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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-19

 その日の朝は、やっぱり清々しい秋晴れだった。昨日の晩ごはんの残りに、お父さんとルクスさんが手を加えてくれた、おいしい朝ご飯を食べてから、わたしたちは貸し切り馬車に乗った。今日は、いよいよ神霊庁に向かう日なんだ。
 
 一緒に神霊庁に行くのは、元大公を告発したアリアナお姉ちゃんとフェルトさん、それを確認した総隊長さん。それから、なぜか契約を司るご神霊である、クニツ様から〈通訳〉を頼まれちゃったわたしと、保護者のお父さん、お母さん。合計六人のお出かけだった。
 わたしたちの新しい家は、王都の中心街に近いところに建っているから、王城に隣接する神霊庁までは、それほどの距離はない。歩こうと思えば歩けるんだけど、わたしの腕の中にはスイシャク様、肩の上にはアマツ様もいるし、絶世の美少女であるアリアナお姉ちゃんは、あんまり人目にさらさない方が無難だからね。わたしたちは、大人しく馬車に揺られることにしたんだ。
 
 ぱかぱかぱかぱか、ぱかぱかぱかぱか。走るというより、早足で歩いているくらいの馬車は、少しひんやりとした空気の中を、のんびりと進んでいく。スイシャク様とアマツ様は、相変わらず窓に張り付いていて、丸いお尻とほっそりしたお尻が、ふりふりと振られている。神霊庁に向かう緊張なんて、うっかり忘れてしまうくらい、可愛い後ろ姿だったよ。
 
 今日のアリアナお姉ちゃんは、清楚な灰色のドレスを着ている。えり元と袖口は純白の生地で、白くて小さなくるみボタンがついている。丈も長めだし、リボンなんかもついていない、すごくおとなしいデザインなんだけど、布地そのものが上等だから、何ともいえない上品な光沢がある。今日のお姉ちゃんも、本当に溜息が出るくらい綺麗だ。
 
 わたしの大好きなお母さんは、光沢こうたくのある紺色のドレス姿で、わたしたちのお姉ちゃんだっていっても通るくらい、若々しく輝いている。紺色って、若い人の方が似合う色だと思うんだけど、さすがだね、お母さん。
 
 わたしは、お姉ちゃんとお揃いの生地で作ってもらった、灰色のドレスを着た。腰のあたりから、ふわっとスカートが広がっていて、襟元と袖口はお姉ちゃんと同じ純白。清楚で優等生なイメージは、大人の人から見たら、好感度が高いんじゃないかな?
 髪型は、左右に分けたハーフアップにしていて、紅いリボンの髪飾りを留めた。そう、ネイラ様から、手編みのマフラーをもらったときのリボンを、お姉ちゃんが髪留めにしてくれたものなんだ。ネイラ様のことを、すっ、好きだって自覚する前からの、わたしの宝物だし、今日の装いにはぴったりだと思うよ。
 
 お父さんたちも、きっちりとした仕立ての服を着ていて、とってもかっこ良い。総隊長さんとフェルトさんは、守備隊の制服でも良いんだけど、今日の訪問は非公式で、わりと人目を忍んでいく予定だから、自粛したんだって。
 ルーラ王国の国民にとって、王都の神霊庁は、神霊さんへの感謝と崇敬を表している、特別で神聖な場所だからね。わたしたちだけじゃなく、訪れる人は誰だって、服装ひとつにも気を配るのが、当然の礼儀なんだ。
 
 ルーラ王国の王城は、小高い丘陵を活かして建てられている。ふもとには、法理院の本院とか、王立の学問研究所とか、王立病院とか、王立図書館とかが建っていて、一般の人でも、わりと自由に出入りできる。南側に広がる広大な王立公園は、王都の市民の憩いの場であると同時に、非常時には避難所や王国騎士団の〈駐屯地ちゅうとんち〉になるんだって、総隊長さんが教えてくれた。
 丘陵を登っていくと、王国騎士団の訓練場や馬場ばばがあって、めちゃくちゃ大きな厩舎きゅうしゃが並んでいて、文官の人たちが働くお役所がいっぱいあって、王城で働く人たちのための宿舎や関連施設があって、上の方にはいくつかの壮麗な宮殿も建てられていて……。ぐるりと丘陵を登っていった頂上には、〈白鳥城〉って呼ばれている、巨大な本宮殿がそびえ立っているんだ。
 
