
連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-37
〈こんばんは、お嬢さん。やっときみに会えましたね〉
夜空に浮かぶ月の銀橋で、ネッ、ネイラ様にそういわれた瞬間、わたしは、たまらずに泣き出してしまった。いや、涙はとっくに吹き出していたんだけど、あまりの緊張と混乱に、とうとう声を出して泣いちゃったんだよ。思いっきり。
自分でも、あまりの態度に絶望しそうになったけど、ネイラ様は、呆れた顔を見せなかった。〈失礼〉って、一言声をかけてから月舟に乗り込み、わたしが座っている猫足の長椅子に、そっと腰かけたんだ。
魂魄だけだからなのか、ネイラ様が腰かけても、長椅子にはまったく重みがかからない。綺麗な猫足の長椅子は、すごく大きかったから、ネイラ様が横に座っても、ちゃんと隙間が空いている。わたしは、ネイラ様の気配に、益々混乱しちゃって、胸が怖いくらいどきどきして、涙も止まりそうなくらいだった。
ネイラ様は、そのまま何もいわず、黙って座っていてくれた。そっと差し出されたのは純白のハンカチで、手に取るのも怖いくらい光沢があったけど、泣き過ぎて顔がどろどろになっていたから、仕方なく使わせてもらうことにした。お小遣いを貯めて、絶対に新品を返そう……。
わたしが、ハンカチを手に取ったのを見て、ネイラ様が微笑んでくれた気配がする。普通ならわからないようなことでも、すごく敏感に感じ取れるし、逆に感情を抑えるのがむずかしいみたいなんだ。
いくら、こっ、恋する少女でも、幼児並みに泣き出すなんて、いつもならさすがにしないと思うんだ。魂魄だけの世界だから、現世みたいに取り繕えないんだなって、漠然と考えたところで、ネイラ様の穏やかな声が響いた。
「左彦」
〈御前に〉
「右彦」
〈何なりと〉
「許す故、彼女の側へ」
〈御意にござります〉
〈有難き仰せにござります〉
そういうと、左獅子様と右獅子様は、軽やかに身体を起こした。やっぱり巨大で、金銀の被毛が光り輝いていて、鬣までふっさふさの獅子たちは、勢い良く尻尾を振りながら、金銀の鱗粉を舞い上がらせた。
何が始まるのか、思わず泣くのを忘れて見つめていると、あっという間に獅子たちが小さくなっていく。馬よりもずっとずっと大きかった獅子たちは、巨大な猫くらいの大きさになって、ごろごろごろごろ、高らかに喉を鳴らしたんだ。
巨大猫……じゃなくて、小さくなった獅子たちは、踊るみたいな足取りで、わたしの方へ向かってきた。そして、元気いっぱいに月舟に飛び乗ると、行儀良く肩を並べて、わたしの前に座り込んだ。
びっくりして、思わずまじまじと見ると、二頭は盛大にゆるゆると尻尾を振りながら、話しかけてきた。
〈主人の許しが得られたからは、我らを好きに撫でるが良き〉
〈可愛ゆき雛は、我らを《撫で回したい》とぞ望みたる〉
〈疾く、撫でられよ〉
〈我ら、毛並みには大いなる自信を持ちたる者也〉
〈我らが鬣にも、触れるが良き〉
〈我らを撫でたれば、雛の心も落ち着くらん〉
えぇ!? 身体が小さくなっても、神々しさに溢れている神霊さん、黄金の獅子と白銀の獅子は、わたしに撫で回されても良いらしいよ? 尊い神霊さんに、そんなことをして許されるんだろうか……って、さすがに心配になった途端に、わたしは、普段の自分の生活を思い出した。
わたしってば、スイシャク様を抱っこして、アマツ様を肩にとまらせて、それが当たり前になっちゃってるんだよね。寝るときなんて、二柱が揃って枕元で丸くなるから、ぬくぬくの羽毛布団みたい、なんて喜んでたよ……。
念のために、渡してもらったハンカチでもう一度顔を拭いてから、わたしは、恐る恐る横にいるネイラ様の様子をうかがった。ネイラ様は、ご神鏡みたいに煌めく銀色の瞳に、すごく優しい色を浮かべて、わたしに笑いかけてくれた。ルーラ元大公や元クローゼ子爵が捕らえられた日、鏡を通って帰っていこうとするネイラ様が、わたしの方を振り返って、鏡越しに見せてくれたのと同じ、人間味っていうものを感じさせる、温かい笑顔だった。
