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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-29

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 今朝は、見事な秋晴れだった。えいやって、元気良く起き上がって、出かける準備を開始する。今日は、わたしにとって大切な一日、ついに迎えた王立学院の入試日なんだから。
 わたしの枕元では、真っ白でふくふくのスイシャク様と、真紅でつやつやのアマツ様が、微かな寝息を立てていた。〈神霊さんって、人の子みたいに寝るものなの?〉とか、〈わたしが起き上がっても、そのままなんだ……〉とか、疑問に思うこともあるけど、もう慣れちゃったし、可愛いから何の問題もない。ないったら、ない。
 二柱ふたはしらに守ってもらっているっていう、何とも贅沢ぜいたくな安心感のお陰で、わたしの目覚めは清々しい。自分の力を発揮して、堂々と入試に挑戦しようって、決意も新たな朝だったんだ。
 
 気分だけは勢い良く、でも、実際はそっと部屋を出て、顔を洗いに行く。新しい王都の家は、お母さんが大々的に改修してくれたから、水回りも新しくなっていて、とっても気持ちが良い。わたしとお母さん、アリアナお姉ちゃんの三人が、一緒に洗面所を使っても大丈夫なくらい、広くて快適なんだ。
 しっかりと身支度をして、自分の部屋に戻ると、そこにはいつもの光景が広がっていた。朱色の鱗粉を振りまきながら、優雅に部屋を旋回せんかいする、神々しい真紅のご神鳥と、尊い光に包まれて、先の方だけ可愛い薄茶色の混じった羽根を伸ばしている、ふくふくした純白のご神鳥……。いとも尊い二柱が、毎朝見せてくれる朝のご挨拶なんだ。うん。相変わらず、とっても〈ありがたい〉感じだよね。
 
 腕の中のスイシャク様、肩の上のアマツ様と一緒に、食堂に降りていくと、もう皆んなが揃っていた。お父さんとお母さん、アリアナお姉ちゃんが、広い食卓に着いていて、ご飯を食べ始めている。本当だったら、神霊さんより先に食べるなんてことはありえないし、全員が正式な座礼を取って、二柱に朝のご挨拶の祝詞のりとを捧げるべきところだけど、皆んな、丁寧に頭を下げただけだった。スイシャク様とアマツ様が、いちいち丁寧な礼を取る必要はないって、いってくれたからね。
 〈共に暮らしたりけるに、座礼は不要〉〈人の子の言う家族とは、儀礼を行わぬ間柄らし〉〈我らの《やしろ》にて、重々しき礼は要らざる也〉だって。わたしたちって、いつの間にか二柱に〈家族扱い〉されているみたいで、さすがのわたしも、最初はおそれ多さに震えちゃったよ。
 
「おはよう! わたし、遅くなっちゃったかな?」
「大丈夫。まだ余裕があるわよ、子猫ちゃん。今朝も元気いっぱいね。良く眠れた?」
「ぐっすりだよ、お母さん。スイシャク様とアマツ様が、枕元にいてくれると、すっごく良く眠れるんだ。極上の羽毛布団に包まれてるみたいな感じで、ぬくぬくだよ」
「あぁ、何だ、チェルニ。羽毛布団っていうのは、さすがにちょっと不敬じゃないのか?」
「おはよう、お父さん。多分、大丈夫かな。そろそろ朝晩は寒くなってきたから、羽毛布団を出そうとしたら、なぜか二柱とも不機嫌だったから。〈我らに勝りし羽毛など、現世うつしよに有るはずもなし〉って」
「まあ、御神霊がそうおおせなら良い……のか?」
「おはよう、チェルニ。今日は頑張ってきてね。チェルニのことだから、何の心配もしていないけど、力を発揮できるように祈っているわ」
「ありがとう、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、今日は神霊庁?」
「ええ。ご神きょうのことについて、学ばないといけないし、裁判のこともあるしね。お母さんが一緒に行ってくれるから、心配はいらないわよ」
「王立学院と神霊庁は、同じ王城の敷地の中だから、お昼ご飯は届けるし、帰りは迎えにいくわね、子犬ちゃん。まあ、あの広さを敷地っていうのは、違和感があるけど」
「ありがとう、お母さん。お父さんは、わたしと一緒に王立学院まで行ってくれるんだよね? 本当に良いの?」
「もちろんだ。可愛い娘の大事な日なんだから、見守るに決まってるだろう。送迎する父兄用に、待合室も用意されているそうだから、気にすることはないぞ。昼飯の用意もしてあるから、皆んなで食べような。それで、御二柱は……」
「試験会場の中まで、ずっとついてきてくれるんだって。止めてもむだだと思うよ、お父さん。不正をするわけじゃないから、かまわないはずだって、聞いてくれないよ。アマツ様なんて、ネッ、ネイラ様のときも一緒だったから、〈苦しからず〉だってさ」
 
