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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 49通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 わたしが成人するまで、あと四年もあるんですけど、ネイラ様……。

 すみません。一行書いたところで、ちょっと気が遠くなって、ペンが止まってしまいました。前回の手紙で、わたしに会いたいと書いてもらって、すごくうれしかったです。本当に、ごろごろ転げ回るくらい、うれしかったんですけど……わたし、まだ十四歳です。十八歳の成人までっていうと、あと四年もあるんですけど……?

 ここまで書いて、また、ちょっと呆然としてしまいました。成人男性としての分別を持ったネイラ様は、さすが、王国騎士団長に相応しい方だと思います。でも、何というか、ちょっと硬すぎませんかね? (大変に失礼なことを書いてしまって、すみません。これって、不敬罪になったりしますか? そうでなくても、不快に思われたら、仰ってください。全力で謝罪しますので)

 あんまりにも驚いたので、申し訳ないと思いつつ、お父さんたちに相談してみました。お父さんは、満面の笑みを浮かべて、ネイラ様を絶賛していました。〈さすが、王国騎士団長閣下は、素晴らしい人格者であられる。その高潔な倫理観は、ルーラ王国全国民の規範とすべきだ。最高!〉ですって。お父さんってば、それからずっと上機嫌で、鼻歌まで歌ってましたけど、どうしちゃったんでしょうね?
 一緒に話を聞いていたお母さんは、にっこりと微笑んでいました。微笑んでいましたけど、目がすごく冷たかったです。アリアナお姉ちゃんとお揃いの、エメラルドみたいに綺麗な瞳が、本物の宝石みたいに無機質で……。本当に小さな声で、〈亀?〉ってつぶやいたのは、きっと錯覚だったと思います。
 アリアナお姉ちゃんは……なぜか無言でした。一言も話さず、貼り付けたみたいな表情のまま、じっと一点を凝視しているのが、ちょっとだけ怖かったです。優しくて可愛いアリアナお姉ちゃんは、いったい何を見つめていたんでしょうか……?

 ということで、わたし、チェルニ・カペラは、思い切ってネイラ様に提言します。ものすごく厚かましくて、自惚うぬぼれた書き方ですけど、ネイラ様が、わたしに会おうと思ってもらえるのなら、〈成人してから〉っていう制限は、撤回してもらえないでしょうか? できたら、〈町立学校を卒業するまで〉くらいにしてもらえると、とってもうれしいです。
 もし、わたしに気を遣ってもらっているのなら、アリアナお姉ちゃんやヴェル様と一緒に会うっていうのは、どうでしょうか? それだったら、ネイラ様のいう〈成人男性の分別〉としても、問題がないと思うんです。

 誰かと一緒だったら、会っても大丈夫だって教えてくれたのは、たまたま話を聞いていたヴェル様です。ヴェル様なら、貴族社会の常識にも、ネイラ様の外聞っていうものにも詳しいので、安心ですよね。(この話の最中、ヴェル様ってば、ずっと身体が小刻みに震えていて、口元が笑いの形に引きつっていたんですけど、どうしたんでしょう?)

 ともあれ、またネイラ様と会えそうなので、わたしはうれしいです。手紙の締めくくりの文章も、安心して書くことができます。
 では、また。次の手紙で会いましょうね!

     ネイラ様のお顔も声も、今でも鮮明に覚えている、チェルニ・カペラより

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素直さに勝る力はないのだと教えてくれた、チェルニ・カペラ様

 わたしに会いたいと、それも早く会いたいと、きみの手紙に書いてもらって、とても嬉しく思います。わたしは、どうにも杓子定規しゃくしじょうぎな文章しか書けませんので、あまり伝わっていないのかもしれませんが、本当に嬉しいのですよ。きみの可愛らしい表現を借りれば、〈ごろごろ転げ回るくらい〉です。どうもありがとう。

 きみの手紙を読んで、会いに行く時期について、改めて考えてみました。わたしは成人男性であり、きみは未成年の少女なのですから、無秩序に会うというのは、やはり望ましい行いではないと思います。

 では、いつから、どのようにすれば、問題なくきみに会えるのでしょうか。大変重要な問題ですので、いつものごとく、部下たちに尋ねるのではなく、より慎重を期すことにしました。
 マルティノがいてくれれば、彼に相談できたのですが、今は〈野ばら亭〉に出動してくれていますからね。こんなところで、マルティノのありがた味を感じるとは、中々に感慨深いものがあります。

 わたしは、自分が知る中で最も良識ある人物である、伯父の元に話をしに行きました。父の兄に当たる伯父の存在は、以前にも書いていたと思います。伯父は、ルーラ王国の宰相を務めるロドニカ公爵ですので、あらゆる問題に対し、即座に適切な判断を下す能力を有しているのです。
 実は、一瞬、相談相手として両親の顔が頭をよぎったのですが、すぐに打ち消しました。なぜかは知らず、面倒事を招き寄せるという予感があったからです。わたしの予感というのは、外れることがありませんので、我ながら賢明な判断だったと思います。

 王城の宰相執務室を訪ね、いつ、どうやってきみに会うべきかを相談したところ、わたしの敬愛する伯父は、とても奇妙な反応を見せました。目を見開き、半ば口を開けたまま、硬直していたのです。
 常に落ち着いた物腰で、気品にあふれ、大貴族としての優雅さを身に備えた伯父の、常にない動揺ぶりには、わたしの方が驚かされました。わたしが、誰かに会いたいと望むのは、ほとんど初めてのことですので、伯父も戸惑ったのかもしれませんね。

 しばらくして、平静を取り戻した伯父に、意見を聞いたところ、きみが成人するまでというのは、やはり長すぎるとの見解でした。町立学校の卒業後は、きみの父上の許可を取り、密室で二人になりさえしなければ、一般常識に照らし合わせても、問題はなかろうとの見解だったのです。
 伯父の意見に従えば、数ヶ月のうちには、きみに会いに行けますね。予想外に近しい未来に、少し動揺している自分がいて、それはそれで新鮮な気分です。また一つ、きみに新しい感情を教えられましたね。ありがとう。

 ともあれ、まずは、クローゼ子爵家の不愉快な事件を片づけ、きみの入試が終わるのを待つとしましょう。身体だけは、十分に気をつけて。また、次の手紙で会いましょう。

     きみの面影が、鮮烈に脳裏に焼き付いている、レフ・ティルグ・ネイラ