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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-8

04 アマーロ 悲しみは訪れる|8 儀式の間

 ロジオン王国の誇る魔術の殿堂、王国中から選りすぐりの魔術師達を集めた叡智えいちの塔には、〈儀式の間〉と呼ばれる空間がある。鬱蒼うっそうと茂る樹木と目眩めくらましの魔術陣によって、幾重にも隠蔽いんぺいされたその空間は、叡智の塔の裏庭に建つ儀式用の別棟である。二十セルラの四角形の構造で、中央部に造られた吹き抜けの塔頂部もまた、二十セルラの高さとなっている。詰まり、召喚魔術の舞台となる儀式の間は、正確な正四角錐形の建築物なのである。

 外側から眺めると、儀式の間は異様な程に白く輝いている。魔術師と名乗る者なら、叡智の塔の内部に張り巡らされた高価な燐光石りんこうせきよりも更に希少な純白の白輝石を、惜し気もなく外壁に使っている事実に、驚愕きょうがくせずにはいられないだろう。魔力伝導率に優れた白輝石といえども、元々の形は大小様々にいびつであるはずなのに、内側にも外側にも全く継ぎ目は見当たらない。有り得ない程に巨大な一枚の白輝石を、三角形に切り出して組み合わせたかのようで、何処どこか不自然な建物だった。

 別棟の大部分を占める儀式の間には、一見すると扉らしきものは見当たらない。実際、儀式の間に出入りするには、叡智の塔の奥深くに造られた専用の転移魔術陣を使うしか方法がなかった。儀式の間に足を踏み入れることを許されるのは、叡智の塔で認められ、その最奥の転移魔術陣に立った者だけなのである。
 塔の内部に足を踏み入れると、其処には見る者を圧倒せずには居られない光景が広がっている。正四角錐の巨大な壁は、やはり純白に輝く白輝石である。石自体が発光する性質を持っている為、儀式の間には照明というものは取り付けられておらず、ただひたすらに白い、霞むがごとく発光する空間が広がっているのだった。

 一方、白輝石を敷き詰めた正四角形の床に目をると、中央部に三十セリア角の四角形の聖紫石が埋め込まれ、ほのかな紫色の光を発していた。スヴォーロフ侯爵が用意し、ダニエが魔術陣の術式を刻み込んだ聖紫石を、四角に削って形を整えたものである。聖紫石を中心点とした直径十セルラの真円を描いた線上には、十五セリア四方の四角の青光石が十二個、正確に十二等分した位置に埋められており、白一色に染め上げられた儀式の間に於いて、異質な存在感を放っていた。

 その真円を儀式の場とすると、四方にしつらえられた白輝石の腰掛けは、儀式を見ることを許された者の為の、謂わば観覧席である。背もたれも装飾もなく、長方形に整えた白輝石が置かれただけの腰掛けは、四角の一片に五つずつ置かれている。ロジオン王国の歴史の中、王城でぜいを極めた国王であっても、儀式の間に他の椅子を持ち込んだ例は一度もなかった。椅子の一つにさえ魔術的な意味が有るのだと、王城に身を置く程の者であれば、誰もが理解していたのである。

 夜の気配が一層色濃く垂れ込める中、白々とした光を強めたかに見える儀式の間で、ダニエを始めとする叡智えいちの塔の魔術師達は、最後の確認作業に追われていた。召喚魔術の開始時刻まで残り三十ミラに迫り、もうしばらくすれば関係者が入場してこようかという時刻である。

 この日のダニエは、次席魔術師が着る深緑のローブを羽織っていた。その顔は青白く、目元には色濃く隈が浮かんでいたものの、表情は落ち着いていた。召喚魔術の行使が決定してから約一月、常に心身をさいなんでいた緊張と焦燥は既に消え去り、全力を尽くした後の達成感が、ダニエを満たしていたのである。
 聖紫石の術式を確かめ、十二個の青光石の一つ一つに足を運んでいたダニエの下へ、配下の魔術師の内の一人が足早に歩み寄った。ダニエに忠実な魔術師は、王城から告げられた急の知らせを持ってきたのだった。