 そんな話をしながら、わたしは、おいしく朝ごはんを口にした。入試の日だからって、特別なものを食べちゃうと、逆に緊張するかもしれないからって、いつも食べているような普通の朝ごはん。ヴェル様たちにいわせると、だからこそ〈この現世うつしよでもっとも贅沢ぜいたくな朝食〉らしい。
 今朝の卵料理は、ふわふわのオムレツだった。定番中の定番メニューなんだけど、ただのオムレツじゃなくて、マッシュルームとポルチーニのオムレツ。中の具は、二種類のきのこと玉ねぎ、小さく切ったベーコンで、ソースはペーストしたきのこを使ったクリームソースなんだ。サラダは、身体を温めてくれる色とりどりの温野菜のサラダと、血がさらさらになりそうなくらい爽やかな香草のサラダ。わたしの大好きなじゃがいもは、千切りにしてチーズを混ぜ合わせた、かりかりのガレット。〈野ばら亭〉から持ってきてくれたソーセージは、燻製したチップの香りが素晴らしくて、噛んだ瞬間に肉汁が弾け飛ぶ。スープはコンソメで、具がまったく入っていない潔さなんだけど、一口飲んだだけで、ありとあらゆる旨味が舌の上に広がるんだ。
 今朝の焼き立てパンは、歯応えが魅力の田舎パンと、ドライトマトとバジルを練り込んだパンと、バターたっぷりのクロワッサン。添えられているのは、新鮮な自家製バターと自家製のジャムが数種類。微かな塩味だけの田舎パンに、冷たいバターをたっぷり乗せて、少しだけりんごジャムを足すのが、わたしのお気に入りの食べ方なんだ。
 
 わたしは、スイシャク様とアマツ様にお給仕をしながら、自分もせっせと口に運んだ。神霊さんたちとご飯を食べるのも、慣れてきちゃったから、わりと素早いんだよ、わたし。ふわふわのオムレツは、おいしいソースごとスプーンですくって、スイシャク様とアマツ様に一口ずつ。自分のスプーンに持ち替えて、わたしも一口……。
 せわしないといえばせわしないけど、スイシャク様もアマツ様も、羽根をふくふくに膨らませて、おいしそうに食べてくれるから、ただでさえおいしいお父さんのご飯が、もっとおいしくなる気がするよ。
 
 一緒に王都に来てくれた、ルルナお姉さんが運んでくれた紅茶を飲んでから、わたしは、着替えをするために部屋に戻った。着ていく洋服は、王都に来る前に決めてある。動きやすくて、真面目そうで、きちんとしていて、派手じゃない服が良いって、お母さんやお姉ちゃんと相談したんだ。
 わたしたちが選んだのは、白いえりと袖のついている、紺色のワンピースだった。全体的に大人しいデザインだから、受験生が着ていても違和感がないと思う。寒さ避けに、ネッ、ネイラ様にもらったサクラ色のショートマフラーをふんわりと巻いて、アリアナお姉ちゃんが作ってくれた、赤いリボンの髪留めをつけたら、清楚で真面目な受験生のできあがりだ。
 
 王立学院では、内部進学の貴族の子たちも、同じ会場に集まるらしい。進学は決まっているけど、学力別にクラスを分けたりするから、一般の受験生と一緒に学科試験と実技試験を受けるんだって。試験が免除されるのは、推薦入学する特待生だけなんだ。
 ヴェル様に聞いたところによると、貴族の女の子たちは、わりと派手な服装で受験するんだって。くるぶしまでの長さのあるロングたけで、フリルやレースがたくさんついていて、華やかな色や柄や織物のドレス……。男の子たちも、金銀の刺繍ししゅうや飾りボタンがキラキラしているそうだから、わたしにはわからない感覚だ。神聖な受験会場で、派手に着飾る意味って、どこにあるんだろうね?
 
