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連載小説 神霊術少女チェルニ 小ネタ集 チェルニ・カペラの忘年会〈後編〉

 夜空から降ってきた四つの流れ星が、四本の注連縄しめなわになって、それが一本の巨大な注連縄に変わったところで、スイシャク様の玉音ぎょくおんが響き渡った。〈目出度めでたかりける今宵こそ 忘年会の始めなり〉って。すると、スイシャク様に応えるように、注連縄が輝き始めた。
 きらきらきらきら、きらきらきらきら。氷の結晶を思わせるきらめきが、〈野ばら亭〉をほの白く浮かび上がらせる。その美しさと神々しさに、わたしたちが圧倒されちゃってるうちに、注連縄は、もう一度形を変えた。光がほどけるみたいに広がって、〈野ばら亭〉全体をふんわりと包み込む、光のまくになったんだ。

 お父さんとお母さんが経営している、わたしの大好きな〈野ばら亭〉が、淡く透ける光の幕におおわれて、神々しく輝いている。とっても綺麗で、とっても神聖な感じがして、まるで神霊さんたちの御坐おわします、尊いおやしろみたい……。
 神秘的な光景に、ぼうっと見惚みとれていたわたしは、しばらくして、はっと我に返った。いやいや。いやいや、いやいや、いやいやいや。わたしたちの〈野ばら亭〉は、モツ煮込みと焼きたてパンが名物の、いつでも満員御礼の大食堂なんだよ? 宿の方は高級で、わりとお高くはあるんだけど、神霊さんたちのお社になるような場所じゃないよね?

 混乱するわたしに、スイシャク様が、すかさずイメージを送ってくれた。〈野ばら亭〉が神域になるのは、忘年会の間だけだから、心配しなくても大丈夫。今の〈野ばら亭〉は、現世うつしよ神世かみのよの二重写になっていて、忘年会のお手伝いをしてくれる人にしか、いつものお店との違いはわからないんだよって。他にもいろいろ、神域の意味と使い方を教えてくれた。
 いわれてみれば、今もこんなに神々しく輝いているのに、お店のお客さんたちも、近所の人たちも、誰も外を見に来ない。ついさっき、目の前の道を通り過ぎていった人だって、大人数で集まっているわたしたちを、ちらっと見ていっただけで、きらきらの〈野ばら亭〉には無反応だったよ!

 これなら、問題ないよね。わたしは、心配そうに様子をうかがっているお父さんたちに向かって、しっかりとうなずいた。

「急に自信満々な感じになったわね、子猫ちゃん?」
「そうなんだよ、お母さん。スイシャク様が、いろいろとイメージを送ってくれたから、心配しなくても大丈夫だよ」
「その、なんだ。おれたちの〈野ばら亭〉は、どうなったんだ、チェルニ?」
「忘年会の間だけ、神域になったんだって。二階の宿泊者用の食堂に上がる階段の横に、薄っすらと光る階段が出来ていて、そこからもう一つの大食堂に上がれるらしいよ。その階段が見えるのは、忘年会に関係する人たちだけで、絶対に他の人には気づかれないって。忘年会が終わったら、もとの〈野ばら亭〉なんだって」
「……神域……。神域って、チェルニ……」
「それはそうよ、ダーリン。六十柱の御神霊が、ご降臨こうりんなさる場所なら、神域に決まっているわ。今夜一晩だけのことなんだから、わたしたちも楽しんでおもてなしをしましょうよ。さあ、もう忘年会まで時間がないわ。皆様、よろしくお願いいたします!」

 お母さんのかけ声で、わたしたちは、いっせいに準備に取りかかった。まず、全員で〈野ばら亭〉に入って、スイシャク様のいう光の階段を確認する。一階の大食堂の奥には、すごく大きな厨房があって、その厨房の向かい側に、料理を二階に運ぶための専用階段が作られているんだけど……あったよ。
 わたしの身長よりも幅の広い階段の真横に、本当にまったく同じ階段が出来ていて、きらきらと輝いていたんだ。建物の構造からすると、そんな階段が作れるわけがないんだけどね。

