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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-16

 アリアナお姉ちゃんとフェルトさんたちを乗せた馬車は、ゆっくりと王都の馬車道を進んでいった。子雀のアルフォンソ、小さくて可愛いアーちゃんは、状況を察することのできる雀なので、馬車の中の様子は流れてこない。アリアナお姉ちゃんは、いつも通りにほんわかとしていて、フェルトさんはお姉ちゃんに視線を吸い寄せられていて、総隊長さんとアランさんは、それを微笑ましく見てくれているんだろう。
 ときどき、馬車の窓から見える景色が、頭の中に流れてくるのは、アーちゃんの気配りだと思う。人でにぎわう表通りを抜けたあたりから、馬車道が綺麗な白い石を敷き詰めものに変わるのは、それが王城への一本道だからで、到着までの時間を予測できるからね。本当に優秀な雀だよ、アーちゃんは。
 
 優秀といえば、ご神鏡しんきょうの世界にとらわれていた罪人だったはずなのに、何百年もの時を超えて、神霊さんに連なる存在になりつつある〈鬼哭きこくの鏡〉も、ものすごかった。お姉ちゃんの乗った馬車を見送って、わたしたちが家に戻ってきたら、呼んでもいないのに、ふんわりと食堂に浮かんでいたんだから。
 わたしは、アーちゃんを通して、お姉ちゃんたちの様子を見られるけど、スイシャク様の眷属けんぞくじゃないお父さんとお母さんは、わたしの言葉を聞くことしかできない。それを察した〈鬼哭の鏡〉は、アーちゃんの視界をつなぐ役目を果たそうと、わたしのところに来てくれたらしい。
 わたしってば、いつもいつも、知らない間に〈鬼哭の鏡〉に見られているんじゃないだろうか? 何となく、ちょっとだけ、釈然じゃくぜんとしないものは感じるけど、気にしたら負けなんだろう、きっと。
 
 顔をこわばらせたお父さん、お母さんの目の前で、小さな手鏡だった〈鬼哭の鏡〉は、両手で抱えるくらいの大鏡になった。そして、お父さんとお母さんの目の前まで滑っていくと、わたしが見ているのと同じ、アーちゃんの視界を映し出してくれたんだ。
 わたしは、目をつむってアーちゃんの視界とつながり、お父さんとお母さんは、心配そうな顔で、〈鬼哭の鏡〉をのぞき込む。わたしたちは、そうして、お姉ちゃんたちを見守ることになったんだよ。
 
 ルーラ大公家の重厚な馬車が、白い石畳いしだたみを走っていくと、すぐに王城が見えてきた。緑の木立こだちに囲まれた丘の上、純白で巨大な王城は、羽根を広げてたたずんでいる白鳥みたいで、とっても優美なお城だと思う。ルーラ王国の建国から千年以上、一度も戦いの舞台になったことがない〈白鳥城〉は、わたしたちルーラ王国民の誇りでもあるんだ。
 王城の建つ丘の周りには、神霊庁や王立図書館、裁判所、法理院といった、重要な施設が並んでいる。王立学院も、王城の見える場所にあるから、もうしばらくしたら、わたしも馬車で通うことになるんだろう。
 
 ぱかぱかぱかぱか、ぱかぱかぱかぱか。アリアナお姉ちゃんたちを乗せた馬車は、軽快な音を立てて進んでいく。〈白鳥城〉とも呼ばれる王城には、正面の正門をはじめ、いくつもの門が設けられていて、アリアナお姉ちゃんたちは、その中の一つである東門ひがしもんを目指しているんだって、今朝のうちに教えてもらった。
 東門は、通称を〈貴顕きけん門〉といって、高位貴族が行き来するための門なんだって、教えてもらった。王城の正門は、神霊庁の神使以上の位を持った神職と、大使以上の身分を持った外国の人、直系の王族と公爵家の人だけが、使うことが許されるらしい。大公家のお姫様であるオディール様は、正門からの入城。後継になるはずのフェルトさんは、まだ正式な身分を持っていないから、東門から来るようにって、指示があったんだよ。
 通用門一つにも、厳格な決まり事があるのって、ものすごく面倒だと思うけど、身分制度のあるルーラ王国だから、それも仕方ない……のかな。
 