 わたしが、身繕いを終えて、もう一度持ち物の確認をしていると、アリアナお姉ちゃんが呼びにきてくれた。
 
「用意は良いかしら、チェルニ?」
「うん。できてるよ、お姉ちゃん。受験票とか筆記用具とか、大切なものは全部揃ってるから、大丈夫だよ」
「じゃあ、出発しましょうか? まだ余裕があるけど、王立学院に入るときの馬車門が、混み合う可能性があるって、オルソン猊下げいかおっしゃっておられたものね。わたしの可愛い妹は、神霊庁が特別馬車を用意してくださるっていうお話を、即答で断っていたから、余裕を持って出かけましょうね」
「だって、わたしだけ特別扱いなんて、不公平じゃない? 同じ条件で受験して、結果を出してこそ、達成感があるしね。それに、神霊庁の特別馬車なんて、どんなすごい馬車なのか、考えるだけで怖いよ。神霊さんのご分体が、二柱も同行してくれるっていうだけで、何となくずるいことをしている気になるんだから、これ以上は無理だって」
「ふふふ。相変わらず高潔ね。チェルニのそういうところ、わたしは大好きよ」
「えへへ。わたしも、お姉ちゃん、大好き。面と向かっていうと、照れるけどね」
「うふふ。ありがとう、チェルニ。あのね、お守りを作ったから、持っていってくれる? 邪魔になるかもしれないけど」
 
 そういって、アリアナお姉ちゃんが差し出してくれたのは、片手に乗るくらいの編みぐるみだった。純白のふくふくした雀と、真紅の綺麗な鳥の二つで、白黒の糸と金色の糸で、金具に結ばれている。スイシャク様とアマツ様の二柱と、結びの糸はムスヒ様とクニツ様の色だって、ひと目でわかった。
 編みぐるみそのものは、細いレース糸で編まれていて、親指くらいの可愛らしい大きさだった。アリアナお姉ちゃんが、ご神鋏の〈紫光しこう〉様にお力を借りたとき、対価に差し出していた編みぐるみにそっくり。あれって、やっぱり、わたしのために作ってくれた、受験のお守りだったんだね。
 
 お姉ちゃんにお礼をいって、神霊さんごと抱きついて、ありがたく鞄につけさせてもらった。もともと意欲は高かったけど、俄然がぜん、やる気になったよ、わたし。こうなったら、ぶっちぎりの首席を目指して頑張るからね、お姉ちゃん!
 
     ◆
 
 王都の家の門の前には、今朝も貸切馬車が待っていてくれた。この間、王都に来たときと同じ御者ぎょしゃさんで、わたしの顔を見て、〈ひいっ〉と小さくつぶやいてから、挨拶をしてくれた。〈お早うごじぇいましゅ、お嬢だま方〉って、前回よりも噛んでるんじゃないの?
 わたしも含め、誰も突っ込もうとしないまま、丁寧に御者さんに挨拶を返して、わたしたちは、王立学院へと出発した。いよいよ入試本番かと思って、ちょっと緊張しそうだったのに、相変わらず窓に張り付いて、お尻を振っているスイシャク様とアマツ様の姿を見ているうちに、すっかり落ち着いちゃったよ。
 
 しばらくの間、馬車道をゆっくり走っていると、純白の大きなお城が見えてきた。丘の上に建っている、純白の鳥みたいに優雅な形の王城は、ルーラ王国民には〈白鳥城〉って呼ばれている。
 ルーラ王国では、そのお城を囲むようにして、たくさんの建物が点在している。お役所とか裁判所とか大図書館とか……。王国騎士団や近衛騎士団の訓練場もあるし、何千頭もの馬を飼っている、広大な専用馬場もあるんだ。
 
 わたしたちが目指す王立学院も、そうした建物の一角にある。王立学院の敷地は、重厚な煉瓦れんが外塀そとべいにぐるっと囲まれていて、ものすごく広い。前に見学に行ったときは、あまりの広さと重々しい迫力に、思わず圧倒されちゃったのも、今となっては良い思い出だよね。
 王立学院の敷地の中には、生徒たちが勉強する校舎がいくつかあって、大きな図書館があって、地方の学生のための寮があって、講堂や体育館や運動場もある。今日の試験会場になるのは、一番わかりやすい場所にある中央校舎で、内部進学する貴族の子たちは二階、わたしたち一般の受験生は、一階の教室で試験を受けるらしい。
 
