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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-3

 神去かんさりっていうのは、わたしたちルーラ王国の国民にとっては、ものすごく怖い言葉だ。神霊さんの恩寵おんちょうを失って、何の術も使えなくなること。神霊さんに見放されて、見守ってもらえなくなること。それを神去りっていう。
 
 何かの犯罪を犯したとか、意地悪な人だとか、それだけでは神去りになるとは限らない。わたしたちの目から見て、神霊さんの恩寵に相応しくないような人でも、神霊術を使い続けられたりするし、逆に立派な人だと評判だったのに、いきなり神霊さんに去られたりする場合もあるんだって。
 神霊さんの〈ことわり〉は、人間には理解できないくらい複雑で奥深いもので、神去りはその理によって起こるんだ。
 
 小さな子供の頃から、わたしたちは親や先生に教えられる。〈神霊さんに去られるような人間になっちゃいけない。誰が見ていなくても、神霊さんは見ているよ〉って。だから〈正しく生きなさい〉って。
 うちのお父さんとお母さんは、絶対にしなかったけど、〈神去りになるよ〉って言葉で怖がらせて、子供をしつける親も多いみたい。ちょっとしたトラウマになるから、是非やめてほしい。
 
 そういえば、町立学校の教科書には、昔の人が作ったらしい詩歌が、必ず太い文字で書かれていて、大抵のルーラ国民は暗唱できると思う。
 
『神去りて捨てらるる身の寄るなき あめにも地にも生きる瀬もなし』
 
 初めてこの詩歌を読んだとき、わたしはちょっとだけ神霊さんが怖くなったんだ。神霊さんは、優しいだけの存在じゃない。法律とかで罰せられるよりも、神霊さんの裁きの方が、ずっとずっと厳しいなって。
 人の決めた罰を逃れることはできても、神霊さんからの罰を逃れることは、きっと誰にもできないんだろう。
 
 ネイラ様の手紙を読んだわたしは、すぐにお父さんに相談した。この件の関係者だけなら、手紙の内容を教えてもかまわないし、お父さんには必ず伝えるようにって、ネイラ様が書いてくれたからね。
 
 話を聞いたお父さんは、少しも迷わないで、その日のうちに関係者を集めた。つまり、お父さんとお母さん、アリアナお姉ちゃん、フェルトさん、フェルトさんのお母さん、総隊長さんの六人。総隊長さんは、フェルトさんの親代わりみたいなものだ。
 家の応接室に来てくれた人たちに向かって、わたしと一緒に頭を下げてから、お父さんは単刀直入にいった。けっこうな緊急事態だし、何事も勿体ぶったりしない人なのだ、お父さんは。
 
「急にお呼び立てして、誠に申し訳ない。フェルト分隊長の出生に関係して、面倒ごとになる可能性が出てきてしまったので、皆さんに来ていただきました。フェルト分隊長やお母さんが、ご家族で考えたいということなら、情報の提供だけをさせてもらいます」
 
 お父さんの突然の言葉に、フェルトさんは大きく目を見開いた。フェルトさんのお母さんは、「えっ」っていう形に口を開いたまま、手のひらで胸を抑えた。他の人たちも、すごく驚いた顔をしている。当然だけど。
 一瞬の間を置いて、フェルトさんはきっぱりといった。
 
「お気遣いいただいて、ありがとうございます。厚かましいですが、わたしはカペラ家の皆さんのことを、もう家族だと思っています。守備隊に入隊した十八のときから、ずっと気にかけてくださった総隊長は、わたしの気持ちの中では父親以上の存在です。ご迷惑でなければ、ここで話し合いをさせてください。母も、きっと同じ気持ちです」
 
 おお。今日は、カッコいい方のフェルトさんだ。というか、アリアナお姉ちゃんのことでふにゃふにゃになっているとき以外、フェルトさんはいつもカッコいいんだけどね。
 フェルトさんのお母さんも、みんなで話し合いたいって、お父さんにお願いしてくれたので、お父さんは大きくうなずいた。
 
「わかりました。ありがとうございます。フェルト分隊長は、今、わたしにとっても息子になりました。そのつもりで、ご説明させていただきます。チェルニ」
「はい、お父さん」
「ネイラ様に手紙をいただいたのは、おまえなんだから、おまえの口から説明してくれ。できるな?」
「はい!」
 
 お父さんにいわれて、わたしは一生懸命に皆んなに説明した。ネイラ様がお礼の手紙に返事をくれたこと、それから文通するようになったこと、アリアナお姉ちゃんとフェルトさんの交際を知らせたこと。そして、二人の許可をもらって、フェルトさんのお父さんの事情を、ネイラ様に伝えたことまで、全部。
 
