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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-18

 りんりんりん、りんりんりん、りんりん、りんりん……。遥か遠くから、小さな鈴の音が聞こえている。耳を澄まさないと消えちゃいそうなくらい微かで、でも、どこまでも透き通った清らかな音。あれは、きっと、印をくれた鈴の神霊さんからの合図なんだって、ぼんやりと思った。
 
 鈴の音に導かれて、わたしの意識が、ゆっくりと浮上する。わたしの頬をそっとでてくれる、優しくて大きな働き者の手は、大好きなお父さん。わたしの手を握ってくれる、小さくてすべすべした綺麗な手は、大好きなお母さん。わたしってば、神霊さんごとお父さんの膝に抱き抱えられて、お母さんに手を握ってもらってるよ。
 まだ身動きもできず、目も開けられないまま、何とか記憶を呼び覚ます。スイシャク様とアマツ様の〈言霊ことだま〉を伝え終わった途端に、気を失っちゃったみたいなんだ、わたし。
 
 お父さんの膝に乗るのって、何年ぶりだろう? がっしりと固い男の人の膝なのに、優しくて、たくましくて、すごく落ち着く。お父さんの胸の音が、ちょっとだけ早い気がするのは、わたしが心配をかけちゃったからなのかな?
 完全な不可抗力ふかこうりょくってもので、強いていえば、原因はスイシャク様とアマツ様なんだけど、はっきりと目が覚めたら、お父さんたちに謝ろう。自由奔放な神霊さんと一緒にいると、常識人のわたしは、けっこう苦労するんだよ。だから、もう少しだけ、このままで……。
 
 そうして、気持ち良くうとうとしていたら、だんだんと周りの会話が聞こえてきた。スイシャク様とアマツ様は、やっぱり気配を薄くしているから、皆んな、あんまり気にせずに話し合ってるみたいなんだ。
 
「それで、いつ頃から大公家に入るつもりなの、フェルトさん?」
「具体的な話は、すべてこれからです、お義母さん。まず、いろいろな方に了解してもらわないと、一歩も先へ進めませんから」
「フェルトさんのお母様、サリーナさんは、賛成してくれているんでしょう?」
「はい。わたしの好きにしたらいいと、いってくれてはいるんですが、本心では、大公家に入ることを望んでいる気がします。母は、亡くなった父の戸籍を、クローゼ子爵家から抜いて、正しいものにしたいんだと思います。もちろん、何事もカペラ家の皆さんとご相談するようにと、重々いわれています」
「それだけじゃないぞ、フェルト。サリーナさんは、おまえの身の安全を第一に考えているんだ。宰相閣下が味方をしてくださるとはいえ、クローゼ子爵家が問われるのは、一族郎党いちぞくろうとうが罪に落とされる、外患誘致罪がいかんゆうちざいだからな。保険のひとつとして、おまえの父上とおまえ自身を、クローゼ子爵家の籍から無関係にしたいんだろう」
「……それは、そうかもしれません。それをいうなら、大公家も外患誘致罪が適用されるわけですが」
「いや、そうはならないと思うぞ」
「何か情報があるのか、ヴィド?」
「ああ。クローゼ子爵家の事件が始まった頃、王都にいる近衛騎士団の知り合いから、情報収集をしておくといっただろう? 昨日も、王城で何か噂されていないか、問い合わせたんだよ。結果からいうと、クローゼ子爵家の者たちが拘束されたことは、かなりの噂になっている。反面、あの元大公は、急病で危ないって、噂されているようなんだ。この流れは、内々に大公を裁いて、事実公表しない……っていうことじゃないか?」
「あれほどの大罪を、王家が隠蔽いんぺいするのか? 宰相閣下や神霊庁は、それを良しとされるのか?」
 
 うわぁ。またしても、十四歳の少女が聞いちゃいけない話をしているよ、皆んな。びっくりして、かなり興味が湧(わ)いちゃって、すこし意識が覚醒した。まだ、目を開けるところまではいかなかったけど。
 