 王立学院が近づいてくるにつれ、馬車の数が増えていった。伯爵家より上の爵位の家の馬車は正門、子爵家と男爵家の馬車は中門、平民の家の馬車は裏門と、それぞれ別に入っていくらしい。
 それにしても、入試の日にまで、身分によって門が別々になるのって、どうなんだろう? わたし自身は、別にこだわるほどのことだとは思ってない。思ってないけど、受験生って、平等であるべきじゃないのかな? わたしの大好きな、おじいちゃんの校長先生が、〈サクラっ娘は、選民思想の王立学院には馴染めんじゃろうから、いっそガツンと行け〉っていってた気持ちが、何となくわかっちゃうよ。
 
 ともあれ、わたしたちの乗った馬車は、ぱかぱかとゆるやかに走り、王立学院の裏門の近くまで到着した。中まで乗り入れようとすると、待ち時間が長くなるから、手前で降りて歩く方が良いって教えてくれたのは、ヴェル様だった。その言葉の前には、〈神霊庁の特別馬車であれば、校舎の前まで最優先で通されますので、ご用意しましょうね〉っていう提案があったから、全力で断っておいた。
 ルーラ王国の国民なら、子どもだって知っている。純銀で象嵌ぞうがんされた紋章以外、すべて純白で揃えられた馬車は、神霊庁の特別馬車。その特別馬車で王立学院まで乗りつけるとか、わたしをどうするつもりだったんだろうね、ヴェル様……。
 
 王立学院の裏門が見えるところで、わたしとお父さんの二人は、貸切馬車から降り立った。いよいよ、試験会場に入っていくわたしたちに向かって、お母さんとアリアナお姉ちゃんが、馬車の窓越しに祝福を送ってくれた。
 
「わたしの可愛い子兎ちゃん。必死で頑張っていらっしゃい。そうしたら、きっと楽しいと思うわよ。幸運を祈っているわ」
「ありがとう、お母さん! 行ってきます!」
「余計なお世話だけど、文字は丁寧に書いてね、チェルニ。わたしの優秀な妹は、文字と絵と歌だけは、その……ちょっと独創的だから。心から幸運を祈っているわ」
「……校長先生たちにも、何回もいわれているし、ものすごく丁寧に書くって約束するよ。ありがとう、お姉ちゃん」
「午前の学科試験が終わる時間には、わたしたちも、父兄用の控室にいるようにするわ。ダーリンが用意してくれた昼食は、そのときに持っていくわね」
「わかった。荷物になるが、よろしく頼む」
「チェルニをお願いね、ダーリン」
「任せろ」
 
 後ろに並んでる馬車もいるから、わたしとお父さんは、簡単にそれだけいうと、馬車に手を振って歩き出した。王立学院へと続く、広々とした一本道は、馬車道の横がちゃんと歩道になっていて、薄茶色の煉瓦が敷き詰められている。道の両側に等間隔に植えられているのは、美しく紅葉した大木で、〈かいの木〉っていうんだ。
 夏には緑に生い茂り、秋には紅に色づく楷は、〈学問の木〉っていわれているんだって、校長先生が教えてくれた。〈受験の頃の楷の並木は絶景じゃよ、サクラっ娘〉って、校長先生が目を細めていた通り、本当に美しい情景だったよ。
 
 わたしとお父さんは、楷の並木に目を向けながら、ゆっくりと裏門へ向かった。わたしたちを追い抜いて、何台もの馬車が走っていくから、裏門はそろそろ混み出している頃だろう。あっちこっちに、受験生らしい子どもたちの姿が見えてきて、一気に雰囲気が盛り上がってきた気がする。
 完璧に気配を消しながら、わたしの両肩に乗っている、スイシャク様とアマツ様は、お互いにイメージを送り合っている。〈現世うつしよの紅葉なるものも、中々に美しき〉〈我は見慣れたる光景なり。《神威しんいげき》の供をして、王立学院に通いたれば〉〈小さき人の子は、入試とやらいうものを受ける者らか〉〈ひなの競争相手とおぼしき者也〉〈我らも試験とやらいうものを、受けてみたし〉って。うん。完全に観光客っていう感じだね、スイシャク様もアマツ様も。
 
