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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-7

 おいしそうな料理の載ったワゴンを押しながら、応接間に入ってきたお父さんは、全身を硬直させたまま、わたしに視線を走らせた。頭から肩、肩から腰、腰から肩、肩から頭……。うん。皆んな、一緒の反応だから、もう慣れちゃったよ、わたし。
 
 わたしの左肩に乗ったアマツ様が、お父さんの押しているワゴンと、その後ろにいるルクスさんの押しているワゴンに、ふわりと炎をまとわせた。お父さんのワゴンには、ほのかに青い炎、ルクスさんのワゴンには、柔らかなしゅ色の炎。万事に気のくアマツ様は、冷たい料理は冷たいまま、暖かい料理は温かいまま、神霊さんの炎によって適温を保ってくれるんだろう。
 お父さんの料理で育ったわたしは、温度にもうるさくなっちゃって、冷めた料理やぬるくなった料理が嫌になっちゃってるから、とってもありがたい。心の中でお礼をいうと、アマツ様からは、〈我も同じ也。熱きものは熱く、冷たきものは冷たく食すが良き〉って、イメージが送られてきたよ。
 
 アマツ様の炎は、お父さんを覚醒させる効果もあったみたいだ。お父さんは、大きく息をいてから、神霊さんのご分体に囲まれているわたしに、ゆっくりと話しかけた。
 
「ああ、その、何だ。ずいぶんたくさんのご神霊が、我が家に顕現けんげんしてくださったんだな。ご挨拶を申し上げても良いのか、チェルニ?」
「良いのは良いんだけど、神霊さんたちは、堅苦しい祝詞のりとや座礼は、必要ないっていってくれてるよ。それよりも、わたしとレフ様の、こっ、婚約をお祝いしてくれていて、一緒にお父さんのご飯を食べたいんだって」
「それはまた、光栄の極みだな。料理人冥利みょうりに尽きるよ。ご神霊に、おまえからお礼を申し上げてくれ」
「了解です!」
 
 お父さんは、そういって微笑むと、神霊さんたちに向かって、深々と頭を下げた。わが父ながら、こういうときのお父さんの微笑みって、本当にかっこ良い。アリアナお姉ちゃんのお友達で、整骨院を経営しているナグルおじさんの娘のナタリアお姉さんは、〈あれが大人の男の色気ってものよ! 素敵!〉って、よく絶叫しているけど、まさにそうだよね。お父さん、大好き。
 お父さんは、神霊さんへの立礼を終えると、今度は無言のままのヴェル様たちに、丁寧に話しかけた。
 
「お待たせいたしました、オルソン猊下げいか、皆様。食堂よりも、こちらの応接間の方が広いので、お食事を運ばせていただきました。尊いご神霊方も、ご一緒に食卓を囲んでくださるとのおおせでございます。おくつろぎいただいて、食事にいたしませんか? 従者の皆様方にも、食堂でのご用意を整えております」
「これはこれは。すっかりお手数をおかけして、申し訳ないことです、カペラ殿。従者までもとは、誠にありがたく存じます。常識的には、ご遠慮を申し上げるべきではございますが、厚かましくも喜んでご相伴しょうばんにあずかります。ご神霊と食卓を共にさせていただく光栄など、カペラ家の他では望むべくもございませんので。それでなくとも、カペラ殿のお料理をいただいていた身としては、この機会を逃す気にはなりません。そうでしょう、パロマ大隊長?」
「まったくでございます、猊下。先のクローゼ子爵家の事件の際に、〈野ばら亭〉に泊めていただき、カペラ殿のお料理をいただいてからというもの、すっかり舌がえてしまいました。王都に戻りましてからも、〈野ばら亭〉の味が恋しくて、せる思いでございましたよ」
「我が部下も同じですよ、大隊長。神霊庁の者たちは、食事に不満をらさぬことがたしなみとされておりますのに、皆々、すっかり贅沢ぜいたくになってしまい、毎日のように〈野ばら亭〉に行きたいと申しております。お楽しみになされませ、セルジュ殿。寿命が延びますぞ、ファニオ殿」
「ご神霊と共に食卓を、でございますか。お話は伺っておりましたけれど、誠にもって驚愕きょうがくすべきことでございます。そして、お嬢様の尊くも素晴らしいこと……。レフ様の伴侶となられる相応ふさわしいお嬢様が、この世におられました事実に、感無量かんむりょうでございます、猊下」
「セルジュ殿の申される通りでございますよ、猊下。お嬢様の神々しきお姿をはいし、恐悦至極きょうえつしごくに存じます。いやはや、本日、この場にさんじられましたる幸運に、深甚しんじんなる感謝をたてまつらん。我が公爵閣下が、さぞかし悔しがられましょうな」
「ということで、お世話になります、カペラ殿。従者となりましたる者たちも、さぞかし喜びましょう。ありがとうございます」
「本日は、特に祝いにはこだわらず、ありふれた料理をご用意いたしました。皆様方のご身分ですと、かえって庶民が口にするメニューの方が、おめずらしいかと思いまして。決して、わたくしが娘の、こっ、こっ、婚約を喜んでいないわけではありませんので、ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます」
「わかっておりますとも、カペラ殿。素晴らしきお嬢様方を嫁がせなければならない父上のお気持ちは、わたくしにさえ推察されます。どうか、ご案じなきように」
「ありがとうございます、猊下。では、次々にお出しいたしますので、にぎやかに参りましょう。ああ、何だ……ご神霊の数がすごいことになっているが、お給仕はどうするんだ、チェルニ?」
「大丈夫だよ、お父さん。最初の一口だけお給仕したら、後は勝手に食べるから大丈夫なんだって。おはしやスプーンもらないらしいよ。神霊さんたちのことは気にせずに、どんどんお出ししてね。一人分ずつの器は、それぞれにあると助かるけど」
「わかった。すぐに追加を持ってこよう」
 
