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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-13

「ひーー!! いっ、今、何ていったの、チェルニ!! すっ、好きな人って、こっ、こっ、婚約って、嘘でしょーー!!」
 
 キュレルの街の往来に、ジャネッタの絶叫が響き渡った。わたしの唯一の親友であるジャネッタは、年齢のわりに落ち着いた子で、大きな声を出したりすることもめずらしいのに、横にいて耳が痛いくらいの声だった。
 ロザリーとの、あんまり会話にもならなかった話し合いや、ジャネッタからの〈憎んでいた〉発言で、わたしは、かなり傷ついていた。しばらくは回復できないんじゃないかって、自分でも心配になるくらいの落ち込み方だったんだけど、ジャネッタのものすごい絶叫に、そんな気分も吹き飛んだよ。 
 
「しーっ、しーっ、ジャネッタ! 声が大きいって!」
「しーしーって、トイレ?」
「だから、下品だって、ジャネッタ。トイレじゃなくて、ここは道の真ん中なんだから、絶叫しないでよ。むちゃくちゃ見られてるからさ!」
 
 〈あ〉の形に口を開けたジャネッタは、素早く周りを見回してから、慌てて黙り込んだ。そう、周りを歩いていた人たちも、お店を出している人たちも、全員がわたしたちに注目しているんだよ。当たり前といえば、当たり前だけどね。
 わたしたちは、無言のまま腕を組み、そそくさとその場を離れる。少し歩いたあたりで、ジャネッタが、声をひそめてささやいた。
 
「ごめん、チェルニ。でも、さっきのはチェルニが悪いんだよ。いきなり、ものすごいことをいうんだもん。驚きのあまり、卒倒しそうになっちゃったじゃないの」
「そこまで驚かれるとは、思ってなかったよ。同級生の中にも、何人か婚約したっていう子がいたし、これからも増えそうじゃない?」
「いや、だって、チェルニだよ? 一生、男の人を好きになることもなく、ご両親と仲良く暮らしそうだった、チェルニだよ? 美少女に生まれた意味がないって、クラスの女の子たちにあきれられていた、チェルニだよ? 好きな人ができたっていう発言だけでも驚愕きょうがくなのに、いきなり婚約って……」
「わたし、そんな感じに思われてたの?」
「うん。恋愛的な意味での発達は、三歳児くらいだと思ってたよ。しかも、成長しそうにない永遠の三歳児。それで、本当なの、さっきの話?」
「ジャネッタに嘘をつくわけないじゃない。本当だよ」
「教えてくれるの、わたしに? 話したくないなら聞かないし、秘密は守るよ?」
「知ってる。ジャネッタのことは、信用してる。全部話すけど、正式に発表されるまでは、黙っていてくれるとうれしい」
「了解! 任せて。さあ、じゃあ、話して!」
「……また絶叫されそうな予感がするから、家に帰ってからにするね。音を司る神霊さんにお願いして、わたしの部屋に防音の神霊術をかけてもらうから、それからだったら、どんなに絶叫しても良いよ」
「ほほう……。婚約するっていう事実以外にも、わたしが絶叫する可能性があるっていうこと? 楽しみだわ! そうと決まったら、早く帰ろう、チェルニ! 帰ろう、帰ろう! もう走っちゃう?」
 
 いきなり元気になったジャネッタに、腕を引っ張られるみたいにして、わたしたちは家に帰った。ジャネッタは、よく家に遊びに来ているから、お父さんもお母さんもアリアナお姉ちゃんも、にこにこして出迎えてくれた。ジャネッタの家にも、風の神霊術で連絡したから、時間はたっぷりあるんだよ。
 わたしは、お母さんとお姉ちゃんに、こっそりとお願いしておいた。レフ様とのことを、ジャネッタに打ち明けるから、晩ご飯の時間までは、誰も部屋に入ってこないでねって。お母さんとお姉ちゃんは、お揃いのエメラルドみたいな瞳をきらきらと輝かせて、〈女の子同士の秘密の話ね〉って、笑ってくれた。わたしは、そういう内緒話をした経験がほとんどなかったから、微笑ましいと思われたんじゃないかな。
 