 裏門っていいながら、ものすごく大きくて重厚な門に到着すると、受付の人が待っていた。馬車は馬車、徒歩は徒歩で入り口が分かれていて、わたしとお父さんは、徒歩用の入り口に並ぶ。わたしたちより先に来ていたのは、十人くらいの男の子と女の子で、ほとんどの子は保護者と一緒だった。
 わたしとお父さんが後ろに並ぶと、周りの人たちがいっせいに視線を向けて、びっくりした顔をした。わたしの大好きなお父さんが、渋くてかっこ良いからか、わたしが可愛いよりの美少女だからか、スイシャク様とアマツ様の気配を感じたからか……。多分、わたしが美少女だからだろうな、この感じは。アリアナお姉ちゃんっていう、わたしとはけた違いの美少女を知らなかったら、自惚れた少女になるところだよね。
 
 待つほどのこともなく、わたしの番がやってきた。わたしは、鞄の中から受験票を出して、受付の人に差し出した。受付の人は、受験票を念入りに確認してから、わたしに番号の書かれた紙を渡してくれた。
 
「はい。受験票を確認しました。この紙に書いてあるのが、試験会場となる教室の番号です。会場の机には、それぞれ番号が書いてありますので、受験番号と同じ机に座って、試験の開始を待っていてください。お手洗いも教室の近くにありますよ。質問はありますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では、受験生は、矢印にしたがって試験会場となる教室まで進んでください。保護者の方は、教室には入れませんので、保護者用と書いてある矢印にしたがって進み、控室でお待ちください。学外に出てもかまいませんよ」
「いえ。控室に向かいます。ありがとうございます」
「こちらの徽章きしょうは、それぞれ受験生と保護者であることを証明するものですので、この場ですぐにつけていってください。学内ではずっと外さないように。では、ご健闘を祈ります」
 
 それから、矢印の示すまま、たくさんの木が植えられた歩道を歩いていくと、いよいよ校舎が見えてきた。町立学校の校舎とは比べ物にならないくらい、大きくて重厚で美しい校舎だった。柔らかな色合いの煉瓦の壁が、さわやかな秋の空にすごく映えている。わたしは、それなりに王立学院に憧れていたので、ちょっと感動しちゃったよ。
 受験生用と保護者用の矢印は、校舎の入り口のところで枝分かれしていた。お父さんに付き添ってもらうのは、ここまでらしい。お父さんに元気良く手を振って、わたしは、一人で受験会場に入っていった。
 
 王立学院の校舎の中は、どこもかしこも高そうだった。その感想はどうなのって、自分でも思わないことはないけど、そうとしかいいようがない。艶やかな光沢を放つ木の床に、銀色の糸で小さな模様を織り出した壁紙、照明も透明度の高いガラス製で、壁には立派な絵が飾られ、猫足の花台には巨大な花瓶とたくさんの花……。
 ものすごく高級な感じで、優雅といえば優雅、上品といえば上品なんだけど、成人前の子供たちが学ぶ校舎としては、不向きな感じもする。少しずつ増えてきた、貴族らしい豪華な衣装の子たちには、似合いなのかもしれないけどね。
 
 渡された紙に書かれていた番号の教室は、一階のわかりやすい場所にあったから、すぐに見つけられた。百人近く入れそうな大きな教室で、机に貼られた受験番号は、二つ置きくらいになっている。
 わたしは、自分の受験番号の席に座って、本を取り出した。お手洗いには行くつもりだけど、まだまだ時間はあるし、先に教室の雰囲気に慣れておこうと思ったんだ。この日のために持ってきたのは、〈騎士と執事の物語〉。わたしと、ネッ、ネイラ様の愛読書だから、心を鎮めるお守りにはぴったりだよね?
 
「おい、おまえ。名前を教えろ」
「……」
「どこから来たんだ? 家は王都か?」
「……」
「一人か? 誰かと一緒か?」
「…….」
「聞こえないのか? そこのピンクの髪のおまえだ!」
「……」
「おい! 無視するな、平民。誰が話しかけてやっていると思っているんだ? 本を置いて、さっさと返事をしろ!」
 
 せっかく読み始めた〈騎士と執事の物語〉なのに、うるさい声がして集中できない。こういう勘違い少年が出てくる展開って、物語の中では嫌というほど見たけど、本当にあるなんてびっくりだよ……。
 わたしは、ゆっくりと本を閉じて、声の方向に顔を向けた。試験の直前だから、嫌で仕方がないんだけど、これはさくっとやるしかないよね? わたし、チェルニ・カペラは、売られた喧嘩けんかは買う少女なのだ!
 

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