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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(10) サミュエル・ロイドとフランク・バーン

幕間書簡(10)

サミュエル・ロイドとフランク・バーン

〈王都の海鮮レストラン〈エビール・カニーナ〉のマネージャーであるサミュエルと、オブジェ製作工房の経営者であるフランクとの書簡〉

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フランク・バーン様

 いつもお世話になっております。今日は、少々おかしなご相談があって、手紙を書かせていただきました。バーン工房で製作していただいた、当店自慢の広告塔、文字通りの看板である、海老えびかにの巨大オブジェについてです。

 実は、しばらく前から、あの海老と蟹がおかしいのです。あ、いや。故障しているわけではありません。そういうわかりやすい問題なら、すぐにフランクさんのところに、調査と修理をお願いしています。おかしいというのは、何というか、オブジェの〈活きが良すぎる〉のです。

 最初に気づいたのは、小さな子供たちでした。あの海老と蟹は、もともと子供たちに大人気で、よくお客様のお子様が見上げておられましたが、最近は、見慣れているはずの王都の子供たちまで、よくうちの店の前に集まっているのです。
 不思議に思って聞いてみますと、皆が口々に〈生きているみたい〉〈あれって本物だよね?〉といいます。バーン工房の代表作に数えられるオブジェですから、よくできている、楽しいとめていただくことは多いものの、子供たちに本物かと聞かれるのは、はじめての経験でした。
 最近では、噂が噂を呼んで、大人たちまでオブジェを見上げています。そして、やはり〈え? 本物〉〈いや、看板だよな? けど、生きてるようにしか見えない〉と、歓声を上げていくほどです。

 当店としては、評判が上がり、ますますお客様が増えていますので、ありがたい限りです。ただ……これって、おかしくありませんか、フランクさん? うちの巨大海老と巨大蟹ときたら、ゼンマイを巻く音も立てずに、ぴちぴちと手足を動かし、ときどき胴体まで動かしている気がするのです。とにかく、ぴっちぴちです、ぴっちぴち!
 もし、フランクさんに心当たりがおありなら、教えてください。業界の先駆者ともいわれるフランクさんですから、当店も気づかないうちに、オブジェの機能を向上させていただいたのでしょうか? そうであれば、わたしも安心なのですが。

     〈エビール・カニーナ〉マネージャー サミュエル・ロイド

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サミュエル・ロイド様

 お問い合わせのお手紙、ありがとうございます。当工房では、納品後の点検、修理にも力を入れておりますので、お客様のお声をいただく機会こそ、ありがたい修行の場と考え、誠心誠意ご対応をさせていただます。

 さて、〈エビール・カニーナ〉様の海老と蟹についてですが、正直に申し上げまして、まったく心当たりがございません。時間の経過とともに、オブジェの外観が色せたり、ゼンマイの巻きが弱まって、動きがぎくしゃくしたりすることは、残念ながら避けられない課題です。けれども、逆に〈活きが良くなった〉とは……。

 明日にでも、現物を確認させていただけませんか? その上で、原因を解明し、修理の必要性の有無をご提案いたします。何卒なにとぞよろしくお願いいたします。

     フランク・バーン 拝

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フランク・バーン様

 大丈夫ですか、フランクさん? 早速、当店にお越しいただいたのはありがたいのですが、今はとても心配しています。フランクさんときたら、巨大海老と巨大蟹を見上げるなり、真っ青なお顔になって、硬直してしまったのですから。
 あのとき、貴方が口にしておられた言葉も、周りの者には聞き取れませんでした。唯一、隣にいたわたしは、〈かしこかしこみ〉というつぶやきを耳にした気がするのですが、間違っていますか?

 その後、何を聞いてもご説明のないまま、よろけるように帰ってしまわれたので、当店の者たちは、非常に心配しております。もちろん、わたしもです。初代オブジェの製作以来、もう二十年を超えるお付き合いなのですから、フランクさんも、わが〈エビール・カニーナ〉の身内のように思っております。勝手な思い込みではありますが。
 ご病気などではないことを、切に願っております。よろしければ、落ち着かれてから、ご連絡をお願いいたします。

     サミュエル・ロイド 

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サミュエル・ロイド様

 ご無礼な態度をとってしまったにもかかわらず、温かいお手紙をいただき、誠にありがとうございます。サミュエルさんのお気持ち、涙が出るほどうれしく、ありがたく存じます。無名の彫刻家だったわたしに、大切なお店のオブジェを任せてくださった〈エビール・カニーナ〉と、サミュエルさんをはじめとする貴店の皆様は、わたしにとっても、大切な身内のような存在です。本当にありがとう、サミュエルさん。

 わたしは、大変に元気で、仕事に対する意欲にあふれております。では、なぜ、昨日のような態度になったのかというと……誠におそれ多いことに、ご神霊のお声を賜ったからなのです。

 昨日、貴店を訪問させていただき、巨大海老と巨大蟹を見上げた瞬間、わたしにはわかりました。あのオブジェは、わたしが作ったものではありません。製作者はわたしですが、そこに魂を吹き込んだのは、いとも尊く、畏れ多い存在です。
 まるで生きているように動いている巨大海老と巨大蟹を、呆然と見つめていたわたしの耳に、確かに荘厳そうごんなお声が聞こえた気がしました。〈面白き趣向しゅこう也〉〈くのごとく《活き》が良ければ、尚面白き〉と。そう、如何いかなる幸運の結果なのか、わがバーン工房が製作したはずの巨大オブジェは、尊きご神霊のお目に留まり、ご加護をたまわったようなのです。

 わたしは、畏れ多くもありがたく、同時にいささかの悔しさを覚えました。ご神霊の御業みわざに迫ることなど、できるはずがないのに、自分の作品が、別の力によって〈生かされた〉のが、悔しかったのです。もっともっと励み、この巨大海老と巨大蟹の境地きょうちに近づかねば……。
 心の中で、決意を新たにしたわたしに、さらに尊いお声が聞こえました。〈の意気や良し〉〈励め〉と。そして、わたしは、一つの印を賜りました。小刀こがたなを司るご神霊の印という、彫刻家を目指す者にとっては、何よりもありがたい印を。

 わたしは、今、生まれ変わった気持ちでいます。ご神霊へのご報恩ほうおんは、仕事に励むことでしかあり得ません。このフランク・バーン、必ずや巨大海老と巨大蟹に匹敵する作品を生み出して見せます。必ずや!

 後ほど、お詫びとお礼に伺いますが、まずは一筆ご説明まで。誠にありがとうございました、サミュエルさん。

     新生しんせいフランク・バーン