 白い石を敷き詰めた馬車道は、そろそろ終着点に差しかかろうとしていた。王城の外周を、大きく東向きに旋回する道を選ぶと、純白の王城の東側に、見上げるほど大きな鉄の門がそびえ立っている。門に浮き彫りにされた紋章は、後ろ足で立ち上がった二頭の獅子と、清楚な百合を図案化したもので、町立学校の教科書にも載っていた、ルーラ王国の貴族議会の象徴なんだ。
 どこの国でもそうであるように、ルーラ王国でも、紋章が大きな意味を持っている。王家を象徴するのは、王冠をかぶった不死鳥で、上位貴族を象徴するのは、獅子と百合。下位貴族は、馬と藤の花。王家と並ぶ権力を持つ神霊庁は、太陽と月で現されている。王族の一人一人、貴族家の一つ一つにも、それぞれに紋章があって、貴族の人たちは、必死にそれを覚えるんだって、おじいちゃんの校長先生が教えてくれた。平民の少女の感覚としては、ものすごく馬鹿馬鹿し…… 無意……大変なことだと思うけどね。
 
 ずっと窓の外を見ていた、アーちゃんの目は、いよいよ間近に東門を映し出した。上が見えないくらい大きくて、ものすごく立派な門は、今は固く閉ざされている。ゆっくりと速度を落とした馬車が、東門の手前で止まると、やりを手に持った門番の人たちが近寄って、馬車に向かって声をかけた。
 
「恐れながら、ご家名とご尊名そんめいをお聞かせくださいませ。また、本日のご登城に、お約束はございましょうか」
 
 槍を手に持ったままではあるんだけど、言葉遣いも丁寧だし、すごくうやうやしい感じがする。東門に来る馬車は、基本的に高位貴族のものだから、紋章がなくても、とりあえず失礼のないようにしているんじゃないかな。
 お姉ちゃんたちの乗った馬車の中から、門番さんの問いかけに答えたのは、アランさんだった。アランさんは、軽やかに馬車から降りると、迷いのない口調でいった。
 
「この馬車は、ルーラ大公家のものでございます。お乗りになっておられますのは、大公家に深い所縁ゆかりのあるお方でございますが、本日のところは、お名前は伏せさせていただきたく存じます。お約束をいただいておりますのは、宰相閣下でございますので、皆様方にも、ご通達があったものと拝察いたします。宰相閣下よりたまわりました通行許可証は、ここに」
 
 そういって、アランさんは、手に持っていた紙を、門番さんの一人に差し出した。門番さんたちは、事前に話を聞いていたんだろう。通行証を確かめ、神妙な手つきでアランさんに返してから、門に向かって大きな声で合図を送った。〈開門!〉って。
 鉄がきしむような重い音を立てて、巨大な門が左右に開いていく。静々しずしず東門をくぐると、緑の芝生の間を通って、ほのかに白く光っているような、いっそう美しい石畳が敷かれていた。ルーラ王国の象徴である〈白鳥城〉は、もう目の前なんだ。
 
 石畳に沿って進んでいくと、すぐにお城の入り口に差しかかった。開け放たれた玄関の前には、三人の男の人が整列していた。文官の人たちが着ているような、黒い服の男の人が二人と、ちょっと貴族っぽい格好かっこうをした、妙に見慣れた男の人が一人。そう、なぜかルルナお姉さんの心を射止めちゃった、使者Bだった。
 ゆっくりと停まった馬車からは、まずアランさんが降りて、総隊長さんが降りて、フェルトさんが降りた。フェルトさんが、自然な感じで馬車の中に手を差し出すと、その手に引かれて、最後にアリアナお姉ちゃんが降りてきた。
 
 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、華麗な王城に降り立っても、やっぱりすごかった。アリアナお姉ちゃんが姿を見せた瞬間、声にならないどよめきが起こったくらい。何だったら、その場の空気が揺れたっていっても良いと思う。
 
 近くにいた人たちが、呆然とアリアナお姉ちゃんに見惚みとれている中、真っ先に動いたのは、ずっと馬車の上に浮いていた、ご神鋏しんきょうの〈紫光しこう〉様だった。〈紫光〉様は、ものすごく楽しそうな気配を漂わせていて、神々しい紫色の光まで、輝きが強くなっているみたいなんだ。
 巨大化した〈紫光〉様は、アリアナお姉ちゃんの頭の上で、くるりくるりと旋回すると、何度か刃を動かした。じょきじょき、じょきじょきと、いつもより大きな音を立てて、〈紫光〉様がきらめくと、いつの間にか伸びていた何本もの糸が、次々に断ち切られていく。きたならしい泥色の糸、毒々しい赤黒い糸、先の方から黒く染まろうとしている糸……。うん。〈紫光〉様が楽しそうだから、心配しなくていいんだろう、多分。
 
