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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 13通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 そうなんです、ネイラ様。可愛すぎる服屋さんは、〈花と夢の乙女たち〉という、わたしには信じられない名前のお店でした。王都でも有名な人気店なんだって、お母さんがいってましたけど、本当なんですね。ちょっとだけ、お母さんを疑っちゃって、申し訳ないことをしてしまいました。
 
 その〈花と夢の乙女たち〉で、わたしとアリアナお姉ちゃんは、それぞれ洋服を買ってもらいました。ほしかったのかといわれると、微妙なものがあるんですけど、お店の人たちが涙目で勧めてくるので、断れなかったんです。
 お店のデザイナー兼オーナーだと、自己紹介してくれたのは、お母さんくらいの年齢の女の人でした。なかなか美人で可愛い感じの人で、わたしたちがお店に入った瞬間に、なぜか絶叫していました。(まあ、うちのアリアナお姉ちゃんくらい、綺麗で可愛くて可憐で賢くて性格の良い美少女なんて、王都中を探しても見つかりませんからね!)
 
 オーナーさんがいうには、〈とことん《可愛い》を追求するのが、女の子の使命〉なんですって。その理屈はよく理解できませんでしたが、圧力はすごかったです。何枚も何枚も着せられて、絶対に公表しないという約束で、スケッチまでされて……。次の予定がなかったら、脱出できなかったかもしれません。
 オーナーさんは、スケッチのお礼に服をプレゼントするといってくれたのですが、お母さんは、にっこり笑って断っていました。〈可愛い娘を着飾らせるのは、親の数少ない権利なんですよ〉って。(うちのお母さんは、過剰なサービスは、お店にもお客様にもよくないっていう考え方だから、そういういい方で話を流したんだと思います)
 
 アリアナお姉ちゃんが買ってもらったのは、濃い紫色のフリルいっぱいの生地に、黒いレースがたくさんついたドレスです。生地もレースも、すごく高価な感じの絹だったので、色やデザインのわりには上品で、びっくりするくらいお姉ちゃんに似合っていました。
 わたしの方は、白とピンクとフリルの洪水から逃れるべく、抵抗を重ねた結果、柔らかな色合いのグレーのドレスに落ち着きました。えりから胸元にかけての切り替えと、袖口は白色で、丈の長さはふくらはぎくらいです。全体的にフリルが多いのが難点だし、どこに着ていけばいいのか悩みますが、正直なところ、とっても素敵なドレスです。
 
 冬用のコートも買ってもらって、オーナーさんに靴下とヘッドドレスをおまけしてもらって、わたしたちは、ようやくお店を後にしました。お母さんは、おまけの方は喜んで受け取っていましたが、ヘッドドレスなんていうものを装着する羽目になりかねない、わたしの気持ちは複雑です。
 それにしても、〈花と夢の乙女たち〉は、なかなか侮れないですね。最初は〈はぁ?〉って思ったデザインなのに、いつの間にか素敵に見えてくるんですから。さすが、王都の人気店はすごいです。(ちょっと悔しい気がするのは、なぜなんでしょう?)
 
 〈花と夢の乙女たち〉を出たら、次はお昼ご飯でした。ゆっくりする時間はなかったので、王立学院に近い場所にある、カフェレストランに行きました。とってもおしゃれで、なかなかおいしくて、でも、値段が高くてびっくりしました。ランチセットが〈野ばら亭〉の五倍もするんですよ! 五倍!
 お母さんは、〈王都の地価を考えたら、ある程度高くなるのは仕方がないのよ、子犬ちゃん〉っていってました。〈とはいえ、この質でこの値段は高すぎるわね。料理店の仕事をなめてるのかしら?〉って、ちょっと怒りながらでしたけど。
 
 ご飯の次は、いよいよ王立学院の見学でした。もちろん、校舎の中までは入れないので、見せてもらったのは一般に公開されている区画だけです。大きな校門から入って、学院の歴史を紹介する資料館を見て、広いお庭の一部を散歩して、展望台の上から校舎ものぞかせてもらいました。(どうして学院に展望台があるんでしょう?)
 小さな頃に見たことのある王立学院は、やっぱりすごく立派で、憧れる気持ちでいっぱいになりました。あと二ヵ月もすれば、あの校舎で勉強できるんですよね、わたし。巨大な図書館にだって、堂々と入れるんですよね。すごい、すごい!
 
