連載小説 神霊術少女チェルニ 小ネタ集 チェルニ・カペラの忘年会〈前編〉
師走の寒風が吹き抜け、道行く人たちが、思わずコートの襟を立てた夕暮れ。見ているだけで温かくなっちゃうような、ふくふくのスイシャク様と、赤々と輝いているアマツ様が、そろって相談を持ちかけてきた。世にも尊い神霊さんのご分体が、わたしみたいな少女に相談っていうのも変なんだけど、本当にそういう話だった。
スイシャク様とアマツ様は、黒曜石みたいな黒い瞳と、ご神鏡みたいな銀色の瞳を煌めかせて、堂々といったんだ。〈忘年会を開きたい〉って。
〈人の子のすなる忘年会とぞいうものを、我らもしてみんとぞ思う〉
〈忘年会とは、楽しかりける遊び也〉
〈好き放題に飲食をば致し、皆々、騒ぎ惚けたると〉
〈良き、良き〉
〈神とは勤勉なるものにして、楽しむことを知らぬ也〉
〈蓮の台に揺蕩たいて、真理の糸を紡ぐ身も、時には羽目をば外したし〉
〈誠に、誠に〉
〈何柱かが集い来て、この社にて宴開き〉
〈忘年会をば致すらん〉
いとも神々しい二柱と忘年会って、ちょっとくらくらするくらい不似合いだったけど、意外に世情っていうものに通じているのが、スイシャク様とアマツ様だからね。いつもお世話になっている、大好きな二柱のご希望だったら、全力で応えるしかない……よね?
わたしは、決意をみなぎらせて、しっかりと頷いた。スイシャク様とアマツ様も、重々しくうなずき返してくれた。こうして、わたし、チェルニ・カペラは、神霊さんたちの忘年会の幹事っていう、何とも不思議なお役目を務めることになったんだ。
わたしは、わりと効率を重視する少女なので、すぐに紙を広げて、決めるべき項目を書き出した。忘年会の日時、会場、参加者の数、お料理やお酒の希望……。神霊さんからお金をいただくわけにはいかないから、今回、予算は考えなくてもいいと思う。
だいたいの内容が決まったら、それを実行するために、いつ頃から、誰が、どれだけの準備をしないといけないのか、しっかり把握しておく。実際には、お父さんやお母さんを頼ることになるんだから、できるだけ細かく考えておかないとね。うちのお母さんは、〈剛腕〉で知られる経営者として、わたしやアリアナお姉ちゃんにも、こういう思考方法を叩き込んでくれたんだよ。
わたしが、準備について説明すると、スイシャク様とアマツ様は、再び重々しくうなずいた。〈うむ〉とか、〈然もあらん〉とか、それっぽいイメージが送られてくるんだけど、ふりふりと揺れている可愛いお尻を見たら、準備そのものをおもしろがってくれているんだって、一目でわかっちゃうよ。
二柱によると、忘年会の雰囲気を味わえる時期だったら、日時はいつでもいいらしい。参加する神霊さんは、王立学院の実技試験のときに顕現してくれた七柱と、スイシャク様、アマツ様が確定。他にも、パンを司る神霊さんや、アリアナお姉ちゃんの蜃気楼の神霊さんみたいに、わたしたち家族がお世話になっている神霊さんたちが、そろって顕現するかもしれないんだって。
スイシャク様とアマツ様が、ちょっと心配そうな感じで、〈三十柱を超えるらん〉〈話が広まりたれば、続々と名乗りを上げん〉〈幾柱なら可能なるか〉〈其らの都合もありたれば〉って聞いてくれた。このあたりは、お料理を用意してくれるお父さん、予算を出してくれるお母さんとの相談だよね。
今回の神霊さん忘年会で、問題になるのは会場だった。二柱のご希望からいっても、準備のしやすさから考えても、〈野ばら亭〉がいいんだけど、うちはキュレルの街でも一番人気の高級宿兼食堂だからね。年末年始はもちろん、半年先まで予約がいっぱいで、当日席もすぐにうまっちゃうんだよ。
真夜中だったら、何とかなりそうかな? でも、宿にはたくさんのお客さんが泊まってくれるから、料理の準備をしたりすると、やっぱり気づかれちゃうよね? 忘年会の場所を押さえるのが、幹事の最大の仕事だって、噂に聞いていた通り、なかなかの難問なんじゃないだろうか?