「隠蔽というと聞こえは悪いが、王国のことを思えば、十分に考えられる選択だと思うぞ、マルーク。元大公が、王太子殿下と親しい関係にあることは、わりと知られた話だ。下手に突くと、話がそこまで飛び火しかねないからな。神霊庁も宰相閣下も、罪を償わそうとはされるだろうが、罪状そのものを表沙汰おもてざたにすることには、躊躇ちゅうちょなさるかもしれない。第一、元大公が外患誘致罪なら、王族ごと罪に問われるからな。王太子殿下だけじゃなく、陛下までも」
「それは……確かにあり得るな。となると、元大公は……」
「神霊庁で極秘に裁判を開いて、幽閉か処刑。世間的には病死と発表する……というあたりか。いや、それだと、オディール様に家督かとくがいかず、今の大公の子息が後継になるな。アイギス王国やヨアニヤ王国のことは触れず、誘拐事件に関わったことまでは公表する……か?」
「ああ。今の時点で、オディール様を女大公にと、話が決まっているということは、何らかの罪には問うんだろうな。何か聞いているか、フェルト?」
「予想という形でなら聞いています、お義父さん。元大公と子息は……その……婦女暴行の容疑がかなりあるし、税の不正取得も行なっているようです。宰相閣下は、誘拐事件のことは伏せて、そちらを公表なさるおつもりなのではないかと、オディール様とマチアス閣下が話しておられました。すべては神霊庁の裁判次第、さらにいえば、裁判に顕現けんげんなさる、ご神霊の御心みこころ次第ということにはなりますが」
 
 フェルトさんは、そういって口をつぐんだ。何となく、何となくだけど、わたしにも関わりのある話になった気がする。その証拠に、うとうとしたままのわたしに、皆んなの視線が集中している気がするんだよ。
 お父さんの膝の上が気持ち良くて、お母さんに握られた手が温かくて、もっとずっと眠っていたかったけど、さすがに無理なんだろうな。スイシャク様が、〈微睡まどろみの終わりは近し〉とかいうイメージを送ってきたのは、今、この場で、そろそろ目を覚ましなさいっていうことなんだよ……ね?
 
 重たいまぶたをあげようと、むにむにと顔を動かしていたら、気がついたらしいお母さんが、優しい声をかけてくれた。
 
「あら。起きちゃったのかしら、わたしの可愛い小鳥ちゃん?」
 
 今日は、子猫ちゃんじゃなくて、小鳥ちゃんなんだね、お母さん。頑張って目を開けると、まぶしいあかりをさえぎるようにして、お父さんがわたしを覗き込んでいた。
 
「起きたか、チェルニ? 大丈夫か? おれがわかるか?」
「もちろん、わかるよ。わたしの大好きなお父さんだよ」
「そ、そうか。良かった。正常だぞ、チェルニは」
「まあ、ずるいわ。わたしは? わたしのこともわかる、小鳥ちゃん?」
「そりゃあ、わかるに決まってるよ。わたしの大好きなお母さんだよ」
「ふふ、ふふふ。良かった。いつもの子猫ちゃんね」
「気分は悪くないか、チェルニ? 何か飲むか?」
「うん。喉が渇いたよ。わたしってば、気を失ってたりしたの、お父さん? どれくらいの時間が経ったの? どうしちゃったのかな、わたし?」
「一時間も経っていないから、大丈夫だ。おまえは、フェルトの求めに応じて、ご神霊の御言葉みことばを伝えてくれたんだ。いつもみたいな〈通訳〉じゃなく、おまえの口を通して、ご神霊の御言葉を直接聞かせていただいた。おまえがやったのは、〈神降かみおろし〉だよ、チェルニ。畏れ多いことだ」
「わたし、変じゃなかった? もしかして、ぴかぴか光ったり、目が銀色になったりしてなかった? あれって、夢かなぁ?」
「覚えているのか、チェルニ?」
「うん。はっきりしないんだけど、空気みたいに漂いながら、自分で自分を見ていたみたいな感じだったよ。わたしのいってること、わかるかな?」
「ああ。わかるとも。心配しなくても大丈夫だ。その…‥発光したりはしてたが、おまえが元気なら、大した問題じゃない。今は光ってないしな」
「そうよ、子猫ちゃん。いつもの天色あまいろの瞳も綺麗だけど、銀色の瞳も素敵だったわよ。本物の子猫ちゃんみたいだったわ。ねえ、あなた?」
「そうだな。あれはあれで、可愛かったぞ、チェルニ」
 