「そうしたら、いつもより早く、ネイラ様が手紙の返事をくださって、注意をするように教えてくれたんです。まだ公にされていない話だけど、うちの家族と直接の関係者だけなら、話してもいいからって」
 
 ここから先は、実際の手紙を読んでもらう方が早い。わたしは、ネイラ様がくれた手紙を大切に取り出して、それなりに長い文章を音読した。
 
『チェルニ・カペラ様
 
 いつも元気いっぱいの手紙を送ってくれて、どうもありがとう。
 
 きみの目を通して描かれる世界は、とても優しく美しく、興味深い物事に溢れていて、わたしまで楽しい気分になることができます。炎の神霊の御霊みたまも、すっかりきみが気に入ってしまって、しょっちゅうお邪魔していますね。もし、相手をするのが面倒なようなら、かまわないのでさっさと追い返してください。
 
 さて、楽しい話はここまでで、少しきみを不安にさせることを書かなくてはなりません。
 
 フェルト分隊長の父上は、亡くなったクローゼ子爵家のご子息ではありませんか? きみは、礼儀正しく名前を伏せていたけれど、先代のクローゼ子爵は有名な方です。近衛騎士団の中でも屈指の武人だったし、ご子息を亡くされていることも、王城ではよく知られている話なので、すぐにそうかと思いました。
 
 わたしの推測が正しければ、少し面倒なことになるかもしれません。きみの父上にこの手紙をお見せして、相談してみてください。もし、クローゼ子爵家のご子息でないのなら、どうか読み流してください。
 以下の内容は、特に秘密ではないものの、公にもなっていないことなので、きみのご家族とフェルト分隊長、そして直接の関係者に限っての話でお願いします。聡明なきみと、高潔なきみのご家族には、いうまでもないことでしょうけれど。
 
 実は今、クローゼ子爵家は、とても困った事態に陥っています。当代のクローゼ子爵とご子息ご令嬢、子爵の弟に当たる方とそのご子息ご令嬢、先代の子爵夫人といった方々が、ことごとく〈神去り〉になったのです。クローゼ子爵家の血縁で、神霊のご加護を失っていないのは、先代のクローゼ子爵お一人という有様です。
 
 近衛騎士団に奉職する貴族家が、神去りになるなど前代未聞であり、とても見過ごしにできることではありません。王家の処断によって、間もなく先代のクローゼ子爵が当主に復帰され、現当主は廃嫡はいちゃく。クローゼ子爵家の不名誉な噂は、王国中に広まるでしょう。
 そして、クローゼ子爵家の新しい後継者として指名されるのは、神霊術を使える唯一の直系となった、フェルト分隊長である可能性が高くなってくるのです。
 
 後継問題だけなら、それほど心配する必要はないとしても、神去りという異常事態に陥ってしまった一族なのですから、何か強引な手段に出ないとも限りません。根拠なく人を中傷するようで気が引けますが、わたしの知っている当代のクローゼ子爵なら、潔く身を処するとは考えにくいのです。
 
 わたしの方でも、詳しく調べてみます。きみの父上と相談のうえ、くれぐれも皆さんの身の回りに気をつけてください。きみも、少しでも不安なことがあれば、必ず紅い鳥に伝えてください。約束ですよ。
 
     きみの友達である レフ・ティルグ・ネイラ』
 
 前半と最後の部分は、別に読まなくてもよかったんじゃないかと、途中で気がついたんだけど、もう後の祭りだ。わたしは、いざっていうときに頼りやすいように、ネイラ様がわざわざ〈友達〉って書いてくれたことを含め、全部を読んで聞かせた。
 ネイラ様が初めてわたしにくれた言葉を、他の人に知られるのは、何だかちょっと嫌だったけど、非常事態だからしょうがない。
 
 読み終わったわたしは、お母さんが気を利かして渡してくれた、甘くて冷たいローズティーを一気に飲んでから、皆んなの顔を見回した。
 フェルトさんと、フェルトさんのお母さん、クマみたいな総隊長さんは、深刻な表情で沈黙している。
 豪腕のお母さんは、微妙に嬉しそうに微笑みながら、瞳をぎらぎら輝かせていた。これは、あれだ。誰かがお母さんを本気で怒らせて、反撃に出られるときの顔だ。まだ事件は起こっていないのに、もうやる気になってるよ、お母さん。
 
 フェルトさんと交際を始めてから、ずっと幸せそうな笑顔を浮かべていたアリアナお姉ちゃんは、とっても静かだった。特に表情も変えていないし、何もいわない。
 でも、十四年間も妹をやっているわたしには、はっきりとわかった。おっとりと優しくて、ろくに怒ったところを見た覚えのないアリアナお姉ちゃんが、激怒してるよ!
 
