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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-9

 キュレルの街にいくつかある町立学校の一つ、わたしが長年通っていた、〈キュレル町立学校サロモン学舎〉は、うちの〈野ばら亭〉から、歩いて二十分くらいの場所に建っている。王都の都立学校と違って、土地の価格が比較的安いからなのか、わりと立派な三階建ての建物で、運動場も広々としているんだ。
 ちなみに、サロモン学舎の〈サロモン〉っていうのは、キュレルの街を治めている領主様の、ご先祖様の名前から取っているらしい。学問好きで有名だった七人兄弟で、長男から順に、サイモン、カイモン、サロモン、セロモン、ルイモン、ルロモン、ノイモン……って。結果として、キュレルの街には、似たような名前の学舎が量産されているんだけど、どうなんだろうね、このセンス。
 
 町立学校に到着すると、校門で待っていた下級生たちから、胸につけるリボンを渡された。小さな金色のリボンは、卒業生の目印なんだ。お父さんたちは、家族であることを示す水色のリボンをもらう。ここから、わたしは自分の教室に向かうし、お父さんたちは、校舎を見学したり、待合室で待機したりするんだ。
 紺色のワンピースの胸にリボンをつけ、お父さんたちに元気良く手を振って、わたしは、教室に向かって歩き出した。卒業したからといって、二度と学校に来られないわけじゃないけど、生徒として校舎に入るのは、今日で最後になる。そう思うと、きしきしとかすかに鳴る床の音まで、懐かしい気がするんだから、不思議なものだよね。
 
 教室に入ると、三十人いる同級生のほとんどが、もう教室に揃っていた。皆んな、それぞれに仲の良い子が集まって、楽しそうに話していた……のは良いいんだけど、どうしてわたしに視線が集中するの? 気のせいじゃないよね?
 
「お早う、チェルニ! 聞いたわよ!」
 
 そういって、勢い良く飛びついて来たのは、わたしの数少ない友達の一人で、すごい読書家でもある、ジャネッタっていう女の子だった。ジャネッタは、栗色の瞳をきらきらと輝かせて、わりと遠慮のない声でいった。
 
「チェルニったら、王立学院の入試で、首席合格だったんでしょう? すぐに教えてくれたら良いのに。水臭いわよ。チェルニが落ちることなんて、あるわけないけど、一応、心配していたんだからね」
 
 ん? んん? 何をいってるの、ジャネッタ? ジャネッタのいう通り、この前の王立学院の入試で、わたしは、首席合格だった。おじいちゃんっぽい校長先生と、前の王立学院長だったクラルメ先生が、わざわざ王都の家まで来て、結果を教えてくれたんだから、間違いないだろう。
 でも、どうして、ジャネッタが知っているの? うちの家族は黙っているし、校長先生だって、生徒にはいわないと思うんだけどな。それに、ジャネッタの声が大きいから、教室中が注目してちゃってるじゃないの!
 
「しーっ、しーっ!」
「何よ、チェルニ。しーしーって。トイレ?」
「わりと下品だよ、ジャネッタ。何いってるのさ。それよりも、ジャネッタの声が大きいから、注目されてるじゃないの。廊下に出て、話をしよう」
「だめだめ。というか、遅いよ。チェルニが王立学院に首席合格したって、もう学校中の子が知ってるよ。気がつかなかった? いつも以上に注目されてるのに。相変わらず、自分の噂にはうといんだからさ。もうちょっと、気をつけても良いと思うよ? まあ、チェルニは、何があっても大丈夫な気がするけどね」
「そんなことより、わたしの試験の結果とか、どうして皆んなが知ってるの? びっくりだよ、わたし」
「町立学校の生徒の中に、わざわざ王都の王立学院まで行って、貼り出された結果発表を見てきた子がいるんだって。それも複数名。王立学院って、合格者の上位五人と、神霊術の特別枠で合格した子だけは、名前で発表されるじゃない? 〈特待生 首席合格 チェルニ・カペラ〉って、大々的に書いてあったらしいわよ」
 