 お父さんの手作りおやつ、宝石みたいな季節の果物パイの盛り合わせと、たっぷりの紅茶を持って、ジャネッタと二人、わたしの部屋にこもった。いつも一緒にいてくれるスイシャク様とアマツ様は、わたしの側を離れているみたいで、微かな気配が伝わってくるだけだった。天の星よりも高みにある、尊い神霊さんなのに、何かと配慮の行き届いた二柱ふたはしらは、友達と二人だけで話しなさいって、励ましてくれているんだろう。
 一つ目のパイを飲み込み、ずずずずずって紅茶を飲みほしてから、ジャネッタはにんまりと話しかけてきた。いつもは、わりと上品にものを食べる子なのに、今は冬眠前の熊みたいな勢いだよ、ジャネッタ……。
 
「糖分も補給したから、もう少々驚いても大丈夫だよ。さあ、チェルニ、教えて! 好きな人って、誰? わたしの知っている子? 最近、何か様子がおかしいとは思ってたんだよ。町立学校の子たちじゃないよね? いつから、好きな人なんてできたのよ? 水臭いんだから、チェルニってば。ああ、でも、婚約の話が出てるっていうことは、両思いなんだね? 良かったね、チェルニ!」
「ありがとう、ジャネッタ。でも……何だか、圧力がすごいよ」
「チェルニのご両親やアリアナさんは、このことを知っているんだよね? そうじゃなかったら、婚約の話なんて出ていないし、チェルニが家族に黙って、男の人と付き合うわけないもんね。ということは、素敵な人なんだよね、絶対に。中途半端な相手だったら、チェルニのお父さんとお母さんが認めないだろうし、アリアナさんなんて……重大事件を起こしそうで、考えるだけで怖いよ、チェルニ……」
「ははは。ジャネッタったら、冗談ばっかり。いや、まあ、わたしじゃ絶対に釣り合わない、素晴らしい人なんだけど、ご縁があったみたいなんだ。えへへ」
「チェルニが赤くなってる! すごい! 奇跡だ!」
「何で奇跡なのさ。失礼な。ともかく、順番に説明するよ。話が長くなるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん! 時間はたっぷりあるよ。チェルニの家だったら、うちのお父さんとお母さんは、何もいわないもん」
 
 身を乗り出し過ぎて、鼻息までかかってきそうなジャネッタに、わたしは、何もかも話そうと決めていた。わたしとレフ様との婚約は、神霊さんとのつながりを抜きにしては語れないし、神霊さんについて語るなら、〈神託しんたく〉の宣旨せんじを受けたんだって、打ち明けないわけにはいかないと思ったんだよ。
 運命の夏の日、子供たちの誘拐事件の捜査のために、キュレルの街の守備隊と、王都の王国騎士団に協力した話は、ジャネッタにも伝えてあった。その結果、レフ様に推薦してもらって、王立学院に進学するっていうことも、レフ様と文通しているっていうことも。フェルトさんとアリアナお姉ちゃんが、婚約するって決まったのも、ジャネッタは知っている。わたしたちが、まだ町立学校に通っている時期だったからね。
 
 アリアナお姉ちゃんの婚約から始まった、クローゼ子爵家の事件について、わたしは、できるだけ正確に経過を説明した。ジャネッタは、すごく心配そうな表情で、真剣に聴いてくれた。〈ひどすぎるよね、その人たち〉とか、〈それ、わたしが聞いちゃって良いの?〉とか、〈さすがに知りたくなかった〉とか、〈お姫様が可哀想すぎる〉とかいいながら。
 中でも、ジャネッタが目を輝かせたのが、スイシャク様の登場だった。アマツ様のことは、文通を始めたときに話していたし、〈神々しい真紅の御神鳥〉には、畏敬いけいの念でいっぱいになったみたいだけど、真っ白でふくふくの巨大雀は、可愛いものが好きなジャネッタの心を射抜いたんだろう。
 