 今日の目的である神霊庁は、王立学問研究所に隣接する、麓の奥まった一角に建っている。樹齢千年を超えるっていわれている、とてつもない大木に囲まれていて、正面から訪問するときは、真っ白な玉砂利たまじゃりを踏んで歩いていくんだ。
 基本的には、貴族の人たちも、正門から歩いて神霊庁を訪問するのが礼儀だっていわれている。馬車を乗り入れられる馬車門は、神霊庁の建物の最奥にしかなくって、そこへの進入を許されているのは、特別に神霊庁の許可を得た人だけらしい。
 
 スイシャク様とアマツ様は、神霊庁に近づいたあたりで、上機嫌なイメージを送ってきた。〈彼の場所は、清らかに保たれたり〉〈当代が大神使しんしは、徳高きゆえ〉〈大神使は、《神威しんいげき》にはべりたる者なれば、けがれなどあるはずもなし〉って。神霊庁を取り囲む清々しい空気は、確かに穢れのないものだって、わたしにもわかった。
 
 あらかじめ手紙で指示されていたから、わたしたちは、裏手の馬車門に向かった。裁判の関係上、目立つのは避けるべきだし、何よりもスイシャク様とアマツ様が一緒だし。神霊庁を訪れるたくさんの人たちから、注目を集めたりしないように、こっそり訪問することになったんだ。
 
 神霊庁の裏門に到着すると、そこには一人の神職さんが待っていた。ヴェル様と一緒に、〈野ばら亭〉に来てくれていた人で、お名前はハイム・ド・コーエンさん。まだ若さの残る人だけど、とっても落ち着いていて、笑ったときだけできる目元のしわが、すごく優しい感じがするんだ。
 ハイムさんは、静々と馬車に近づいてくると、深く頭を下げてから、開いていた窓越しにいった。
 
「ようこそおいでくださいました、お嬢様、皆様。本来でございましたら、神霊庁の面々がうち揃い、拝跪はいきの礼をもちまして、お待ち申し上げるべきものとは存じますが、いとも尊き御方様方おんかたさまがたも皆様方も、お望みではなきものと愚考ぐこうつかまつり、わたくしのみにてお待ち申し上げておりました。ご足労を賜りましたること、恐悦至極に存じたてまつります。どうかどうか、このまま馬車にてお進みいただき、裏の正門までお越し下さいませ」
 
 うん。とっても丁寧だよね、ハイムさんってば。あまりにも丁寧だから、〈あちらでございます〉って、行き先を指し示された御者さんが、〈ひゃ、ひゃい!〉とか、裏返った声で返事をしちゃってるよ……。
 ただの平民を乗せてきたはずなのに、神職さんからの口上こうじょう。後でどんな噂になるかを考えると、ちょっと頭が痛くなるけど、まあ、いいか。本当に神職さんに〈拝跪の礼〉で待たれることを考えたら、断然、今の方がましだから、気にしないようにしよう。そうしよう。
 
 わたしたちを乗せた馬車は、ゆっくりと馬を歩かせて、灰色の石を敷き詰めた馬車道を進む。道案内をするみたいに、ところどころに神職さんが立っていて、深々とお辞儀をしてくれたことは、見なかったことにした。
 スイシャク様とアマツ様は、ふりふりと可愛いお尻を振っていて、ついでにハイムさんや神職さんたちに、気前よく〈祝福〉の光を振りまいていた。紅白の光を浴びた神職さんたちが、崩れ落ちるみたいにして座り込んじゃったのは、ありがたさに腰が抜けちゃっただけだろうから、気にしない、気にしない。気にしないったら、気にしない。
 
 何回も道を曲がって、広大な神霊庁の敷地を、奥へ奥へと進んでいく。時間にしたら短かったけど、わたしたちには、何となく察するものがあった。もしかすると、今向かっているのは、普通の神霊殿じゃないのかもしれないって。
 ルーラ王国の神霊庁には、二つの神霊殿があるんだっていわれている。神職さんたちが仕事をしたり、一般の人たちが出入りしたりする本殿ほんでんと、王家の神事とか、重要な儀式のときだけに使われる奥殿おくでん。規模的には、本殿の方が数倍は大きいけど、格式でいったら、奥殿こそが神霊庁のおやしろなんだ。尊い神霊さんのご分体をお迎えするんだから、わたしたちが奥殿に案内されるのも、当然といえば当然なんだろう。
 