 スイシャク様とアマツ様にいわれて、わたしが、最初に階段に足をかけた。会場の確認をするのは、忘年会の幹事の仕事だからね。一歩一歩、階段を上っていくと、本物の階段と同じ段数だけ進んだところで、目的地に到着した。そう。そこはなぜか、〈野ばら亭〉の一階にある大食堂だったんだよ。
 広さも同じ、内装も同じ、机や椅子まで同じ。満員のお客さんでにぎわっているはずの大食堂が、開店前の静けさを漂わせて、整然と存在している。ただ、全体的に淡く輝いていて、ものすごくおそれ多い感じがするのだけが、違いといえば違いだった。

 本当に不思議で、夢の中にいるみたいな気分になったけど、忘年会までは時間がないからね。それからは、何もかもが忙しかった。

 まず、アリアナお姉ちゃんが、何人かの神職さんに協力してもらって、会場の準備を始めた。テーブルや椅子を移動させたり、たくさんの花を飾ったり、余興のための小さな舞台を作ったり、ナイフやフォークを並べたり。神霊さんたちは、食べ物や飲み物を、ふわふわ浮かせて食べてくれるから、ナイフやフォークを使うかどうかは、微妙なところだけどね。
 お父さんとルクスさんは、とにかく料理を作り続けてくれるらしい。ルルナお姉さんの指揮のもと、何人もの神職さんたちが、次々に料理や飲み物を運んでくる。ヴェル様たち高位の神職さんたちは、熱いものは熱く、冷たいものは冷たく食べてもらえるように、神霊術を使って保温していくんだ。
 ちょっとおじいちゃんなコンラッド猊下とマチェク様は、数人の神職さんと一緒に、余興のための舞台に整列した。練習もかねて、神霊さんたちをお迎えするための、音曲おんきょくを奏でるんだよ。柔らかな笛の音とか、澄んだ鈴の音とか、元気の良いつづみの音とか、神霊庁の最高位の神職さんたちの演奏は、さすがの美しさだった。

 忘年会の主役ともいえる料理は、とにかくすごかった。お父さんとルクスさんが、何日も前から、特別メニューを準備していたからね。ぱっと見た感じは、いかにも忘年会らしい大皿料理だけど、とにかく量も質も普通じゃないんだ。
 定番メニューの鶏の唐揚げは、ハーブ塩と甘酢ダレとガーリック塩の三種類の味つけで。サラダが何種類もあって、白菜とりんごと胡桃くるみのサラダに、フルーツトマトとチーズのサラダ、ガラス瓶の中に何層も野菜を重ねたミルフィーユサラダ、緑色の葉物野菜とイチゴのサラダ、カブと生のマッシュルームと柿のサラダ、燻製くんせいの煙で香りをつけたポテトサラダ。燻製といえば、つやつやの飴色に輝く豚肉の燻製や、〈野ばら亭〉の自家製ソーセージの燻製、だいだい色も鮮やかな鮭の燻製も。忘年会につきもののジャガイモ料理は、くるくる巻いた可愛いフライドポテトと、細切りのジャガイモを焼いたガレットと、ジャガイモのグラタン。湯気の立つスープは、黄金色のコンソメと、ハマグリを使ったクラムチャウダーと、濃厚な甘さのカボチャのスープと、野菜たっぷりのミネストローネ。薔薇色に輝くローストビーフや、桜色の鯛を薄切りにしたカルパッチョや、炭火で焼き上げたローストポークもある。もちろん、〈野ばら亭〉名物のモツ煮込みと、何種類もの焼きたてパンは欠かせないよね。

 お母さんが、この日のために特注してくれた、色とりどりの大皿に盛られた料理が、これでもかっていうくらい運ばれてきて、机がいっぱいになった頃、忘年会のお客さんが集まり始めた。お客さんっていうか、つまりは神霊さんたちなんだけど。

 最初に会場に顕現したのは、わたしの顔見知りの神霊さんたちだった。いつもみたいに、天上から神々しい神威しんいが降ってくるんじゃなく、なんと、大食堂の入り口からすすっと入ってきたのは、小さな金色の龍の姿で泳ぐクニツ様と、白黒パッチワークの羊姿も可愛らしいムスヒ様だったよ。
 その二柱を皮切りに、次々に顕現した神霊さんたちも、さまざまな姿を取っていて、猫だったり、獅子だったり、鳥だったり、光の珠だったり、ぼんやりと光る人形ひとがただったり……。幹事のわたしは、スイシャク様とアマツ様に一柱、一柱、何を司る神霊さんなのかを教えられ、とにかく挨拶に走り回った。