 クローゼ子爵家の事件が、一応の解決を見せたとき、鏡越しに見たレフ様の姿に、こっ、恋を自覚した話をしたら、ジャネッタは、奇声を上げて絨毯じゅうたんの上を転げ回った。〈ぎゃー、甘酸っぱい!〉〈チェルニが、チェルニが!!〉〈嘘でしょーー!〉って、とにかく叫び声がすごかったから、わたしが、防音の神霊術を使っていなかったら、ご近所からも注目されたんじゃないだろうか。 
 フェルトさんが、大公家の後継あとつぎに望まれているっていう話題では、驚きながらも喜んでくれた。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、あまりにも美しすぎるから、大公家の後継の奥様になって、大公騎士団に守られていた方が安心だって、ジャネッタもいってくれたんだ。〈アリアナさんだったら、大公妃になっても、誰も不思議に思わないよ。美貌だけじゃなくね〉って。
 
 わたしたちが王都に行き、神霊庁を訪問して、コンラッド猊下げいかに出迎えてもらった話のあたりから、ジャネッタの表情が変わってきた。楽しそうだったり、興奮していたり、わくわくしていたりする顔から、怖いくらい真剣な顔へ。その表情は、町立学校を卒業したばかりの、十四歳の少女にしては、びっくりするくらい真剣で、緊張に満ちたものだったんだ。
 神霊庁の奥の奥、もっとも格式の高い神事を行うはずの部屋で、わたしが、コンラッド猊下から〈神託の巫〉の宣旨を受けたことを話したら、ジャネッタは、大きく身体を震わせた。そして、〈神威しんいげき〉であるレフ様に求婚されたんだって打ち明けたとき、わたしの唯一の親友であるジャネッタは、〈あ〉の形に口を開いたまま硬直し、しばらく身動きもしなかった。
 わたしは、レフ様との婚約話をすれば、喜んでもらえるものだと思っていた。ものすごく驚かれて、めちゃくちゃにからかわれて、あれこれ聞かれて、心から祝福してもらえるものだと思っていたんだ。
 
 一つ、大きな息をいてから、〈おめでとう〉〈良かったね〉って、ジャネッタは笑いながらいってくれた。その微笑みは優しくて、大人っぽくて、どこにも嘘はなかったと思うけど、わたしは、ろくに聞いていなかった。わたしは、ジャネッタの額に目を奪われていたから。
 今まで、一度だって見えたことがなかったのに、このとき、ジャネッタの額には、深い森を連想させるような、澄んだ深緑で書かれた文字が、ほのかに光りながら浮き上がっていたんだよ。〈祐誓ゆうせい〉って……。
 
     ◆
 
 ジャネッタの額の文字を見つめていると、いつもより遠く感じるところから、スイシャク様とアマツ様のイメージが降ってきた。〈の者は、雛が《祐誓》也〉〈《祐誓》とは、雛をたすけんとぞ誓いたる者〉〈其の者が望みし故、神の力て加護をさずけん〉〈雛を守りし一翼いちよくと成らん〉って。
 わたしの唯一の親友であるジャネッタは、大き過ぎる運命の渦に巻き込まれて、きりきりと翻弄ほんろうされるわたしを、遠ざけるつもりはないらしい。それどころか、わたしを助けようって、誓ってくれているみたいなんだ。
 
 あまりにもありがたくて、うれしくて、どうしようもなかったから、わたしは、大声を上げて泣きながら、ジャネッタに抱きついた。ジャネッタは、ぎゅっと、わたしを抱き返してくれた。〈え? ええ?〉とか、〈いや、わたし、何かした?〉とか、〈お願いだから、泣き止んで、チェルニ。アリアナさんがいるのに。怖い、怖い。怖いってば!〉とかいいながらだけどね。
 実際のところ、何がどうなって、ジャネッタがわたしを助けようって決心してくれたのか、ちっともわからなかった。ただ、ロザリーとの話し合いは、自分で思うよりも、ずっとずっと、わたしの心の傷になっていたみたい。ジャネッタの小さな手で、優しく背中を撫でられるうちに、わたしは、ようやく安心することができたんだ。
 
 お父さんのおいしい果物パイを食べながら、わたしとジャネッタは、たくさん話をした。〈神託の巫〉については、わたし自身、わからないことばっかりだったから、コンラッド猊下げいかやヴェル様が話題の中心だった。読書家のジャネッタは、〈執事と騎士の物語〉の愛読者なので、執事であるヴェル様の存在に、ものすごく興奮していた。
 ジャネッタは、あんまりレフ様について聞いてこなくて、それはすごく意外だった。わたしが照れちゃって、絨毯でごろごろ転がるから‥‥っていうより、身体が震えてくるんだって。レフ様のお名前を聞いて、レフ様を思い浮かべるだけで、あまりのおそれ多さに、ふらふらするらしい。神霊術が得意で、知恵の神霊さんの印をもらっているジャネッタは、きっと並外れて感覚が鋭いんだろう。
 
