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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 45通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 前回のネイラ様の手紙は、かなり衝撃的でした。校長先生が、そんなに有名な人だったっていうのも、驚きといえば驚きでしたけど、〈只者ただものじゃない〉っていうのは、何となく感じてましたからね。わたしが唖然としたのは、むしろ校長先生の年齢の方なんです。

 六十代っていったら、そんなにおじいちゃんじゃありませんよね? 高齢者の前期っていうか、高齢者になりかけっていうか、高齢者の新人っていうか。ともかく、寿命の心配なんて、あんまりしなくてもいい年代だと思います。校長先生ってば、あんなにおじいちゃんぽいのに!
 でも、よくよく思い出してみると、確かにお肌なんて、わりとつるつるなんですよね、校長先生。身体が悪いとか、聞いたこともないし、いつも元気そうだし、ひょいひょい階段を上っているし、眼鏡をかけなくても本が読めるみたいだし……。ひょっとして、校長先生にからかわれていたんでしょうか、わたし?

 校長先生は、髪の毛が真っ白で、長いおひげも真っ白で、物語に出てくる〈魔法使い〉にそっくりです。話し方も〈世界昔話全集〉みたいで、いつも〈ほっほっほ〉とか〈ううむ〉とかいってます。
 それに、しょっちゅう〈わしも年なのでな、サクラっ娘。いつお迎えが来ても、おかしくないのぉ〉っていってたのに!

 温厚なわたしも、さすがにちょっと腹が立つので、しばらくの間、校長先生に嫌がらせをしようと思います。具体的にいうと、お父さんが作ってくれるおやつを、しばらく供給停止にしちゃうんです。
 町立学校の低学年のときから、わたしは、毎日のように校長室に行って、校長先生と一緒におやつを食べていました。校長先生が、おいしい紅茶れてくれて、お父さんの作ってくれたおやつを、二人で半分こにして食べるんです。
 持って歩くものだから、クッキーとかビスケットとかマカロンとか、焼き菓子になることが多くて、ミルクティーにぴったりなんですよ。校長先生は、〈うまいのう、サクラっ娘〉って、いつもにこにこと笑ってくれるんです。

 怒れる少女であるチェルニ・カペラは、断固として、このおやつの時間を中断します。校長先生の目の前で、わたしだけ、ぱくぱくと食べるつもりです。
 期間は……あんまり長くなると、校長先生が悲しんじゃうかもしれないので、三日間にします。六十代とはいえ、わたしの敬老精神を刺激する年代ではあるし、そこは妥協します。(でも、校長先生が何十年も元気でいてくれるんだと思うと、本当は泣いちゃうくらいうれしいです。良かった、良かった)

 あれ? 今日は、校長先生の話を書くつもりじゃなかったのに、もういつもの長さになっちゃいました。ネイラ様に手紙を書くときって、すぐに長くなっちゃうから不思議です。

 では、また。次の手紙で会いましょう!

     この話の流れで、ヴェル様の年齢が気になってきた、チェルニ・カペラより

追伸/
 ネイラ様が、キャラメルが食べたいって書いてくれたこと、お父さんに伝えました。お父さんは、神妙な顔で喜ぶっていう、すごく器用な反応をして、早速用意してくれました。ミルクとビターとチョコレートとソルトの四種類です。たくさん作ってくれたので、ネイラ様のお父さんやお母さんと一緒に、召し上がってくださいね。甘すぎないので、お酒にも合うそうですよ。

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とても愛らしい嫌がらせを考える、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙を読みながら、思わず笑顔を浮かべていたら、部下たちに不安そうな目で見られました。わたしが、一人で笑っているのが、不可解だったのかもしれません。優秀で忠実で高潔で、わたしの自慢の部下たちではあるのですが、わたしに対する認識においては、少しすり合わせが必要かもしれませんね。

 校長先生の年齢の話では、きみを混乱させてしまいましたか? きみが、校長先生の健康を心配していたので、つい書いてしまいました。校長先生には、少し恨まれるかもしれませんが、きみが安心できたのであれば、良かったと思います。

 人の寿命というものは、年齢だけでは計れませんね。善なる者が夭折ようせつし、悪しき者が長き寿命を全うすることも、決してめずらしくはありません。人の生死をめぐる因果の前には、神ですら傍観者でしかないのです。
 とはいえ、必ず死する定めにあるのが、人という存在なのですから、高齢であればあるほど、〈いつか〉を考えてしまうのは、当然のことでしょう。きみの大好きな校長先生が、まだ〈おじいちゃん〉と呼ぶには早く、優しいきみを悲しませない年齢であることを、わたしも喜ばしく思っています。

 ちなみに、校長先生の白い髪とひげは、もともとの色のようです。バラン先生の著作の一説に〈生まれつき白い髪だったことを、貴族の子弟にからかわれるのは、実に気分が悪い。人を呼ぶに、《白髪、白髪》と口を揃えるとは、何という低脳ぶりだろう。猿にも劣る者が貴族を名乗るとは、我が祖国も珍妙な国になったものである。白髪というのは、灰銀はいぎんの髪であって、白い色ではないというのに〉とありますので。
 きみの大好きな、優しい校長先生は、王立図書館と王立学院図書館に収蔵しゅうぞうされるとわかったうえで、わざとそうした文章の入った本を出してしまうのですから、誠に苛烈かれつな方ですね。

 校長先生への嫌がらせが、おやつの供給停止だというのは、大変に面白く、一人で声を出して笑ってしまいました。愛らしい嫌がらせのわりに、校長先生に与える衝撃は大きいかもしれませんね。わたしからすると、自業自得な気もしますし、何年もきみとおやつを〈半分こに〉とは、少々恵まれすぎではないかという気もするのですが。

 そうそう。わたしが無心むしんしてしまったキャラメルを、受け取らせてもらいました。申し訳ないと思いつつも、大変美味しくいただきました。わたしの知っているキャラメルは、べたべたと甘いものだったのですが、まったく違うのですね。きみの父上は、本当に素晴らしい腕の持ち主だと思います。
 父も母も、大喜びで口にしていました。母などは、きっちりと数を数え、一日に食べる個数を決めているほどです。贅沢ぜいたくに育った母の、存外に無邪気な様子を、父もわたしも微笑ましく見ています。どうもありがとう。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。クローゼ子爵家の事件も、そろそろ終盤ですので、どうか気をつけて。

     塩味のキャラメルの美味しさに、かなりの衝撃を受けた、レフ・ティルグ・ネイラ