 何本もの糸が切られて、周りの空気が穏やかになったところで、平然と声をかけてきたのは、王城にいるにもかかわらず、徹底していつも通りな感じの使者Bだった。
 
「お待ちしておりました、フェルト様。お疲れ様でございます、アリアナ様。わたし、閣下と姫君の護衛に来ているのですが、案内役に駆り出されちゃいましたよ。それにしても、アリアナ様は相変わらず、とてつもなくお美しいですね。わたし自身は、ちょっと太めの田舎っぽい女の方が可愛いとは思いますけど」
「……出迎え、ありがとう。貴殿こそ、相変わらずですね、ギョーム殿。実は、大物おおものなのではないかという気がしてきたところです」
「はっはっは。よくいわれますよ。ルルナもそう思ってくれたら、うれしいんですけどね。ふっふっふ」
「……いや、本当に大物ですよ、ギョーム殿。王城でもその調子なんだから」
「横から失礼いたします。本日はご足労をいただき、恐縮でございます。わたくしどもは、宰相閣下付きの文官でございます。宰相閣下より、先導の任をおおせつかり、お待ち申し上げておりました」
「ご丁寧に、ありがとうございます。わざわざお出迎えいただき、恐縮に存じます。今のところは、フェルト・ハルキスと名乗らせていただきます。我が婚約者共々ともども、よろしくお願いいたします」
「ご丁寧に、痛み入ります、フェルト様。では、参りましょう」
 
 そういって、文官の人たちは、王城の玄関を手で示した。自由過ぎる使者Bは、後で怒られれば良いと思うけど、今は、それよりも大切なことがある。フェルトさんとアリアナお姉ちゃんは、いよいよ王城の中へと入っていくんだよ!
 
     ◆
 
 純白で巨大な王城は、中に入ってからも、やっぱり大きかった。白と金と茶色を基調にした、豪華絢爛ごうかけんらんな建物の中は、歩いても歩いても、目的地に着かないんだよ。〈宰相閣下付けの文官〉だって名乗った人たちが、先導してくれなかったら、絶対にお城で迷子になってるよね?
 王国騎士団について書かれた本の中に、王城の内部は、わざと迷いやすいように作ってあるんだって書かれていたのは、きっと本当なんだろう。長い廊下を歩き、優雅な螺旋らせん階段を登ったかと思ったら、なぜか別の階段を降りていって、さっきと同じにしか見えない廊下を通り、今度は何十段もある大階段を登っていって……。キュレルの〈野ばら亭〉から、町立学校くらいありそうな距離を、延々と歩いているんだよ。
 
 長い距離を歩くっていうことは、アリアナお姉ちゃんが、それだけたくさんの人の目に触れるっていうことでもある。文官の服装をした人たちや、見るからに貴族っぽい男性たち、色とりどりの制服を着た男女、目立たないように気をつけて歩いている商人っぽい人たちは、揃いも揃っておかしかった。アリアナお姉ちゃんとすれ違うたびに、ぎょっとした顔で振り返ったかと思うと、ふらふらと後をつけようとしたり、いつまでもお姉ちゃんの後ろ姿を見つめたりしているんだよ。
 フェルトさんは、ずっと不機嫌な表情を隠しもせず、ありとあらゆる男の人を視線で威嚇いかくしている。総隊長さんとアランさんも、神経を張り詰めているんだってわかる様子で、ぴったりとアリアナお姉ちゃんの後ろに付き従っている。使者Bだけは、まったく動じないで、おもしろそうに瞳を光らせているだけだった。
 
 わたしは、あんまり心配にはならなかった。だって、巨大化したご神鋏の〈紫光〉様が、王城の建物の中でも、高速で回転しながら、糸を切る音を響かせていたんだ。
 中には、腕くらいありそうな太さの黒い糸や、鎖みたいな形になっている赤い糸や、糸なんだか網なんだかわからない形に編まれている糸もあったけど、〈紫光〉様にとっては、問題にもならないみたい。じょきじょきじょきじょき、じょきじょきじょきじょき。神々しい紫の光が煌めくたびに、すっぱりと糸がち切られ、霧になって消えていったんだよ。
 
