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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 50通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今日は、めずらしく、クローゼ子爵家の事件のことについて、書いてみたいと思います。だって、あまりにも驚いて、ちょっと感動しちゃったんです。ヴェル様って、ネイラ様の執事さんで、神霊庁の神使様なのに、どうしてあんなに強いんですか!?

 ネイラ様も、マルティノ様たちからの報告を、聞いてもらっていると思いますが、クローゼ子爵家の人たちは、いよいよ追いつめられてきたみたいです。フェルトさんが、全然、まったく、クローゼ子爵家の思い通りに動かないから、ついに実力行使に出たんですよ。
 〈野ばら亭〉に火をつけて、お父さんとお母さんを、お客さんごと焼き殺して、わたしを誘拐する。そして、わたしを〈えさ〉にして、フェルトさんに命令を聞かせる……。改めて書いてみると、絶対に許せない人たちだし、本当に危なかったんだって、震えそうになります。
 スイシャク様とアマツ様、そしてネイラ様が力を貸してくれていなかったら、どんな目に遭っていたんでしょうね、わたしたち。(改めて書きます。わたし、チェルニ・カペラは、心の底からネイラ様に感謝しています。ありがとうございます。いつか必ず、ネイラ様の役に立つ人になって、ご恩を返しますからね!)

 ついつい、怖かったことを書いてしまいましたが、わたしは大丈夫です。怖いなって思ったときには、スイシャク様とアマツ様が、すぐに紅白の光でぐるぐる巻きにしてくれますし、家を襲撃された衝撃は、ヴェル様と〈黒夜こくや〉の女の人の活躍で、すっかり上書きされてしまいました。とにかく、すっごかったんですよ、ヴェル様たち。

 ヴェル様は、銀色の短い杖を左右に持って、武器にしていました。明らかに暴力に慣れた男の人たちが、何人も襲ってきたのに、ヴェル様は顔色ひとつ変えず、優雅な足取りで近づいていって、ほんの数回だけ銀色の杖を振りました。ひゅん、ひゅん、ひゅんって。たったそれだけなのに、武器を持った犯人たちは、声もなく倒れていったんです。

 ものすごく強くて、かっこ良くて、頼もしかったんですけど……いくら何でも、怖すぎないでしょうか?
 だって、ヴェル様ってば、急所しか狙わないんですよ? わたしみたいな少女から見ても、ヴェル様と犯人たちの間には、絶対的な実力の差があるのに、一切容赦なし! 途中からは、ヴェル様がとんでもなく強いことがわかったので、犯人たちが死んじゃって、わたしの家が殺人現場になるんじゃないかって、そればっかり気になっちゃいましたよ……。

 怖いといえば、〈黒夜〉の女の人も、めちゃくちゃ怖かったです。優しそうで穏やかそうな感じの女の人で、人と口げんかをしたこともなさそうなのに、ヴェル様と同じくらいか、それ以上に容赦がないんです。やっつけた犯人が、逃げ出さないようにするために、ばきばき骨を折っていくんです。優しくて穏やかな顔のまま……。
 スイシャク様とアマツ様も、ヴェル様の活躍は楽しそうに見ていたのに、〈黒夜〉の女の人が、ばきばき骨を折り出したときには、ちょっと羽根が膨らんでいました。あれって、多分、怖かったんじゃないかと思います。

 ネイラ様に質問なんですけど、ヴェル様って、どうしてあんなに強いんですか? ネイラ様が、この現世うつしよで最強の騎士だっていっても、執事であるヴェル様まで、強くなくても良いですよね?
 高位貴族のお家の執事さんって、いったいどういう人たちなのか、新たな疑問に直面しているわたしです。

 ともあれ、わたしと家族は、身体的にも精神的にも無事ですので、安心してくださいね。本当にありがとうございます。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     〈黒夜〉の女の人の強さに、ちょっとだけ憧れちゃった、チェルニ・カペラより

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精神的な負担があるにもかかわらず、健気に頑張ってくれている、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙を読んで、安心すると同時に、自分への強い怒りを感じました。今回の事件では、現世うつしよの〈ことわり〉に沿って、犯人たちを捕縛し、証拠を押さえることを前提に動きましたが、きみに怖い思いをさせてまで、そうする必要があったのだろうか、と。

 きみの安全が守られることは、最初からわかっていました。わたしたちも手抜かりはしませんし、二柱ふたはしらが側に居て、数多の神々の守護を受けるきみに、犯人どもが近づけるはずがないからです。
 警備の厳しい王城で守られている王族よりも、自身が強い力を持つ神使たちよりも、キュレルの街の少女であるチェルニ・カペラ嬢の守護こそが、最強だといっていいでしょう。この現世において、わたし以外の者が、わずかでも神霊の守りを破ることは、天地がくつがえってもあり得ないのです。

 しかし、きみの身が安全だからといって、きみの心まで守られるとは、限りませんでしたね。まだいとけなく、優しく、思い遣り深いきみの心に、余計な傷をつけてしまったのではないかと考えると、いたたまれない気持ちになります。
 証拠と手順を必要とするのは、人の理と法で裁こうとするからであり、神の裁きには、真実以外のものは何ひとつ必要ではありません。クローゼ子爵家の事件に関係する者たちは、きみの目に触れる前に、神罰を下してしまえば良かったのではないかと、反省しています。この経験は、必ず次回に活かしますので、許してもらえれば有り難く思います。

 ちなみに、きみのいう〈アマツ様〉に意見を聞いたところ、無言で青白く燃え盛っていました。つまりは、神の業火ですべてを焼き尽くしたいらしく、なだめるのに時間がかかったほどです。ああして、他者が暴走する様子を見ていると、少し冷静になるものなのですね。
 神の理と神の法、人の理と人の法。神と人とが近しく絆を結び、共に生きる神霊王国だからこそ、その距離の取り方が難しいように感じます。そして、いつもながら、わたしが物事を見つめ直す契機になってくれるきみに、深い感謝を捧げたいと思います。ありがとう。

 パヴェルが、なぜ強いのかと聞かれると、パヴェルの趣味だとしか答えられません。騎士ならともかく、わたしの執事に武力は必要ありませんし、そもそもパヴェルは、わたしが生まれる前から武闘派なのです。
 王立学院の主席として、将来を嘱望しょくぼうされていた十代の頃から、パヴェルは騎士にも勝る剣の名手だったそうです。王立学院を卒業するときには、王城の官吏と近衛騎士団が、パヴェルを獲得しようとして激しく争い、結果的に神霊庁へと入職した顛末てんまつは今も語りぐさになっています。
 ずけずけとものをいうようでいて、自らを誇ることのないパヴェルですので、そのあたりの逸話いつわは、いつかお教えしましょうね。

 では、また、次の手紙で会いましょう。もし、少しでも不安を感じることがあったら、手紙を書くまでもなく、〈アマツ様〉にことづけてくださいね。約束ですよ。

     きみに会いに行くのが遅すぎるといわれ、密かに悩んでいる、レフ・ティルグ・ネイラ