「次席魔術師閣下に申し上げます。先程、タラス・トリフォン伯爵閣下より叡智の塔へ、先触さきぶれが参りました。誠に急なことながら、国王陛下が召喚魔術を御覧になりたいとおおせになり、御臨席なされるそうでございます。国王陛下は定刻の五ミラ前に叡智の塔に御出で遊ばされ、儀式の間への転移魔術陣に御立ちになられます」

 一瞬顔を強張こわばらせたダニエは、ぐに平常心を取り戻し、青白い頬を微かに上気させた。宮廷魔術師としてゲーナを超え、ロジオン王国の正史に〈偉大なる魔術師〉として名を刻む為には、国王の臨席はこれ以上ないほまれだったのである。

「承知した。誠に恐れ多きことながら、陛下の御臨席に魔術師一同歓喜しております、と御答えせよ。他に御臨席の皆様方には、トリフォン伯から御知らせになっておられようが、転移魔術陣を発動する前に、叡智の塔からも御報告申し上げよ」

 ダニエの返答を受けて、伝令役の魔術師が素早く立ち去る。ダニエは、次に儀式の進行を任せた部下を呼び、矢継ぎ早に新たな指示を出した。

「陛下の御臨席に際して、観覧の席次を変更する。魔術師団長の正面に当たる腰掛けには、陛下が御座りになられる。トリフォン伯や護衛騎士は、陛下の背後に立たれよう。陛下から見て右側にアリスタリス王子殿下御一行、左側にアイラト王子殿下御一行。陛下の真向かいには、私が立つ。儀式に参加せず、何かのときの為にと控えを指示した魔術師達は、私の後ろに並ぶように。多少儀式が遅れても構わない。慌てず、落ち着いて準備を進めよ」
かしこまりました。魔術師団長閣下は、いつ頃御呼び致しますか」
「そろそろ頃合いだろう。儀式の間に御越し頂け」
「畏まりました」

 叡智えいちの塔の十三階、ロジオン王国の魔術師団長の為だけの執務室へ、足早に向かう部下の背中を一瞥いちべつしてから、ダニエは、己の補佐を務める魔術師に言い付け、儀式の間に集まった全ての魔術師を呼び集めさせた。階級に見合ったローブ姿の魔術師達は、補佐役の命ずるまま、全員が前に整列する。召喚魔術を行使する予定の時刻まで残り二十ミラ、観客達の入場が始まる間際の時間である。ダニエは、居並ぶ魔術師達に向かって明瞭な声で語った。

「皆、今日までの長い時間、多くの準備を御苦労だった。今宵は有史以来初めて、我がロジオン王国に於いて召喚魔術が行われる。これは、我が曽祖父そうそふにして先代の魔術師団長であったヤキム・パーヴェルが、長く念願としていた術であった。召喚魔術の実現によって、魔術の進化は今後一気に加速するに違いない。この歴史的な儀式を行った我々は、必ずや魔術史とロジオン王国の正史に名を刻むことになるであろう」

 三十人を超える魔術師達は、る者は歓喜に頬を紅潮させ、また或る者は青白い顔を強張こわばらせて、ダニエを注視した。彼らの表情を全て記憶しようとでもするかのように、ダニエはゆっくりと一人一人に視線を投げ掛けてから言った。

「只今から、我らは召喚魔術の準備に入る。今回の儀式には、この上もなく尊き賓客ひんきゃくを御迎えする故、転移魔術陣の前に整列して御出迎えするとしよう」

 ダニエの言葉に、魔術師達は滑らかに移動していった。転移魔術陣が刻まれた場所に並ぶと、静かに観客の訪れを待つ。間もなく魔術陣がほのかに青く光り、最初の客として現れたのは、スラーヴァ伯爵とミカル子爵、そして待ち合わせていた数名の供の者だった。ダニエを始めとすると魔術師達は、両手を胸の前で交差させ、魔術師としての礼を取った。