 うん。うちのお父さんとお母さんは、わりと大物なんじゃないかな。〈神降〉をして、ぴかぴか光っちゃう娘でも、気にしてないからね。普通は、もっと大騒ぎをしたり、最悪の場合は、娘と距離を置いたりしちゃうと思うんだ。大物っていうより、わたしのことを、それだけ大切に思ってくれているのかもしれないけど。えへへ。
 
 お父さんは、うれしそうに笑っちゃったわたしに、優しくうなずきかけて、そっと身体を起こしてくれた。見方を変えると、お父さんの膝の上に、しっかり座り直したわけだから、十四歳にもなった少女としては、かなり恥ずかしい。
 一緒になって抱きしめられている格好の、スイシャク様とアマツ様は、上機嫌な感じのイメージを送ってきた。〈仲良き親子の情こそは、いずれの世にても国のいしずえ〉〈我らが雛を守りしは、父なる者のたくましき腕、母なる者のたおやかなる手〉〈雛の微睡しかごは、無償の愛にて編まれたる〉って。神霊さんのご分体を、お父さんが抱っこしちゃってるのは、不敬には当たらないみたいだった。
 
 そのとき、わたしが目覚めると同時に立ち上がって、食堂から出ていったアリアナお姉ちゃんが、飲み物を持ってきてくれた。冷たいオレンジジュースと、常温のお水。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、本当に気配りの人だよね。
 わたしは、最初にお水を飲んでから、一気にオレンジジュースに口をつけた。喉がからからに渇いていたんだって、コップ二杯を飲み切ってから、初めて気がついたよ。無意識にやっちゃったらしい〈神降〉は、未熟なわたしには、けっこうな重圧だったんだろう……。
 
     ◆
 
 うるんで輝くエメラルドの瞳に、純粋な心配の色を浮かべたお姉ちゃんが、確かめるみたいに、わたしの顔を覗き込んだ。
 
「大丈夫、チェルニ? もっと持ってきましょうか? 温かいものの方がいい?」
「ありがとう、お姉ちゃん。もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね。わたしってば、ぴかぴか光ったり、目が銀色になったりしたから、びっくりしたでしょう?」
「もちろん、とっても驚いたけど、その後でチェルニが倒れちゃったことの方が問題だわ。わたしの可愛い、大切な妹に、あんまり負荷がかかるのは……」
 
 そういって、ちらっとスイシャク様とアマツ様に視線を投げたお姉ちゃんは、ちょっと、ほんのちょっと怖かった。何しろ、世にも尊いご神霊のご分体である二柱ふたはしらが、微かに身体を震わせたくらいだから。
 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、普段はおっとりして、虫も殺せないほど穏やかで優しいのに、大切な人が傷つけられると思ったら、即座に戦闘態勢に入っちゃうところがあるみたいだ。フェルトさんが、お尻に敷かれる未来が、ありありと見えるよ。フェルトさんなら、それもうれしいんだろうけどね。
 
 お姉ちゃんの身体から、怒りっていってもいいくらいの気配が、ゆらりと立ち上っているのを察知したフェルトさんが、慌てて口を挟んできた。
 
「いや、ごめん、アリアナさん。悪いのはおれだ。自分のちっぽけな誇りのために、ご神霊に不敬を働き、結果的にチェルニちゃんにまで、大変な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない、アリアナさん。ごめんよ、チェルニちゃん」
「……フェルトさんが、ああいった疑問を持つのは、当然だと思うんですけど……」
「あの、心配かけてごめんね、お姉ちゃん。わたし、本当に大丈夫だから。ね? ね?」
 
 わたしとフェルトさんが、必死になってアリアナお姉ちゃんをなだめていると、お父さんが、めったにないくらいの厳しい声でいった。
 
「やめなさい、アリアナ。不敬だ」
「でも、お父さん」
「でも、じゃない。尊きご神霊には、人の子にはわからないお考えがあるんだろう。チェルニが嫌だといわない限り、周りが口出しする権利はない。心配だからといって、求められもしないのに干渉するのは、人としてのぶんを忘れた、傲慢な者の流儀りゅうぎだ。違うか、アリアナ?」
 