 わたしが動揺しているのを見たお父さんは、目でわたしの視線を追っていき、アリアナお姉ちゃんの様子に気づいた途端に、パキッと音を立てる勢いで固まった。
 うん。わかるよ、お父さん。お花の化身みたいに可憐なお姉ちゃんが、冷たい無表情になると、なぜだかとっても怖いんだね。
 
     ◆
 
 咳払いをして、気持ちを落ち着けたらしいお父さんは、フェルトさんにいった。
 
「急にこんな話を聞かされて、考えもまとまらないとは思うが、最初にひとつだけいっておきたいんだ、分隊長。ネイラ様が伝えてくださった情報は、とても重いものだ。このことによって、きみの状況が変わり、仮にアリアナとの縁を結べなくなっても、カペラ家として異議を申し立てるつもりはない。もちろん、アリアナの気持ちは別のものだが」
 
 急に何をいい出すの、お父さん?! アリアナお姉ちゃんは、今度こそ顔色を変えたし、フェルトさんなんて、あっという間に涙目になってるよ。
 
「カペラさん。いや、お父さん。それは、神去りになるような一族の血を引いた者には、アリアナさんを嫁がせられないということでしょうか。そうだとしたら、どうかチャンスをください。アリアナさんに相応しくなれるように、どんな努力もいたします」
 
 そういって、必死に頭を下げたフェルトさんを、お父さんは優しい声でなだめた。
 
「そうじゃない。そうじゃないんだ、分隊長。俺のいい方が悪かった。すまなかったな。俺がいいたかったのは、今の分隊長には、子爵家の後継に迎えられる可能性があるってことなんだ。そうなったら、平民のアリアナでは身分が不足する。神去りの不名誉があるなら、余計に貴族同士の結婚が必要だろう」
 
 ああ、なるほど。お父さんの言葉は、絶対に納得なんてできないけど、理解はできるものだった。
 ルーラ王国では、貴族と平民の結婚は、特に禁止されていない。しっかりとした身分制度はあるんだけど、神霊さんっていう絶対の存在がいるからか、他の国ほど厳しいものではないんだって。
 ただ、禁止されていないっていうことと、喜ばれるっていうことは、やっぱり違うからね。フェルトさんが貴族になって、平民のアリアナお姉ちゃんと結婚したら、色々と風当たりが強いと思う。それも、一族中が神去りになった後なら、もっともっといじめられるかもしれないんだ。
 
 黙って話を聞いていたフェルトさんは、お父さんが口を閉じた途端に、吠えるみたいな口調で断言した。
 
「わたしは、クローゼ子爵家が何といってこようと、子爵家を継ぐつもりなどありません。まして、それが理由でアリアナさんを失うなんて、考えられません。わたしにとって、アリアナさんは、身分なんかとは比べ物にならないほど価値のある人です」
 
 フェルトさんは、まったく迷うそぶりを見せず、はっきりと断言した。フェルトさんなら、きっとそういってくれるだろうって、信じてたよ。わたしの人を見る目は、年齢のわりに確かなんだ。
 お父さんも、とっても嬉しそうに目元をほころばせて、でも真剣に話を続けた。
 
「ありがとう、分隊長。アリアナの父親として、そういってくれるのは嬉しいよ。ただ、大変な出世であることは間違いないんだから、よく考えた方がいい。亡くなられたお父上も、そう望んでおられるかもしれないだろう」
「出世がしたければ、自分の力でやり遂げます。それに、若くして亡くなった父親は気の毒に思いますし、慕う気持ちがないとはいいませんが、クローゼ子爵家は別です。母に冷たく当たり、何の助けも与えずに追い出した人たちを、身内だとは思えません。いくら考えても、この気持ちが変わることはないと、誰よりも自分自身が知っているんです」
 
 心配そうに眉を寄せたまま、それまで黙って話を聞いていたフェルトさんのお母さんも、大きくうなずきながらいった。
 
「お気持ちはありがたいのですが、フェルトのいう通りなんです、カペラさん。アリアナさんと交際させていただくようになってから、息子は本当に幸せそうでした。あの家の後継になったら、フェルトの笑顔は失われます。母親として、フェルトを苦しめるような将来を選ばせたくはありません」
 