 外が薄暗くなって、晩ご飯の時間が近くなった頃、ジャネッタは、家に帰っていった。本当だったら、スイシャク様とアマツ様を紹介して、お父さんのおいしい晩ご飯を食べてほしかったんだけど、今日は町立学校の卒業式だった。ジャネッタの家でも、お祝いのご馳走を用意しているだろうから、あんまりわがままはいえなかった。
 近いうちに、泊まりがけで話をしようって、固く約束をして、わたしはジャネッタを見送った。別れ際、〈じゃあね、チェルニ。わたしも、今から挑戦してみるわ〉って、謎の宣言をしたとき、ジャネッタの額で、またしても〈祐誓〉の文字がきらめいたのは、なぜだったんだろうね……。
 
 その夜のご飯は、家族四人とスイシャク様、アマツ様だけの、こじんまりとしたものだった。たくさんの人に集まってもらって、お祝いをするのも楽しいけど、記念の日に家族だけでゆっくり食卓を囲むのも、すごく良い思い出になると思う。お父さんの料理も、そんなに品数は多くなくて、本当にいつもの晩ご飯で、お父さんも一緒に席について、ゆっくりと談笑したんだ。
 バターの香りのする焦げ目が魅惑的な豚肉のソテーには、甘味と苦味が絶妙なマデラソースが回しかけられていて、付け合わせは王道のブロッコリーとにんじんの甘煮。オリーブオイルをまとって輝くサラダは、トマトとアボカドとモッツァレラチーズを混ぜ合わせたもので、わたしの大の好物なんだ。もう一種類のサラダは、緑の香草を盛り合わせた上に、でた海老とナッツを乗せてあって、爽やかな苦味がたまらなくおいしい。湯気を上げているスープは、野菜と昆布だけで出汁だしを取り、塩胡椒で味付けをしただけのものなのに、思わずため息が出ちゃうくらい、味に深みがあるのは、どうしてなんだろうね。
 生まれたときから食べているのに、一度も飽きたことのない焼き立てパンは、定番の田舎パンと、ハーブを練り込んだパンの二種類だけ。お客さんが来たときと比べると、種類は少ないけど、毎日食べるには、これくらいが良いと思うんだ。スイシャク様とアマツ様も、上機嫌な様子で、たくさん食べてくれたしね。
 
 そして、マデラソースをたっぷりからめて、スイシャク様とアマツ様に、何口目かの豚肉のソテーをお給仕しているとき、わたしの大好きなお母さんが、あっさりと重大発表をしてくれた。
 
