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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 17通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 困ったときに頼ったりして、本当にいいんですか、ネイラ様? いや、ネイラ様は、本気じゃないと約束なんて口にしない人だって、よくわかっています。でも、いくら何でも厚かましくないですか? わたしってば、ネイラ様にお世話になってばっかりですよ?
 
 この手紙を読んだネイラ様は、きっとこんなふうにいってくれますよね。〈わたしは何ひとつ、きみの世話をしたことなどありませんよ。もし、あったとしても、それはわたしが好きでしていることです。むしろ、もっと甘えて、たくさん世話をさせてもらえたらと、いつも願っていますよ〉って。
 普通に考えたら、図々しい限りの想像なんですけど、どういうわけか〈きっとそうだ!〉っていう確信があるんです。
 わたし、あんまり自惚うぬぼれの強い少女じゃないはずなのに、すごく不思議です。ネイラ様のお手紙が、いつもいつも、あんまりにも優しいからかもしれませんね。
 
 ということで、ネイラ様とわたしの最初の約束は、〈困ったときや危機に直面したときには、必ず頼る〉にさせてください。よろしくお願いします!
 あ、でも、この約束は一方通行ではありませんからね。ネイラ様も、何か困ったり、危機に直面したりしたときには、絶対にわたしを頼ってください。
 ネイラ様とちがって、わたしが助けになれることなんて、何もないだろうと思います。でも、一生懸命に勉強して、出世したりもして、少しでもネイラ様の力になれる大人になるって、決意しているんです。少なくとも、わたしに愚痴をいったりしても、絶対に秘密は漏らしませんので、どーんと来いです。
 
 わたしも、ネイラ様のお役に立ちたいです。気持ちの上でだけは、お互いに助け合いましょう。お互いに、です。約束ですよ?
 
 さて、ネイラ様が、楽しみにしているよって書いてくれたので、今回もアリアナお姉ちゃんとフェルトさんの話を続けますね。
 
 わたしが十二歳になって、お昼に〈野ばら亭〉のお手伝いを始めたとき、すぐにアリアナお姉ちゃんの気持ちに気がつきました。別に、劇的な出来事が起こったわけじゃなくて、お姉ちゃんを見ているうちに、何となくそうじゃないのかなって思ったんです。
 だって、いつも綺麗で可愛いお姉ちゃんが、フェルトさんがお店にいるときは、もっと綺麗で可愛くて、周りにお花が降っているんですから!(わたしの大好きなお母さんは、本当に花を降らせる神霊術が得意なんですけど、お姉ちゃんの場合は、あくまでもイメージです)
 
 そこから、わたしは、フェルトさんのことを慎重に観察しました。フェルトさんが、嫌なところのある人だったり、女の人にだらしなかったりしたら、すぐにお姉ちゃんに告げ口しようと思って。
 我ながら、けっこう感じの悪い少女ですが、大好きなアリアナお姉ちゃんには、絶対に幸せになってほしいじゃないですか。何度だって同じことをやりますよ、わたし。
 
 実際には、一月ひとつきもしないうちに、フェルトさんなら大丈夫だって、確信しました。フェルトさんは、すごく真面目だし、お仕事に誇りを持っているし、誰にでも親切だし、意志の強い人だと思ったので。
 誰かに交際を申し込まれても、その場で断るんだって聞いたときには、思わず〈よし!〉とかいっちゃいましたよ。
 
 問題は、ここから先なんですけど、やっぱり長くなっちゃったので、続きは次回に持ち越します。また、次のお手紙で会いましょうね。
 
 
     ネイラ様との約束を、増やしていきたいと思っている、チェルニ・カペラより
 
追伸・お父さんにお願いして、今年のマロングラッセは、いつもより多めに作ってもらうことになりました。あと二週間くらい、待っていてくださいね。
 
 
 
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とても感じのいい少女だと思う、チェルニ・カペラ様
 
 いつものことながら、きみは本当に優秀ですね。大切なお姉さんが好意を持っている相手を、黙って観察し続けるというのは、なかなかできることではありませんよ。
 幼い少女であれば、お姉さんを問い質したり、からかったりして、自分の好奇心を満たそうとするものでしょう。悪気はなくとも、それこそが、当たり前の幼さだと思うのです。
 
 きみは、情報収集の大切さを知り、慎重に行動しようとする人です。そうした、きみの思慮深さを、わたしはとても頼もしく思っています。
 
 頼もしいといえば、わたしたちの最初の約束も、きみの思い遣りのお陰で、とても頼もしいものになりました。わたしが、きみに頼られたいと思うように、きみもわたしを助けたいと思ってくれているのですね。
 きみと手紙のやり取りをしていると、相手が十四歳の少女だということを、忘れてしまうときがあります。きみが想像していた、わたしの架空の手紙も、わたしの気持ちそのものです。あまりにもそれらしくて、一瞬、自分が書いたのかと混乱したほどです。本当に、きみという人は。
 今回の約束によって、きみを守りたかっただけなのに、結果的には、わたしの方が喜びを得られました。ありがとう。
 
 約束の通り、わたしが困ったときには、遠慮なく相談させてもらいます。実をいうと、これまでは何かに困った記憶がなく、危機に直面したこともなかったのですが、先のことはわかりませんからね。
 そう考えると、少しばかり楽しみです。真に聡明なきみの助言は、きっとわたしを正しく導いてくれることでしょうから。
 
 ここまで書いたところで、ふと思い立って、自分の手紙を読み返してみました。相変わらず、学校の先生のような文章だと呆れたのですが、不意にそうではないことに気がつきました。わたしの手紙は、教科書的なのではなく、〈説教じみている〉ようなのです。
 神霊庁が発行している、少年少女向けの説話集を、読んだことがありますか? 読書家のきみのことですから、読破していても不思議ではありませんね。わたしの手紙は、その説話集に出てくる文章に、酷似しているのではないでしょうか?
 
 この事実を発見したときは、さすがに少し落ち込みました。意見を聞きたくて、信頼する副官に、書きかけの手紙を見せたところ、青い顔をしてうなっていました。十四歳の少女に送るには、あまりにも説教じみた手紙だと思われたのでしょうね。
 事態を打開するべく、副官に毎回読んでみてもらえないかと打診したところ、断固として拒否されてしまいました。そう、もしかすると、今のわたしの状態を、困っているというのかもしれません。きみの助言をもらえると、嬉しく思います。
 
 では、また。次の手紙で会いましょうね。早生わせのマロングラッセも、お姉さんのお話も、とても楽しみにしています。
 
 
     きみの大切なアリアナお姉さんの幸福を祈っている、レフ・ティルグ・ネイラ