 何十本の糸を切ったのか、数え切れなくなった頃、フェルトさんたちは、ようやく目的地に到着したようだった。そこは、多分、王城の奥の奥で、普通の人は立ち入れない区域なんだろう。護衛らしい騎士さんたちの人数が、ものすごく多くなっているし、壁紙や調度品も、目がくらみそうなくらい豪華なんだ。
 ようやく足を止めた、先導役の文官さんが、大きな扉の前に立っている、護衛役らしい騎士さんたちに話かけた。護衛騎士が着ているのは、白い詰襟つめえりに金糸の装飾のある服で、わたしでも知っている、近衛騎士団の制服だった。
 腰に剣をつけた近衛騎士は、重々しくうなずくと、二人がかりでゆっくりと扉を開いていく。扉をくぐって、何人かの文官さんが机を並べている部屋や、大きな応接間っぽい部屋を通り過ぎた先には、わたしが、鏡越しに見たことのある部屋があった。豪華なんだけど華美かびではなく、優雅なんだけど実務的な、ルーラ王国の宰相執務室が。
 
 執務室の壁際には、何人かの近衛騎士と文官っぽい人たち、神職らしい人たちが、気配を抑えて立っていた。クローゼ子爵家で働いていた、あの使者Aもいるから、集まった人たちの、護衛や部下なんだろう。
 一方、応接の重厚な椅子に座っていたのは、五人だった。わたしもよく知っている、マチアス様とオディール姫、神霊庁のコンラッド猊下げいか。ものすごい風格を漂わせているのは、宰相のロドニカ公爵閣下だと思う。最後の一人、見るからに高位貴族っていう感じの、洗練されていて、威厳のある男の人だけは、初めて見る顔だったけど、もしかして……。
 
 フェルトさんたちが入っていくと、最初に口を開いたのは、オディール姫だった。大公家のお姫様だったオディール姫……ディー様は、満面の笑顔とすっごい早口で、アリアナお姉ちゃんに話しかけた。
 
「まあまあ、まあまあ。何て美しいのかしら、アリアナさんは。わたくしの見立てたドレスを着てくれて、どうもありがとう。素晴らしいわ。真の美貌の前には、華美な宝石も飾りも必要ないわね。さあさあ、どうぞどうぞ。わたくしの横の椅子に座ってくださいな。フェルトは、残りの椅子に座ると良いわ。フェルトは、最愛の孫だけれども、見ていて楽しいのはお嫁さんの方だわね。わたくし、この歳になって、これほどの喜びを得られるとは、思ってもいなかったわ。ありがたいこと。亡くしてしまった最愛の息子、わたくしたちの可愛いクルトが、導いてくれたのではないかしら。ねえ、そう思わないこと、あなた?」
「思っておりますとも、姫。ですが、ここは宰相閣下の執務室ですし、尊い皆様方に御足労いただいているのですから、まずはフェルトにご挨拶をいたさせましょう」
「まあ、わたくしったら、嬉しくて舞い上がっていたようね。お許し遊ばせ、皆様。フェルト・ハルキスと、その婚約者であるアリアナ・カペラ嬢から、挨拶をお受けいただけますかしら、宰相閣下?」
「もちろんですよ、姫君。今は、正式な手続きが終わっていないので、フェルト殿と呼ばせていただこう。さあ、フェルト殿もアリアナ嬢も、椅子にどうぞ。この場は気安い集まりゆえ、儀礼など気にしなくても良いのだよ」
 
 顔ぶれからいっても、場所からいっても、気安いはずはないんだけど、宰相閣下は、本当に大らかな感じだった。優しそうで、冗談に笑ってくれそうで、包容力を感じるのに、ひと目で大人物だってわかるのは、さすがの貫禄だよね。
 フェルトさんとアリアナお姉ちゃんは、緊張を隠せなくて、でも、十分に堂々とした様子で、勧められた椅子に座った。総隊長さんとアランさんは、使者Bに誘導されて、さっと壁際に並ぶ。宰相閣下は、にこやかにうなずいてから、フェルトさんにいった。
 
