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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 52通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 いったい、一日に何通手紙を書いているのか、自分でもちょっと呆れている今日この頃です。今も、そういいながら、新しい手紙を書き出しているわけで、さすがにネイラ様に嫌がられるんじゃないかと、心配で仕方ありません。
 いい訳をさせてもらうと、この数日、とっても暇なんです、わたし。聞き分けの良い少女であるわたしは、皆んなの足を引っ張らないように、クローゼ子爵家の事件が起こってからは、じっと家の中に閉じこもっているからです。ヴェル様が、勉強を見てくれたり、スイシャク様とアマツ様から、祈祷の練習を見てくれたりはするんですけど、やっぱり時間が余っちゃうんですよ。

 いつもだったら、部屋にいなさいっていわれたら、大喜びで引きこもって、本を読んでいると思います。でも、たくさんの人たちが、フェルトさんとカペラ家のために、一生懸命に力を貸してくれていることを考えると、やっぱり集中できなくて……。
 ヴェル様は、明日には、事件が解決するんじゃないかっていってました。そうしたら、町立学校にもいかないといけないし、手紙も一日に一通くらいに落ち着くと思います。それまで、もう少しだけお付き合いくださいね。

 さて、今回の話題は、使者Bのことです。使者Bっていうのは、クローゼ子爵家で働いている人で、最初にフェルトさんの下を訪ねてきたうちの一人です。名前がわからないので、もう一人の上司っぽい使者と一緒に、それぞれ使者A、使者Bって呼んでいます。誰が呼んでいるのかっていうと、わたしなんですけど。
 使者Aが、クローゼ子爵家に雇われている人のわりには、常識的で丁寧な態度を取るのに比べると、使者Bは、ひどかったです。ものすごく偉そうで、高圧的で、無礼で、怒りっぽいんです。物語に出てくる〈悪代官〉とか〈悪徳貴族〉って、きっとあんな感じなんじゃないでしょうか? とにかく、ひどかったです。

 ところが、その使者Bが、うちの〈野ばら亭〉に来て、ご飯を食べたあたりから、変わってきたんです。偉そうで無礼なのは同じなんですけど、悪人っぽくなくなってきたというか、意外に悪い人じゃないって思えてきたというか……。クローゼ子爵家に対しても、微妙に距離を置いているように見えました。
 スイシャク様とアマツ様は、〈神饌しんせんの申し子〉であるお父さんの料理が、一時的に魂のけがれをはらったからだって教えてくれました。でも、わたしは、それだけじゃないと思うんです。わずかな間に、使者Bが変わっちゃったのは、ルルナお姉さんの影響があったからじゃないのかなって。

 ルルナお姉さんっていうのは、〈野ばら亭〉に勤めている女の人で、二十代の半ばくらいだと思います。ちょっとぽっちゃりしてて、優しくて、可愛くて、わたしの大好きなお姉さんです。アリアナお姉ちゃんと二人、小さい頃から、ルルナお姉さんにとっても可愛がってもらっていました。
 ルルナお姉さんは、いつもにこにこしていて、すごく感じの良い働き者なので、男の人に人気があります。ルルナお姉さんに声をかけたり、うちのお父さんやお母さんに頼んで、交際を申し込んでくる男の人は、けっこう多いんです。〈弟たちが一人前になるまでは、自分のことは考えられない〉って、いつも断っていますけどね。

 使者AとBが、〈野ばら亭〉に来たとき、注文を取りに行ったのは、ルルナお姉さんでした。使者Bってば、〈田舎くさい〉とか〈太めの腹〉とか、ルルナお姉さんのことを散々にけなしていたくせに、実は一目惚れしちゃったみたいなんです。人生って、本当にわからないものですね。

 あれ? 話の前振りを書いただけで、いつもの量になってしまいました。この続きは、ご飯を食べてから書くことにします。今晩も、ヴェル様やマルティノさんたちと一緒に、大人数でご飯を食べます。とってもおいしくて、楽しくて、事件の緊張感も忘れそうになるくらいです。おいしいご飯って、偉大ですね。

 では、また。すぐに次の手紙でお会いしましょう。(これだけ頻繁だと、この挨拶も要らないかもしれませんね)

     ご飯のたびに、ネイラ様も一緒だったら良いのにって考えている、チェルニ・カペラより

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真の意味で聡明な少女である、チェルニ・カペラ様

 きみからの手紙を受け取ることは、わたしにとって、大きな喜びとなっています。常に生き生きとした活力にあふれ、愉快で、思いやりに満ちた手紙は、きみの存在を、身近なものに感じさせてくれるからです。
 いかに頻繁であろうと、きみからの手紙を嫌がることなど、あろうはずがありません。むしろ、一日でも早く、一通でも多く、手紙が届くことを願っているほどです。クローゼ子爵家の事件によって、きみからたくさんの手紙を送ってもらえたことは、わたしにとって、予想外の収穫であり、とても嬉しく思っています。ありがとう。

 今回、きみが書いてくれた使者Bの話は、とても興味深いものです。クローゼ子爵家の使者が、傲慢な者であることは、当然予想される因果です。その使者Bが、きみの父上の神饌みけにより、一時的に魂の穢れを祓われ、少しだけ〈き者〉となるのも、何ほどの不思議もありません。きみの父上は、それだけの力を持っておられるのですから。
 しかし、〈ルルナお姉さん〉の出現と、彼女によって善きかたに導かれる使者Bの心の動きは、わたしには予想もできず、理解も及ばない出来事だったのです。

 きみのいう〈スイシャク様〉と共に、その場の情景を見ていた〈アマツ様〉は、王国騎士団の団長執務室で、大喜びで飛び回っていました。その鱗粉があまりにも輝かしく、わたしの副官達が、慌てて様子を見に来たほどです。
 〈アマツ様〉にいわせると、そうした〈ささやかな人の子の出会い〉こそ、〈いじらしくてならぬ〉そうです。これまでのわたしであれば、〈アマツ様〉の言葉を、頭で理解していたのでしょうが、今は、〈アマツ様〉の気持ちもわかるような気がします。

 使者Bと〈ルルナお姉さん〉の様子は、そうしようと思えば、わたしも、垣間かいま見ることができるのですが、やはりきみの手紙で教えてもらう方が、心に響くものがあります。楽しみにしていますので、これからも書いてくださいね。

 それから、パヴェルやわたしの副官たちは、本当に恵まれた食生活を送っているようですね。彼らが大喜びをしているので、わたしも嬉しく思いますが……この後が、少しばかり心配になります。
 他の食事に満足できず、休みのたびに〈野ばら亭〉に通う姿が、目に見えるようです。それはそれで、楽しそうではありますけれど。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     部下たちと共に、〈野ばら亭〉に食事に行けないかと考え始めた、レフ・ティルグ・ネイラ