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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 2通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 お言葉に甘えて、〈手紙の書き方〉は本棚に放り込んでおきました。必要なときがきたら、またひっぱり出すことにします。必要なときって、ありますよね、多分。
 
 ネイラ様は、りんごパンは好きですか? わたしの大好きなお父さんは(うちの父とか書くと、知らない人みたいな気がします)、とってもおいしいパンを焼いてくれるんですよ。〈野ばら亭〉で人気があるのは、ほんのり塩味のついた普通の堅パンです。堅パンっていっても、外側はカリカリと噛みごたえがあって、中はふわふわです。焼き立てになると、バターと小麦粉のいい匂いがして、いくつでも食べたくなります。
 
 りんごパンは、夏の終わりから秋の始めにかけてだけ、特別に作ってくれるお楽しみです。本格的な秋になって、ぴかぴかのルビーみたいなりんごの季節になると、逆に作れなくなるんです。たっぷりと夏の太陽を浴びて熟した、真っ赤な秋りんごは、パンにするには甘過ぎるんですって。
 そのかわり、秋りんごは、とってもおいしいお菓子になります。りんごのパイとか、プディングとか、ゼリーとか。りんごのお菓子が出てくると、本格的な秋が来たんだなって、いつも思います。
 
 そういえば、ネイラ様の髪の色は、秋りんごに似ていますね。上等の秋りんごは、柔らかい布で磨かれてからお店に並ぶので、本当に宝石みたいに綺麗です。
 紅い鳥の羽根の色も、ネイラ様とすごく似ていると思います。炎の神霊さんのご加護が強いから、ネイラ様の髪も、あんなに見事に紅いのでしょうか。今度、紅い鳥がきてくれたら、聞いてみることにします。
 
 ネイラ様は、わたしの生活が知りたいと書いてくださいましたが、わたしも、ネイラ様のことが知りたいです。ネイラ様も、王立学院に通ったんですか? それとも、騎士になる人は、そのための学院に行くんでしょうか? もっというと、ネイラ様は、どうして王国騎士団に就職されたんですか?(王国騎士団でも、就職っていいます?)
 こういう質問って、やっぱり面倒ですか? もしそうなら、だめだって叱ってください。絶対に、今度から気をつけます。
 
 何でも理由を知りたがるのは、わたしの悪い癖なのかもしれません。うちお母さんは、わたしのことを、ときどき〈わたしの可愛いなぜなぜ娘〉って呼んでいます。(わたしはお母さんが大好きですけど、ちょっと言語感覚が特殊なんです、お母さんって)
 
 〈手紙の書き方〉をしまってから、わたしなりに手紙の終わりの言葉を考えてみました。さようならっていうのは、何となく寂しいので却下です。またねっていうのも、悪くはないんだけど、ちょっと平凡ですよね。
 だから、わたしは、こう締めくくろうと思います。では、また。次のお手紙で会いましょう!
 
 
     ネイラ様を思い出したら、りんごゼリーが食べたくなった、チェルニ・カペラより
 
 
追伸・わたしの敬語って、適当すぎますか?
 
 
 
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なぜなぜ娘の、チェルニ・カペラ様
 
 〈手紙の書き方〉を本棚に仕舞い込むこむのは、わたしも大賛成です。形式の整った礼儀正しい手紙は、毎日のように送られてくるので、きみだけが書いてくれる愉快な手紙が、楽しみでなりません。敬語も必要ないので、歳の離れた友人だとでも思って、自由に書いてくれるよう、願っています。
 
 きみのお父上のりんごパンは、とても美味しそうですね。わたしは、菓子に近いような、甘いりんごのデニッシュなら、食べたことがあります。
 正直なところ、わたしは甘いものが好きではないので、二度と食べたいとは思いませんでした。でも、きみの手紙を読んでいたら、無性に食べてみたくなりました。きっと、早秋の風のように、爽やかな味のするパンなのでしょうね。
 
 王国騎士団に奉職することになったのは(王城や国の機関に勤める場合は、奉職という言葉が適当かと思います)、成り行きというものでしょうか。
 わたしの生まれた家は、先祖代々、王城で何らかの役職に就いています。わたしは嫡男ですので、将来的に領地と爵位を継ぐ傍ら、王城で働くことが当然だと思われていましたし、わたし自身も異論はありませんでした。
 わたしに印を与えてくださったのが、文官よりの能力を司る御神霊であれば、わたしは文官になっていたでしょう。けれども、最も強く、わたしに印と加護を与えてくださったのは、剣と炎と力を司る御神霊方でした。生まれると同時に力、三歳で剣、五歳で炎の御神霊の印を授けられたことで、わたしの将来は騎士と決まったのです。
 
 誤解のないように書いておきますと、王国騎士団に奉職することには、何の不服もありませんでした。国王陛下に剣を捧げ、ルーラ王国を護るために戦うことは、わたしの誇りであり、生きる道だと思っています。
 そして、わたしが王国騎士団長であったからこそ、あの日、誘拐された子供たちを助けるうえで、役に立つこともできましたし、きみに会うこともできました。この巡り合わせに、とても感謝しています。
 
 それにしても、きみは不思議な人ですね。まだ十四歳の少女だというのに、こうして手紙を書いていると、きみの年齢を忘れてしまって、何でも率直に書いてしまいます。わたしの手紙がつまらないようなら、本当にそう教えてください。約束ですよ。
 
 では、また次の手紙でお会いしましょう。
 
 
     きみの挨拶を素敵だと思った、レフ・ティルグ・ネイラ