 びっくりした。本当に、ものすごくびっくりした。優しくて賢いアリアナお姉ちゃんが、お父さんに叱られているところなんて、ほとんど見たことがなかったんだ。しかも、お父さんの口調も、叱っている内容も、わたしまで怖くなっちゃうくらい厳しいよ。
 アリアナお姉ちゃんも、かなり衝撃を受けたみたいで、顔色をすっと青くして、唇を震わせた。可憐なアリアナお姉ちゃんだけに、すごく痛々しいんだけど、お父さんは視線をゆるめようとしないんだ。
 
「アリアナ?」
「……はい。ごめんなさい、お父さん」
「叱られたから謝るのか? おまえ自身が、納得しての謝罪か? 怒らないから、いってみなさい」
「納得しました。いつもいつも、チェルニをいつくしんでくださるご神霊に、あまりにも不敬な態度でした」
「わかったら良い。何をしたら良いのか、わかるな?」
 
 はい、と返事をしたお姉ちゃんは、床に両手をつき、額を床につけて、スイシャク様とアマツ様に謝罪した。優しい二柱は、すぐに〈衣通そとおりは情愛深き者ゆえ〉〈神をも恐れぬ愛こそは、人の子のほまれ也〉〈愛を妄執もうしゅうにせぬように、魂魄こんぱくを磨くが吉〉って、許してくれたけどね。
 わたしが、二柱の送ってくれたイメージを〈通訳〉すると、お父さんは大きくうなずいて、お姉ちゃんにいった。
 
「分別を失った愛情は、簡単に妄執となる。御二柱から賜った御言葉を、忘れないようにしような。おまえも、おれも、おれも、おれも」
「お父さんったら……。本当にごめんなさい、お父さん。チェルニも、ごめんね」
「ううん。お姉ちゃんが心配してくれて、うれしいよ。嫌だったらちゃんというから、そのときは助けてね?」
「もちろんよ、チェルニ。私の命に代えても」
「……いや……そこまで重く考えてもらわなくても……」
「わかったら良い。おいで、アリアナ」
 
 そういって、お父さんは、アリアナお姉ちゃんを引き寄せた。右腕でわたしを支えたまま、左腕一本でお姉ちゃんを抱きしめたんだ。そんな様子を眺めていたお母さんは、満面の笑みをうかべていった。
 
「もう、ダーリンったら。かっこ良いんだから」
「だよねぇ。わたしもそう思うよ。お父さんってば、すっごくかっこ良いよね、お母さん」
「わたしの娘たちの夫になる人は、本当に大変ね。わたしのダーリンを超えていかないといけないんだもの。頑張ってね、フェルトさん?」
「かなり厳しい勝負ですが、頑張ります、お義母さん」
「ねえねえ、フェルトさん」
「何かな、チェルニちゃん?」
「わたし、途中で気絶しちゃったから、よくわからないんだけど、フェルトさんは、スイシャク様やアマツ様のお言葉に納得できたの?」
「ああ。もう何の迷いもなく、自分が正しいと信じられることをするよ。ありがとう、チェルニちゃん。きみのお陰だ」
 
 フェルトさんは、本当に気持ちの整理がついたみたいで、一段と凛々しい表情になっていた。ん? ということは、今の話の流れからいって、フェルトさんが大公家の後継になるのって、決定事項なんだろうか?
 わたしの疑問に答えてくれたのは、わたしとお姉ちゃんを、両手で抱きしめたままのお父さんだった。
 
