見出し画像

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 3-9

03 リトゥス 儀式は止められず|9 死闘

 オローネツ城からの救援を待つルーガが、時間稼ぎの罠として仕掛けた決闘の申し入れに、第七方面騎士団の隊長と思しき男は、易々と絡め取られた。既に何人かの騎士を失い、完膚なきまでに侮辱された隊長は、即座に決闘を受け入れたのである。内心の思惑を欠片もうかがわせず、ルーガは平然と言葉を続けた。

「良し。ならば、決闘だ。人数は三対三で、同時に戦うのは一人ずつ。決着が着くまで他の者は手出し無用。武器は弓矢などの飛び道具を除いて自由。馬からは降りて闘う。場所は御互いから二十セルラ離れた中間地点。この条件でどうだ」
「良かろう。我ら第七方面騎士団の立会人は、このオレグ・パレンテ男爵が務めてやる。貴様らも立会人の名乗りを上げろ」
「俺が、この一行の指揮官だからな。俺がやる。ルーガ・ニカロフ、騎士爵。オローネツ辺境伯爵閣下から、代官の職を拝命している」
「よし。副官、三名の騎士を選べ。名誉ある決闘ではないにしろ、汚らわしい愚民をほふるに変わりはない。勇躍して勝てる者を選べ」

 隊長の叱咤に、ぐ様三人の騎士が選び出され、軽鎧の微かな金属音を立てながら馬から降りた。ルーガもまた、いささかの迷いもなく三人の部下を選び出す。
「ヴァレリ、キーム、コルネイ。おまえ達が行け」

 ルーガに指名されたのは、部下達の中でも大柄で、特に力の有りそうな男達だった。三人とも農民の野良着に革鎧という姿だったが、全身鎧の騎士達を前にしても怯える素振そぶりすら見せず、気迫をみなぎらせて胸を叩いた。

「任せてくれ、親父さん。オローネツの男の誇りと怒りを、第七の奴らに見せてやるよ」
「屑共になぶり者にされた村人の悔しさ、万分の一でも晴らさせてもらうさ」
「俺を選んでくれるとは有難い。親父さんの期待に応えてみせるぜ」
「頼むぞ、お前ら。闘い方は分かっているだろうな。相手は金無垢きんむくの全身鎧だ」

 ルーガの意味有り気な囁きに、三人の男達は揃って笑った。方面騎士団への怒りを底に秘めた、どこまでも冷たい笑いだった。

 男達は、手に持っていた槍や刺股さすまたを仲間に預けると、荷馬車の中から其々に新しい武器を取り出した。彼らが手にしたのは、一セルラを超える長さの柄に、金属製の大きな頭部を取り付けた、異様な形の金槌だった。
 副官に指名され、剣を抜き放ったまま決闘の場所まで進んできた騎士達は、金槌を見て驚きに足を止めた。異様な武器の存在と、落ち着き払った男達の迫力に、ただならないものを感じたのだろう。そうとは知らず、後ろで見物に回った第七方面騎士団の者達は、仲間の勝利を疑いもせず、口々に囃し立てた。

「おい、連中は何を考えているんだ。今から馬防柵ばぼうさくでも造る心算つもりか」
「言ってやるなよ。地方領の貧乏人共だ。鎧も剣も揃えられるわけがないだろう。農作業の道具を持って来るしかないのさ」
「普段は漁師か狩人なのだろう。弓矢以外の武器がないのも道理だ」
「おい、いくら惨めな奴らだからと言って、手を抜いたりするなよ。我ら第七方面騎士団に逆らった対価は、奴らの命で取り立ててやれ」

 ルーガの部下達の眼前に迫り来る、第七方面騎士団の騎士達は、陽の光を受けて輝く金色の全身鎧をまとった戦装束である。金属にしては軽く、身動きのし易いこの鎧は、剣でも弓でも貫けない強度を誇る。手にはロジオン王国特有の細身の軍刀、金鎧の胸元には深緑の地に金狼を描いた騎士章が、誇らかに刻印されていた。