 スラーヴァ伯爵らが所定の場所に案内されると、次は深い黄色のローブをまとったゲーナが姿を見せた。儀礼的な真似を嫌うゲーナは、嫌そうな顔を隠そうともせず、眉をひそめたままダニエの横に立つと、冷ややかに言った。

「ダニエよ、この者達は何の為に整列しているのかね」
勿論もちろん、御客様を御出迎えする為です。恐れ多くも国王陛下を始め、御二人の王子殿下や宰相閣下、クレメンテ公爵閣下が御臨席になられるのです。我らが礼を尽くして御出迎えするのは、至極当然のことでございましょう。わたくしは逆に、何故それを御たずねになられるのかが、全く以て不思議でございます」
「重要な儀式前の魔術師が、精神統一もせずに儀礼を行う、か。そもそも儀式に観客を呼ぶ意味が分からないと、私は言っているのだよ」
「皆様方の御希望でございます。それに御応えするのも、王国に忠誠を誓う魔術師としての義務でございましょう。第一、尊き方々に御覧頂ければ、叡智えいちの塔の皆も一層力が入るというものではありませんか」
「いっそ気持ちが良い程に、私とそなたは反りが合わぬな。そなたが何を言っているのか、私には全く理解出来ないよ、ダニエ。魔術の深淵しんえんを目指すべき魔術師には、王城の政治など無縁のものであろうに。御苦労なことだ」

 大きな溜息を吐き、あからさまに揶揄やゆするゲーナに、ダニエが思わず言い返そうとしたとき、三度転移魔術陣が仄青く光り、アイラト達一行が現れた。常にも増して秀麗なアイラトとクレメンテ公爵、宰相スヴォーロフ侯爵、ダニエの父であるパーヴェル伯爵と、それぞれの共の者達である。魔術師達が揃って深々と礼を取ると、クレメンテ公爵が満足気にうなずきながら、ダニエに声を掛けた。

「準備は万端のようで何より。今宵は思いがけず陛下の御臨席を賜ったのだから、存分に成果を上げるのだな、ダニエ。我らも見届けておる故、見事そなたの曽祖父そうそふの念願を叶えてみよ。ゲーナは王家との約定により、全身全霊で召喚魔術の成功に努めるが良い」

 ダニエは喜びをたたえた笑顔で、ゲーナは一片の熱も感じられない無表情で、アイラト達を見送った。次に現れたアリスタリスは、アイラト達一行の数の多さを目に止めるや、わずかに眉をひそめただけで口を開かず、護衛騎士を伴って席に着いた。

 そして、最後に姿を見せたのは、勿論もちろん、ロジオン王国の国主たるエリク王の一団である。魔術師達は全員が両膝を突き、両手を胸元で交差させたまま深く頭を下げた。また、先に席に案内されていた者達も、二人の王子以外、片膝を突いて礼を示した。アイラトとアリスタリスは、いずれも片手を胸に当て、やはり目線を下げて礼の姿勢を保つ。只でさえ張り詰めていた空気は、更に緊張を高め、呼吸すらはばかられる程だった。

 エリク王は、微かな衣擦れの音をさせるだけで、優雅に歩を進めた。王冠も被らず、王笏おうしゃくも手に持たないエリク王が、最も上座に当たる腰掛けに座ると、ただの白輝石の塊でしかない腰掛けが、宝玉の埋め込まれた玉座であるかのごと豪奢ごうしゃに見えた。巨大なロジオン王国の頂点に君臨する絶対君主の名に恥じない、堂々たる王の風格であり、仰ぎ見る者の心を騒がせて止まない、したたるばかりの艶やかさであった。儀式の間に集う、全ての者の耳目を惹き付けながら、エリク王は言った。

