連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 67通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
今日は、残念なお知らせがあります。もしかすると、お察しだったかもしれませんが、わたし、チェルニ・カペラは、正真正銘の音痴のようです。一切の遠慮なく、断言されてしまいました。いつも、わたしに優しくしてくれる、いとも尊い二柱の神霊さんによって、です。
話の発端は、わたしが〈神託の巫〉かもしれないっていう、だいそれた疑問です。とっても気になるけど、ネイラ様に誘ってもらった、〈月の銀橋〉での再会までは、何もわからないですよね? だから、神霊さんたちへのお礼を込めて、祈祷の練習でもして、時を待とうと思ったんです。
わたしの気持ちが伝わったのか、スイシャク様もアマツ様も、すごく喜んでくれて、ぴかーぴかーと光ながら、背中を押してくれました。そして、気持ちを集中させて、スイシャク様とアマツ様への感謝で、心をいっぱいにすると、わたしの頭の中に、不意に祝詞が浮かんできました。
〈四方万里に轟弥 垂迹神の弥栄 神代の威光輝かし 別天津神天津神〉
(しほうばんりにとどろきわたる すいしゃくしんのいやさかえ かみよのいこうかがやかし ことあまつかみあまつかみ)
すごくむずかしくて、自分でも言葉の意味がわかりません。神霊さんたちを賛美しているんだろうって、かろうじて想像できただけです。それでも、頭の中の祝詞は、少しも消える気配がなくて……わたしは、自分の心が命ずるまま、おずおずと声に節をつけました。何となく、むずかしい祝詞よりは、神様に歌を捧げる神楽の方が、相応しいんじゃないかって思ったんです。(神楽って、歌ったり踊ったりすることだって、学校で習いました。あのときは、歌っただけなんですけど、やっぱり神楽っていって良いのか、ちょっと疑問です)
……わたしの行動って、間違っていませんよね、ネイラ様? スイシャク様とアマツ様も、すごくうれしそうな気配を漂わせながら、じっと見守ってくれたんですから、問題はありませんでしたよね? スイシャク様とアマツ様だったら、わたしの神楽が未熟でも、喜んでくれると思って良いですよね?
結果からいうと、わたしの神楽は、大失敗でした。何と、〈四方万里に〉って歌い出したところで、スイシャク様とアマツ様から、両肩に頭突きをくらってしまったんです。わたしは、〈非常なる音痴〉だから、無理に神楽にしないで、普通に祝詞にしなさいって。
憐れみの視線を投げかけながら、向いていない歌舞音曲よりも、祝詞で良いよって、慰めてくれるスイシャク様。必死に笑いをこらえながら、〈愛し愛し〉って、肩を震わせているアマツ様。二柱とも、ちょっとひどくないですかね……?
正直なところ、わたしって、ものすごい音痴ではあるらしいんです。お父さんが、料理を作っているとき、たまにアリアナお姉ちゃんに歌ってもらっているんだって、以前の手紙でも書いたと思います。お父さんってば、わたしも一緒に歌おうすると、きっぱり断るんですよ。〈すまない、チェルニ。料理の味だけは落とせない〉って。
神職の女の人って、優雅に神楽を奉納するイメージがあったんですが、どうやら、わたしには向いていないみたいです。王立学院を卒業したら、王国騎士団の事務官に応募するか、王城の事務官を目指すか、神霊庁への就職を希望しようと思っていたのに。これはもう、卒業後は事務官一択ですね、きっと。
ということで、また、次の手紙で会いましょう。最近は朝晩、かなり冷んやりするので、風邪に気をつけてくださいね。
楽器も踊りも苦手なので、わりとどうしようもないチェルニ・カペラより
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鈴を鳴らしたように可憐な声だと思う、チェルニ・カペラ様
きみのいう〈スイシャク様〉と〈アマツ様〉は、少しばかり配慮に欠けるのではないでしょうか。あの夏の日、天高く響き渡ったきみの声は、可憐さと力強さを合わせ持った、玲瓏たる美声でした。きみの声に秘められた魅力の前には、節回しのずれなど、大きな問題ではないのではないでしょうか。
きみが良ければ、いつか歌って聞かせてください。きみの声で歌われるのなら、さぞかし素晴らしいのでしょうし、もし本当に〈非常なる音痴〉なら、それはそれで是非とも聞いてみたいと思います。面白い……ではなく、愛らしいはずですからね。
きみのいう通り、神に奉納する神楽とは、歌ったり舞ったりするものです。歌だけを指すなら、〈神楽歌〉あるいは〈神事歌謡〉などと呼ばれる場合もあります。神事の一環として細分化され、複雑化された決まり事はあるものの、天上の神々は、あまりこだわっていませんので、きみも堅苦しく考える必要はありませんよ。
音程などよりも、優しく清い心を以て、自由にのびのびと歌ってくれれば良いのです。聞かせてもらえる日を、楽しみにしていますからね。
そういえば、きみが個性的な音階で歌い始め、〈スイシャク様〉と〈アマツ様〉によって、祝詞に変更した結果、新たな神霊が顕現したそうですね。〈アマツ様〉が、大喜びで知らせてくれました。しかも、顕現した姿が、パッチワークの羊の編みぐるみとは。〈アマツ様〉にイメージを見せてもらい、わたしは笑いが止まりませんでした。
きみが想像する神霊は、いつも楽しく愛らしい姿なのですね。きみの大好きな〈アリアナお姉ちゃん〉の編みぐるみも、愛しい記憶として、今もきみを暖めているのでしょう。本当に、微笑ましいことです。
では、また。次の手紙で会いましょう。わたしは、体調を崩した経験がありませんので、きみの方こそ、風邪に気をつけてくださいね。
次は、編みぐるみを作って、きみに贈ろうかと考え始めた、レフ・ティルグ・ネイラ