 一方、次々に浴びせられる侮蔑の言葉など気にも留めず、騎士達の前に歩み出たオローネツ領兵の出で立ちは、御世辞にも立派とは言えなかった。門番の御仕着おしきせや野良着の上に、各人がまちまちの革鎧である。手にした武器は短刀ですらなく、柄の長い金槌という異様なものだった。只、男達の鍛え抜かれた肉体と、鎧姿の騎士を目前にしても微塵みじんもたじろがない胆力だけが、彼らの騎士としての矜持きょうじを示していた。
 双方の決闘者が出揃い、取り決めの通りに二十セルラ離れた中間地点にいて向かい合った所で、待ち兼ねていたらしい隊長が傲慢ごうまんに言い放った。

「よし。今から決闘を始める。決闘は騎士の本分であり、王国法に照らし合わせても処罰は受けない。奴らから申し出てきたのだから、相手が農奴のうどでも同じことだ。第七方面騎士団の栄えある騎士として、泥臭い虫けら共を縦横に斬り刻んでやるが良い」

 たくましい両足で地面を踏み締め、わざと腕を組んだ姿勢で相手を睥睨へいげいしているルーガも、腹の底から獰猛どうもうに吠えた。

「行け。卑劣な鎧人形に、本物の男の闘いを教えてやれ」

 隊長とルーガの掛け声を合図に、一斉に敵味方の歓声が上がる中、騎士達は其々に割り振られた相手を斬り裂こうと、剣を構えて前進する。全身鎧に包まれているにしては、軽やかな動きではあったものの、革鎧しか身に付けていない男達の速度とは、やはり比べるべくもない。オローネツの男達は、瞬時に騎士達との距離を詰めた。

 最初に飛び出した農夫姿の男は、剣の切っ先が届くぎりぎりの距離まで一気に肉薄すると、素早く振りかぶって一閃、金槌を騎士の顔面に叩き付けた。大きな鐘を鳴らしたかのような、場違いに美しい打撃音がしたかと思うと、騎士は剣を掲げていることさえ出来なくなったのか、切っ先をだらりと下げたまま棒立ちになり、身体を左右に揺らめかせた。

「何だ、一体どうしたというのだ。面頬には傷の一つも付いていないのに、あいつは何故立ち止まっているのだ。決闘の最中だぞ」
「おい、何をしている。しっかり闘わんか」

 見物の騎士達に次々に罵倒されても、頭部を殴られた騎士は、呆然ぼうぜんと立ち止まって揺れているだけである。騎士を殴打した農夫姿の男は、更に金槌を振り上げると、右の側頭部を殴り付けた。重い攻撃を受けた騎士の身体は、大きく左側に傾こうとしたが、次は左の側頭部に金槌が振るわれる。更に右左、右左と連打され、高く澄んだ鐘のごとき音が連続して響き渡る頃には、見物人達にもようやく何が起こったのか分かり始めた。

 ロジオン王国が誇る軽量の全身鎧は、斬られても射られても薄らとした傷が付く程度で、堅牢けんろうに騎士達の身体を護り続ける。しかし、金属を被った状態で強く殴打された場合は、脳や内臓に振動という強い負荷が掛かるのである。騎士同士の斬り合いか、領民相手の一方的な略奪しか経験してこなかった方面騎士団の騎士達には、ぐに理解の及ばない泥臭い闘い方だった。
 何度も激しく頭部を殴り付けられた騎士は、突然、丸太のように昏倒した。一切受け身を取ろうとしない様子から、その騎士が意識を失っているのは明らかだった。あるいは、余りの振動に脳が破壊され、既に事切れているのかも知れない。滑稽ではあるものの、同時に凄惨せいさんでもある敗北に、見物人達は言葉を失った。

