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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 26通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 真面目で有能なのに、へたれちゃう男の人って、どう思いますか、ネイラ様? 誰のことかというと、もちろん、わたしのお義兄ちゃんになってくれそうな、フェルトさんのことなんですけど。

 アリアナお姉ちゃんが、女学校に行っている間に訪ねてきたフェルトさんは、かちかちを通り越して、ガッチガッチに固まっていました。顔色なんて、白というよりは灰色に見えたくらいです。
 あまりの緊張ぶりに、見かねた総隊長さんが、何度もフェルトさんの頭をぶっ叩いて、ようやく求婚の言葉を口にしたときには、周りにいる全員で、大きな溜息をきました。フェルトさんの緊張が伝わって、いつの間にか、わたしたちまでガッチガッチになっていたみたいです。

 お姉ちゃんが帰ってきて、いよいよ本人に求婚するとなっても、フェルトさんは、わりと酷かったです。顔色は蒼白だし、何だかふらふらしているし。わたしは、総隊長さんの真似をして、フェルトさんの背中をぶっ叩いてあげました。
 わたしに叩かれたフェルトさんは、ちょっとだけ落ち着いたみたいで、優しくお礼をいってくれました。〈ありがとう、チェルニちゃん。もう大丈夫だから、頑張ってくるよ。アリアナさんに断られても、俺は諦めない。何年でも何十年でも求婚し続けるから、見ていてくれ〉って。
 こういわれたときの気持ち、わかってくれますか、ネイラ様? フェルトさんの真剣さは素敵だけど、それほどアリアナお姉ちゃんを思ってくれて、嬉しいとは思いますけど……。いくら何でも、何十年も見ていられませんよ、わたし。

 そこから先は、二人だけの時間だから、詳しいことは知らないふりをしています。雀を司る神霊さんが、やけに細かく状況を伝えてくれるので、けっこう大変だったんですよ。

 結果的に、二人は無事に気持ちを通じ合わせて、フェルトさんもお姉ちゃんも、とっても幸せそうでした。わたしの大好きな、大切なアリアナお姉ちゃんが、エメラルドみたいに澄んだ瞳に、いっぱい涙を溜めている姿は、本当に美しかったです。
 フェルトさんも、綺麗な琥珀色こはくいろの瞳に、いっぱい涙を溜めていたんですけど、それって、ちょっとどうかと思いませんか? フェルトさんってば、求婚するまで微かに震えているし、了承の返事をもらったら泣き出しそうだったし。まぁ、求婚の言葉を口にするときだけは、キリッとしてカッコよかったんですけどね。

 夜になってから、アリアナお姉ちゃんに、こっそり聞いてみました。緊張に緊張を重ねちゃう、どう見てもへたれなフェルトさんのことを、どう思ったのかって。
 アリアナお姉ちゃんは、すべすべの頬を薔薇色に染めて、とろけそうな笑顔でいいました。〈嬉しくて、愛しいわ、チェルニ〉って。フェルトさんがへたれでも、お姉ちゃんはまったく気にならないみたいです。大好きなアリアナお姉ちゃんが、このときは天女様に見えましたよ。

 二人は、半年くらいお付き合いをしてから、正式に婚約することになりました。(お父さんが、いきなり婚約するよりも、お付き合いの期間を持つべきだって主張したんです。フェルトさんは、軽く絶望してましたけど、お父さんに押し切られました)
 婚約から結婚までは、一年くらい間を空けるみたいです。(フェルトさんは、相当絶望してましたけど、お母さんに押し切られました。アリアナお姉ちゃんの準備があるんだから、そこは手を抜けないそうです)

 後で、お父さんとお母さんに教えてもらったんですが、結婚まで時間をかけるのは、〈保険〉の意味もあるみたいです。実は、フェルトさんの亡くなったお父さんは、近衛騎士団に関係する子爵家の人だったので、何かの邪魔が入る可能性があるんですって。(単なる、お父さんの抵抗だと思ってました。ごめんね、お父さん)

 フェルトさんのお父さんは、生まれつき身体が弱くて、侍女をしていたお母さんが、フェルトさんを産んでから、数年で亡くなりました。フェルトさんのお母さんは、正式な結婚をさせてもらえなかったから、お父さんが亡くなると、すぐにフェルトさんと一緒に追い出されたそうです。
 わたしなら、そんな家とは無関係だと思うんですけど、お父さんとお母さんは、わりと警戒しています。誰に何をいわれても、アリアナお姉ちゃんとフェルトさんが無事に結婚できるように、今から根回しするんだっていってました。

 うわ。気がついたら、長い手紙になっていました。そろそろ完成に近づいてきた、グレーのショートマフラーのことは、次回、ご報告しますね。では、また!

