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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 70通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今日は、お礼をいわせてください。ネイラ様は、わたしにとっても親切にしてくれて、いつもありがたいなって、感謝しているんですが、今回も本当に助けられました。ありがとうございます!

 何のことかっていうと、神霊庁の裁判です。さっき、ネイラ様が、お父さんに送ってくれた手紙について、内容を教えてもらいました。アリアナお姉ちゃんとフェルトさんが、クローゼ子爵たちを神霊庁に告発した件で、神霊庁から事情を聞かれるんだって。そして、神霊さんから〈通訳〉を依頼されちゃったから、わたしも〈事情聴取〉っていうものを受けるんだそうですね。
 ヴェル様が、王都に戻るとき、いろいろと話を聞かせてくれたので、神霊庁から呼び出しがあるんだろうって、予想はしていました。アリアナお姉ちゃんはもちろん、わたしだって、事件解決のためには、何だって協力する覚悟です。ただ、わたしたちは、こちらから神霊庁に行くんだって、頭から思い込んでいたんですよ。

 ネイラ様からの手紙で、大神使だいしんしであるコンラッド猊下げいかが、他の神使の方を連れて、うちの家まで来られるつもりだってわかって、わたしは、ちょっと目の前がくらくらしました。キュレルの街の民家を、大神使様のご一行が、わざわざご訪問になるって……。街の人たちが知ったら、腰を抜かしちゃいますよ。
 わたしたちじゃなく、神霊さんへの敬意なんだって、ちゃんと理解しています。多分、目立たないように配慮して、お忍びで来てもらえるっていうのもわかってます。それでも、ルーラ王国の最上位で、国王陛下と同格である大神使猊下の訪問なんて、おそれ多いんですよ。(じゃあ、神霊さんが畏れ多くないのかっていうと、それはまた別の話です)

 お父さんからネイラ様へ、もうお返事をさせてもらったと思います。カペラ家の総意として、今回の件は、わたしたちからの訪問一択いったくです。アリアナお姉ちゃんも、フェルトさんも、もちろんわたしも、神霊庁に行かせていただきます。一回で終わらないようなら、何回でも行きますので、コンラッド猊下を止めてください。本当の本当に、お願いします。

 ちなみに、アリアナお姉ちゃんが当事者になったので、神霊庁の裁判について、あれから少し調べてみました。本を読んで驚いたことに、神霊庁の裁判って、神霊庁が判決を出すとは限らないんですか? 神霊庁の公式な説明として、判決の項目に〈人が裁けぬほどに罪重き者は、おん神々が裁かれる〉って、書いてありましたから。
 普通に読むと、神霊さんたちのご意向を受けて、神霊庁が罰を決めるようにも思うんですけど、ひょっとしてひょっとすると、神霊さんが直接的に断罪してしまう場合もあるんじゃないでしょうか。普段はべろんと伸び切っているのに、ときおり、巨大な神威しんいを漂わせているクニツ様の様子を見ていると、何となくそんな気がしたんですよ。

 ともあれ、神霊さんから与えられたお役目だし、アリアナお姉ちゃんとフェルトさんの役に立ちたいし、わたし、チェルニ・カペラは、精一杯〈通訳〉の仕事をしたいと思います。神霊庁での聴取も、頑張ってきますからね。

 次の手紙で会える頃には、わたしたちは、王都にいるかもしれません。(お父さんとお母さんから、いろいろな下準備のために、王都に行こうっていわれているんです。いろいろって、何のことでしょうね?)そう思うと、何となく不思議な気持ちになりますね。

     神霊庁を訪問するのを、密かに楽しみにしている、チェルニ・カペラより

追伸/
 問題の編みぐるみは、毛糸の選定を終えました。お姉ちゃんに特訓してもらいながら、完成に向けて根気よく努力する決意です。ちなみに、今回の毛糸は、青味のある灰色の毛糸と、鮮やかな赤い毛糸です。基本は灰色で、たてがみだけ赤にしようと思います。目として縫い付けるのは、鏡みたいな硝子がらすのぼたんの予定です。頑張ります!

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物事の本質を知るに足る、優れた洞察力を備えている、チェルニ・カペラ様

 わたしの提案が、きみの希望に合致したのであれば、とても嬉しく思います。きみの父上からも、大変に丁寧なお礼状をもらいました。役に立てたようで、良かった。

 ただ、コンラッド猊下……わたしの傅役もりやくだったじいは、カペラ家への訪問を、諦めてはいないと思います。爺は、わたしの友達であるきみに対して、並々ならぬ興味を持っていますし、すでに大きな好意を感じていて、個人的に親しくなりたいと熱望しているからです。
 出会い場所が神霊庁であれば、どうしても堅苦しさは抜けません。場の空気というものもありますし、おのずと、大神使としての立場に相応しい言動になりがちです。爺は、それが嫌で、自分からカペラ家を訪問したがっているのだと思います。まあ、最大の理由は、パヴェルがカペラ家での日々を自慢したことでしょうが。パヴェルは、すぐに師である爺を揶揄からかいたがる、困った弟子なのです。

 神霊庁での判決については、推察の通りです。きみは、可憐で幼気いたいけな少女でありながら、優れた洞察力を備えているのですね。故意にわかりにくく説明されており、そうとは察することのできない者も多いので、感心してしまいました。
 ちなみに、〈御神々が裁かれる〉という文言もんごんは、ふた通りの結果につながります。一つは、神使の一人が使う、〈神秤しんしょう〉という神器じんきによって、罪の重さを示されるもの。この場合、はかりの傾きから罪の重さを測り、現世うつしよの刑罰を与えます。
 もう一つは、神々が、直接的に裁きを下すもので、この場合は、現世の刑罰の及ばないところで、罪人たちが罰を受けます。パヴェルがきみに見せた、〈鏡界きょうかい〉に数限りなく浮かんでいた、囚われの鏡たちは、ほとんどが神々の裁きの結果だといっていいでしょう。

 裁きの話題で、手紙を締めくくるというのも、味気ないように思いますので、わたしからも、編みぐるみの話題を一つ。前回の手紙に書いたように、編みぐるみの本は発注したものの、考えてみれば、わたしは一度も編みぐるみというものを見たことがなかったのです。そこで、手芸が得意な奥方を持つ、副官のマルティノに頼んでみました。奥方が編みぐるみを作成した経験があるのなら、参考までに実物を見せてもらえないだろうか、と。
 忠実な部下であるマルティノは、二つ返事で引き受けてくれました。奥方の手元に、編みぐるみがあれば、明日にでも見せてもらえるかもしれません。とても楽しみです。

 では、また。次の手紙で会いましょう。きみが王都にいるのなら、少しは身近に感じたいのですが。

     桜色の子猫で、青い硝子の瞳の編みぐるみを作成するつもりの、レフ・ティルグ・ネイラ