その途端、顔が真っ赤になっちゃったのが、自分でもわかった。恥ずかしくて、うれしくて、切なくて、どうしようもなくなったわたしは、目の前の獅子たちに助けてもらうことにした。それまでの遠慮を捨てて、両手で獅子たちを撫で回したんだ。
獅子たちの毛並みは、極上の絹糸みたいだった。あまりの手触りの良さに、思わず声を上げると、ごろごろと喉を鳴らした金獅子が、ふわりと膝に乗ってきた。銀獅子も、ひらりと長椅子に飛び乗ると、わたしの腰のあたりにもたれかかる。
魂魄だけのはずなのに、ちゃんと手触りの良さがわかるし、ほんのりとした温かさも伝わるのは、どうしてなんだろうね? ネイラ様に会えた衝撃に、混乱し続けていたわたしは、二頭の獅子たちの存在に励まされて、ようやく正気に戻ってきたみたいだった。
根気よく、わたしが落ち着くのを待っていてくれたネイラ様は、もう大丈夫だと思ったのか、優しく話しかけてくれた。
「左彦も右彦も、随分ときみが気に入ったようですね。誰かの膝に乗るところなど、わたしも見たことがないな」
「……ネッ、ネイラ様……」
「ん?」
「あの、貸していただいたハンカチが、びしゃびしゃになっちゃったので、持って帰ってもいいでしょうか? このままだと、とてもお返しできないから」
「もちろん。きみの自由にしてください。わたしからも、一つ聞いて良いだろうか?」
「はい。何でしょうか?」
「わたしは、あまり人の心の機微というものに精通していないので、どうしてきみが泣いていたのか、よくわからないのです。わたしに会ったことを、喜んでくれているのではないかと、自惚れる気持ちもあるのだけれど、それだけとも思えないし。良ければ、きみの涙のわけを教えてほしい。何か困っていることがあるのなら、相談してくれる約束だったから」
真面目な顔で、それを聞いちゃうんだ、ネイラ様……。わたしの態度って、相当わかりやすいと思うから、れっ、恋愛経験の豊富な男の人だったら、わたしの気持ちなんて、簡単に悟られちゃったと思うんだけどね。わたしが読んだことのある物語でも、妙に勘の鋭い男の人が、よく登場していたし。
でも、わたしの横に座っているのは、ネイラ様だった。神霊さんであるアマツ様に、〈世情に疎き〉とか〈彼の御方は《野暮》にして〉とか〈人の子の心というものに疎き故〉とかいわれちゃう、あのネイラ様。浮世離れしていて、人より神霊さんに近いかもしれないようなネイラ様だから、きっと純粋に心配してくれているんだろう。
ずっと会いたくてたまらなくて、一生ものの、こっ、恋をしているって自覚しちゃったネイラ様に、ようやく会うことができて、感極まりました……なんて、いえるはずがない。ネイラ様に心配をかけないようにするには、どう返事をしたらいいんだろう? 少女の恥じらいっていうもののために、わたしは一生懸命に考えた。
ネイラ様は、急がせる素振りも見せず、じっとわたしの返事を待っていてくれる。この上なく高い身分なのに、本当に良い人だよね、ネイラ様って……と、感動した途端、魂魄になった影響からなのか、無駄に素直になっているわたしの口は、持ち主を無視して勝手に話し始めた。
「心配してもらって、ありがとうございます。でも、困ったことは何もないです。大丈夫です。わたし、ネイラ様にずっとずっと会いたかったから、実際にお顔を見たら、涙が止まらなくなっただけなんです。すごくうれしいけど、どういう態度をとったらいいのかわからなくて、そこは困っています。あんまり泣き過ぎて、鼻水まで出てきちゃったし。魂魄だけのはずなのに、不思議ですね。貸してもらったハンカチは、鼻水を拭いてどろどろになったから、すぐにはお返しできません。すみません。とにかく、ひたすらネイラ様に会いたかっただけなので、大丈夫です」
……。いや、何をいってるの、わたし!? 十四歳の少女が、はっ、初恋の相手に、鼻水でどろどろだなんて、どうしてわざわざ打ち明けないといけないの? それに、ずっと会いたかったとか、うれしくて泣いてるとか、それって、こっ、告白しているようなものじゃないの? ネイラ様が相手じゃなかったら、絶対に気づかれてるよね!?