 そうだった。王立学院では、正門を入ってすぐの掲示板に、合格者の受験番号が貼り出されるんだった。そして、合格発表の日は、生徒や関係者じゃなくても、掲示板のあたりまでは入れてくれるし、一部の成績優秀者は、受験番号じゃなく名前で発表されるんだ。
 わたしは、めでたく首席合格だったから、当然、名前が貼り出されたんだろう。おじいちゃんの校長先生とクラルメ先生が、入試の結果を教えてくれたからって、合格発表を見に行かなかったことが悔やまれる。まあ、見に行ったところで、いったん貼り出された名前を、隠すわけにはいかないんだけどね。 
 
 いつの間にか、教室は静まり返っていた。皆んな、わたしとジャネッタの話を、じっと聞いているんだよ。こうなったら、今さら隠しても仕方がない。わたしは、大きなため息をいてから、ジャネッタにいった。
 
「おかげさまで、無事に合格したよ。首席っていうのは、ちょっと出来過ぎな気もするけど、校長先生や先生たちの期待に応えられたから、良かったと思ってるんだ」
「チェルニのことだから、優秀な成績で合格するだろうって、わたしは確信してたよ。首席はさすがにすごいと思うけど、不思議じゃないよね。チェルニ・カペラは、町立学校開校以来の秀才だもん。おめでとう、チェルニ! 良かったね! わたしも、チェルニの数少ない友達の一人として、すっごく鼻が高いわ」
「友達の少ない少女で、悪かったね。ありがとう、ジャネッタ。しかし、それにしても、個人情報の取り扱いが、適当すぎるんじゃないの、王立学院。第一、どうして王都まで、わたしの合格発表を見に行く子がいるのさ? しかも、複数名って。その子たちが何を考えているのか、わたしは、まったくわからないよ。その子たちには、何の関係もないのに。変わってるね」
「そうでもないよ、チェルニ。チェルニが不合格になってくれたら、一緒にキュレルの高等学校に通えるかもしれないじゃない? 少なくとも、王都で生活されるよりは、チェルニに会える可能性は高まるからね。皆んな、チェルニの優秀さは知っているけど、万が一の可能性に期待したんだと思うよ」
「ええ? わたしってば、不合格を願われていたわけ? それは……わりと衝撃的かも。やっぱり、あんまり同級生に好かれてないのかな」
「……他の子が同じことをいったら、いらついていじめたくなったかもね。チェルニは、鈍感なんじゃなく、そういう方面に関心がないから、無意識のうちに考えないようにしてるんだよね。チェルニに好きな人ができる日が来るのか、ものすごく不安だわ」
「すっ、すっ、好きな人って、何さ? 教室の真ん中で、変なことをいわないでよ、ジャネッタったら!」
 
 ジャネッタに、〈好きな人〉っていわれた瞬間、自分でも顔が赤くなるのがわかった。だって、反射的にレフ様の面影が浮かんじゃったんだ。大人っぽい優しい微笑みとか、わたしを見つめてくれた真剣な眼差しとか、銀色の瞳を輝かせた神々しい姿とか……。
 ジャネッタに心配されるまでもなく、わたしには、すっ、好きな人がいて、きゅっ、きゅっ、求婚までしてもらったんだよ! ジャネッタは、〈あれ?〉っていう感じに目を見開いてから、声をひそめて、わたしの耳元でいった。
 
「いつもと反応が違うんじゃないの、チェルニ? 心境の変化でもあったの? このジャネッタさんに話してみたら?」
「物事には、時と場所があります。ここは公共の場である教室で、今日は記念すべき卒業式です。これ以上は黙秘します」
「へえ? まあ、いいわ。後でお話しようね、チェルニ?」
 