「皆、大儀。今宵は急に思い立って、余も見物させて貰うことにした。ゲーナよ、ロジオン王国の王として命ずる。召喚魔術の成功の為に全力を傾けよ」

 エリク王に命じられた瞬間、ゲーナはの胸元が熱を持った。前魔術師団長だったヤキム・パーヴェルによって刻まれた、契約の魔術紋が発動したのである。一切の反抗を許さない絶対的な契約に縛られ、全力で召喚魔術を成功させるよう強制されたゲーナは、その屈辱を欠片も感じさせない表情で悠然ゆうぜんと答えた。

「御意にございます、陛下。ゲーナ・テルミンの全身全霊の魔力をちまして、召喚魔術を行使致します。陛下の忠実な臣下として、御誓い申し上げます」

 重々しく頷いたエリク王は、一瞬だけゲーナを凝視してから、そのかたわらで膝を突くダニエに視線を向け、鷹揚おうように言った。

「此度の召喚魔術を主導するのは、次席魔術師のダニエ・パーヴェルであったな。ダニエよ、余はこの場で見ておる故、余に構わず儀式を始めるが良い」

 エリク王に名を呼ばれたダニエは、感激の面持ちでほのかに頬を染めた。エリク王に向かって再び礼を捧げ、無言の内に王への賛辞と忠誠を捧げてから、ダニエは高らかに宣言した。

「陛下の有難き御言葉をたまわりまして、只今より召喚魔術の儀式を始めさせて頂きます。御着席になられます皆様は、どうぞ御掛け下さいませ。この儀式の間の座席周辺には、魔力を遮断する不干渉の魔術陣が刻まれており、発動後は儀式の間でどのような魔術が行使されましても、皆様に影響を及ぼしは致しません。また、儀式の間の中の音は皆様に聞こえますものの、座席からの音は中には聞こえない仕組みでございますので、多少は御話をなされても結構でございます。どうか平静な御心を以て、歴史的な儀式を御覧下さいませ」

 そう言って深く頭を下げてから、ダニエは魔術師達に向き直った。上気した頬は既に白く、ダニエの全身から覇気と緊張が立ち上る。次に発せられたダニエの第一声によって、召喚魔術が開始されたのである。

「第一の聖なる三角形を描く者は、定められた場におもむけ」
 ダニエの声が朗々と儀式の間に響くと、黒いローブを目深に被った魔術師達が三人、静かに立ち上がって足を進め、真円の最北の位置から順に一番目、五番目、九番目の青光石の上に立った。ダニエは続ける。

「第二の聖なる三角形を描く者は、定められた場に赴け」

 再び、魔術師達の中から新たな三人が音もなく進み出て、二番目、六番目、十番目の青光石の上に立った。

「第三の聖なる三角形を描く者は、定められた場に赴け」

 次の三人の魔術師も、視線を伏せたまま魔術陣の中へと歩み出し、微塵みじんの迷いもなく三番目、七番目、十一番目の青光石の上に立った。

「第四の聖なる三角形を描く者は、定められた場に赴け」

 最後と思しき三人の魔術師が、沈黙のまま四番目、八番目、十二番目の青光石の上に立つと、真円の上に等分に埋め込まれていた十二の青光石の位置が、全て魔術師で埋め尽くされた。白く発光する空間の中で、それぞれに黒いローブをまとった魔術師達の姿は、黒い染みにも似て、否応なく儀式の異質さを浮き彫りにしているかに見えた。
 魔術師達の配置を素早く確認したダニエは、おもむろにゲーナを振り返った。ゲーナは、ダニエが口を開く前に動き出し、少しの緊張もうかがわせない確かな足取りで、儀式の間の中心点、四角の聖紫石の埋め込まれた場所へと歩いて行った。

 それを見たダニエは、自らも足を進め、エリク王の向かい側、ゲーナからは後正面に当たる位置に立った。召喚魔術の準備は、こうして全てが整ったのである。針の落ちる音さえも聞こえそうな静寂の中、ダニエは遂に儀式の開始を宣告した。

