゃんの印が理解できたよ。
 
 アリアナお姉ちゃんが、複雑な印を切り終わると同時に、またムスヒ様の御言葉が降りてくる。〈衣通に昏き執着を持つ者あらば、縁を切らんとぞ願へ〉って。わたしは、急にぞっとして、すぐに詠唱を始めたんだ。
 
「雷截神様の鋏さん。尊く強い鋏さん。どうかお願いいたします。大事なアリアナお姉ちゃんに、執着している人がいたら、どうか悪縁を截ってください。わたしの大好きなお姉ちゃんに、欠片の危険もないように、ばっさりばっさり、お願いします。わたしの魔力を好きなだけ、対価にお使いくださいな。足りないときはお父さんが、鋏を磨かせていただきます。ぴっかぴかです、ぴっかぴか」
 
 変な詠唱だって、自分でも思うけど、そう口にしちゃったものは仕方ない。素晴らしい料理人であるお父さんは、包丁を研ぐのも上手いんだ。包丁は研げるけど、鋏は無理……なんてことはないよね、お父さん?
 お父さんとお母さん、フェルトさん、総隊長さんの四人は、〈何だ、その詠唱?〉っていう顔をしているような気がする。焦っているんだから、しょうがないじゃない。十四歳の少女であるわたしは、ちゃんと考えてからじゃないと、むずかしい祝詞のりとは唱えられないんだよ。
 
 ちょっと微妙な感じになった空気の中、すぐに変化は訪れた。アリアナお姉ちゃんが、ご神鋏を握った左手を上げ、何回か鋏を握ったんだ。ちょきちょき、ちょきちょき。ちょきちょき、ちょきちょきちょき。まるで、ご神鋏が自分で動いているみたいに見えるし、実際にそうなんだろう。
 間もなく、その音に誘われるように、お姉ちゃんの周りの空間から、何本もの糸が伸びてきて、お姉ちゃんに絡みつこうとする。ご神鋏を握ったアリアナお姉ちゃんは、何だかきらきらときらめいていて、糸が伸びてくるたびに、そのきらきらに弾かれているんだけど。わたしは、頭の中に浮かび上がった、極彩色の御言葉に導かれるまま、こう叫んだ。
 
〈かく現れたるは、衣通に執心せし者の思念にて、疾くち切るべき悪縁也。衣通をさらわんと企てし者〉
 
 わたしの言葉が終わるや否や、どす黒い色をした、他よりも太い糸が五本、アリアナお姉ちゃんに向かって伸びていった。アリアナお姉ちゃんは、綺麗な顔を強張らせてはいたけど、おびえる素振りも見せずに、ご神鋏を振るった。
 ぢょきって、嫌な音がして、最初の一本を切ると、どす黒い糸は黒い霧になってきえていった。それと同時に、どこか遠くの方で叫んでいる声が聞こえた気がするのは、気のせいだよね、きっと……。
 ぢょき、ぢょき、ぢょき、ぢょき。次々に伸びてくるどす黒い糸を、アリアナお姉ちゃんは、さくさくと切っていく。黒い霧になって、どす黒い糸が消えていくごとに、やっぱりどこかで、〈ぎゃあああ〉とか〈ぐわぁあああ〉とかいう叫び声が、耳に響いてくる気がするのも、気のせいだよね、多分……。
 
 五本全部が消えたところで、新しい極彩色の御言葉が浮かび上がる。〈衣通を拐わんとぞする悪縁は、これにて截ち切られるべし。次なるは衣通。おのが憂いし悪縁を、截ち切らんと願いたれ〉って。
 そう。雛であるわたしの次は、アリアナお姉ちゃんの番なんだ。お姉ちゃんなら、絶対に大丈夫。頑張って、アリアナお姉ちゃん……!
 

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