 にんまりと微笑むジャネッタを横目で見ながら、わたしは、むにむにと唇を動かした。相手が相手だから、レフ様との、こっ、婚約が発表されたら、新聞とかに載っちゃうのかもしれないけど、それは王都に引っ越してからの話だろう。今日は、〈神託しんたく〉でもなく、王国騎士団長であるレフ様の、こっ、婚約予定者でもない、ただのチェルニ・カペラとして卒業したいんだ。
 
 ジャネッタは、あっさりとした性格の子だし、空気を読んでくれるから、それ以上は追求してこなかった、聞き耳を立てていた同級生たちも、新しい情報が出てこないって わかったんだろう。それぞれに、仲の良い子たちが顔を見合わせて、会話を再開しようとしている。これで、落ち着いて卒業式に出席できる……と、安心したところに、強く響く声があった。
 もともとは甘くて可愛い声だったはずなのに、今は苛立ちと憎しみにひび割れた口調で、〈カペラさん、ずるい!〉って。
 
 振り向かなくても、わたしには、誰の声かわかっていた。町立学校でも可愛いって評判で、男子生徒に人気があって、いつも〈取り巻き〉っぽい友達を引き連れていて、裕福で恵まれた家庭の子で、そこそこ勉強もできる……蛇の女の子だった。
 
 心の底から無視したいって思ったけど、さすがに名指しされちゃったら、返事をしないわけにもいかないだろう。嫌々いやいや振り返って、彼女を直視したわたしは、思わず声を上げそうになった。だって、女の子の肩の上でとぐろを巻いていた、半透明の小さな蛇が、いつの間にか、腕くらい太さのある長い蛇になって、ぐるっと彼女の首に巻きついていたんだよ……。
 
     ◆
 
 巨大化していた蛇は、ものすごく怖かったし、不気味だった。半透明だった身体は、けっこう影が濃くて、もう本物の蛇に近くなっていると思う。女の子も、教室にいる同級生たちも、まったく見えていない様子なのが、不思議なくらい。ぎらぎらと光る泥色の鱗とか、シャーシャーいう威嚇いかくの声とか、ぽたぽたと女の子の身体に降りかかるよだれとか、こんなに生々しいのにね。
 同級生たちを驚かせないように、姿も気配も消したまま、わたしと一緒にいてくれる、スイシャク様とアマツ様からは、交互にイメージが送られてきた。〈驚くべき変化也〉〈いとけなき少女が、何故なにゆえくもけがれたる〉〈可愛ゆき雛の選ぶらん〉〈今、このとき調伏ちょうぶくするや〉〈雛が《卒業式》の終わりを待ちたるか〉〈我ら、雛の選ぶに任すらん〉って。
 
 スイシャク様とアマツ様は、いつ蛇と向かい合うのか、わたしの気持ちを聞いてくれているんだ。二柱ふたはしらのことだから、わたしが、この場で蛇の女の子と話し合いたいと思ったら、いろいろと助けてくれるんだろう。この状態のまま、卒業式に出席されるのも、周りへの影響が心配だし、早く決着したいのは山々だけど、今は時間がなさすぎる。さすがに、後回しにするしかないよね。
 わたしが、スイシャク様とアマツ様に、〈後でお願いします〉って、メッセージを送り返したところで、蛇の女の子が、もう一度声を荒げた。〈無視しないで! ひどいわ!〉って。まあ、何だ。わりと、やってられない気分だよ、わたし。
 
 むすっと黙り込んだわたしの代わりに、まったく蛇が見えていないらしいジャネッタが、さっさと蛇の女の子に反撃してくれた。
 
「あのさ、ずるいって、何の話? チェルニは、無視したんじゃないと思うよ? 突然、意味もなく怒鳴られたから、呆然としていただけじゃないの? 卒業式の直前に、おかしなことをいわないで。チェルニが何をしたっていうのよ?」
「ジャネッタは黙っていて! 関係ないんだから!」
「あのね、ここは教室のど真ん中でしょうが。ロザリーの態度は、わたしにとっても不愉快なんだから、無関係じゃないんじゃない? 本当に迷惑だわ。わたしに黙っていてほしかったら、皆んなの前でわめかずに、誰も来ないところで話しかけたらどう? まあ、チェルニが、それに付き合う義理はないと思うけどね。馬鹿馬鹿しい」
 
