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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 46通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 お父さんのキャラメルを喜んでもらえて、わたしもうれしいです。ネイラ様のお母さんが、一日に食べる数を決めちゃった話をしたら、うちのお父さんも、とっても喜んでいました。ブランデーケーキとは別に、キャラメルも定期的にお届けするそうなので、召し上がってくださいね。(お菓子ばっかりで忘れそうになるんですけど、お父さんのパンやお料理だって、ものすごくおいしいんです。本当に、いつか食べにきてほしいです)

 実は、キャラメルって、作り方はわりと簡単なんです。材料をお鍋に入れて、火にかけて、焦がさないようにひたすら混ぜるだけ。簡単だからこそ、作る人によって、出来上がりに大きな差が出るんですけどね。
 うちのお父さんは、キャラメルを作っている間、絶対にお鍋の前から離れません。お鍋をじっと見つめたまま、ぐるぐるぐるぐる、木べらでかき混ぜてます。(調理器具の木べらって、わかります?)かなり時間がかかるので、退屈しないのかなって思ったら、その間はずっと歌を歌ってるんだそうです。

 料理に唾液が飛んだりすると大変だから、清潔第一の〈野ばら亭〉の厨房では、お鍋やフライパンの前にいるときは、会話は禁止です。もちろん、歌うなんてとんでもないことなので、口を閉じて、声を出さないようにして、頭の中だけで歌うんです。
 いつもじゃないけど、料理を作っているうちに、音楽が流れてくることがあるんだって、お父さんはいってました。歌の種類はいろいろで、流行りの歌もあれば民謡もあるし、一度もお父さんが聞いたことのない、変わった旋律もあるらしいです。そして、たくさんの歌が流れてくるときほど、料理もおいしくなるんですって。不思議ですね。

 ネイラ様に送るキャラメルを作るときは、アリアナお姉ちゃんも手伝っていました。お父さんが、何となく〈アリアナがいた方がいい〉って思ったからです。
 うちの家の台所で、お父さんが真剣にお鍋をかき回して、その少し後ろでは、アリアナお姉ちゃんが、ずっとお父さんが決めた歌を歌っていました。お父さんがくるっと振り向いて、〈アリアナ、《日輪はきらめきて》を歌ってくれ〉とか〈次は《月光の乙女》だ〉とかいうと、お姉ちゃんは、鈴みたいに綺麗な声で、いわれた通りの歌を歌ったんです。
 かなり意味不明な光景だったんですけど、スイシャク様とアマツ様は、すごく喜んでいました。神霊さんにとっては、きっと意味のあることなんでしょうね。

 ネイラ様に食べてもらうんですから、当然、わたしも手伝おうとしましたよ? でも、〈わたしも歌っていい?〉って聞いたら、お父さんは、断固として拒否したんです。〈すまん、チェルニ。最愛の娘の願いでも、味だけは落とせない〉って。ちょっとひどくないですかね、お父さんってば。
 わたしは、そりゃあ音痴ですけど、歌の上手い下手は、関係ないと思ったのに。いつも優しいスイシャク様とアマツ様も、わたしのいうことは何でも賛成してくれるお姉ちゃんも、黙って目をらしていましたよ……。

 そういえば、スイシャク様とアマツ様に一緒にいてもらって、ヴェル様に勉強を教えてもらって、スイシャク様の雀で情報収集をしているうちに、クローゼ子爵家の事件も、終盤に差しかかったんですよね? 本当にあっという間だったし、あんまり危険だったっていう実感もありません。
 わたしってば、本当に何の役にも立ちませんでしたけど、十四歳の少女は、大人しく守ってもらうのが仕事ですもんね。開き直って、残りの時間もしっかりと守ってもらいたいと思います。スイシャク様とアマツ様の紅白の光で、ぐるぐる巻きにされているので、ネイラ様も、どうか安心してください。

 では、また。次の手紙で会いましょうね!

     いろいろと不器用であることを自覚しつつある、チェルニ・カペラより

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歌はともかく、とても愛らしい声をしていると思う、チェルニ・カペラ様

 宛名を書いたところで、しばらくペンが止まりました。〈歌はともかく〉というのは、ひょっとすると失礼だったでしょうか。書き直そうかとも思ったのですが、きみに送る手紙には、そのときの素直な気持ちをつづろうと決めているので、そのままにします。気分を悪くさせてしまったら、すみません。

 そういえば、作り方は簡単だというキャラメルは、とても手間のかかる菓子だそうですね。きみの父上が作ってくれたキャラメルを、両親と一緒に食べているときに、母の侍女から教えてもらいました。作る量によっては、一時間も鍋をかき混ぜなくてはならないと聞いて、大変驚きました。
 わたしたちが簡単に口にしている一粒に、どれほどの手間がかかり、どれほどの誠意が込められているのかを考えると、すぐには言葉も出ませんでした。わたしにとって、食べ物とは、〈自動的に目の前に並べられるもの〉であり、作る人の手間も、そこに込められた思いも、何ひとつ理解していなかったのではないかと、恥ずかしくなりました。これで、また、きみに教えられましたね。ありがとう。

 前々から思っていたのですが、きみの父上は、神職に近い感性を持っているのではないでしょうか。神霊庁では、神事用の〈神饌しんせん〉を作るときに、神楽かぐらを受け持つ神職を控えさせ、歌舞をそうすることがあります。場を清らかにし、少しでも神霊の心に沿うような〈神饌〉を作るためです。
 きみの父上は、無意識のうちに、同じことをしていたのではないでしょうか。また、その父上に見込まれたアリアナ嬢も、神職としての才があるように思います。きみは……特別な才能を持った人なのですから、音痴だとしても、あまり気にする必要はないのではないでしょうか。本当に。

 ブランデーケーキやマロングラッセに続き、大変な手間のかかるキャラメルを、たくさん送ってもらったのだからと、わたしの両親が、きみの父上へのお礼を用意しています。値の張るものを送ったりしたら、喜ばれないばかりか、心証を悪くしてしまう可能性が高いと思い、わたしが許可したものだけを送るように、固く約束してもらいました。
 具体的にいうと、ネイラ侯爵家の領地から届いた何種類かの果物を、一応常識の範囲内といえるだけの量、用意しています。父も母も、〈レフに常識を問われる日が来るとは……〉とつぶやいていたのは、聞かなかったことにしています。

 クローゼ子爵家の事件が終わったら、きみの自宅に届くよう手配する予定です。白桃は特に美味しいと思いますので、きみも食べてくださいね。

 では、また、次の手紙で会いましょう。

     きみがしっかりと守られてくれることに、大変に感謝している、レフ・ティルグ・ネイラ

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