連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(12) エドアルド・キクノイとロナルド・バルマン
幕間書簡(12)
エドアルド・キクノイとロナルド・バルマン
〈ルーラ王国で神霊庁御用達の装束店の店主であるエドアルドと、キクノイ装束店と提携する織物工房を営むロナルドとの書簡〉
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バルマン先生へ
いつもお世話になります。極めて重要なご依頼がありますので、風屋経由の手紙にさせてもらいました。この手紙を読まれたら、至急、打ち合わせのできる日時を教えていただけませんか? 勝手を申しますが、どうかよろしくお願いします。
さて、実は今日、神霊庁からの急ぎのお呼び出しを受けました。それも、コンラッド猊下直々の御用命という、常にはないお話でした。父の跡を継いで十年、わたしにとっては、初めての経験でもありました。真夏の暑さも忘れるほどの緊張とともに、すぐに店の者と馳せ参じたのは、いうまでもありません。
急ぎ駆けつけた神霊庁は、めったにないほどの喧騒に包まれていました。今上大神使猊下であられるコンラッド様は、温厚にして慈悲深く、非常に落ち着いたお人柄ですから、その薫陶を受けた神霊庁の皆様も、通常は穏やかに、和やかにお過ごしです。神霊庁全体が、浮き足立っている様子というのは、本当にめずらしいものでした。
いったい何が起こったのか、我々は戦々恐々としつつ、ご案内を受けるままに、コンラッド猊下の御許へと参上いたしました。お通しいただいたのは、奥殿のコンラッド猊下のお居間で、そこには次期大神使と目されるオルソン猊下を始め、七人の神使の皆様が勢揃いされていたのです。
あまりのことに、色を失ったわたしたちに、オルソン猊下が満面の笑みで口をお開きになりました。費用はいくらかかってもかまわないので、キクノイ装束店の総力を挙げて、最上にして最高の装束を誂えてほしい、と。
父の代から神霊庁とお付き合いのあるバルマン先生なら、これがいかにめずらしいことかおわかりになるでしょう。峻厳なること氷壁の如しといわれる、あのオルソン猊下が、満面の笑みですよ? 他の神使様方も、それぞれに笑顔、笑顔で、コンラッド猊下に至っては、ご神像かと錯覚するほどの神々しい微笑みを浮かべておられました。
神霊庁の御用達とはいえ、一介の店主の身で、勢揃いした神使様方に、何があったのかとはお尋ねできませんでした。ただ、ご依頼をいただいた装束の内容から、誠に只ならぬ慶事が起こったのではないかと、推察するのみです。
神霊庁からは、この度の装束について、詳しいご指定がありましたので、以下、その内容を記録しておきます。
小袖……大神使猊下と同じ色目である〈至白〉の紋織。最上の絹糸を用いた紋綸子。織り出す紋様は、開いた本から花々が溢れ落ちる〈花の木〉。
袴……最上の絹糸による無地。色目は紅。真紅にわずかな黄色みを加え、いっそう鮮やかに紅い〈猩々紅〉の色。
千早……最上の絹糸による紗。色目は〈至白〉。白金の糸で総柄刺繍。柄は舞い飛ぶ蝶で、蝶の羽の中にも百花繚乱の花々を刺繍する。
これだけ凝った趣向となると、通常は、年単位の時間をいただきたいところですが、神霊庁のご意向としては、秋頃にはいったん納品してほしいとの仰せです。無茶といえば無茶ながら、キクノイ装束店の誇りに懸けて、何としてもご希望に添いたいと考えています。
せめて一品、バルマン先生の工房でも、仕事を引き受けていただけないでしょうか? 神霊庁では、他のすべての依頼を後回しにしても良いとの仰せです。無理を承知で、お引き受けいただきたいのです。
長い手紙になってしまって、申し訳ありません。どうかどうか、よろしくお願いいたします。
エドアルド・キクノイ
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エドアルド・キクノイ様
エドアルドさんのお手紙を読んで、しばらく呆然としてしまいましたよ。最高難度の仕事を、短期間で仕上げなければならないという事態に、困惑したことは事実です。しかし、それ以上に、神霊庁からご指定のあった内容に、驚愕してしまったのです。
柄目から想像するに、今回の装束をお召しになるのは、妙齢の女性だと思われます。そうであるにも関わらず、大神使猊下と同等の色目である〈至白〉と、女性の袴の最上位の色である猩々緋……。王妃陛下であっても、お召しになることを許されない、至上の装束のご注文だといって良いでしょう。
しかも、特筆すべきは、ご指定の柄行です。〈花の木〉も蝶も百花繚乱も、素晴らしい柄ではありますが、必ずしも格式の高いものではありません。むしろ、妙齢のお嬢様のお衣装に好んで使われるような、趣味の要素の強いお柄です。最上の神事用の装束に、洒脱な柄を織り出すとは! 装束の製作に携わる、我々のような者には、〈最上の装束すら、普段着にお召しになるほど尊い方〉が顕現されたとしか、考えられないのです。
今回の装束は、御神霊に奉納するためのものなのでしょうか? そうであれば、まだ理解ができるのですが、もしも、本当に袖を通される方が存在するのだとしたら、大変なことが起きるかもしれませんよ、エドアルドさん。
今回のご依頼は、もちろん、引き受けさせていただきます。袴は染物工房にお願いするとして、小袖も千早も当工房が引き受けます。無茶には違いありませんが、これほどの仕事を見逃すなど、職人として許されることではありません。むしろ、何としてもわたしにやらせていただきますよう、心からお願いいたします。〈至白〉の紋綸子に〈花の木〉を織り出す機会など、この先二度とはないでしょうから。
小袖の柄である本の大きさは、小さ目の拳くらいにして、溢れる花は木に咲く花々にしましょうか? 桜、藤、梅、桃、辛夷、椿、桐、百日紅……。花を生み出す本の表紙には、花きり鋏と花器の柄などいかがでしょう?
ああ、後から後から、イメージが湧いてきて仕方ありません。バルマン織物工房の全身全霊をかけて、最高の生地を織り出して見せますよ!
とりあえず、今からすぐに、そちらのお店に向かいます。夕方になってしまうのは、ご勘弁ください。明日からは、工房に籠り切りになりますので。
取り急ぎ、ロナルド・バルマンより