 うん。わたしもそう思う。単に貴族になるっていうだけなら、大きな出世だろうけど、クローゼ子爵家の人たちは、多分、フェルトさんのお母さんをいじめてた。そのうえ、お父さんが亡くなった途端に、小さなフェルトさんと一緒に着の身着のままで追い出したんだよ? 
 直系の一族が全員〈神去り〉になったからって、それだけで罰を受けるわけじゃないから、もしもフェルトさんが子爵になったら、ずっと一族の人たちと関わり続けることになるだろう。アリアナお姉ちゃんはもちろん、フェルトさんにだって、そんな環境にいてほしくないよ。
 
 お父さんは、お母さんやアリアナお姉ちゃん、それから総隊長さんとも視線を交わしてから、フェルトさんたちにいった。
 
「わかったよ、分隊長。お母さんのお気持ちも、よく理解できました。そういうことでしたら、フェルト分隊長とアリアナの未来を、わたしたちも全力で守る。本当に後継の話がくるかどうかはさておき、準備と警戒だけはしておこう」
「すまん、マルーク。おれからも礼をいう」
 
 そういってガバッと頭を下げたのは、総隊長さんだ。一緒にお酒を飲みに行ってるのは知ってたけど、お父さんを名前で呼ぶほど親しくなってたのか。
 
「フェルトは、初めてアリアナさんに会った五年前から、ずっと思い続けていたんだ。アリアナさんに一目惚れする男なんて、そりゃあ掃いて捨てるほどいるだろうが、フェルトは本当に一途に、アリアナさんが大人になるのを待ってたんだ。それに、サリーナさんをいじめ抜いたクローゼ子爵家に行っても、今度はフェルトが迫害されるだけだ」
 
 フェルトさんのお母さんは、やっぱりいじめられてたのか。というか、総隊長さん。さりげなくフェルトさんのお母さんを名前で呼んでるし、すごく事情に詳しいみたいじゃない?
 まあ、今は非常時だから、追求するのはやめておこう。
 
 それから、わたしたちは色々なことを話し合った。結果、何よりも大切なのは、それぞれの身の安全を図ることだし、なかでもアリアナお姉ちゃんとフェルトさんが標的になりやすいから、可能な限りの〈護り〉を付けようっていうことになった。
 これが他の国だったら、何の権力もない平民のわたしたちが、王都の貴族に対抗するなんて、絶対に不可能だったと思う。強い魔法使いだったとしても、いつも護りたい人の側にいられるとは限らないしね。
 
 でも、わたしたちの暮らしているルーラ王国は、この世界でたったひとつ、神霊さんと一緒に生きる国なんだ。印をくれた神霊さんは、わたしたちが道を間違えない限り、力を貸してくれるに決まってる。
 わたしは、ぎゅっと握った両手に力を込めて、しっかりと気持ちを固めた。大丈夫。フェルトさんとアリアナお姉ちゃんは、絶対に幸せにしてみせるよ!
 
「ともかく、今は情報を集めることが先決だ。王城の動きとなると、ネイラ様のご好意に甘えるしかないのが申し訳ないが、こればっかりは仕方ないだろうな」
「そうね、あなた。ただ、クローゼ子爵家の評判や資産状況、交友関係なんかは、こちらでもある程度は調べられると思うわ。何もわからないよりは、ずっと有利なはずよ」
「わたしも、商会を継いだ兄に頼んで、王都の噂を集めます。それから、メイド時代の仲間にも連絡を取りますわ。他の貴族家で働いている人もいるので、何か耳に入っているかもしれませんもの」
「こんなことになって、本当に申し訳ない。でも、俺は、どうしてもきみを諦めることなんてできないんだ。命に懸けて護るから、どうか俺から離れていかないでくれ」
「わたしこそ、あなたを諦めることなんてできません。長い間思っていたのは、わたしも同じです。どんな困難も危険も、あなたを失うことと比べたら、ものの数ではありません。わたしも、全力であなたをお護りします」
「俺が王都にいたときに、仲良くしていた奴らにも連絡をとってみよう。何しろ、近衛騎士団の幹部が神去りなんて、聞いたこともない一大事だからな。もう噂は流れ始めているはずだ。神去りになった事情がわかれば、こっちの手も打ちやすくなる」
「嬉しいよ、アリアナさん。いつも口ではうまくいえないけど、心の底からきみを思っている。俺には、生涯きみだけだ」
「分隊長。おまえは今日からフェルトだ。俺の息子になるんだから、これからは呼び捨てにする。おまえもカペラさん何ていわず、親父と呼べ。かなり早いが、もう許す」
「サリーナさん。今度、一緒にお買い物に行きません? そうだ。アリアナやチェルニも連れて、王都まで行きましょうよ。アリアナのお支度とか、チェルニの入学準備もあるし」
「アリアナさん。きみに手を取ってもらえただけで、俺は生まれてきて良かったと、心から思えるんだ」
 
