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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 80通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 忘れていました。〈神託しんたく〉の宣旨せんじとか、統帥権とうすいけんの話とか、平民の少女には、刺激の強過ぎる話題が続いたので、すっかり書くのを忘れていました。そう、ちょっと前までのわたしなら、驚愕きょうがくして、感動に震えるはずの出来事……神霊庁で出会うことのできた、四柱よんはしらのご神亀じんきの存在について、すっぱりと忘れていたんです。

 話の前提として、神霊庁のコンラッド猊下げいかって、ものすごくネイラ様と仲が良さそうというか、ネイラ様のことが大好きですよね? ヴェル様も、ネイラ様の執事さんだし、やっぱりネイラ様が大好きですよね? だから、わたしたちが、神霊庁へ出かけていったときの様子も、お耳に入っていると思います。
 コンラッド猊下から、突然、〈神託の巫〉の宣旨を受けて、いろいろと話し合っている最中に、わたしは、神物庫しんもつこのご神鋏しんきょうに呼ばれちゃいました。そのときに遭遇した、ご神鋏の〈神成かんなり〉も、絶対に忘れられない貴重な体験だったんですが、それ以前に、見ちゃったんですよ、わたし。神物庫の扉のところで、四柱のご神亀が、短い手足をふるふると振ってくれる、やけに可愛らしいお姿を……。

 ちょっと堅苦しく書くと、神霊庁の奥の奥、その場所そのものが、神域しんいきになっている神物庫で、春夏秋冬の四柱の〈かための神亀〉が、わたしたちを出迎えてくれました。巨大な扉の上下左右の四隅に、浮かぶでもなく、めり込むでもなく、ただ、ゆったりと存在していたんですよ、亀が!
 上下左右、四柱の神亀は、わたしが両手を広げたくらい大きくて、それぞれが別の色で、甲羅こうらの部分は濃く、手足は薄く色づいていました。右上の亀はさわやかな青色、右下の亀は鮮やかな朱色、左上の亀は清々しい白色、左下の亀は深みのある黒色です。どの神亀も、宝石みたいに輝いていて、瞳はお揃いの金色で、それはもう清らかな神気をまとっていました。

 尊い神霊さんであることは確かだったものの、スイシャク様やアマツ様、クニツ様たちと比べると、神威しんいが濃密じゃない気がするなって思いながら、呆然と見ていると、ヴェル様が教えてくれました。
 四柱の神亀は、千年以上前から、神霊庁の神物や宝物を守護している神霊さんで、神霊庁に伝わる古文書では、〈かための神亀〉と書かれているそうです。青色は春守護の神亀、朱色は夏守護の神亀、白色は秋守護の神亀、黒色は冬守護の神亀。普段は、季節ごとの一柱が、扉を守護しているんだけど、わたしが神霊庁に行った日は、〈神託の巫〉に挨拶をしたいから、四柱が揃って出てきてくれたんじゃないかって。

 わたしたちの暮らすルーラ王国は、他の国からは、〈不思議の国〉って呼ばれているんだって、おじいちゃんの校長先生が教えてくれたことがありました。魔術を使う人たちがいる国だって、十分不思議だと思うんですが、神霊さんたちの力をお借りして、神霊術を使う国は、ルーラ王国だけだから、理解が及ばないんだそうです。
 神聖な気配に満ちた神霊庁で、宝石みたいに光り輝く神亀が、巨大な神物庫の扉を守り、訪れたわたしに、一生懸命に手足を振ってくれている情景を思い出すと、ルーラ王国って、ものすごく不思議な国だなって、改めて実感しました。もちろん、わたしは、そんなルーラ王国が大好きなんですけどね。

 ということで、また、次の手紙でお会いしましょう。お父さんのショートブレッドは、栄養満点なので、おやつに召し上がって、風邪が寄り付かないように、追い払ってくださいね。

     ネイラ様にも、ルーラ王国は〈不思議の国〉なのかを知りたい、チェルニ・カペラより

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数多あまたの神霊から鍾愛しょうあいされている、チェルニ・カペラ様

 きみが書いてくれた、〈固めの神亀〉の描写を読んで、とても微笑ましくなりました。宝石のように輝く巨大な神亀が、きみに向かって、短い手足を振っている姿というのは、さぞかし愛らしいのでしょうね。わたしも、見てみたいものです。

 神霊あるいは神霊の分体の姿は、見る者の感性によって、大きく異なります。神霊にも実相というものがあり、ある程度の姿は定まっているものの、それをありのまま目にすることの負荷は、人の子には耐えられないからです。神名しんめいを許されているはずのきみが、まだ〈スイシャク様〉と〈アマツ様〉の名を呼べないのも、同じ理由だと考えて良いでしょう。
 ほとんどの神霊は、人の子の魂を傷つけないよう、見る者が無意識に思い浮かべた像を仮の姿として、現世うつしよ顕現けんげんします。〈スイシャク様〉が、純白で丸い巨大な雀であるのも、それが〈雀を司る神霊〉の姿であると、きみが考えているからなのです。

 神霊庁の神物庫を守る四柱の神亀は、わたしには、亀の姿には見えません。わたしは、神霊の実相をても問題がないので、神世かみのよるがままの姿で、そこに存在しています。
 四柱の神亀は、それぞれの色をまとった、光そのものの存在であり、固定化した形を取る場合は、人に近しいものと考えてもらって良いでしょう。きみが想像しやすいようにいうと、春守護の神亀は、柔らかな気配を漂わせた妙齢の女性形です。夏守護の神亀は、若々しく凛々しい男性形。秋守護の神亀は、理知的な面差おもざしの男性形。冬守護の神亀は、幼く愛らしい男性形なのです。もちろん、言葉そのままではなく、〈人の子の言葉を当てはめるなら〉という、注釈がつきますけれど。

 人形ひとがたを取る神亀が、何故〈亀〉なのかというと、守りを固めるという概念が、悠久ゆうきゅうの年月を経て神化したのが四柱であり、その神化の過程で、人の子が〈亀の形をした神〉に対して、信仰心を育んでいったからに他なりません。
 神霊には、天地が始まる前から存在する〈神〉と、人の子の信仰心から生まれた〈たま〉があり、霊から〈神成かんなり〉した場合は、実相とは必ずしも一致しない呼ばれ方をすることもあるのです。

 少し、話が硬くなってしまいましたね。今、わたしがきみにいえるのは、きみの目に映る神亀たちが、とても愛らしいという感想です。今度、神霊庁の神物庫に立ち入るときには、わたしも、きみの想像したような形で、神亀たちに会うようにしてみましょう。

 では、また、次の手紙で会いましょうね。それまでは、きみの父上からいただいた、おいしいショートブレッドと共に、熱い紅茶を飲んで、秋の夜長を楽しむことにします。

     〈スイシャク様〉は、意外と巨大雀の姿が気に入っていると思う、レフ・ティルグ・ネイラ