 一方、一人目の勝利を目にしたルーガ達は、その苛烈かれつな戦法に怯む気配さえ見せず、如何いかにも暢気に聞こえる口調で声援を送った。

「方面騎士団の軽鎧は、相変わらず良い音がするな。代官屋敷にある礼拝堂の鐘より、よっぽど良い。やっぱり高価な金属を使ってるのかね」
「それにしても、中身だけ壊される死に方というのは、流石さすがに勘弁してほしいな。方面騎士団の奴ら、勇気があるぜ」
「胴体を叩くより、頭を叩いたときの方が音が響くのは、奴らの頭が空っぽだからだと思うんだ。なあ、ルーガの親父の意見はどうだ」

 余りの侮蔑に、第七方面騎士団の隊長は、反射的に腰の剣を引き抜いた。顔を紅潮させた隊長は、歯嚙みして己が騎士達を睨み据えると、衝撃に声もなく固まった者達に向かって、剣を振り上げながら怒鳴った。

「この愚か者共が。貴様らの剣は飾りか。奴らの手に乗るな。それでも第七方面騎士団の精鋭なのか。さっさと下衆共を斬り殺せ」

 同僚の敗北を目の当たりにして、前進を躊躇ちゅうちょしていた残り二人の騎士は、隊長の激しい叱責に背中を押され、其々に面前の敵へと斬り掛かった。しかし、ルーガの部下達は巧みに距離を取って剣を躱しつつ、反対に隙を見ては金槌を振るう。当然、騎士達は剣でこれを弾こうとするものの、速度を付けて振り回される巨大な金槌と、切れ味重視の軽い細身の剣とでは、打ち合ったときの結果は明白だった。

 一人の騎士は、金槌の勢いに耐え兼ねて剣を弾き飛ばされた後、頭と言わず身体と言わず滅多打ちに乱打され、壊れた人形かとばかりに崩れ落ちた。最後に残った騎士は、相手に浅い切り傷を負わせるのが精一杯で、いきなり下手の軌道から振るわれた金槌に膝を叩かれ、地面に倒れ伏した。倒した男はすかさず金槌を振り上げ、杭を打つかのごとく無造作に、騎士の全身を打ち込んだ。この頃には、美しい鐘の音かと思われた打撃音は、陰惨いんさんとむらいの鐘にしか聞こえなくなっていたのである。

 第七方面騎士団の騎士達が、一度も経験したことがなく、想像さえ出来なかったであろう無残な結末に、隊長は馬上で憤激した。

「何だ、これは。こんなものが決闘であるものか。貴様ら、仮にもオローネツ辺境伯爵家の家臣として、恥じる所はないのか」

 隊長の怒声を受けたルーガは、決闘の始まりから浮かべていた、貼り付けたような微笑みを深め、瞳だけを冷たく光らせた。第七方面騎士団の隊長ともなれば、ルーガ達にとっては不倶戴天ふぐたいてんの仇敵である。その相手に罵られても、ルーガは歯牙にも掛けなかったが、オローネツ辺境伯爵家の名を出された以上、反論せずにはいられない。第七方面騎士団の全員を見据え、ルーガは堂々と宣言した。

「黙れ。貴様ら如き盗賊共に、オローネツ辺境伯爵閣下の御名を口にする資格はない。門番や農民の姿になってまで、領民を守ろうと戦ってくれる騎士達こそ、我らオローネツの誇りであると、閣下はいつも仰って下さる。全身鎧に護られて、武器も持たない領民達を襲う貴様らこそ、人間の屑ではないか。卑怯者が、恥を知れ」

 ルーガの言葉に、隊長は声もなく歯噛みした。ラーザリ二世が報恩特例法ほうおんとくれいほうを制定し、地方領主が全ての武力を奪われて以来、地方領に対して絶対的な強者として君臨してきたのが、ロジオン王国に十六有る方面騎士団である。その隊長ともあろう地位に居る者が、地方領の者達にここまでの侮辱を許したのは、恐らく初めてだっただろう。貴族らしい容貌ようぼうを歪ませた隊長は、喘ぐように言った。

「最早、我慢ならん。貴様ら全員、最もむごたらしい死を呉れてやるから、覚悟せよ。我らに襲撃され、一気にほふられておけば良かったと、心の底から後悔させてやる」
「応、掛かってこい。貴様らこそ、全員とむらいの鐘を響かせてやろう」