 実をいうと、忘年会の開催が決まったとき、スイシャク様とアマツ様から、強く強くお願いされたことがあった。忘年会の間だけは、かしこまったりせず、すべての儀礼はなしにしてほしいって。神霊さんたちも、神々しい神威を消すようにするから、神霊庁の人たちにも、普通にしていてほしいって。〈忘年会とは無礼講にて為すべきもの〉っていうのが、神霊さんたちの要望だったんだ。
 神霊庁の人たちは、ものすごく頑張っていた。緊張とおそれから、青くなったり赤くなったり、震えたりつまずいたりしながら、必死で平静を装っていたからね。全体的にギクシャクして、操り人形みたいな動きになっていたのは……気づかなかったことにしよう。そうしよう。

 ちょうど予定の時間になる頃には、用意された席のすべてに、神霊さんたちが着席していた。コンラッド猊下たちが、歓迎の音曲を演奏し終わったのを見計らって、わたしは、舞台に進み出る。
 ぐるっと会場を見回すと、神職さんたちとアリアナお姉ちゃんが、壁際にずらっと整列し、六十柱の神霊さんたちは、そろってわたしに注目してくれている。あまりといえばあまりの状況に、頭がくらくらしそうになったけど、わたしは、ぐっと頑張って踏みとどまった。忘年会の始まりは、幹事の挨拶と決まっているからね!

「皆さん、本日は、ようこそおいでくださいました。日頃の感謝を込めて、忘年会の準備をさせていただきました。堅苦しいのはだめだって、スイシャク様とアマツ様にいわれているので、一年の最後に、思いっきり楽しんでもらえたらうれしいです。お料理は、まだまだ出てきます。余興も大歓迎です。まずは、お手元のグラスをお持ちいただいて、乾杯しましょう。今年一年、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします! 乾杯!!」

 わたしが、元気よくいうと、大食堂は大きな歓声に包まれた。スイシャク様とアマツ様も、純白のご神鳥と真紅のご神鳥の姿になって、くるくると会場を飛び回る。神霊さんたちは、めずらしそうにナイフとフォークを使ったり、食べ物や飲み物を浮き上がらせたりしながら、どんどんどんどん食べてくれて、おいしいおいしいって、どの先でも絶賛の声が上がっていた。
 しばらくすると、うっとりするような妙音みょうおんと共に、鳥の翼を持った半透明の女の人たちが現れて、歌ったり踊ったり。クニツ様は、楽しそうにぐるぐる回り出すし、ムスヒ様はぴょんぴょん飛び回るし、やたらと光る神霊さんや、なんだか巨大になって揺れている神霊さんもいた。おおらかな笑い声が響いて、ずっと誰かが歌っていて、いつの間にか、神職さんたちまで、楽しそうに手拍子をしたりして……。

 いつの間にか、祝祭夜の空いっぱいに、神霊術の光の帯が煌々こうこうと流れ出した。
 わたし、チェルニ・カペラが、初めて神霊さんたちの忘年会の幹事を務めた夜は、こうして夢みたいにふけていったんだよ。

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 いつも『神霊術少女チェルニ 往復書簡』をお読みいただき、ありがとうございます。

 今話にて、『神霊術少女チェルニ 小ネタ集』の投稿は終了となります。
 
 現在、著者の須尾見蓮さんは、『小説家になろう』での『神霊術少女チェルニ〈連載版〉』の連載を一旦お休みされ、『神霊術少女チェルニ』の書籍版続刊作業、そして、別名義である菫乃薗ゑさんとして執筆している『フェオファーン聖譚曲オラトリオ』シリーズ書籍の執筆作業を行っています。
 連載再開・第5部スタートの詳細な日程が決定次第、note及び公式Twitterなどでお知らせさせていただきます。
 『小説家になろう』での連載が再開いたしましたら、noteでも追っかけ連載として投稿いたします。

 書籍版1巻となる『神霊術少女チェルニ(1)神去り子爵家と微睡の雛』は、大好評発売中です。書籍版では、書き下ろしの「特別編 チェルニ・カペラの心尽くし」もお楽しみいただけます。


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