 おお。ジャネッタったら、相変わらず厳しいね。わたしの数少ない友達だけあって、口が達者だし、理屈っぽいし、はっきりとものをいうんだよ、ジャネッタは。蛇の女の子……ロザリーは、目に涙をいっぱいためて、わたしとジャネッタをにらみつけている。今まで、わたしが〈蛇の女の子〉呼びしていたのは、名前を覚えていなかったからじゃない。ないったら、ない。
 わたしは、またしても大きなため息を吐いて、蛇少女のロザリーに話しかけた。蛇少女って、すごく気持ちの悪い呼び名だけど、まあ、そこはいいや。
 
「あのね、何がずるいのか知らないけど、話があるんだったら、卒業式が終わってから聞くよ? 校長室で良いでしょう? 校長先生にお願いして、部屋を貸してもらうからさ」
「校長室なんて、嫌よ。わたしが、悪いことをして呼び出されたみたいじゃないの。校長先生に話を聞かれるのも、絶対に嫌!」
「だったら、好きにしたら? 今日で永遠にさようなら。今後一切、話を聞く気もないし、会ったりもしないよ?」
「わたしが何をずるいっていいたいのか、気にならないの、カペラさん?」
「全然、まったく、これっぽっちも興味はないよ。誰でも自分の話に関心を持つだろうって考えるのは、やめた方がいいと思うよ。あんまり頭が良い感じがしないから」
「ひどい! あんまりよ!」
「はいはい。校長先生には、話の内容が聞こえないように、隣の部屋にいてもらうから、それで良いでしょう? 五つ数える間に決めてくれる? 一、二……」
「強引すぎるわ、カペラさん。わたしは……」
「三、四……」
「ちょっと待ちなさいって! あのね」
「五。どっちにする?」
「……。卒業式が終わったら、校長室に行くわ。逃げないでね、カペラさん」
「了解。お友達も一緒で良いよ。じゃあ、後で。わたしたちは、そろそろ卒業式の会場に行こうか、ジャネッタ」
 
 わたしが、蛇少女と話している間、首に巻きついた蛇は、ずっとシャーシャー鳴き続けていた。スイシャク様とアマツ様が、綺麗さっぱりと気配を消しているからって、良い気になっているんじゃないの、この蛇。
 わりと腹が立ったので、ジャネッタと一緒に教室を出る前に、わたしは、軽く蛇を睨んでみた。〈穢らわしい蛇の分際ぶんざいで、偉そうなんだよ〉って、威嚇する気持ちを込めて。わたしの視線を受け止めた蛇は、ぶるぶると身体を震わせて、女の子の首に巻きついた。ぐるっとゆるくひと巻きしていたのに、ぐるぐるぐるぐる、よん巻きくらいしちゃってるよ。
 
 ぎゅうぎゅうに首を絞められた蛇少女のロザリーは、苦しそうに顔をゆがめて、でも、やっぱり嫌な目でわたしを睨んでいる。卒業式の後の話し合いを想像して、わたしが、早くもうんざりしちゃったのは、無理のないところだろう。もう、責任とか義務感とか放棄して、式が終わり次第帰っちゃおうかな……。
 誘惑に負けそうになりながら、教室を出た途端に、隣を歩いているジャネッタが、小声で話しかけてきた。
 
