連載小説 神霊術少女チェルニ 小ネタ集 チェルニ・カペラの忘年会〈中編〉
一年の最後の一日、ルーラ王国では〈祝祭夜〉って呼ばれている、特別な夜。わたしが幹事のお役目を申しつけられた、神霊さんたちの忘年会が、〈野ばら亭〉で開催されることになった……って書くと、順調に準備が進んだような気がするけど、実際は大変だった。そりゃあもう、本当に大変だったんだよ!
最大の問題は、予定していた忘年会の規模が、なぜか雪だるまみたいに大きくなっていくことだった。スイシャク様とアマツ様の予言の通り、〈野ばら亭〉で忘年会を開くっていう話が伝わった途端、びっくりするくらいたくさんの神霊さんたちが、参加したいっていってきたんだ。
そもそも、わたしに印を与えてくれている神霊さんは、三十柱を超えている。その神霊さんたちが、口々に〈雛と我とは馴染也〉って、スイシャク様とアマツ様に直談判してくれたんだ。そうすると、お父さんやお母さんやお姉ちゃんに印をくれた神霊さんまで、次々に参加を希望して……最終的には、何と六十柱を超える数になっちゃったんだって。
神霊さんたちの参加名簿を作って、お父さんたちに報告したときには、家族全員が言葉を失っていた。お父さんは、ごごんって音を立てて、目の前のテーブルに突っ伏していたし、お母さんは、〈え〉の字に口を開けたまま、石みたいに固まっていたし。めったに動じないアリアナお姉ちゃんでさえ、ひらひら、くるくる、よくわからない感じに両手を動かしていたから、かなりの衝撃だったんだろう。
うちの〈野ばら亭〉は、すごく大きな高級宿兼大食堂だから、いくら参加者が多くても、規模的には何とでもなる。何とでもなるけど、それだけの数の神霊さんが、街の食堂に集まるっていう状況そのものが、全然、まったく、大丈夫じゃないからね。
何とか衝撃から立ち直ったところで、お父さんとお母さんは、すぐにヴェル様に手紙を書いた。神霊さんたちが忘年会をしたがっていて、それがものすごい規模になりそうなんだけど、問題はないでしょうかって、神霊庁にお伺いを立てたんだ。何事も根回しが大事だっていうのは、〈剛腕〉経営者であるお母さんのモットーみたい。
ヴェル様から、手紙の返事はこなかった。その代わり、二時間もしないうちに、神霊庁の専用馬車に乗ったヴェル様が、大急ぎで〈野ばら亭〉に来てくれた。わたしも顔なじみになったパレルモさんや、神前裁判を指揮していたマチェク様まで一緒で、全員が緊張した顔でうちの家に入ってきたんだ。
「わざわざ来てくれたんですね、ヴェル様」
「そりゃあ、慌てて駆けつけますよ、チェルニちゃん。いとも尊い御神霊が、六十柱も一箇所にご降臨になるなどと、ルーラ王国千年の歴史の中でも、例を見ない一大事です。しかも、その理由が忘年会とは」
「びっくりですよね。わたし、忘年会の幹事に抜擢されちゃったから、わりと大変なんです」
「この異常事態を、〈わりと大変〉ですませるチェルニちゃんにも、びっくりですよ。ともあれ、チェルニちゃんを守護しておられる御神霊に、いくつかお導きを賜りたく、こちらへお邪魔したのです」
ヴェル様たちは、大神使であるコンラッド猊下の指示で、質問と確認をするために、わざわざ訪問してくれたらしい。六十柱もの神霊さんたちが、一度に顕現して、現世に影響はないのか? 当日、〈野ばら亭〉の周囲を、立ち入り禁止区域にしなくていいのか? 神霊庁からも、お手伝いの人を出してもいいのか? そもそも、本当の本当に、普通の忘年会なのか?