 うわぁ。皆んな気合いが入りすぎて、話し合いが混沌としてるよ。フェルトさんなんて、どさくさ紛れにアリアナお姉ちゃんの手まで握ってるし。
 このままでは話が進まなくなるので、わたしは勢いよく手を上げて、皆んなの注目を集めた。わたしはわたしなりに、考えていることがある。わたしは優秀な少女だからね。
 
「はい! はい!」
「何だ、チェルニ。何かいいたいことがあるのか?」
「あります! あのね、クローゼ子爵家の情報が必要なら、いい方法があるよ。その一族の人たちに、見張りをつけておけばいいと思うんだ」
 
 全員でわいわい話していた皆んなは、揃ってわたしの顔を見る。お父さんは、ちょっと考えてから、確かめるみたいにいった。
 
「おまえの雀か」
「雀じゃなくて、雀を司る神霊さんだってば。でも、そう。王都にだって雀はたくさんいるはずだから、神霊さんにお願いして、クローゼ子爵家の人たちを見張ってもらおうよ」
「よく思いついたな、チェルニ。確かに有効な手だ。まさか雀が尾行しているなんて、誰も思わないからな」
 
 そうなんだ。依代よりしろである雀たちに、クローゼ子爵家を見張ってもらえば、相手の動きを予測できる。ルーラ王国のなかでも、雀の神霊術を使う人なんていないから、雀を疑う人もいない。万が一疑われても、ただの雀として飛んで逃げてもらえばいいだけなんだ。
 
 わたしは、大切に手に持っている手紙を、そっと指でなぞってみた。クローゼ子爵家の神去りを教えてくれたネイラ様は、自分も調べてみるって書いてくれた。ネイラ様のことだから、本当にそうしてくれるだろう。全力で、最速で。ネイラ様は、そういう人だって信じられる。
 でもね、わたしが嫌なんだ。ネイラ様に頼りっぱなしで、甘えているだけなのは嫌だ。わたしが幼い少女だからって、そういう一方的な関係ではいたくない。一生懸命に勉強して、もっともっと神霊術を磨いて、わたしもいつかネイラ様の役に立ちたい。一通一通、送られてくる手紙が増える度に、わたしはそう思うようになったんだ。
 
「しかし、それだけの神霊術を使い続けるとなると、かなりの対価になるぞ。大丈夫なのか、チェルニ。第一、雀がそれを受けてくれるかどうか、わからないだろう」
「うん。だから、神霊さんに直接聞いてみるよ。それが一番早いから」
 
 実は、ネイラ様の紅い鳥、炎の神霊さんの分体である存在に印をもらってから、わたしの中で何かが変わった。例えていうなら、今まで何重もの扉の向こう側にいたはずの神霊さんたちが、すぐ近くにいるみたいな感じがするんだ。
 試してみたことはないけど、雀を司る神霊さんとも、もっと近づける気がする。お父さんがうなずいてくれたのを確かめてから、わたしは雀の神霊さんがくれた印を切った。
 
「雀を司る神霊さん。ご相談したいことがあるので、聞いていただけませんか。対価は必要なだけの魔力と、足りないときは髪をちょっぴり」
 
 周りにいる皆んなには、いつもと同じに見えたと思う。でも、わたしには、はっきりとわかった。印を通してわたしと神霊さんを繋いでいた、微かで細い〈回路〉が、きゅるきゅると音を立てて広がっていったんだ!
 
 初めて紅い鳥の存在を感じたときみたいに、背筋がぞわっとして、髪の毛が逆立った気がした。とてつもない力を持った〈何か〉が、ここに現れようとしている。
 雀の神霊さんの霊力の欠片じゃなく、畏れ多くも分体が近づいてくるんだって意識した途端、綺麗な乳白色の光と共に、それは目の前に現れた。
 
 ふくふくと柔らかそうな白い羽毛に包まれた、お父さんの頭くらいの大きさのある巨大な雀が一羽、ふんって不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、テーブルの上にいたんだ。
 
 身体は純白なんだけど、羽の先は可愛い薄茶だし、くちばしとまん丸な目は、濡れたように光る黒曜石みたい。これって雀……なんだよね?

みんなにも読んでほしいですか?

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