わたしが悩んでいると、スイシャク様が鼻息を吹いた。ふっすすすっ、ふっすすすって。スイシャク様が顕現してから半年近く、ずっと側にいるからか、今のわたしには、イメージを送られるまでもなく、鼻息だけでかなり正確に意味がわかるようになっている。これは、あれだ。大丈夫、任せなさいって、自信満々なときの鼻息だよね。
実際にどうするのかは置いといて、世にも尊い神霊さんが、大丈夫だっていってくれてるんだから、余計な心配をするのは不敬っていうものだろう。わたしは、目の前に広げた紙に、大きな文字で元気良く記入した。会場〈野ばら亭・大食堂〉って。
その後も、スイシャク様とアマツ様の希望を聞かせてもらいながら、どんどん紙に書き加えていった。〈野ばら亭〉が会場だったら、当然、お料理の準備は、わたしの大好きなお父さんに頼む事になる。忙しいときに申し訳ないけど、今は王都の支店を開くために、料理人の人たちを教育している最中で、人手は多いときなんだ。準備をする時間があれば、お父さんが何とかしてくれるだろう。多分。
料理のリクエストは、簡単なものだった。お父さんが作ってくれた料理だったら、特別なものじゃなくてもいいんだって。わりと簡単なものの方が、むしろ忘年会らしいっていうのは、アマツ様の意見だった。相変わらず、妙に世間に詳しいんだよね、アマツ様ってば。
神霊さんたちは、現世の忘年会そのものに興味がありそうだから、凝ったコースとかじゃなく、大皿に山盛りの料理がいいよね? お酒も飲み放題にして、受付なんかもして、乾杯の挨拶もしてもらって、いろいろな出し物を用意して……。
と、ここまで考えたところで、わたしは、むむむっと眉を寄せた。忘年会には、余興がつきものだとして、神霊さんたちが集まっている、とんでもなく畏れ多い場で、いったい誰が余興をやるんだろう? 芸事の得意な人に頼んでも、現場を見たら腰を抜かしちゃうよね?
わたしは、〈神託の巫〉っていうお役目をいただいているから、本当だったら、わたしが歌舞音曲に名乗りを上げるべきなのかもしれないけど、わたしってば、アリアナお姉ちゃんも呆れるくらいの音痴だよ?
スイシャク様に目を向けると、楽しそうに輝いていた黒曜石の瞳が、すっと逸らされた。アマツ様を見ると、ささっと羽を動かして、ご神鏡みたいな銀色の瞳を隠された。わたしの大好きな、わたしを甘やかしてくれる二柱も、わたしに余興を求めてはいないらしい……。
ふすっふすっふふふっすって、微妙な感じの鼻息を吹きながら、スイシャク様が、わたしを慰めてくれた。神霊さんたちは神霊さんたちで、自由に楽しみたいだけだから、心配しなくても大丈夫だよって。アマツ様も、わたしの頬に可愛い頭を擦りつけて、優しく励ましてくれた。腕に覚えのある神霊さんたちが、お得意の技を披露してくれるから、気楽にしていなさいって。
〈我ら、余興を致すべし〉
〈これぞ真の神業ぞ〉
〈迦陵頻伽も呼び寄せて〉
〈一差し舞わん、天上の綾〉
〈千早ぶる 神世も聞かず 野ばら亭 謡い踊りて 神の清遊〉
〈本歌取り也〉
二柱から送られてくるイメージに、あっという間に元気を取り戻したわたしは、ものすごく楽しみになった。だって、輝かしい極彩色の空間の中で、鳥や蝶や花が舞い踊り、金色の龍や白黒パッチワークの羊や朱色の猫が、それはそれは楽しそうに笑っていたんだから……。
わたし、チェルニ・カペラは、決意も新たに立ち上がった。大好きな神霊さんたちに喜んでもらうために、精一杯、幹事のお役目を果たすんだ。まずは、アリアナお姉ちゃんを味方につけて、お父さんとお母さんを巻き込まなくては!
神霊さんたちの忘年会が恒例の大行事になり、参加希望の神霊さんたちが増え続け、その幹事役に毎年忙殺されることになるなんて、このときのわたしは、まだ想像もしていなかったんだよ……。