「ねえ、チェルニ。ロザリーが、どうしてあんなに感情的になっているのか、わかる?」
「わからないけど、あの子って、わりといつも感情的じゃない? わたし、あの子に嫌われているみたいで、何回もからまれているんだけど」
「ふふ。いくらロザリーでも、さっきの態度はないわ。必死なのよ、あの子も。ロザリーって、すごく可愛い顔をしているし、男の子に人気があるし、勉強だってできる方でしょう? 当然、一番の人気者になるつもりだったのに、この学校にはチェルニがいたからさ。何をやってもかなわないから、ずっと苛々いらいらし続けてるのよ。そして、決定打になったのが、王立学院の入試だったんだと思うよ」
「わたしが、王立学院を受験するからって、それこそ何の関係もないじゃない?」
「たいていの子は、そうは思わないのよ、チェルニ。王立学院に入学しちゃったら、もう負けが決定するじゃないの。うちの町立学校で、王立学院に合格する子なんて、チェルニしかいないんだから。それに、ロザリーがずっと片想いしている男の子が、王立学院の発表を見に行った子の一人なのよ」
「意味がわからない。何それ?」
「ロザリーの片想いの相手は、チェルニの合格発表を見るために、わざわざ王都まで行っちゃうくらい、チェルニが好きなのよ。ロザリーは、何回もその子に告白してるんだけど、〈カペラさんが好きだから〉って、ずっと振られてるのよ」
「うわ……。正直、ものすごい迷惑……。わたしの名前なんて出さないで、好きじゃないっていえば良いのに。それで絡まれていたんだとしたら、どっちにも腹が立つな」
「まあ、チェルニはそうだよね。でもさ、チェルニがそんなふうだから、向こうは余計に感情的になるんだと思うよ。何というか……相手にされていない感じがするからね。その気持ちは、わたしにも理解できるよ。共感はしないけどね」
 
 そういって、ジャネッタは口をつぐんだ。わたしは……わたしは、ちょっと考えさせられた。蛇少女の好きな男の子が、わたしのことを好きだとしても、それはわたしには関係がない。八つ当たりで絡まれるなんて迷惑だし、ジャネッタの話を聞いて、わたしは、もっと蛇少女が嫌いになった。
 でも、蛇少女の悪感情を、わたしが、無意識のうちにあおっているのだとしたら、わたしには責任がないっていえるんだろうか。わたしは、ロザリーっていう名前を認識していなかった。もちろん、同級生なんだから、名前そのものは覚えていたけど、わたしにとってロザリーは、すぐに〈ずるい!〉って怒ってくる〈ずるいの女の子〉か、〈蛇の女の子〉でしかなかったんだよ……。
 
 相手が無関心だからこそ、余計に感情的になるっていう心理は、頭ではわかっていると思う。わたしが愛読している歴史小説の中にも、そういう場面があったんだ。しょせんは小説だから、例としては不適格なのかもしれないけど。
 それは、天才って呼ばれている弟の王子が、お兄さんの王太子に殺されそうになって、自分の国から逃げなきゃいけなくなる物語だった。王太子は、どうして憎まれるのかわからない弟王子に、血を吐くみたいな声でいうんだよ。〈おまえは、いつもわたしに従順じゅうじゅんだった。おまえにとって、わたしは、敵対する相手ですらなかったのだろう。おまえの瞳は、わたし自身を見もしない。おまえのその無関心こそが、わたしの心を打ち砕いたのだ〉って。
 
 相手に関心を持てないことって、果たして罪なんだろうか? わたしは、まったく悪くないと思うんだけど、そう切り捨てちゃって、本当に良いんだろうか? ジャネッタの話を聞く限り、蛇少女の蛇を大きくしちゃったのは、わたしの態度かもしれないのに?
 わたしたち〈人の子〉の額には、神霊さんにしか読めない文字で、その人を表現する言葉が書いてある。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんだったら、〈衣通そとおり〉っていう薔薇色の文字が書かれているみたいに。ひょっとして、わたしの額には、〈不遜ふそん〉とか、書いてあったりしないんだろうか。
 
 わたしが考え込んでいるって、わかったんだろう。気配りの人でもあるジャネッタは、何もいわずに、わたしの横を歩いてくれる。一度だけ蛇の女の子と話して、それからは関わらないっていう、わたしの選択は変わらない。変わらないんだけど、数少ない友達であるジャネッタの大人びた沈黙が、妙に心に突き刺さる気がしたんだよ……。