 そういって、お父さんとルクスさんは、一礼して台所に戻っていった。食事をする人数が多いから、ちょっと心配になったんだけど、わたしが知らないうちに、キュレルの街の〈野ばら亭〉から、食材と下拵したごしらえをした料理を持って、お店から何人か手伝いに来てくれたらしい。料理を配るために、お父さんたちと交代で応接間に入ってきたのも、ルルナお姉さんだったしね。
 扉の向こうで話を聞いていたらしいルルナお姉さんは、応接間に入ってきた途端、わたしを見て、やっぱりがちんと固まっちゃったものの、すぐに笑顔を浮かべて、料理を配ってくれた。わたしに取りいている…‥じゃなくて、わたしを台座だいざにしている神霊さんたちを意識して、ものすごく緊張はしていたけどね。
 
 お父さんたちが用意してくれたご飯は、今日も素晴らしかった。最初に出されたのは、冷たい前菜で、小さく切ったクリームチーズを忍ばせた、滑らかな口当たりの卵の蒸し物の上に、コンソメのジュレを乗せた一品。アマツ様の青白い炎が、適度な冷たさを保ってくれているから、ジュレと一緒に口に入れた瞬間に、さわやかな秋風が吹き抜けるみたい。暖房を入れた温かい部屋で、この卵蒸しを食べると、猛然と食欲が刺激されるんだよ。
 お父さんがいうように、今日はコース料理じゃないから、応接間の大机には、次々と料理が追加されてくる。順番なんて関係なく、食べたいものを食べたいだけ食べてほしいんだって。ヴェル様とマルティノ様は、このカペラ家式のご飯に馴染んでくれているし、ネイラ侯爵家のシルベル子爵閣下と、ロドニカ公爵家のハウゼン子爵閣下も、すっごく楽しそうな顔で料理に注目してくれているから、これで良いんだろう。
 
 神霊さんたちはというと、きらきらと瞳を輝かせながら、場所替えを始めた。わたしにくっついたままだと、さすがに食べにくいからね。スイシャク様とアマツ様以外の四柱よんはしらは、ふわふわと空中に浮いたかと思うと、わたしの左右に二柱ずつ並んで、仲良く大机に向き合ったんだ。
 料理が運ばれてきた途端、皆んなが神霊さんから視線を外し、料理に注目するようになったのは、多分、神霊さんたちの気遣いだと思う。圧倒的な神威しんいを抑え、存在感を薄れさせることによって、皆んながご飯を食べやすい雰囲気にしてくれたんだろう。スイシャク様やアマツ様といい、四柱の神霊さんたちといい、この上もなく尊い存在なのに、本当に優しい気配りをしてくれるんだよ。ありがたい、ありがたい。
 
 卵の蒸し物の次に出されたのは、ほわりと湯気を上げている、〈野ばら亭〉名物のモツ煮込みだった。モツ煮込みが前菜扱いって、変といえば変だけど、〈野ばら亭〉の代名詞に数えられるくらいの一皿だから、やっぱり食べてほしいよね。
 お父さんによると、このモツ煮込みは、別に特別な料理じゃないんだって。普通のやり方と普通の味付けで作った、どこにでもあるモツ煮込みらしい。同じ煮汁を継ぎ足して……なんていうこともなく、毎日新しく作っているしね。
 