「あのね、子猫ちゃんが、ジャネッタちゃんとお話している間に、王都からお手紙が届いたのよ」 
「手紙? ひょっとして、わたしとレフ様の、こっ、婚約のこと? ネイラ侯爵家から、何か連絡があったの?」
「いや、違うぞ、チェルニ。おまえの、こっ、婚約は、ゆっくり進めれば良いからな。お相手がお相手なんだから、面談の日付を決めるだけでも、かなりの日数がかかるんじゃないか? 今は年の瀬も近くて、何かと慌ただしいだろう? ゆっくりと年を越して、暖かくなる頃を待って……来年の夏頃にでも、最初の顔合わせをしたらどうかな。そう思うだろう、ローズ? それくらいで良いよな? な?」
「今はまだ秋ですよ、ダーリン? ネイラ侯爵家の皆様とのお顔合わせは、子猫ちゃんが王立学院に入学する前には済ませて、正式に婚約するに決まってるでしょう? 本当に困った人なんだから。ああ、でも、今日のお手紙は、別の方からなの。オディール様とマチアス閣下から、打診されたのよ。三日後に、王城までお越しいただけませんかって」
「王城? 王城って、あの王城のこと?」
「ええ。われらがルーラ王国が誇る〈白鳥城〉。千年以上、戦火に焼かれたことのない、〈千年不変せんねんふへん〉の王城よ」
「どうして? 誰が行くの? オディール様とマチアス様からの手紙っていうことは、お姉ちゃんの婚約に関係するんだよね?」
「その通りだ、チェルニ。今回は、宰相閣下からのお呼び出しらしい。ルーラ元大公に代わり、オディール様がにょ大公となられるにあたって、後継者に望まれたフェルトと、その婚約者であるアリアナにも、話を聞きたいとの仰せなんだ」
「うわぁ……。何だか、聞いているだけで緊張するね。大丈夫、お姉ちゃん? まあ、アリアナお姉ちゃんは、いつでも、どこでも、何があっても大丈夫な人だと思うけどね。わたし、応援しているからね、お姉ちゃん」
「ありがとう、チェルニ。緊張してしまうけど、頑張ってくるわね。フェルトさんが、王城でも離れずに、そばにいるっていってくれているし」
「おお! さすが、フェルトさん」
「わたしの可愛いお花ちゃんなら、どこに出しても大丈夫よ。それに、内々ないないの聞き取りだから、人目に触れないように配慮してくださるそうよ。今の王城は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっているから、かえって都合が良いんじゃないかって、宰相閣下が仰せになっているんですって」
「へえ? 王城で何かあったのかな? 大変だね、宰相閣下も」
 
 わたしが、何気なくいうと、お父さんとお母さん、アリアナお姉ちゃんは、揃ってため息を吐いた。スイシャク様は、ふっっっす、ふっっっすってむせこんでいるし、アマツ様からは、ちょっと強めの頭突きをされてしまった。あれ? あれれ? わたしってば、何か変なことをいったんだろうか?
 お父さんは、清潔に整えられた指で、ぐりぐりと眉間みけんをもみながら、あきれた口調でいった。
 
「あのな、チェルニ。王城が騒がしい原因は、半分はおまえだよ。残りの半分は、ルーラ元大公とクローゼ元子爵の事件の影響だから、どちらにしてもうちが関係しているわけだ。厄介やっかいなことにな」
「ええ? わたし? ルーラ元大公はわかるけど、わたし? 今日、町立学校を卒業したばっかりの十四歳の少女だよ、わたし。もしかして、首席で王立学院の入試に合格したから? でも、それぐらいで?」
「首席合格は、それぐらいじゃないぞ、チェルニ。すごく立派だった。でも、それ以前に、もっと大変なことが起こっただろう。忘れちゃったのか? おまえは、コンラッド猊下から、畏れ多くも〈神託の巫〉の宣旨を賜ったんだぞ?」
「あ……忘れてないよ、お父さん。もちろん、忘れるはずがないんだけど、いろいろありすぎて、ちょっと頭から抜けてたみたい。へへ」
「おれの可愛いチェルニは、そういう娘だよな……。まあ、良い。ともかく、コンラッド猊下が〈神託の巫〉の宣旨を下されたことは、すでに王都中の貴族の噂になっているらしい。ルーラ元大公が捕らえられた事実も、王城で公表されているそうで、誰もが固唾かたずを飲んで神霊庁の裁判を待っているらしい」
「……お父さんのいう通り、王城が騒がしいのって、ほとんどカペラ家に関係する話だね。普通の平民の一家なのにね、うちって。えっと、王城には、お父さんとお母さんも一緒に行くの?」
「いや、今回は、アリアナだけだ。オディール姫とマチアス閣下、フェルト、アリアナ。王城では、宰相閣下と法務大臣閣下がお迎えくださるらしい」
「神霊庁のコンラッド猊下も、お立ち合いをしてくださるそうよ、子猫ちゃん。猊下からも、お任せくださいって、それはご親切なお手紙を頂戴ちょうだいしたわ。畏れ多いことにね」
 
 お父さんたちの説明によると、王城では、まず、オディール姫への大公位の委譲いじょうが内示される。それから、フェルトさんを後継者、アリアナお姉ちゃんを結婚相手として認めてもらえるよう、正式にお願いするんだって。
 もともと、数日のうちには、王都に引越しをする予定ではあったけど、わがカペラ家の毎日は、相変わらず波乱に富んだものになりそうなんだ……。
 

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