わたしが、ぺらぺらと話すのを聞いていたネイラ様は、ちょっと驚いた顔をしてから、ふんわりと笑ってくれた。冷たく見えるくらい整っていて、いつも神々しい存在感を放っているネイラ様の、照れているような笑顔…….。
もうね、ネイラ様が、こんな表情で笑ってくれるのなら、少しくらい恥をかいても良いや。鏡越しに見たネイラ様は、神々しい神威に溢れて、今にも神霊さんの世界に戻ってしまいそうな気がしていた。そのネイラ様が、普通の男の人みたいに、驚いたり、楽しそうに笑ったり、心配そうに首を傾げたりしてくれると、本当に安心するんだよ。
わたしの膝に乗ったままの金獅子様と、腰にもたれかかっている銀獅子様は、肩を揺らしながら含み笑いをしている。月の光に照らされた世界は、益々美しく輝き、わたしとネイラ様を仄白く染め上げていくようだった……。
◆
それから、わたしとネイラ様は、いろいろな話をした。最初のうちは、緊張して何が何だかわからないくらいだったけど、さらさらでふわふわの獅子たちを、好きなだけ撫でさせてもらっているうちに、ちゃんと会話ができるようになっていった。
ネイラ様にお送りした、マロングラッセやブランデーケーキや生キャラメルが、すごくおいしかったっていう話。ヴェル様やマルティノ様たちの話。編み目の固いグレーのショートマフラーと、綺麗な編み目のピンクのショートマフラーの話。お互いの家族の話。おじいちゃんぽい校長先生が、王立学院に来てくれる話。王国騎士団の副官さんたちの話。王立学院の入試で行われた、神霊術の公開実技の話。アリアナお姉ちゃんとフェルトさんの、今後の生活の話。〈騎士と執事の物語〉の愛蔵版と、普段読んでいる本の話。わたしの王立学院入学に合わせて、〈野ばら亭〉が王都に支店を出す話……。
わたしとネイラ様は、会えない間に、何十通も手紙を送り合っていたから、最初の緊張が解けてからは、いくらでも話題が溢れてきた。無口なイメージのあるネイラ様は、聞き上手なだけで、自分からもたくさん話をしてくれた。楽しくて、本当に楽しくて、ずっと話していたかった。
そして、話題がスイシャク様とアマツ様に移ったあたりで、わたしとネイラ様は、ほとんど同時に、〈今日の出会い〉の理由を思い出した。わたしが、〈神託の巫〉だってわかって、いろいろと動揺していたから、ネイラ様が時間を作ってくれたんだった。ネイラ様は、少し恥ずかしそうな顔をして、こういった。
「きみと話しているのが楽しくて、目的を忘れていました。きみが〈神託の巫〉であることの真偽と、〈神託の巫〉の役割について、説明するはずだったね」
「えっと、忘れていたのは、わたしも同じです。あれだけ手紙をやり取りさせてもらっていると、すっごく親しくなれたような気がして、いくらでも話せそうかなって。最初は混乱して、緊張して、泣いちゃいましたけど」
「わたしも、きみと親しくなれた気がして、とても嬉しく思います。今日の出会いを以て、本当に親しくなったと思っても良いだろうか、チェルニ・カペラ嬢?」
そういって、ネイラ様は、じっとわたしの瞳を見詰めてきた。ちゃんと答を待ってくれている、優しくて真剣な表情で。あまりにも嬉しくて、またしても緊張して、ネイラ様の銀色の瞳に囚われたまま、今にも泣き出しそうになったのは、仕方のないところだろう。
これはまずい。いくら何でも、十四歳の少女には刺激が強すぎる。もう泣く……と思ったところで、手の甲が生暖かいものに触れた。ちょっと湿っていて、ざらざらとしている。膝の上に座ったままの金獅子様と、腰に寄りかかった銀獅子様が、揃ってわたしの手を舐めてくれていたんだ。