 ただ、出来上がったモツ煮込みは、全然、まったく普通じゃない。芳香ほうこうっていってもいいくらい、とてつもなくおいしそうな香りがして、ひとさじすくって口に入れると、舌の上でおいしさの花火が上がるんだよ。モツの臭みなんて欠片かけらもなくて、只々ただただ、圧倒的においしいだけ……。
 モツの下拵えは、わたしやアリアナお姉ちゃんも手伝ったことがあるから、こんなに清々しいモツ煮込みに仕上げるためには、どんなに丹念たんねんにモツを洗い上げるんだろうって、いつも感動しちゃうんだ。わたしの大好きなお父さんは、〈モツを洗うと思うな。心を洗うと思え〉って、新人の料理人さんたちにいってるけど、本当にその通りだと思う。
 
 卵の蒸し物を食べたお使者の皆んなは、無言でうなってた。お母さんとアリアナお姉ちゃんは、二人で顔を見合わせながらうなずいていて、とってもうれしそう。わかるよ、お母さん、お姉ちゃん。わたしたち母娘は、お父さんが大好きだから、お父さんの料理をおいしそうに食べてくれると、途端にうれしくなっちゃうんだ。
 モツ煮込みを口にしたときには、皆んな、表情がばらばらだった。ヴェル様は、そっと目を閉じて、うっとりと微笑んだ。マルティノ様は、ほうっと溜め息を吐いてから、ゆっくりゆっくり噛み締めている。ハウゼン子爵閣下は、なぜか銀縁眼鏡を外して、上を見上げた。大神使だいしんしのコンラッド猊下に、ちょっと雰囲気の似ているシルベル子爵は、優しそうな深草色の瞳をうるませて、モツ煮込みのお皿に向かって礼をしてくれたんだよ。
 
 皆んな、おいしいと思ってくれているみたいだけど、感動するのは早いからね? カペラ家のご飯は、まだ始まったばっかりなんだ!
 
     ◆
 
 尊い六柱の神霊さんと、レフ様からの、きゅっ、求婚のお使者が揃ったことで、お父さんとルクスさんは、ものすごく張り切ってくれたんだろう。その後も、次々に料理が追加されてきて、大人数で食事ができるはずの大机の上は、ご馳走ちそうで山盛りになった。
 
 巨大な硝子がらすの器に盛り付けられたのは、しゅんの秋野菜と、ちょっと早めの冬野菜を、たっぷりと盛り付けた季節のサラダ。わたしの大好物のカブに、鮮やかな朱色のにんじん、甘味の凝縮されたさらし玉ねぎ、生でもおいしいサラダ用の水菜、瑞々みずみずしい白菜のしんの部分、茶色と白とクリーム色の薄切りマッシュルームを混ぜ合わせ、ベーコンとチーズの濃厚なドレッシングで食べるんだ。
 小さなパンケーキに見えるのは、じゃがいもとさつまいもとかぼちゃの可愛い三色もちで、オリーブオイルで焼き上げてある。外側はカリカリ、中はもちもちの食感が楽しいし、大地そのものの味が奥深くて、いくつでも食べられちゃう。
 特注した薄紙に包まれているのは、きのこのチーズ焼きだろう。五種類くらいのきのこと海老、チーズを合わせた具の上に、青々とした香り付けのハーブを乗せ、密封して遠火とおびで焼き上げる。紙を開いた途端に立ち上るのは、恵みの雨を浴びたばかりの、美しい森そのものみたいな香りで、食べる前からうっとりするんだよ。
 大皿に盛られたもう一種類のサラダは、とにかく彩りが華やいでいる。黄、朱、赤の三色のパプリカに、黄色と白と紫色のめずらしいにんじん、金色のカブ、紅白のラディッシュは生のまま。黄色のいんげん豆と緑色のさやいんげんは、さっと湯通しされていて、いっそう鮮やかな色になっている。宝石みたいに綺麗な色彩を活かすために、ドレッシングは塩胡椒とオリーブオイルだけのあっさりしたものなんだけど、食材と調味料のすべてが一級品だから、それだけでびっくりするくらいおいしいんだ。
 
