連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 6通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
燃やしちゃったんですね、ネイラ様……。
正直にいうと、ここまで書いたところで、何度も何度も書き直しました。王立学院の入試で、校舎を丸ごと燃やしちゃったというネイラ様に、何といって返事をしたらいいのか、わたしにはわからなかったんです。
だって、〈ネイラ様の気持ちは理解できます〉なんて書いたら、それは絶対に嘘ですよね。高位貴族で〈覡〉のネイラ様と、〈野ばら亭〉のただの看板娘のわたしとでは、住む世界がちがうし、責任とか期待とかいうものも、きっと比べものにならないと思うんです。
〈イライラを解消するために、神霊術を使ったりしたらだめですよ〉なんていうことも、ネイラ様が一番よくわかっているはずです。それに、神霊さんたちって、わりと考え方が柔軟な気がするので、わざと罪のない人を傷つけるようなことでなければ、案外、面白がっているかもしれません。
〈ネイラ様にまとわりついていた人たちだって、悪気はなかったんです。ただ、ネイラ様と親しくしたかっただけなんですよ〉なんて、それこそ大きなお世話に決まっています。わたしがそういわれたとしたらーーいった人とは、絶対に仲良くはなれません。かかわりにならないように、全力で避けると思います。どう考えても、面倒ですもん、その人。
ひとつだけ、確実にいえるのは、校舎を丸ごと燃やしちゃうような神霊術を、受験生が使えたことに、本当にびっくりしたっていうことです。王立学院の校舎って、ものすごく大きいですよね?
実は、わたし、王立学院を見たことがあるんです。前に家族で王都に遊びに行って、王城を観光したとき、隣に建っている王立学院の建物も、外から見学させてもらえたので。(一般市民でも、ちゃんと予約をしておけば、お城の中に入れてもらえるんです。ご存知でしたか?)
王立学院は、キュレルの街のお役所よりも、領主様のお屋敷よりも立派で、こんなところで勉強できる人たちがいるんだって、しばらく開いた口がふさがりませんでした。あの校舎を全部燃やすだけの神霊術って、十四、五歳の少年に使えるようなものじゃないですよ。
それって、やっぱりネイラ様が〈覡〉だからこそ、可能だったんですよね? わたしもネイラ様と同じくらいの年で、王立学院を受験していたら、見られたかもしれないんですよね?
ネイラ様の同級生が、すごくすごくうらやましい! 結局のところ、それがわたしの感想の全てみたいです。
ネイラ様のおすすめに従って、入試のときには、わたしも派手な神霊術を使ってみようかな。わたしが使える神霊術は、全部で三十くらいあって、中には攻撃的なものとか、変わったものとかもありますから。(ネイラ様と会ったときの、錠前の神霊さんとかも、わりと変わってますよね)
入試まではもう少し時間があるので、よく考えてみます。ネイラ様にも、相談に乗っていただけるとうれしいです。
そういえば、以前の手紙で、担任の先生の話を書いたこと、覚えておられますか? 優しいお母さんみたいで、すごい猫好きで、いつも洋服を毛だらけにしている先生です。
わたしたちは、毎日のように先生のところに行って、洋服についた猫の毛を払っています。先生のお家には、五匹も猫がいるので、抜け毛がすごいんですよ。白くて固い毛も目立つけど、薄茶の柔らかな毛もやっかいです。顔についちゃったりすると、ムズムズとかゆくなるので、一本ずつ気をつけて取らないとだめなんです。
ネイラ様は、猫は好きですか? イメージからすると、犬好きな気もするんですけど、どうなんでしょう? わたしは、猫も犬も大好きです!
あ。また、話がずれちゃいました。ともかく、この猫好きの先生が得意とする神霊術が、〈猫招き〉なんです。縁起物の招き猫じゃなくて、猫招き。
猫を司る神霊さんから印をもらっているので、〈猫と仲良くなる〉とか〈猫を呼び寄せる〉とか、そういう神霊術が使えるそうです。わたしも、先生みたいな神霊術を使えたら、それで受験するんだけどな。
王立学院の試験会場が猫だらけになったら、ちょっと楽しい気がしませんか? 猫たちには面倒をかけますが、野良猫をしている子が、そこで新しい飼い主とめぐり合えるかもしれませんしね。
では、今日はこのへんで。また、次の手紙でお会いしましょう!
幻の炎で燃やす方が、現実の炎よりもむずかしいと思う、チェルニ・カペラより
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猫の抜け毛に詳しい、チェルニ・カペラ様
わたしの失敗談に対して、親切な言葉を重ねてくれて、本当にありがとう。とても嬉しい気持ちで、読ませてもらいました。まったく、きみという人は。
面倒な者たちは、受験の後も一定数は存在していました。わたしを理解しているようなことをいってみたり、周囲の者たちとの仲を取り持とうとしてみたり、神霊術のあり方について議論をぶつけてきたり。今思い出しても、少々うんざりするくらいですから、当時は頑なに周囲を拒絶していたものです。その頑なさこそが未熟である証拠なのだと、わかってはいたのですが。
きみの思慮深い手紙を、そんな少年時代のわたしが読んでいたら、どう感じたのでしょうか。きっと、自分から手を差し出して、友達になってほしいと頼んだのではないかと思います。
ところで、きみは当たり前のことのように、わたしを〈覡〉だといいますね。畏れ多いことに、それは真実ではあるのですが、わたしを一目見ただけで、〈覡〉だと気づく人など、ほとんど存在しないのですよ?
特に隠しているわけではなく、〈覡〉として神霊庁と関わることもありますので、王城や貴族社会の中では、それなりに知られた話です。けれども、一般市民の間には、あまり噂も流れていないのではないでしょうか。
誘拐された子供たちの行方を追っていたあのとき、初めて出会った瞬間に、きみはわたしが〈覡〉であることを理解しましたね。そして、わたし自身もまた、きみの存在を理解したのです。
きみの楽しい手紙の中で、ひとつだけ気になったのは、きみとわたしは〈住む世界が違う〉と書かれていたことです。
他の国は知らず、御神霊の恩寵によって護られているルーラ王国で、きみとわたしの間に、隔たりなどあるのでしょうか。少なくとも、わたしはきみと同じ世界に生きているつもりですし、きみにとっても、そうであってほしいと願っています。
さて、きみの自由な手紙に習って、わたしも前後の脈絡など考えず、書きたいことを書いてみましょう。
わたしも、犬も猫も大好きです。〈覡〉であることの影響なのか、幼い頃のわたしは、極端な人見知りだったので、わたしの子守をしてくれるのは、いつも家に飼われていた犬や猫たちだったそうです。
両親が留守にするときなどは、猟犬たちの犬舎の中にわたしを放り込んで、世話を任せていたと聞いたときには、さすがに何ともいえない気持ちになりました。両親は、〈その方がいろいろな意味で安全だった〉とうそぶいていましたが、良識で考えて、それはどうなのでしょうね。
書いていてきりがないので、今日はここまでにしておきます。また、次の手紙でお会いしましょう。
きみへの手紙には、いつも本音を書きすぎている、レフ・ティルグ・ネイラ