 ルーガは、鋭い音を立てて腰の大剣を抜き放ち、武器を手にした部下達も、一部の隙もなく身構えた。オローネツ城からの援軍が到着するまで、何とかして戦闘を長引かせなくてはならない。ここからは、全員が四方八方に散開して乱戦に持ち込もうと、ルーガ達はあらかじめ決めていたし、その為の罠も密かに仕掛けられていた。

 ところが、思いもかけない反撃に憤激する一方だった隊長が、ここで初めて声もなくわらった。怒りの極限を迎えた隊長は、相次ぐ挑発が生み出した混乱からめ、冷徹に目的を遂行しようとしていたのである。

「私としたことが、愚民共の悪足掻わるあがきに煽られて、冷静さを欠いてしまっていたか。残念だったな、オローネツの溝鼠。我らは貴様らの手には乗らんぞ。溝鼠の戦い方に付き合ってやるのは、もう十分だからな。我ら第七方面騎士団には、剣以外にも武器が有る。おまえ達には到底真似の出来ない戦い方を、特別に見せてやろう。見物の対価は、おまえ達の命だ」

 そう言って、隊長が合図をすると、最後尾から四人の騎士が進み出た。騎士達は深く面頬を下ろし、盾を構えたまま最前列で足を止める。金色の鎧の胸元に刻まれた紋章は、何故か青地に金狼。そして、手にした盾には、薄青く輝く青光石が嵌め込まれていた。
 深緑の地に金狼の紋章を持つ方面騎士団の中で、青地の紋章を使う騎士は、一つの職種に限られている。剣ではなく魔術を以て戦闘を補助する、謂わば支援部隊の魔術騎士である。ルーガは、一瞬にして形勢の逆転を悟った。

「魔術騎士を出して来るか。皆、荷馬車の周りに集まれ。一人二人ならともかく、相手が四人もいては厄介だ。何の魔術かも分からん以上、先ずは護りを固めるぞ」
「ほう、く一目で見破った。この後の任務の為に同行させていたのだが、思わぬ所で此奴こやつらを使う羽目になったわ。この借りは、貴様らの命で返してもらおう。やれ」

 魔術騎士達は、三セルラ程の等間隔に間を空けて横一列に並ぶと、無言のまま盾に魔力を流し始めた。ルーガ達は、隙を突いて魔術の行使を阻もうとするものの、魔術騎士の周りを囲んだ騎士達が透かさず守りに入る。弓矢は盾で弾かれ、刺股さすまたを投げる機会も見出せない。やがて、盾の青光石がほのかに輝くや否や、魔術騎士達は詠唱を始め、固唾を飲んで身構えるルーガ達に向かって、魔術が展開されていった。

「目的。対象の動きを拘束、しくは阻害。対象。前方百セルラ以内の人間。拘束時間。上限設定値まで。閾値いきち設定。発動」

 魔術騎士の掲げた盾から、其々に薄青い光が発せられるや、荷馬車の周りに集まったルーガ達の足下に赤い魔術陣が出現した。その瞬間、見えない鎖が巻き付いたかのような不快な感覚と共に、ルーガ達はほぼ身動きが出来なくなっていたのである。

「くそ。一箇所に集まったのが、却って裏目に出たか。済まん、皆。俺の指示が甘かった。誰か動ける者は居ないか」

 ルーガの問い掛けに、数人の男達が弱々しく藻掻いた。ルーガ自身も含め、ある程度の魔力量を持つ者は、魔術の行使に対して、抵抗出来る場合があるのである。それでも、じりじりと肉薄する第七方面騎士団を迎え撃つには、ルーガ達の動きは余りにも心許ないものでしかなく、最早闘う術は失われたかに思われた。

 このとき、絶体絶命の危機に瀕しながら、ルーガは少しも諦めていなかった。一人でも多くの仲間を生かす為に、オローネツ城から援軍がやって来ると信じて、指一本でも動かせる間は闘い続ける。もしも力及ばずに殺されたら、魂魄となってロジオン王国と方面騎士団を滅ぼしてみせる。固く決意して、ルーガが視線だけで仲間を見回すと、どの顔にも同じだけ決意が宿っていた。少なくとも、ルーガにはそう見えた。