「初めてお目にかかる、フェルト殿。我が名は、アル・ティグネル・ロドニカ。ルーラ王国において、宰相の職務を受け持っている。どうかよしなに」
「ご丁寧に恐れ入ります、宰相閣下。フェルト・ハルキスと申します。お目もじかない、光栄の極みにございます。本日は、何とぞよろしくお願い申し上げます。また、隣におりますのは、わたくしの婚約者である、アリアナ・カペラでございます」
「アリアナ嬢のことは、見知っているよ、フェルト殿。大公騎士団を告発した際の、アリアナ嬢の凛々しくも健気な姿は、目に焼き付いているからね。お会いできて、とても嬉しく思う、アリアナ嬢」
「数ならぬ身に過分なお言葉を頂戴し、恐悦至極きょうえつしごくに存じます、宰相閣下。礼儀も知らぬ不躾ぶしつけな者ではございますが、何とぞご容赦ようしゃくださいませ」
「清く正しき心から生まれる言葉は、儀礼では届かぬ高みにあるという。フェルト殿やアリアナ嬢を見ていると、まったくその通りと覚ゆるよ。コンラッド猊下は、フェルト殿やアリアナ嬢と、御面識がございましたな?」
左様さようでございます、宰相閣下。神霊庁やカペラ家で、すでにお目にかかっております。ご機嫌よう、フェルト殿、アリアナ嬢」
「ご機嫌うるわしゅう存じます、猊下。本日は、我らのために貴重なお時間を賜り、お礼の言葉もございません」
「先日は、当家におみ足をお運びいただき、誠におそれ多いことでございました、猊下。家人に代わりまして、改めて御礼おんれい申し上げます」
「ほっほっほ。フェルト殿もアリアナ嬢も、よく学ばれていますね。どこに出しても恥ずかしくない、立派なご挨拶ですよ。けれども、我らは身内ともいえる間柄なのですから、お楽になさいませ」
「仰せの通りですな、猊下。そして、身内といえば、本物の身内になるであろう者を、紹介させていただこう。わたしの横にいるのは、ルーラ王国の法務大臣を拝命している、アス・ティルグ・ネイラ侯爵。我が弟であり、レフの父親だよ」
 
 おお! やっぱり! 今日の集まりには、法務大臣も参加するんだって聞いていたから、そうだろうとは思っていたけど、やっぱりレフ様のお父さんだったよ! レフ様のお父さんっていうことは、わたしとレフ様が、けっ、結婚したら、わたしのお義父さんになる人じゃないの!
 
 急に脈拍が速くなって、思わずくらくらしちゃったわたしをよそに、レフ様のお父さんであるネイラ侯爵閣下は、楽しそうな微笑みを浮かべて、二人に話しかけた。
 
「宰相閣下より、雑に紹介をいただいた、アス・ティルグ・ネイラと申す。お目にかかれて嬉しいよ、フェルト殿。これからは、近しい間柄として、どうぞよろしく」 
「身にあまる光栄に存じます、侯爵閣下。お手数をおかけすることも多々たたございましょうが、お見捨てなくご指導を賜りますよう、お願い申し上げます」
「もちろん。何なりと聞いておくれ、フェルト殿。フェルト殿ともアリアナ嬢とも、親しいお付き合いを願いしたい。近いうちに、このように堅苦しい王城ではなく、くつろげる場所でお目にかかろう。我が妻も、カペラ家の皆さんにお会いできる日を、指折り数えて待っているのだよ、アリアナ嬢」
「嬉しゅうございます、侯爵閣下。わたくしの母も妹も、皆様方にお目にかかれます折りを、お待ち申し上げております。わたくしの父は……そろそろ正気を保てるようになってまいりました……多分」
 
 アリアナお姉ちゃんの受け答えに、ネイラ侯爵閣下の瞳が、きらきらっと輝いた。これは、あれだ。何かをおもしろがっている目だと思う。初めて出会ったときのレフ様と同じ、生き生きとして、好奇心でいっぱいの瞳だよね。
 改めて見てみると、ネイラ侯爵閣下とレフ様って、似たところのある親子だと思う。ネイラ侯爵閣下は、金と赤を混ぜ合わせたような髪色だし、瞳も青灰色なんだけど、顔の造作ぞうさくや表情が、レフ様に共通しているんだ。
 
 レフ様のお父さんは、レフ様に似ている。そして、わたしたちに会えるのを、レフ様のお母さんと一緒に、すごく楽しみにしてくれているんだって! わたしは、すっかりうれしくなって、一人で意味もなく笑っちゃった。
 お父さんは、また硝子がらす玉の目になって、〈鬼哭の鏡〉に向かって、何かをぶつぶつとつぶやいていて、お母さんは、そんなお父さんの背中を撫でてあげて……宰相閣下の執務室にも、カペラ家の食堂にも、暖かい空気が流れ出したところで、執務室の扉が叩かれた。
 
 慌てた様子で現れたのは、扉を守っていたはずの近衛騎士の一人で、その人は、困ったようにいったんだ。
 
「王太子殿下より、ご伝言の使者がございました。只今より、宰相閣下の執務室にお越しになられるとのことでございます。いかがいたしますか、閣下?」
 

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