「おまえが気を失っている間に、皆んなで話し合ったんだよ、チェルニ。フェルトは、大公家の後継になる。本音をいえば、可愛い娘たちには、もっと普通の男と結ばれて、平凡な幸せをつかんでほしかったんだが、こればかりは仕方がないからな」
「そうなんだ。アリアナお姉ちゃんが貴族の奥様になっちゃっても、わたしのアリアナお姉ちゃんだよね? 会えなくなったりしないよね?」
「もちろんだよ、チェルニちゃん。きみたちから引き離そうとしたら、おれの方がアリアナさんに捨てられるよ」
「お姉ちゃんは、それでいいんだよね?」
「わたしも、いろいろと考えはしたんだけど、フェルトさんについて行こうと決めているのよ、チェルニ。フェルトさんのおっしゃる通り、ご神託しんたくに従う意味でも、その方がいいと思うし」
「わたしの身分がどうであれ、アリアナさんのことは、命を懸けて守る。きみのこともだよ、チェルニちゃん」
「……。あのさ、フェルトさんが、わたしを守ろうとしてくれているのって、その、神託と関係してるんだよね? ひょっとして、わたしが、〈神託の〉だったりするのかな、お父さん? さっきまでは、そんなはずはないって思ってたんだけど、わたしってば、いつの間にか発光する少女になっちゃったからさ……」
 
 気がついたら、わたしは、そう尋ねていた。だって、はっきり思い出したんだよ。わたしが気を失う直前、スイシャク様とアマツ様は、確かにいったんだ。〈我らが雛よ〉って、厳かに神々しい〈言霊〉で。
 〈神託の巫〉って、呼びかけられたわけじゃないけど、これまでに何回も何回もいわれてたよね? 〈神託の巫は雛にして、今しばらくは微睡の内〉って。だったら、ご神霊に〈眷属けんぞく〉だっていわれて、〈雛〉って呼びかけられるわたしは……。
 
 突然の質問だし、自惚うぬぼれもいいところなのに、食堂にいる皆んなは、誰も驚かなかった。笑いもしなかったし、呆れたりもしなかった。ただ、真剣な顔をして、わたしとお父さん、スイシャク様とアマツ様を見つめているだけだった。
 お父さんは、深い森の中の湖みたいに澄んだ紺色の瞳で、じっとわたしの顔をのぞき込んだ。ちょっと困ったような、苦しいような、悲しいような、優しい顔。そして、スイシャク様とアマツ様が、沈黙を守っている様子を見て、こういった。
 
「おれには、答えられないんだ、チェルニ。おれだけじゃなく、この現世うつしよの誰であれ、おまえに答えることはできない。〈神告しんこく〉は、人の子には過ぎた行いだから。それが許されているのは、いとも尊きご神霊と、ご神霊の化身であられる〈神威しんいげき〉、ただお一人なんだ。もう少し待とうな、チェルニ。少なくとも、明日になれば、神霊庁のコンラッド猊下が、ある程度はお話しくださるだろう。そのことも含めて、猊下は、われわれを訪ねようとしてくださっていたんだ」
 
 わたしは、身体中から力が抜けて、お父さんのたくましい胸に寄りかかった。答えられないっていうけど、否定をすることはできるはずだから、つまりは、そういう意味じゃないのかな、お父さん?
 〈神告〉っていう言葉は、町立学校でも教えられた。ご神霊からの啓示けいじで、人の身には理解できない定めを、ご神霊が教えてくれるんだって。神霊さんから、直接〈言霊〉が降りてくるのが神託、人の口を通じて神託を伝えるのが〈神告〉。そして、ご神霊の〈神告〉を行う資格を持つのは、現世うつしよでは巫覡ふげきだけなんだ……。
 
 お父さんの胸の音は、またちょっとだけ早くなった。わたしは、さすがに混乱しちゃってたんだけど、その心音を聞いているうちに、だんだんと気持ちが落ち着いてくるのがわかった。お父さんが〈待て〉っていうなら、黙って待っていようって。ネイラ様だって、王立学院の試験が終わったら、〈月の銀橋で会いましょう〉って、いってくれてるんだから。
 大好きなお父さんと、すっ、好きな人の言葉なら、受け入れるに決まってる。しつけの行き届いた犬並みに、〈待て〉のできる少女なのだ、わたしは。
 
 今晩は星の綺麗な夜だから、明日もきっと秋晴れの一日になるだろう。スイシャク様とアマツ様は、神霊庁を見学するのを楽しみにしているし、わたしはクニツ様の〈通訳〉もしなくちゃいけない。そして、お父さんの言葉の通り、コンラッド猊下が、きっと何かを教えてくれるんだろう。
 スイシャク様とアマツ様の、労るような気配に包まれながら、わたしは自分を奮い立たせた。そう、明日はいよいよ、神霊庁に行くんだから!