「はは。ざまを見ろ。地方領の虫けら風情が、生意気に王国の騎士に逆らいおって。貴様らは残らずなぶり殺しにしてやるから、覚悟するのだな。掛かれ」

 隊長の掛け声と共に、騎士達が徒で荷馬車に殺到する。第七方面騎士団の者達にとって、自分達に逆らい、同輩を殺し、聞くに耐えない侮蔑を浴びせ掛けてきたルーガ達は、既に憎むべき敵だった。手もなく敗北を喫した怒りもあり、第七の騎士達は舌舐めずりしてルーガ達に襲い掛かろうとしていた。

「お前達、楽に死なせて貰えるなどと思うなよ。薄汚いオローネツの領民共が味わった、百倍、千倍の苦痛の内に殺してやるからな」
「おい、誰か松明に火を付けろ。少しずつ焼いてやろうではないか。此奴こやつらに、第七方面騎士団名物の〈篝火〉を味わわせてやろう」
「篝火はな、身体を杭に縛り付け、髪の毛に火を付けるのだ。今まで、この篝火で泣き叫ばなかった奴は一人もいない。お前達の大将で試してやろう」
「一思いに斬ったりするなよ。じっくりと嬲り殺すのだからな」

 第七方面騎士団の者達の言葉は、人間の所業とは思えない程に悪辣あくらつなものだったが、少しの誇張も含まれていなかった。襲撃した多くの村々での蹂躙じゅうりんがそうであったように、第七の騎士達はきっと言葉通りにするだろう。

 ルーガの部下達は、間もなく自分達に襲い掛かってくるだろう地獄を正確に予測した。それでも、恐怖よりも怒り、絶望よりも悔しさが、オローネツの男達をさいなむ。せめて一矢を報いようと、其々が力を振り絞ったものの、魔術の鎖を断ち切ることは出来なかった。その様子をわらいながら、最初に近付いてきた第七の騎士が、ルーガの横にいた農民姿の男の腹を強く蹴った。男はうめき声さえ立てず、激しく騎士を睨み据えただけだった。

 最初の攻撃が合図になったのか、騎士達は次々にルーガの部下達に手を伸ばし、武器を奪っていった。弱々しく抵抗出来た者はいても、騎士達は歯牙にも掛けなかった。隊長や騎士達の楽し気な哄笑こうしょうが響く中、一人、二人、三人と、男達は剣の柄で殴られ、軍靴ぐんかで蹴られ、地に伏していったのである。オローネツの男達は、血と泥で汚れていく顔を歪め、自分自身を待ち構える悲惨な未来にではなく、憤怒と無念の余り涙を零すしかなかった。

 ルーガもまた、悔しさに歯噛みしながらも、爛々らんらんたる闘志を煮えたぎらせていた。ルーガの目を抉る心算つもりなのか、眼前へと迫り来る剣の輝きから一瞬たりとも目を離さず、ルーガが鎖を引き千切ろうと全力を込めた正にそのとき、馬蹄の響きと共に、薄い硝子を叩き割ったような音が高く鳴り響いた。

「止めろ。そこまでだ」

 そう叫びながら、一気に敵味方の真っ只中に駆け込んで来たのは、ルーガが救援の為に先行させていた年若い護衛騎士、ルペラである。更に、その馬の背には、軽装の青年が一人同乗していた。青年はルーガ達に笑い掛け、安閑あんかんとした口調で言った。

「良かった。何とか間に合ったのでしょうか。オローネツ辺境伯爵閣下の御依頼で、皆さんの助太刀に来ました。ぼくは、魔術師のアントーシャ・リヒテルと言います。あの脆弱ぜいじゃくな魔術陣は壊しておきましたので、もう自由に動けますよ」

 柔らかな表情をした青年の、まるで内側から光が差すかのごとき笑顔に、ルーガは遂にこの戦いの趨勢すうせいが決したことを知ったのだった。