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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 51通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 クローゼ子爵家の事件に巻き込まれたことによって、わたしは、いろいろなものを目にしました。嫌だなって思うものもあって、それ以上に、見られて良かったと思うものも、たくさんありました。だから、わたしは大丈夫です。
 ネイラ様が、わたしのことを心配してくれる気持ちは、とってもうれしいです。でも、わたしは、本当に大丈夫なので、〈神罰を下す〉とか、〈業火で焼き尽くす〉とか、危ない冗談はいわないでくださいね? アマツ様のことは、この一部分に限ってまったく信用できないので、ネイラ様が頼りなんです。どうか、よろしくお願いします。

 ということで、今回の手紙では、フェルトさんのことについて、書いてみたいと思います。なぜかっていうと、フェルトさんのかっこ良さも、見られて良かったと思うものの一つだからです。
 アリアナお姉ちゃんを前にすると、すぐに真っ赤になったり、口ごもったり、硬直したりするフェルトさんですが、今回の事件では、とっても凛々しかったんですよ。わたしの手紙を読んでくれているネイラ様には、信じられないかもしれませんが、これは本当です。(アリアナお姉ちゃんといるときのフェルトさんは、いつもの十倍はポンコツです。すっごく幸せそうだから、別に良いんですけど)

 クローゼ子爵家の人たちから、最大の標的にされていたフェルトさんは、今日、犯人たちに誘拐されていきました。すごい書き方ですけど、正確な事実です。ヴェル様やマルティノ様の指示で、守備隊の本部から誘拐された振りをして、犯人たちの拠点に乗り込んでいったんです。(このあたりの経過は、ヴェル様やマルティノ様から、詳しく報告されていると思います)
 事件の初めから、我慢して我慢して、クローゼ子爵家への怒りを溜めていたフェルトさんは、犯人たちが拠点にしているお屋敷で、遂に大爆発しました。たった一人で、二十人以上いたはずの犯人たちを、圧倒しちゃったんです。

 スイシャク様のお陰で、その様子を見ることのできたわたしは、思わず口を開けて固まってしまいました。だって、すごかったんですよ、フェルトさん!
 剣を抜いてしまうと、うっかり犯人を殺しちゃうかもしれないからって、丸腰のままだったフェルトさんは、力を司る神霊さんの術を使いました。薄っすらと金色の光に包まれたフェルトさんは、ちょっと怖いくらいの迫力でした。

 馬車の鉄扉を蹴って、轟音ごうおんとともに吹っ飛ばす。犯人を殴って、遠くまでぶっ飛ばす。犯人が斬りつけてきたなたを、素手で軽々とつかんだかと思うと、ぐしゃって音がしそうな勢いでつかみ潰す。犯人の片足を握って、タオルみたいに空中で回転させる。挙げ句の果ては、ぶんぶん振り回した犯人の身体で、周りにいた犯人たちをなぎ倒す……。
 十四歳の少女であるわたしは、大人の男の人が戦っている場面なんて、今日まで一度も見たことはありません。ありませんけど、フェルトさんの戦い方って、いくら何でもおかしくないですか?

 力を司る神霊さんは、文字通り、とっても強い力を与えてくれる神霊さんだから、めったに印を授けないんだって、聞いたことがあります。フェルトさんの戦い方を見たら、そうだろうなって思いました。ちょっと力持ちになるくらいの術ならともかく、強い力を使える人が、もしも悪人だったら……って、考えるだけで怖いですよ。

 あれ? フェルトさんが、とってもかっこ良かったって書くだけのつもりだったのに、力の神霊術が怖いっていう話になっちゃいました。まあ、あれだけ衝撃的な戦い方を見たら、仕方のないところだと思います。

 ということで、また、次の手紙で会いましょうね。

     成人するより前に、ネイラ様に会いたいと願っている、チェルニ・カペラより

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困難に直面しても挫けそうにない、強い精神力が輝かしい、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙を読んでいると、わたしは、いつも何らかの感情を呼び覚まされます。今回でいえば、それは〈いじらしい〉という気持ちでしょうか。
 突然、大きな事件に巻き込まれ、怖い思いをしているであろうきみが、前向きに物事と向き合おうとする様子が、いじらしく思えてなりません。〈神罰を下す〉というのは、もちろん冗談ではありませんが、きみが大丈夫だというのなら、きみの判断を尊重しましょう。ただし、少しでもつらいと感じたら、必ずわたしに教えてください。約束ですよ。

 きみの手紙からすると、フェルトさんは、かなりの神霊術の使い手ですね。力の神霊術を使える者は、確かに多くはありませんし、フェルトさんほどの力を発揮できる者は、さらに希少だといって良いでしょう。
 先代の近衛騎士団長だったマチアス卿は、素手で巨大な岩を砕くほどの、素晴らしい力の神霊術を使うことができる方で、当時も今も〈近衛の誇り〉〈騎士の中の騎士〉と呼ばれています。フェルトさんは、そのマチアス卿にさえ、追いつく可能性を秘めているのではないでしょうか。

 わたしが、力の神霊術を使うことは、よく知られているそうですね。正確にいうと、わたしは神霊術を使っているわけではなく、もっとも身近に存在する神霊の一柱ひとはしらが、力を司る神霊である□□□□□□□□□□□□なのですが。
 力の神霊は、きみのいう〈アマツ様〉と共に、常にわたしの側近くにいてくれます。意外にも〈人の子贔屓びいき〉で、平気で人前に顕現けんげんする〈アマツ様〉とは違い、あまり人の目に映ることを望まない神なので、その姿を目にしたことのある者は、わずかでしょうね。

 騎士たる者にとって、力を司る神霊と、剣を司る神霊は、特別な存在だと考えられています。そして、ルーラ王国では、このいずれかの神霊の印を持つ者が、騎士団の団長となる場合が少なくありませんでした。
 しかし、逆にいうと、力と剣、いずれの印も持たない者が騎士団長となったときは、軽んじられる危険性もあるのです。神霊が印を授けるのは、人の子には理解できない〈ことわり〉のなせるわざであり、神霊術に優劣があるわけではないというのに。

 思えば、今回の事件を引き起こした、先代のクローゼ子爵などは、神霊術に翻弄されていたのかもしれません。祖父である先先代のクローゼ子爵や、仮初かりそめの父であるマチアス卿が、力の神霊の印を持っていたのに、自分には授けられなかったことが、道を踏み外す上で、一つのきっかけになったのではないでしょうか。
 先代のクローゼ子爵を許せるはずはなく、同情する価値もありはしませんが、そう思うと、哀れとは思います。

 今までのわたしであれば、こうして感傷を呼び覚まされるなど、思いもつかなかったでしょう。これは、きみがいてくれてこそ、生まれた戸惑いなのだと考えれば、とても不思議な気がします。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     あと何通で、事件が終わりを迎えるのかを考えている、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 きみが望んでくれるのなら、成人前であっても、会いに行かせてもらいたいと思います。わたしの部下や両親と一緒であれば、きみの父上にお許しいただけるでしょうか?