     ネイラ様のお父さんと一緒に、ブランデーケーキを食べたい、チェルニ・カペラより

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時節じせつを知る、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙は、いつも楽しく、美しい情景に満ちていますが、今回は別の役割を果たしてくれたかもしれません。フェルトさんの亡き父上に関して、重要な問題があるのです。

 この付箋ふせんをつけた手紙を、すぐにきみの父上に見せてください。きみに宛てて書いているので、先に読んでくれてもかまいません。しかし、必ず、父上にも見せてくださいね。(何人かの人に読まれることを想定して、少し他人行儀な書き方をしています。そこは気にしないでください)

     きみと、きみの大切な人々を守ると決めている、レフ・ティルグ・ネイラ

『チェルニ・カペラ様

 いつも元気いっぱいの手紙を送ってくれて、どうもありがとう。

 きみの目を通して描かれる世界は、とても優しく美しく、興味深い物事に溢れていて、わたしまで楽しい気分になることができます。炎の神霊の御霊みたまも、すっかりきみが気に入ってしまって、しょっちゅうお邪魔していますね。もし、相手をするのが面倒なようなら、かまわないのでさっさと追い返してください。

 さて、楽しい話はここまでで、少しきみを不安にさせることを書かなくてはなりません。

 フェルト分隊長の父上は、亡くなったクローゼ子爵家のご子息ではありませんか? きみは、礼儀正しく名前を伏せていたけれど、先代のクローゼ子爵は有名な方です。近衛騎士団の中でも屈指の武人だったし、ご子息を亡くされていることも、王城ではよく知られている話なので、すぐにそうかと思いました。

 わたしの推測が正しければ、少し面倒なことになるかもしれません。きみの父上にこの手紙をお見せして、相談してみてください。もし、クローゼ子爵家のご子息でないのなら、どうか読み流してください。
 以下の内容は、特に秘密ではないものの、公にもなっていないことなので、きみのご家族とフェルト分隊長、そして直接の関係者に限っての話でお願いします。聡明なきみと、高潔なきみのご家族には、いうまでもないことでしょうけれど。

 実は今、クローゼ子爵家は、とても困った事態に陥っています。当代のクローゼ子爵とご子息ご令嬢、子爵の弟に当たる方とそのご子息ご令嬢、先代の子爵夫人といった方々が、ことごとく〈神去かんさり〉になったのです。クローゼ子爵家の血縁で、神霊のご加護を失っていないのは、先代のクローゼ子爵お一人という有様です。

 近衛騎士団に奉職する貴族家が、神去りになるなど前代未聞であり、とても見過ごしにできることではありません。王家の処断によって、間もなく先代のクローゼ子爵が当主に復帰され、現当主は廃嫡はいちゃく。クローゼ子爵家の不名誉な噂は、王国中に広まるでしょう。
 そして、クローゼ子爵家の新しい後継者として指名されるのは、神霊術を使える唯一の直系となった、フェルト分隊長である可能性が高くなってくるのです。

 後継問題だけなら、それほど心配する必要はないとしても、神去りという異常事態に陥ってしまった一族なのですから、何か強引な手段に出ないとも限りません。根拠なく人を中傷するようで気が引けますが、わたしの知っている当代のクローゼ子爵なら、潔く身を処するとは考えにくいのです。

 わたしの方でも、詳しく調べてみます。きみの父上と相談のうえ、くれぐれも皆さんの身の回りに気をつけてください。きみも、少しでも不安なことがあれば、必ず紅い鳥に伝えてください。約束ですよ。

     きみの友達である レフ・ティルグ・ネイラ』