 やがて、不意に視界が開けたと思ったら、ようやく〈裏の正門〉っていうところに着いたらしい。どうしてわかったかっていうと、ヴェル様を先頭に、十人くらいの神職さんたちが、ずらっと並んで待っててくれたからだよ!
 白い着物に紫色のはかま、上から薄紫の格衣かくえを羽織ったヴェル様は、どこからどう見ても神使様だった。紫色の袴と格衣には、白金の糸で大きな紋様もんようが刺繍されていて、秋の日差しを浴びて、きらきらと輝いている。とっても素敵で、格調高くて、浮世離れしたたたずまいのヴェル様は、〈野ばら亭〉にいた執事さんのときとは、何だか別の人みたいに見えた。
 
 ゆっくりと馬車が停まると、ヴェル様の後ろから神職さんが進み出て、声をかけてくれた。〈野ばら亭〉に来てくれていた、ヴェル様の部下の神職さんで、まだ若いロレンゾ・パレルモさんっていう人だった。
 
「お運びを賜り、恐悦至極に存じ奉ります。お馬車の扉をお開けしても、よろしゅうございましょうか?」
 
 わたしの大好きなお父さんは、あまりにも丁寧なお迎えに、困った顔で眉毛を下げていたけど、スイシャク様とアマツ様がうなずくのを見て、すぐに堂々とした声で返事をした。
 
「もちろんでございます、パレルモ様。いとも尊き御方様方おんかたさまがたにおかれましては、〈苦しゅうない〉との仰せと拝察いたします」
「ありがとうございます、カペラ様。では、失礼仕ります」
 
 ロレンゾさんの返事の後、馬車の扉が丁寧に開かれた。最初に、お父さんが馬車から降りて、お母さんが降りるのを手伝って、総隊長さんが降りて、フェルトさんが降りて、アリアナお姉ちゃんが降りるのを手伝って。最後に、お父さんが馬車の中を覗き込んで、わたしの手を引いてくれた。〈おいで、チェルニ〉って。
 そして、お父さんに手を引かれるまま、馬車を降りたわたしは、思わずぶるぶるって身体を震わせた。だって、わたしの目の前で、ヴェル様を始めとする神職の方々が、いっせいに片膝をついて頭を下げていたんだよ……。
 
     ◆
 
 わたしの腕の中にはスイシャク様、肩の上にはアマツ様がいるからだって、わかってはいるけど、本当にいたたまれない。必死で無表情を取り繕い、心の中で〈……わたしは台座……わたしは台座……〉って唱えているうちに、ヴェル様が朗々といった。
 
「いとも尊き御二柱おんふたはしらに、御出座ごしゅつざ賜りましたること、我ら恐懼きょうくの極みにて、御礼おんれいそうすべき言葉もございませぬ。拝跪の礼も、この場での祝詞のりとも、御二柱の御心みこころに叶わぬことと愚考仕り、まずは奥殿が中心、〈神座かみざの間〉へとお運び賜りたく、こいねがい奉ります」
 
 ヴェル様ってば、そう口上を述べたまま、ますます深く頭を下げちゃったよ。スイシャク様とアマツ様は、全然こだわっていないみたいで、〈鏡の申し子に応えん〉〈人の子の通りたる《裏正門》というものを、我らも通らんとて参りたる〉〈神世かみのよにては聞かぬ、面白き仕儀しぎ也〉〈案内あないするが良き〉って、上機嫌なイメージを送ってくるし。これは、あれだ。わたしが〈通訳〉するしかない流れだよね?
 いつまでも、ヴェル様たちに頭を下げさせておくわけにもいかないから、わたしは仕方なく諦めた。もちろん、わたしがヴェル様に指示を出してるみたいに見えるけど、仕方がないよね、っていう諦めだった。
 
「頭を上げていただいてもいいでしょうか、オルソン猊下げいか? スイシャク様とアマツ様からの、お言葉を伝えさせていただきたいんです」
 
 わたしは、常識を知る少女なので、この場で〈ヴェル様〉なんて呼ばないよ? ヴェル様の後ろには、たくさんの部下の人たちが控えているし、ここは天下の神霊庁。文学少女であるわたしは、必要なときには、ちゃんとした敬語も使えるんだ。
 わたしの声かけに応じて、頭を上げたヴェル様は、からかうような笑顔を見せながら、言葉だけは丁寧に答えた。
 