まあ、当然といえば当然の質問ばっかりだから、スイシャク様とアマツ様は、気軽に答えてくれた。当日の会場は、確かに〈野ばら亭〉の大食堂だけど、現実の〈野ばら亭〉と同じ空間っていうわけじゃない。〈野ばら亭〉の大食堂の上に、臨時の神域を重ね合わせるようなものだから、現世にはなんの影響もないし、立ち入り禁止にする必要なんてないんだって。
臨時の神域ってなんなのさ……って、ちょっと頭が痛くなったけど、そこは気にした方が負けだろう。日頃お世話になっている、神霊さんたちのご希望なんだから、わたしは、しっかりと幹事を務めるだけなんだ。
神職さんたちのお手伝いについては、ヴェル様が頑張った。というか、ヴェル様たちに必死の眼差しで懇願された、わたしが頑張った。二柱にお願いして、神職さんたちにお手伝いしてもらってもいいって、許可をもぎ取ったんだ。
神霊さんたちのために働くことこそ、神霊庁の存在意義みたいなものだから、忘年会のお手伝いをさせてもらえるのは、あり得ないくらいの幸福らしい。二柱の許可が下りたって伝えたら、パレルモさんとマチェク様は、うるっうるに目を潤ませていたし、ヴェル様なんて、力強く〈よし!〉ってつぶやいていたからね。
わたしとしても、お手伝いをしてもらえるのは、とってもありがたかった。神霊庁の偉い人たちに、唐揚げやモツ煮込みを運ばせちゃっていいのかどうか、ちょっと悩みどころではあるけどね。
そして、それからの約一ヶ月、わたしたちは、いろいろな準備を重ねた。お母さんは、食材やお酒の調達に走り回り、お父さんは、料理の献立に頭を悩ませ、アリアナお姉ちゃんは、会場の飾りを用意して……。幹事であるわたしは、準備が問題なく進んでいるか、しっかりと確認をくり返した。わりと慎重な少女なのだ、わたしは。
ヴェル様は、準備の傍、〈神霊庁の全員が手伝いを切望しているので、厳選するのが大変〉だって、ずっと頭を抱えていた。その姿を見たアマツ様が、〈忘年会とは、毎年行われるもの也。選を外れたる者は、翌年に備えよと伝うるが良き〉って、朱色の鱗粉を撒き散らした時点で、神霊さんたちの忘年会が、恒例の行事になっちゃったのは、仕方のないことなんだろう。多分。
すべての準備が整った頃、いよいよ忘年会の当日が訪れた。祝祭夜の夕暮れ、予定時間の一時間くらい前に、わたしたち忘年会の関係者は、ずらりと〈野ばら亭〉の裏門に集合した。
お父さんとお母さん、アリアナお姉ちゃん。お父さんと一緒に料理を作ってくれているルクスさん。〈野ばら亭〉の看板娘の一人であるルルナお姉さん。神霊庁からは、コンラッド猊下を始めとする七人の神使の皆さんと、高位の神職さんたちが二十人っていう、すっごい人数だった。
お気に入りのグレーのワンピースを着たわたしは、関係者の顔ぶれを確認してから、肩の上のアマツ様と、腕の中のスイシャク様に向かって、重々しく宣言した。〈全員、そろいました〉〈忘年会の会場に連れていってください〉って。
スイシャク様とアマツ様は、それぞれ厳かにうなずき返して、言霊を降ろしてくれた。〈是〉って。〈楽しき夜の道開くらん〉って。神々しい響きを持った、音ともいえない音が、祝祭夜の冷たい空気を震わせたんだ。
次の瞬間、わたしたちが目にした光景は、世にも不思議で美しく、神秘的なものだった。日の落ちたばかりの夜空に、一つ二つ、三つ四つ、星が流れたかと思ったら、どんどんと近づいて来たんだ。
流れ星は、長く光の尾をひいていて、きらきらと煌めいている。どんどんどんどん、どんどんどんどん。流れ星はすごい速度で近づいて来て、ぶつかりそうだって思ったときには、その姿を変えていた。夜空に遠く遠く輝いていた流れ星が、いつの間にか、ほの白く発光する注連縄になっていたんだよ。
流れ星の注連縄は、神霊庁とかで目にするものとは、ちょっと違う形をしていた。均一の太さで、わたしが片手でつかめるくらい細くて、ものすごく長い。〈紙垂〉って呼ばれる、ひらひらとした白い紙がついていなかったら、誰も注連縄だとは思わないんじゃないかな。
神々しい気配を濃密に漂わせながら、〈野ばら亭〉の建物の真上まで降りてきた、四本の注連縄は、そこからゆるやかに動き始めた。〈野ばら亭〉の建物の輪郭をなぞるように、一本ずつ、するりするりと泳いでいくんだよ。
一本目は東から南へ、二本目は南から西へ、三本目は西から北へ、四本目は北から東へ。次に、一本目が南から西へ、二本目が西から北へ、三本目が北から東へ、四本目が東から南へ。また次に、同じ動きの繰り返し……。
方角にしたがって、次々に移動していくうちに、だんだんと四本の注連縄がつながり始め、一本の縄になっていった。それは、大きな〈野ばら亭〉を丸ごと四角く囲えるくらいの、長い長い一本の光の縄だった。
〈野ばら亭〉の建物の上で、巨大な四角の縄が張られたところで、注連縄は動きを止めた。すると、わたしの肩の上のアマツ様が、ふわりとわたしの肩から飛び上がり、煌々と輝く真紅のご神鳥の姿で、ゆっくりと注連縄の外側を旋回する。
わたしの腕の中のスイシャク様は、ふすっふすっと可愛い鼻息をもらしてから、男性とも女性ともつかず、決して人の声ではあり得ない玉音で、朗々といった。
〈準備万端整いて 楽しき宴に赴かん〉
〈神域開きし上からは 見よ 築かれし階の 先に続かん 《野ばら亭》〉
〈目出度かりける今宵こそ 忘年会の始め也〉