 お父さんは、とにかくたくさんの品数を食べてほしいみたいで、前菜っぽく軽い料理が、まだ何種類も用意してあった。
 縁起えんぎ物の海老とアボカドのマヨネーズえは、誰でも作れる単純な料理のはずなのに、なぜかとてつもなくおいしい。偵察のために〈野ばら亭〉に食べにきた、有名な料理屋さんの料理長が、〈こんな単純な前菜が、どうして!?〉って叫んだっていう、嘘みたいで本当の話があるくらい。海老をでずに蒸し上げていることと、毎日作っている自家製のマヨネーズが、味の決め手だとにらんでいるんだけど、どうなんだろうね?
 ようやく旬を迎え始めたかにの身をほぐして、さっと湯通しした半生はんなまの海老と、とろっとろのウニと一緒に混ぜ合わせ、柚子ゆず風味のオイルで味付けした冷たい一皿も、うっとりとするくらいおいしい。わたしもアリアナお姉ちゃんも大好きな、贅沢ぜいたくな料理なんだけど、お酒の好きなお客さんにいわせると、〈酒飲みにとって天上の美味〉なんだって。
 もう一品は、〈野ばら亭〉特製のスモークサーモンとか、クリームチーズを生ハムで巻いたものとか、燻製くんせい牡蠣かきとかっていう、お酒のおつまみを集めたような大皿で、ヴェル様たちは、うなりながらお酒を飲み、飲みながら唸っていた。
 
 大机の中央にどん!って置かれたのは、牛肉のパイ包み焼きで、切り分けられた断面は、見ているだけで喉が鳴っちゃうような、本物の薔薇色だった。お父さんの焼いてくれるお肉は、とにかく見た目にも美しい。しっとりと濡れているように輝く薔薇色のお肉は、〈野ばら亭〉以外では見たことがないんだよ、わたし。そこは食堂の娘だから、キュレルの街でも王都でも、けっこうな数の料理屋さんに行ってるんだけどね。焦茶色に光っているソースだって、食べる前から最高においしいんだって、誰でもわかるんじゃないかな。
 残りのお肉料理は、貴族ばかりのお使者に食べてもらうには、かなり庶民的なメニューだった。大きめに切られた鶏肉の唐揚げは、青のりをまぶした塩味と、にんにくの効いたスパイシーな味と、あっさりとした塩胡椒の三種類。それぞれ、微妙に粉の配合にまで変えているのは、〈野ばら亭〉の秘密なんだよ。
 やっぱり大皿の上で存在感を放っているのは、豚バラ肉のあぶり焼きだね。ルルナお姉さんが、ワゴンを押して応接間に入ってきたときから、炭火で炙ったお肉でしかあり得ない、何ともいえない香りが、食欲を直撃してくるんだ。炭火の上に、上質なお肉の脂がしたたり落ちて、そこから上がった煙が、さらにお肉を豊かな香りにする。バジルソースや特製スパイスもいいけど、わたしは、岩塩だけで食べるのが好きかな。噛み締めたときに弾け飛ぶ脂の甘さが、思いっ切り堪能たんのうできるから。
 
 今日の焼き立てパンは、定番の田舎パンと、ドライトマトを練り込んだパンと、ハーブの香りのする堅焼きパンと、さくさくのクロワッサン。デザートには、ネイラ侯爵家からもらった果物で作った、コンポートとアイスクリームが出るらしい。ものすごい量と品数だけど、これが、レフ様とわたしの、きゅっ、求婚のお使者にお出しする、本日の晩ご飯のメニューだった。
 
 ヴェル様とマルティノ様は、満面の笑顔を浮かべて、たくさん食べてくれた。初めてお父さんの料理を食べたハウゼン子爵閣下は、途中から銀縁眼鏡を外しちゃって、うっとりと料理をながめながら、どんどん食べてくれた。ちょっと年配のシルベル子爵閣下も、食が細いなんていうことはなくて、〈おいしい、素晴らしい、ありがたい〉ってつぶやいては、次々に食べてくれたんだ。
 
 そして、現世うつしよ顕現けんげんしてくれた神霊さんたちはというと、もう気持ちが良いくらいの食べっぷりだった。最初の一口ずつ、神霊さんたちにお給仕したときから、とにかく発光するんだよ。卵の蒸し物をお口に入れると、白や朱色や金色の光が順にぴかぴかと光り、モツ煮込みをお口に入れると、すべての色がいっせいにぴかぴかと光り……。
 そのたびに、皆んなが食事を中断して注目しちゃうから、光ったのは最初の方だけだったけど、とにかく満足してくれたみたい。神霊さんのお力で、すいすいと勝手に宙を舞う料理が、金色の龍と、編みぐるみの羊と、純白の雪だるまと、金朱きんしゅの猫のぬいぐるみの口に、次々に吸い込まれていくんだから、それもう、すごい光景だったよ……。
 