「もちろんでございます、お嬢様。何卒なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」
かしこまりました、猊下。スイシャク様とアマツ様は、わたしたちと同じ道順で、神霊庁を訪問することを、面白がっておられます。ご挨拶とかは気にしなくていいので、このまま案内するように、っておっしゃってます」
「それはそれは、畏れ多きことでございます。では、失礼を仕り、先導させていただきましょう」
 
 ヴェル様は、そういって、もう一度深々と頭を下げた。後ろに並んだ神職さんたちが、揃ってそれにならった途端、スイシャク様とアマツ様は、景気良く紅白の祝福の光を振りまいたんだ。
 ヴェル様は、すっかり慣れてると思うんだけど、他の神職さんたちには衝撃だったんだろう。うずくまって祈る人とか、静かに涙を流す人とかがいて、わたしの精神力がけっこう削られていった。なぜって、神霊さんの気配を感知できない人が見たら、わたしに向かって手を合わせているみたいに見えるんだよ……。
 
 とはいえ、さすがに神霊庁の神職さんらしく、皆んな、すぐに気を取り直してくれたから、わたしたちはいよいよ神霊庁の内部に入ることになった。それも、神霊庁の中枢ともいえる、奥殿の中の中に。
 お父さんたちは、それなりに緊張しているみたいで、ちょっとだけ顔がこわばっているのは、仕方のないところだろう。わたしだって、あまりにも神聖な〈場〉の空気と、奥殿の荘厳な佇まいに、思わず身の引き締まる思いだったんだ。
 
 ヴェル様に導かれるまま、目の当たりにした〈裏正門〉は、私が二倍の身長になっても届かないくらいの、ものすごく大きな四枚の開戸ひらきどだった。スイシャク様とアマツ様をお迎えするためなのか、その扉は四枚とも開け放たれていて、玄関から真っ直ぐに続いている、広くて長い廊下を、ひと目で見渡すことができた。
 床や壁に使われているのは、見るからに最高級だってわかる純白の石で、絨毯じゅうたんも壁紙もない。扉と天井部分は木製で、ほわっとした白地に淡い茶色の木目が浮かぶ、これも最上級の杉板なんだ。装飾といえるのは、廊下の中央部分に、ところどころ埋め込まれている丸紋様もんようだけで、白々しらじらとした輝きは、本物の白金の象嵌ぞうがんだと思う。純白に白金だから、一見すると地味なようでいて、実際は怖くなるほど美しかった。
 
 十四歳の少女であるわたしが、神霊殿の作りにそれなりに詳しいのは、学校の授業で習ったからなんだ。ルーラ王国の神霊庁は、とっても変わった作りで、それこそ唯一無二の建築様式らしい。
 純白の石と杉の一枚板だけを使い、まったく曲線を描かない正方形の組み合わせによって建てられていて、建築上の装飾は廊下と床の象嵌だけ。床や廊下の中央は、神霊さんが通るための道だから、歓迎と感謝を意味する紋様を彫り込むんだ。わたしが通っている町立学校の、実はあんまりおじいちゃんじゃなかった校長先生は、〈神世かみのよやしろしたといわれる、この世でただ一つの建物〉だって、教えてくれたよ。
 
 神霊庁の奥殿は、誰一人、土足で上がることを許されていない。わたしたちが、玄関口で靴を脱いでいると、女性の神職さんが近づいてきて、そっと新しい靴下を渡してくれた。ちゃんと人数分、サイズの合った純白の靴下だった。
 ありがたくはかせてもらってから、一点の曇りもなく磨かれた廊下を歩き、どんどん奥へ進んでいく。良識ある少女であるわたしは、真ん中である〈正中せいちゅう〉を避けて、廊下の端を歩こうとしたのに、ヴェル様ってば、〈お嬢様は、御神霊を伴われておられるのですから、どうぞ正中をお進みください〉だって。
 もう何回目になるかもわからない諦めの末、わたしは、一人だけ廊下のど真ん中を歩くことになった。これは、あれだ。〈オルソン猊下〉ってよんだことに対する、ヴェル様の意地悪な気がするんだけど、どうなんだろうね?
 
