連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 12通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
今日、王都へ行ってきたんですよ、ネイラ様!
わたしが、六年間も通った町立学校が、ついに一昨日で修業になりました。卒業は二ヵ月近く先で、まだ授業の単位を取れていない人は、補習に通うんですけど、わたしは全部合格しているので、ときどき卒業式の練習に行くだけなんです。(進学する生徒は、この間に試験を受けたりします。ネイラ様が通っていた王立学院も、同じでしたか?)
そこで、わたしの大好きなお母さんが、王都に行こうと誘ってくれました。〈受験の前に、もう一度王立学院の建物を見ておけば、やる気が出るわよ、子兎ちゃん〉って。朝から王都に行って、お昼ご飯を食べて、王立学院を見学して、お買い物をして帰るっていう、とっても魅力的なお誘いだったんです。
お父さんは、〈野ばら亭〉の仕事があったので、わたしとお母さんとアリアナお姉ちゃんで、王都に行く馬車に乗りました。キュレルの街の門前で、〈風屋さん〉のお店が出している、〈王都行き特急馬車〉です。
ネイラ様は、風屋さんの特急馬車って、ご存知ですか? 高位貴族の方たちは、風の神霊術を使える人を雇って、自分の家の馬車に術をかけるんだって、聞いたことがあるので、乗ったことはありませんよね?
キュレルの街の特急馬車は、十人以上は乗れる大きな箱型の馬車で、朝昼夕の三回、王都に向かって出発します。けっこう豪華な内装で、あっという間に王都まで行ってくれて、とっても快適なんですよ。
困ったところがあるとしたら、料金が高いことでしょうか。大人一人分の料金で、〈野ばら亭〉に一泊できるんですって。びっくりです。
馬車の中で、お母さんに料金の話をすると、〈世の中に、時間ほど高価なものはないと思うのよ、子鹿ちゃん〉って、教えてくれました。普通の馬車で王都まで行ったら、一泊しないと帰れないんだから、金額的には同じことなんですって。そして、何時間も馬車に揺られて、疲れることを考えたら、むしろ特急馬車の方がお得だっていうのが、お母さんの考えみたいです。
同時に、お母さんは、〈正解はひとつじゃないから、別の考えがあってもいいのよ〉っていってました。自分の母親ながら、お母さんのそういう柔軟なところは、なかなか素晴らしいと思います。(でも、何がなんでも、わたしを動物に例えるのは、お母さんの悪い癖ですよね。アリアナお姉ちゃんの場合は、〈パンジーちゃん〉とか〈白百合ちゃん〉とか〈紅薔薇ちゃん〉とか、お花シリーズが多いみたいです……)
王都に着いたら、まだお昼ご飯には早かったので、いくつかお店を見て回りました。キュレルの街も、それほど田舎ではないんですけど、王都はやっぱり違いますね。ものすごくたくさんのお店があって、どこに行ったらいいのか、わからなくなるくらいでした。(王都の人たちは、迷ったりしないんでしょうか?)
最初に連れて行ってもらったのは、お母さんが憧れているっていう服屋さんでした。そのお店は、ちょっとだけ変わっていて、とにかく〈可愛いことだけを追求している〉んですって。
お母さんが少女の頃は、そういうお店はなかったんだそうです。〈わたしがアリアナやチェルニの年頃なら、絶対着るのに!〉って、すごく残念がっていましたけど、わたしとアリアナお姉ちゃんは、ちょっと微妙な感じでした。
だって、本当に、びっくりするくらい可愛くて、それを自分が着るのかと思うと、目が回りそうだったんです。ピンクと水色と黄色と白と、フリルとレースとチュールとビジューの洪水で、フリフリ、ヒラヒラ、モコモコ、フワフワ……。
わたしが何を書いているのか、今ひとつわからないと思いますが、〈可愛すぎる服は、少女でも恥ずかしい〉ということだけ、理解してもらえたら十分です。
あれ? どうしましょう、ネイラ様。まだ、何にも話が進んでいないのに、もうけっこうな長さになってしまいました。まったくもって、不思議です。
こんな手紙で、退屈じゃないですか? もしそうだったら、教えてください。できるだけ、意味のあることを書くように頑張りますので。
アリアナお姉ちゃんが、晩ご飯だって呼びにきてくれたので、今日はここまでにします。お父さんが、わたしの大好きなクリームシチューを作ってくれているので、とっても楽しみです。焼き立てパンにつけて食べると、感動的に美味しいんですよ。
では、また。次の手紙でお会いしましょう!
ほどほどに可愛い服なら大好きな、チェルニ・カペラより
←→
きっと可愛すぎる服でも似合うと思う、チェルニ・カペラ様
きみが王都に来ていたのだと聞いて、少し不思議な気持ちになりました。キュレルの街の〈野ばら亭〉で、生き生きとした毎日を送っているきみが、二ヵ月もしたら、王都で暮らすようになるのですね。王立学院を勧めたのは、わたし自身だというのに、改めて人の運命の不思議を思います。
風屋の特急馬車については、存在を把握していますし、大まかな料金も知っています。ただ、実際に乗ってみたことはありませんし、それに乗る人々について考えたこともありませんでした。情報として頭に入っているだけのものを、〈知っている〉といえるのかどうか、きみの手紙によって考えさせられました。
この現世に、すべての物事を体験できる者はいません。体験する必要のない、あるいは体験するべきではない事柄も多いでしょう。ただ、報告された情報だけで、理解した気になるようでは、判断を誤る可能性がありますね。また一つ、きみに教えられた気がします。
王立学院についていえば、これから新学年までは、ほぼ休暇になります。地方の領地から、王都に来ている子弟であれば、この機会に帰省することになるでしょう。
王都に住む貴族の場合は、いわゆる〈社交〉の季節になります。将来の婚姻相手を選ぶために、頻繁に茶会が開かれ、貴族間で交流が持たれるのです。わたしは、こうした慣習が好きではないので、一切の関わり合いを持ちませんでしたが、新学年になるときには、婚約が整っている生徒も多く見受けられました。
もちろん、新入生は例外で、内部進学であっても、学級編成に影響するため、受験勉強に時間を割きます。このあたりは、町立学校と同じですね。
きみの手紙は、いつも楽しいものばかりです。服屋の話も、笑いを噛み殺しながら読ませてもらいました。世の中には、そんな店もあるのですね。わたしは、決まった数件の店でしか、買い物というものをしたことがないので、とても驚きました。
わたしが行くことのある店といえば、ルーラ王国最大といわれる書店と、王国騎士団で指定している武具の店、馬具の店、馬を売る店くらいでしょうか。書店には、きみも関心があるでしょうね。今回の王都観光でも、行ってきましたか?
ところで、わたしの副官に、きみの手紙の話をしたところ、意外にもその服屋の存在を知っていました。〈花と夢の乙女たち〉という、やや常軌を逸した店名ではありませんか? 副官の奥方が贔屓にしているらしく、困惑した顔で説明してくれました。
副官は、〈団長とこんな話をする日がくるとは、夢にも思いませんでした〉とため息をついていました。なぜ、難しい顔でため息をつくのか、理由はわかりませんが、夢にも思わなかったという点は、わたしもまったく同感です。
では、また。次の手紙で会いましょうね。王都の話の続きも、楽しみにしています。
〈野ばら亭〉のクリームシチューを食べてみたい、レフ・ティルグ・ネイラ