 しばらくは会話らしい会話もなくて、〈これはまた〉とか〈何という美味〉とか〈至福〉とか、感動の声だけが聞こえていた食事会も、ひと通りの料理が出揃うと、ようやく団欒だんらんっていう感じになった。ちょうど、料理を作り終えたお父さんが、応接間に入ってきたとき、真っ先に声をかけたのは、ロドニカ公爵家の家令であるシルベル子爵閣下だった。
 
「素晴らしいお料理の数々、ありがたく頂戴ちょうだいしております、カペラ殿。これほどの美味を口にできるとは、オルソン猊下の仰せの通り、寿命の延びる思いでございますよ。またしても、公爵閣下が悔しがられましょうな」
「過分なお言葉、恐縮でございます、シルベル子爵閣下。お気に入っていただけたのでしたら、光栄に存じます」
「カペラ殿のお料理を気に入らない者など、この世におりませんでしょう。そうは思わぬか、セルジュ殿?」
「まったくでございます。何と申しますか……わたくしは、あまり食事にこだわるたちではなく、簡単に済ませてしまうことも多いのですが、それは、本当においしいものを食べたことがなかったからなのかもしれませんね。いや、もちろん、ネイラ侯爵家の料理人は、超一流の者たちばかりでございます。ただ、カペラ殿のお出しくださったお料理には、美味を超えた感動があるのでしょう。人は、食べてこそ生かされるのだと、教えていただいた気がいたします」
「身にあまるお言葉でございます、ハウゼン子爵閣下。皆様方のお屋敷では出されないような、庶民の料理でございましたので、おめずらしかったのでしょう。お喜びいただき、うれしく存じます」
「はい! はい!」
「どうした、チェルニ?」
「あのね、お父さん。神霊さんたちも、とっても喜んでくれてるよ。すっごくおいしかったって。〈流石さすが御饌みけの申し子〉だって。御饌って、神霊さんに捧げる神饌しんせんのことだよね? あんまりおいしいから、今後もちょくちょく食べに来るって、どの神霊さんもいってくれているよ。あと、お塩を司る神霊さんが、今日のお礼に御饌用のお塩をくれるんだって。普通の料理にも、ばんばん使っていいよって。良かったね、お父さん」
「……いや……尊きご神霊からの下賜かし御塩おしおを、普通に料理に使うとか……。お父さんには、そこまでの度胸はないぞ、チェルニ?」
 
 お父さんの料理のおかげで、皆んなが打ち解けた食事会は、本当に楽しかった。そして、デザートのコンポートと紅茶が出たところで、お母さんとヴェル様が、今後の予定を教えてくれたんだ。
 明日、わたしたちは、キュレルの街に帰る。わたしとアリアナお姉ちゃんは、それぞれ町立学校と女学校の卒業式に出て、王都に引っ越してくる。引越しっていっても、キュレルの家はそのままだから、身の回りのものだけ持ってくれば良いんだって。 
 王都に戻って来てからは、神霊庁の裁判に協力して、アリアナお姉ちゃんの婚約の話を詰めて、わたしの王立学院入学の準備をする。レフ様のご両親や宰相閣下と会って、正式に、こっ、婚約するのは、今から二週間後の吉日きちじつで、王立学院の入学式のときには、レフ様の正式な、こっ、こっ、婚約者として公表されるらしい……。
 
 あまりにもいっぱいの予定と急な展開に、目を白黒させているわたしに、お母さんが、優しくいてくれた。
 
「予定を詰め込んじゃって、ごめんなさいね。いろいろと事情もあって、いっそのこと、ネイラ様の婚約者として王立学院に通う方が、面倒がないということになったの。ただし、最終的に決定するのは、あくまでも当事者ですからね。あなたの意見はどうなの、チェルニ? わたしたちは、あなたの意見を尊重するわよ」
「大丈夫だよ、お母さん。きゅっ、きゅっ、求婚をお受けしたときから、覚悟は決まってるから。レフ様の、こっ、こっ、婚約者であることを、隠さない方が良いっていうなら、そのつもりで頑張るよ。あ、もちろん、レフ様がいいんだったら、だけど。大丈夫ですか、ヴェル様?」
「レフ様からは、チェルニちゃんのお気持ちを最優先にするようにと、厳命を賜っております。レフ様は、大層お喜びでございますよ、チェルニちゃん。何しろ、正式な婚約者として発表されれば、堂々と会うことが叶いますからな。婚約の顔合わせのときには、レフ様もお出ましでございます」
 
 ということは、二週間後には、遂に、生身のレフ様に会っちゃうの、わたし? 途端に、うるさいくらいに音を立て始めた胸を押さえ、わたしは、大きくうなずいた。十四歳のわたし、チェルニ・カペラの人生は、いよいよ本格的な運命の激流にぎ出していくみたいなんだよ……。