 何回か扉を開いてもらって、何回か曲がって、何回か階段を登って、やっと到着したのは、ひときわ神聖な空気に満たされた部屋だった。広々としていて、天井の淡い木目の他は全部が純白で、部屋で中心部の床には、巨大な白金の紋様が一つだけ埋め込まれている。
 ずっと静かにしていたスイシャク様とアマツ様から、すぐにイメージが送られてきた。〈奥殿の奥の奥、神を招きたる《神座の間》也〉〈白金の紋様は、神の訪れを願う祈祷きとうの意〉〈この場に至るまでの長きこと)〈人の子の不自由なりける〉〈我ら、その不自由をば楽しまん〉って。
 
 そして、とうとうっていうべきか、やっぱりっていうべきか、荘厳な〈神座の間〉の中には、二十人くらいの神職さんが、座礼を取ったままの姿勢で整列していた。一人だけ、前に出る形で座っているのは、純白の着物と袴の上に、薄く透ける純白の格衣を羽織った、初老の男の人。思わず膝を折りたくなるような威厳と、甘えて側に寄りたくなるような優しさを備えた、とっても徳の高そうな人は、〈神鏡の世界〉で出会った、エミール・パレ・コンラッド猊下だった。
 
 神霊庁の最上位である大神使として、国王陛下と対等の地位にあるコンラッド猊下は、両手を床に突き、目線を落としたまま、清らかな声で短い祝詞をあげた。
 
「掛けまくも畏き御二柱 尊く気高き御方様に 畏み畏み物申す 日輪輝く天津神 慈悲広大なる垂迹神 御出座の栄に浴したる 我ら歓喜の極みにて 魂魄震う福徳と 拝跪の感謝を奉らん」
(かけまくもかしこきおんふたはしら とうとくけだかきおんかたさまに かしこみかしこみまもうす にちりんかがやくあまつかみ じひこうだいなるすいしゃくしん ごしゅつざのえいによくしたる われらかんきのきわみにて こんぱくふるうふくとくと はいきのかんしゃをたてまつらん)
 
 あまりにも荘厳な祝詞に、わたしは、痺れたみたいに立ちすくんだ。すると、スイシャク様とアマツ様は、〈神座の間〉全体に、紅白の光を振り注いでから、〈言霊ことだま〉じゃないかと錯覚するくらいの明瞭さで、またしてもイメージを送ってきたんだ。
 〈当代が大神使は、佳き者也〉〈皆々直るべし〉〈当代が神職は幸運也〉〈千年の歴史も聞かず、神降し。神座の光輝、極まれり〉って。言葉の意味が深すぎて、わたしには、今一つわからないものだったけど。
 
 盛大に振りまかれた祝福の光に、涙を浮かべて感動している神職さんたちのなか、じっとわたしを見つめていたコンラッド猊下が、優しくうなずいてくれた。うん。わたしに、何かしゃべれっていうことだよね? お顔と雰囲気は、本当に慈愛のこもった優しいものなんだけど、十四歳の少女には、荷の重すぎる展開だよ、コンラッド猊下ってば。
 
「スイシャク様とアマツ様のお言葉を、お伝えしてもよろしいでしょうか、コンラッド猊下?」
「もちろんです。よろしくお願いいたします、お嬢様」
「えっと、御二柱は、コンラッド猊下のことを、とってもめておられます。それから、座礼をやめても大丈夫だそうです。他にもおっしゃってますけど、わりとむずかしいイメージなので、まずはお立ちいただきたいです、猊下」
「畏まりました、お嬢様。尊き御二柱と、その恩寵おんちょうあつ神衣かみよりひな。我らが〈神託しんたく〉の仰せとあれば、そのようにいたします」
 
 ……。え? 今、軽く、さらっと、とんでもないことをいわなかったっけ、コンラッド猊下? わたしの瞳を、じっと見つめながら、〈神託の巫〉って……。
 
 あまりにも突然で、びっくりしちゃって、一言も口を聞けないまま硬直したわたしに向かって、コンラッド猊下は、こういった。
 
只人ただびとに過ぎないわたくしには、貴方様の大いなる天命について、語る力はございません。それを許されるのは、この現世うつしよではただお一人。我らの主たる、〈神威しんいげき〉だけなのでございます。大神使の階位を賜りましたわたくしは、約束の場である〈神座の間〉にて、只々(ただただ)、貴方様の天与てんよの称号を、お知らせするのみにございます」
 
 コンラッド猊下の声は、神々しいといっていいほど力を帯びて、静かに〈神座の間〉に響き渡った。
 
「貴方様こそは、数百年ぶりにルーラ王国にご誕生になった〈神託の巫〉。お目もじ叶い、誠に光栄と存じます、チェルニ・カペラ様」
 

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