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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 47通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今日は、ちょっと真剣な質問をしたくて、この手紙を書いています。もしも、聞いちゃいけないことだったり、答えられないものだったりしたら、そういって叱ってくださいね。

 それで、何を聞きたいのかというと、〈鬼哭きこくの鏡〉についてです。この前の夜、わたしの家と〈野ばら亭〉を守るために、ヴェル様が鏡の神霊術を使ってくれました。(ヴェル様って、神霊庁の神使様なんですね。何というか、ネイラ様の執事さんっていう時点で、納得できる話ではあるんですが……神使様が、ずっと田舎街の平民家庭に泊まってたりして、いいんでしょうかね、ルーラ王国的に?)

 ヴェル様は、わたしも〈神鏡の世界〉に連れていってくれて、そこで、〈鬼哭の鏡〉に出会ったんです。わたしの見た〈鬼哭の鏡〉は、とっても悲しそうでした。ぼろぼろになって、血の涙を流しながら、不幸な亡くなり方をした娘さんのことを、深くいたんでいました。
 わたしは、〈鬼哭の鏡〉が可哀想で、可哀想で、スイシャク様とアマツ様に求められるまま、〈祈祷きとう〉をしたんです。ほんの少しでも、〈鬼哭の鏡〉の悲しみと苦しみが、えてくれないかと思って。

 結果として、〈鬼哭の鏡〉は、血の涙を流さなくなりました。真っ黒にすすけていた鏡面も、ぼんやりとした灰色くらいになりました。新しい印を授けてくれた、鈴を司る神霊さんと、塩を司る神霊さんが、祈祷に応えてくれたからです。それ自体は、良かったと思うんですけど、後になって、心配になっちゃったんです。
 あの〈鬼哭の鏡〉は、この先、どうなるんでしょうか? 罪を償うために決められた期間は、とっくに終わっているんだって聞きましたけど、ちゃんと救われるんでしょうか? 〈鬼哭の鏡〉に囚われた、お母さんの魂は、亡くなった娘さんに会えないんでしょうか? 娘さんを酷い目にあわせた犯人は、ふさわしい裁きを受けたんでしょうか……?

 ネイラ様への手紙には、日常の細々こまごましたことや、ごく当たり前に楽しいことだけを書こうと思っているのに、今回は、そうなりませんでした。心配させてしまっていたら、すみません。次回からは、いつもの元気いっぱいなわたしに戻りますので。

 そうそう。前回の手紙で、ネイラ様が〈常識的なお礼〉を考えてくれているんだって、お父さんに伝えました。お父さんは、高価な品物じゃないことに安心して、そう手配してくれたネイラ様に、すごく感心していました。〈さすが、王国騎士団長閣下は、人の心の機微きびにまで通じておられる。領地の果物とは、畏れ多いほどのお心遣いだ〉って。
 わきまえた少女であるわたしは、ネイラ様と常識っていうのが、わりと対極にあることには、口をつぐんでおきましたからね!(ネイラ様のお父さんとお母さんの気持ちが、文通を重ねているわたしにも、何となくわかります)

 では、また、次の手紙で会いましょう。朝晩の気温の変化には、気をつけてくださいね。

     塩の神霊さんにお願いして、豚肉の塩釜焼きを作ってもらいたい、チェルニ・カペラより

追伸/
 うちのお父さんは、果物をいただけたら、それでとっておきのお菓子を作るそうです。当然、送らせていただくみたいなので、楽しみにしていてくださいね。

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優しく純粋な心を持っている、チェルニ・カペラ様

 パヴェルが、きみを〈神鏡の世界〉に招いたことは、すでに聞いています。より正確にいうと、きみに興味を持った神鏡が、パヴェルを通じて、自らの神域しんいきにきみを導いたのでしょう。神鏡は、現世うつしよ神世かみのよつなぐ、〈扉〉を司る存在でもあるのです。

 きみが〈鬼哭の鏡〉を浄化してくれたことも、やはり報告を受けています。〈鏡の神使〉であるパヴェルと、神鏡のつかさである〈神照かみてらす〉からです。パヴェルも神照も、それはそれは嬉しそうに、そのときの状況を知らせてくれました。

 パヴェルは、神鏡の世界に囚われている、すべての魂について、罪状を知ることができる力を授けられていますので、〈鬼哭の鏡〉に封じられた母親の悲劇に、ずっと心を痛めていました。パヴェルだけでなく、過去に数人いた〈鏡の神使〉は、皆がそうだったのではないでしょうか。
 その〈鬼哭の鏡〉が、きみの存在によって、外界がいかいに目を向けるようになりました。外に光が灯っていることにさえ気づいてくれたら、神のゆるしとすくいにも、すぐに気づいてくれるでしょう。神々の時間ではなく、人の時間においても、救済は間もなくだと思うのです。

 また、ルーラ王国の国宝ともなっている神照は、大きな神力を持つ〈物神ぶっしん〉であり、〈神鏡の世界〉に囚われている魂に対する、裁定者の役割も負っています。その神照の偉大なる力をもってしても、心を閉ざした〈鬼哭の鏡〉に、慈悲を伝えることはできませんでした。
 まだ幼く、可憐な人の子であるきみが、真心を込めて祈ってくれたからこそ、血の涙を流していた〈鬼哭の鏡〉だけでなく、他の〈鬼哭の鏡〉にも、浄化の鈴の音が届いたに違いないのです。改めて、わたしからも礼をいいます。本当にありがとう。

 きみの質問についてですが、過去と現在のことであれば、ある程度は答えられます。血の涙を流していた〈鬼哭の鏡〉は、すでに贖罪しょくざいを終えています。神鏡の眷属となるか、人として生まれ変わるか、その未来は定まっていませんが、あれほどの苦しみと悲しみに囚われる時間は、過ぎ去ったといっていいでしょう。
 罪のない少女を、口にもできない形で死に至らしめた犯人たちは、然るべく裁かれました。人の裁きではなく、厳然たる神の裁きによって。その厳しさは、〈鬼哭の鏡〉の母親でさえ、不服を申し立てなかったとだけ、きみに伝えておきましょう。

 すべての未来は、確実に定まっているわけではなく、日々、分岐を繰り返しながら変わっていくものです。〈鬼哭の鏡〉が、再び娘に巡り会えるかどうかは、神々にすらわかりません。わたしたちは、ただ、母娘の魂に安らぎのあらんことを願うのみです。

 今回の手紙は、少し固くなってしまいましたね。久しぶりに、説教じみているのではないかと、不安を感じました。次の手紙では、また楽しい時を過ごしましょう。

     きみの父上の評価を、大変光栄に思っている、レフ・ティルグ・ネイラ

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