「定刻に至り、只今から召喚魔術を執り行う。第一、第二、第三、第四の聖なる三角形を描く者は、順に魔力を注げ」

 ダニエの合図に反応して、最初に移動した三人、即ち一番目、五番目、九番目の順に、魔術師達の足下から青白く光る線が延び、白輝石を敷き詰めた儀式の間の床に正確な三角形を描き出した。魔術師達が注いだ魔力が、足下の青光石を触媒しょくばいとして、魔術陣を起動させようとしているのである。
 続いて第二、第三、第四の順に、それぞれ三人の魔術師達が魔力を注ぎ、青白く光る線によって次々に三角形が描き出されて行く。十二人の魔術師によって繋がれた光線は、四つの三角形を組み合わせた星形、詰まりは青白く輝く十二芒星の形となったのだった。

 召喚魔術の魔術陣が、問題なく起動しようとする様子を確認したダニエは、深緑の次席魔術師のローブの中から、片手で握り込める程度の大きさの聖紫石を取り出すと、右の掌に載せて一気に魔力を流し込んだ。魔術師にとっては重要な意味を持ち、見物の貴顕きけん達には理解の難しい言葉を、ダニエは滑らかに詠唱する。

「発動の鍵を譲渡。召喚魔術の術式を聖紫石に刻みし者、ヤキム・パーヴェルの曽孫ひまごにしてオニシム・パーヴェルが息子、ダニエ・パーヴェルからゲーナ・テルミンへ。譲渡権限、規定術式の発動、必要魔力供給。発動後の設定変更不可。発動後の中止不可。鍵の譲渡開始。鍵はヴァシーリ〈王〉。これより召喚魔術を行使する」

 ダニエの宣言と共に、掌の聖紫石から紫色の光が放たれ、ゲーナの掌に小さな竜巻となって渦巻いた。ゲーナはその渦を握り締め、たった一言〈ヴァシーリ〉とだけ呟くと、全力で足元の聖紫石に魔力を流し込み始めた。百年に一人、千年に一人の天才と呼ばれ、その膨大な魔力は、歴史上でも並ぶ者がないと言われてきたゲーナである。たちまち聖紫石は強く発光し、ダニエによって刻まれた複雑な術式を発動させた。

 召喚魔術の発動と同時に、観客席の周囲にあらかじめ用意されていた、魔術の影響を遮断する為の魔術陣も発動した。瞬く間に透明な膜の如きものが張られ、正十二角形の魔術陣との間に魔術的な障壁が築かれたのである。少しも視界は遮られないまま、儀式の間と観客席との間で、確かに空間は隔てられていた。

「召喚魔術は正常に発動致しましたので、皆様の御席には防御の魔術が展開されました。これより先、儀式が終わるまでの間は、皆様の御声は聞こえず、緊急の場合を除き、そこからは御退席頂けません。御協力の程、よろしく御願い申し上げます」

 ダニエは、熟練の旅先案内人を思わせる口調で言った。ダニエの手慣れた説明によって、儀式の厳粛さはいささか損なわれ、代わりに魔術に疎い観客でも興味を持って見られるであろう、一幕の劇のごとき高揚感が場を支配した。

「これより先は、異世界や異次元を隈なく捜索し、我らの召喚魔術に適合する対象を選び出します。即座に見つかる場合もあれば、しばし時間を要する場合もございます。いずれにしろ、魔術的には時間の概念は伸縮するものでございますので、長くは御待たせ致しませんでしょう。対象者さえ見つけ出せれば、次はいよいよ召喚と相成ります」

 一方のゲーナは、ダニエの言葉に耳を傾ける素振りもなく、周囲の喧騒けんそうには目もくれず、魔術の行使に集中していた。聖紫石の発する紫の光は、儀式の間の塔頂部を突き抜け、目もくらむ程の輝きを放ちながら、満天の星空に向かって一気に駆け昇っていく。比類なき天才、ゲーナ・テルミンだけに可能であろう、圧倒的な力強さと美しさに満ちた魔術だった。

 やがて、星空に吸い込まれるように消えた光は、ゲーナの膨大な魔力を刻一刻と消費しながら、次元の壁を超えようとしていたのである。