 わたしは今、やる気に満ち溢れていますよ、ネイラ様。推薦してくださって、本当にありがとうございます。わたし、チェルニ・カペラは、必ずやネイラ様に自慢していただける成績で合格しますからね。
 
 ネイラ様が書いてくれた、王都一の書店に行った話をしたかったのに、もうこんな長さになってしまいました。仕方がないので、次回にしますね。
 また、次の手紙でお会いしましょう! 
 
 
     ドレスをどこに着て行ったらいいのか悩んでいる、チェルニ・カペラより
 
 
 
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旅行作家を目指してもいいのではないかと思う、チェルニ・カペラ様
 
 きみの手紙を読んでいると、自分が生まれ育った王都や、何年も学んでいた王立学院が、まったく別のものであるかのような錯覚に陥ります。それは、淡い色合いの世界が、急に原色で溢れかえったほどの、新鮮な驚きです。
 きみが描き出してくれるのは、生き生きとした生命力に溢れ、憂いなく明るく、誰もが優しい気持ちになるであろう情景ですね。〈野ばら亭〉の五倍も高いカフェレストランでさえも、どこか素敵な場所に思えるのは、きみの瞳を通して見ているからこそでしょう。
 
 ところで、きみの新しいドレスですが、王立学院に入学後は、何かと着る機会が増えるだろうと思います。人間関係も広がるでしょうし、特待生であるきみには、公的な招待もあるでしょう。きみのお母上は、そうした可能性も考慮して、用意を整えようとしておられるのかもしれませんね。(もちろん、気が進まないのであれば、すべての招待を断ることもできます。その場合は、遠慮なくわたしに教えてください)
 わたしには姉妹がおらず、我が母も、わたしにドレスの話題を振ろうとはしませんので、女性の服装のことは、あまり詳しくありません。ただ、王国騎士団の副官に教えられたところでは、〈花と夢の乙女たち〉という店のドレスは、王立学院の女生徒の間でも、大変に人気があるそうです。そのことも、お母上はご存知だったのでしょう。
 
 王立学院の見学は、とても有意義だったのですね。見学の結果、きみの意欲が高まったのだと教えてもらい、わたしも大変喜ばしく思っています。
 王立学院は、きみにとって、必ずしも素晴らしい場所だとは限りません。愚かな貴族主義者たちのために、嫌な思いをすることもあるかもしれません。友達を作る気持ちにもならないまま、孤独に日々を過ごす可能性も、絶対にないとはいい切れないでしょう。
 しかし、ルーラ王国において、最高の教育が受けられるということだけは、疑う余地のない事実です。人材も環境も教育材料も、王国が長年に渡って心血を注ぎ、最高水準のものを整えているのが、王立学院なのですから。
 学ぶ意欲を持った、賢明なきみであれば、王立学院の授ける教育を、自分のものにしてくれるでしょう。わたしも、全力で応援したいと思っています。
 
 先日、話題に出ている書店を訪れたときに、他の書籍と一緒に、手紙の書き方の本も買ってみました。題名は、〈人との距離を縮めるためのちょっと気の利いた手紙の書き方〉という、あまり気が利いているとは思えないものです。
 他に適当な本が見つからなかったので、とりあえず購入したものの、結果は失敗ですね。〈素直に思ったことを書きましょう〉という、陳腐極まりない指摘に従ったところ、またしても学校の先生風になってしまいましたから。
 
 では、また。わたしなりに、改善を図ってみますので、次の手紙で会いましょうね。
 
 
     グレーのドレス姿が、とても素敵だろうと思う、レフ・ティルグ・ネイラ
 

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