連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 79通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
丁寧で率直なお手紙をいただき、ありがとうございます。わたしのような平民の少女が、王国の統帥権なんていう、重要機密っぽいことを質問したのに、ものすごくぶっちゃけ……いえ、わかりやすい答をいただいたこと、感謝しています。
でも、そうですよね。いくら〈神威の覡〉だからって、ネイラ様一人が、すべての戦力の統帥権を持っているなんて、どう考えても行き過ぎですよね? わたしが、王城にいる貴族だったら、さすがにだめなんじゃないのって、文句をいいたくなると思うんですよ。
すぐにネイラ様に敵対する人を〈殲滅〉しようとするマルティノ様も、本当に温厚な人格者っていっていいんでしょうか? もちろん、わたしの知っているマルティノ様は、本当に優しくて、笑顔が柔らかくて、温厚な人格者そのものでしたけど。(わたしも、本音で書くことにしました。近衛騎士団の統帥権だけでもかえしたかったっていう、ネイラ様のお気持ち、わたしにもわかる気がします)
ただ、〈神威の覡〉であるネイラ様が、誰かに命令される立場になるっていうのも、やっぱり変だとは思うんです。もともと、覡は神霊さんの体現者なんだし、〈神威の覡〉であるネイラ様に至っては、神霊さんの化身そのものですからね。人だって、神霊さんだって、〈何人たりとも〉ネイラ様の上に置かないっていうのは、わたしも、当然だと思います。
前回、立ち入った質問をしてしまったので、もう一度、もっと立ち入った質問をさせてください。五つの戦力の統帥権を、王国騎士団長が独占しているっていう、ネイラ様のいうところの〈歪み〉って、そもそも、ネイラ様が王国騎士団長だから、発生するものじゃないんでしょうか?
もしも、ネイラ様が神霊庁の大神使だったら、反対派閥の貴族っていう人たちも、納得したんじゃないかと思います。もしくは、いっそのこと、ネイラ様が国王陛下だったら……って、すみません。何だか、自分で書いていて、すごく怖くなってしまいました。国王陛下に対して、あまりにも不敬だし、ネイラ様に対して、いくら何でも不躾でした。本当に、申し訳ありません。
わたし、それなりに分別を持っているつもりなのに、どうしてこんなことを書いちゃったのか、自分でもわかりません。手紙の書き直しはしないって決めているので、このまま出しますが、忘れてもらえると助かります。もしくは、厚かましいって、思いっ切り叱ってください。お願いします。
重苦しい感じで手紙を終わるのは、何だか嫌だなって思っていたら、ちょうど今、お父さんが、大きな箱を見せに来てくれました。箱の中身は、ぎっしりと詰まったショートブレッドでした。何通か前の手紙で、ネイラ様のお屋敷にお届けしますって約束していた、あのショートブレッドです。
お父さんが用意してくれたのは、全部で七種類もありました。バターがたっぷり入ったプレーン。ぴりっとした刺激のある黒胡椒。独特の風味が素敵なチーズ。かりかりした食感も楽しいザラメ。紅茶の香りが鼻に抜けるダージリン。ほろ苦さがたまらないビターチョコ。緑の野菜を練り込んだベジタブル……。
わたしは、新作のベジタブルと、大好きなプレーンを食べさせてもらいました。いつもながら、ものすごくおいしくて、濃い紅茶にぴったりでした。忙しいときには、ちょっとした軽食にもなるので、ネイラ様のお父さん、お母さんと一緒に、召し上がってくださいね。
では、また。次こそは、気楽な手紙で会いましょうね。
今後は、問題のない手紙を書こうと決心した、チェルニ・カペラより
←→
目を見張るばかりに精神的な成長を遂げている、チェルニ・カペラ様
きみの手紙は、失礼でもなければ、不躾でもありませんよ。不敬かどうかと聞かれると、きみが〈神託の巫〉でなければ、さすがに少々問題かもしれません。きみからの手紙は、基本的には、わたししか読まないのですから、きみが普通の少女だったとしても、かまわないのですけれど。
ところで、きみは、自分がどれほど鋭い質問をしているのか、気づいているのでしょうか。老練な政治家や、深く学んだ学識経験者であればまだしも、十四歳の無垢な少女が、そうと意図しないまま、現在のルーラ王国が内包する、根源的な問題点を指摘していることに、わたしは驚きを隠せませんでした。
言い回しがむずかしくなり、我ながら教師のような文章になってしまいましたので、きみに倣って、率直な表現に直します。何がいいたいのかというと、大神使への就任も、王位の交代も、わたしの誕生に合わせて、国の中枢において、密かに議論されていたのです。
大神使への就任は、当の神霊庁によって、即座に否定されました。大神使といえども、神に仕える僕に過ぎず、神霊の化身である〈神威の覡〉は、生まれながらにして、大神使の上に立つ存在である、と。当時、政治的な思惑から、わたしを大神使に推した貴族たちに、激しく反発したそうです。
王位の交代は、一部の大貴族からの反対もあり、神霊庁も賛同しませんでした。大貴族の反対理由は、〈神威の覡〉は地上の権力とは隔たった立場であるべきだという、誠にもっともなものであり、神霊庁の反対理由は、神の化身を地上の権力に縛るなら、一国家の王ではなく、王らの上に立つ皇帝であるべきだという、何とも頭の痛いものでした。
わたしの誕生時の議論は、結局、わたしの父の一言で決着しました。父は、赤子のわたしを抱きしめて、〈この子が何者であれ、わたしたちの可愛い息子だ。本人が望むまでは、ネイラ侯爵家の跡取りであり、それ以上でもそれ以下でもない〉と一喝してくれたそうです。
後に、きみのいう〈アマツ様〉の記憶から、当時の父の様子を知り、わたしは、大きな喜びを感じました。わたしを、ただの息子として愛してくれる父と、その父の味方になって、王城を抑えてくれた伯父には、今も深く感謝しています。
生まれたときから、周りを騒がせてしまったのですから、わたしが王国騎士団長の職務に就くときも、当然、いろいろな問題が起こりました。きみが、知りたいと思うのなら、わたしたちが会えたときに、お話しましょう。手紙に書くと、あまりにも長くなりそうなので。
では、この話はここまでにしましょうか。また、次の手紙で会えるのを、楽しみにしています。
むしろ問題のある手紙を読みたいと思っている、レフ・ティルグ・ネイラ
追伸/
今日、きみの父上から、大箱にいっぱいのショートブレッドをいただきました。先ほど、両親と共に口にしたところです。三人とも、まずはプレーンを試し、芳醇なバターの香りと、単純そうでいて奥深い美味に、思わずため息を溢しました。母の采配で、一回に一人二つまでと決められてしまいましたので、父は葡萄酒にも合うだろうチーズ、わたしは黒胡椒、母はベジタブルを、追加でいただきました。どれもこれも、本当に美味しかったと、父上に伝えてください。いつも、ありがとう。