急なことにびっくりしていると、金銀の獅子から、こっそりとイメージが送られてきた。〈我らが主人が待ちたるほどに、疾く返事をば致されよ〉〈我らが主人は、緊張しておらるるらし〉〈いともめずらしきこと〉〈天地開闢以来の珍事也〉って。
驚いて涙の止まったわたしは、慌てて返事をした。ネイラ様のことが、すっ、好きになっちゃっているわたしには、どう答えて良いのか迷う気持ちもあったけど、ネイラ様をがっかりさせるのだけは嫌だった。
「すみません。衝撃のあまり、ちょっと呼吸が止まりかけていました。親しいです、ネイラ様。わたしは、そう思っていたいです。ネイラ様さえ良かったら、是非とも、親しい感じでお願いします」
「親しい感じ、ですか。やはり楽しい人ですね、きみは」
「あの、ネイラ様」
「何でしょうか、チェルニ・カペラ嬢」
「その、チェルニ・カペラ嬢っていう呼び方は、何とかならないでしょうか? すごく丁寧にしてもらっているのはわかるんですけど、自分じゃないみたいなので。良かったら、チェルニって呼んでください」
「なるほど。〈カペラ〉は家名ですしね。しかし、他家のお嬢さんを呼び捨てにするというのは、さすがに憚られるな。〈チェルニちゃん〉では、パヴェルや爺と同じになってしまうし。神霊たちのように、〈雛〉と呼ぶのも妙だろうしね」
「……そういえば、手紙の中で、わたしの名前を意外に感じたって、書いてもらっていませんでしたか?」
「よく覚えてくれていますね。きみには、多くの神霊の加護が授けられているけれども、もっとも古いものは、きみの誕生と同時に贈られた□□□□□□□□□□の加護だったので、それにちなんだ名になっていると思ったのです。きみのご両親には、何らかの形で、神託があっただろうから」
「すみません、ネイラ様。ネイラ様の言葉が、聞き取れないです。何かの名前をいっておられるのはわかるんですけど」
「ああ。□□□□□□□□□□は、大変に神格の高い神なので、幼いきみでは、認識できないのでしょうね。そのうちに、神名を許される機会が来ると思いますよ」
「やっぱり、そうですか。だったら、ネイラ様が、どんな名前を想定していたのか、教えてもらっても良いですか?」
「もちろん。アマリエか、それに似た名だと思っていました。言葉の順序が違うだけで、チェルニも、無関係ではないけれど。今にして思えば、きみには、チェルニという名が似合っているね。アマリエよりも、ずっと」
ネイラ様は、そういって、にっこりと微笑んだ。アマリエか……。わたしの大好きなお姉ちゃんがアリアナなんだから、妹のわたしがアマリエでも、全然おかしくないよね? むしろ、アリアナの妹がチェルニだっていう方が、語感が違う気がするくらい。
でも、わたしは、チェルニ・カペラだ。最初からアマリエだったら、そういう感じの少女に育ったと思うけど、今のわたしは、チェルニっていう名前に似合った人格に育っている気がする。名前って、すごく重要な〈言霊〉なんだろう、多分。
わたしの考えていることが伝わったみたいに、微笑みを浮かべたままのネイラ様が、優しくいってくれた。
「今のきみは、チェルニ・カペラ嬢です。そして、わたしは、チェルニ・カペラ嬢と親しくなりました。パヴェルや爺と同じというのは、何となく癪な気もするけれど、わたしも今は〈チェルニちゃん〉と呼んで良いだろうか?」
「はい! お願いします!」
「ありがとう。では、わたしのことも、家名ではなく名前で呼んでください」
「え? 良いんですか?」
「もちろん。レフと。呼びにくくなければ、略称のレフではなく、正式名のレフヴォレフでも良いのだよ?」
「レッ、レッ、レフ様でお願いします。後ろの方のレフ様です!」
ネイラ様の名前の〈レフ〉っていうのは、わかりやすい呼び名のようなもので、正式には〈レフヴォレフ〉なんだって、手紙で教えてもらったことがある。〈レフヴォレフ〉っていうのは、〈獅子の中の獅子〉っていう意味なんだって。
わたしは、その手紙と返事で、前の方の〈レフ〉と後ろの方の〈レフ〉と、どっちが呼び名になっているのか尋ねたんだけど、そんなことを気にした人はいないらしい。全然、違うと思うんだけどな。
ともあれ、わたしとネイラ様は、名前を呼び合う間柄になった。それから何度か、〈チェルニちゃん〉〈レフ様〉って、呼び合う練習もした。金銀の獅子たちは、なぜか尻尾を振り回して、お互いの身体をバシバシ叩き合っていたけど、別に気にならなかった。
嬉しくて、幸せで、顔が崩れそうになるのを、必死で我慢していると、不意に綺麗な音が響いてきた。しゃららんしゃららん、しゃららんしゃららん。見ると、白々と明るい月夜の空を、大きな星が流れていくところだったんだ。
「流れ星です、レフ様。すごい! 綺麗!」
「あれは〈明けの明星〉ですよ。夜が明けるとき、ひときわ強く輝く星。夜明けまでには、まだ間があるけれど、それほど多くの時間が残されているわけではないと、わたしに知らせてくれたのでしょう。朝までには、また戻ってくるはずですよ。しかし、きみと話すのが楽しくて、ついつい話が逸れてしまうな。〈神託の巫〉について、少し説明するつもりだったのに」
「わたしが、すぐに話を広げちゃうからですね。すみません。町立学校では、わりと無口な少女なのに。えっと、わたしって、本当に〈神託の巫〉なんですよね?」
「もちろん。きみは、生まれついての〈神託の巫〉です。きみが生まれる前から、今世に〈神託の巫〉が現れることはわかっていたし、きみが生まれた瞬間に、そうと知らせも受けました」
「え? わたしのこと、知っていたんですが、レフ様?」
「〈神託の巫〉の誕生を知っただけです。望めば、きみがどこの誰かを知ることもできたけれど、そうはしませんでした。来るべきときに、巡り会えるのはわかっていたので。〈神威の覡〉であるわたしと、〈神託の巫〉であるきみが、同じ今世に生を受けたのであれば、出会いは必定というものだから」
ネイラ様……じゃなくて、レフ様の言葉は、わたしが漠然と不安に感じていたことを、思い出させるだけの力があった。こうして出会って、親しくなれたのは、レフ様が〈神威の覡〉で、わたしが〈神託の巫〉だったからじゃないかって……。
でも、わたしは、自分の気持ちを信じるって決めているからね。ぐすぐすと崩れそうになる気持ちを、ぐっと堪えて、わたしはレフ様に質問した。
「あの、〈神威の覡〉と〈神託の巫〉って、そもそも何なんでしょうか? 神霊さんたちは、〈《神威の覡》は我らが化身、《神託の巫》は我らが縁〉っていってます。それって、どういう意味なのか、教えてもらえますか?」
レフ様は、わたしの瞳を見つめながら、ほんのりと微笑んだ。さっきまで見せてくれていた、優しくて温かいだけの笑顔じゃない。思わずひれ伏したくなるような、神霊さんそのものみたいな、神々しい微笑みだった。レフ様は、月夜の空に星が降るような声で、こういった。
「〈神威の覡〉とは、神々の一柱が、仮初に人の血肉を受けて、この現世に顕現した者。魂の本質は神であり、束の間、人として生きるもの。〈神託の巫〉は、神々に愛される資質を持った人の魂が、必要とされるとき、様々な加護を得て生まれた者。きみは、神と人とを繋ぐという、重き役目を持った神々の愛子ですよ、チェルニちゃん」